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迷宮惑星  作者: ミノ
第10章 シンロンの章
98/120

08 エッジ

誰もが「女」を求めていた……


――先人たちの言葉

 耳をかすめる地鳴りと羽ばたき、そして叫喚。


 地面がかすかに震えているのを足裏から感じ、興奮がいよいよ高まってきた。


 延々と続く白骨の山、白い光鱗塔、はるか高みを飛ぶドラゴンばかりを見続けてきた私は、この旅の終着点が近いことに歓喜のジェスチャーまでしてみせた。もちろん周りには誰もいない。


 私の目の前に”竜の巣”の、垂直に切り立った超巨大シャフトの姿が見え始めた。


 同時に、ひどい臭いが漂ってくる。迷宮生物の巣穴なのだからある意味当然なのだが、どうやらそれは糞尿だけのものではなく、おびただしく積み上げられた竜の雛の死体が発する腐敗臭が原因のようだった。


 シャフトから自力で這い上がってきた竜の雛は、その苦しい試練を乗り切った直後にまた危険に襲われる。


 まだ力のない竜をエサにするために、小サイズ程度の竜が襲いかかり食い散らかすのだ。


 食われた雛はシャフト周辺にまき散らされ、さらに小さいサイズのスカベンジャー竜によって骨についた肉をこそげ落とされる。


 同属同士で殺し合う一種の悪夢ともいうべき光景だが、それでも雛の中にはこれを生き延びる個体がある。その運と生命力の強い個体だけが生き残り、新しい世代の竜足りえるということらしい。


 恐ろしい光景、恐ろしい自然淘汰。そしてこれを生き延びた竜がどれほどの強さをもっているか。


 壮大な生き様である。


     *


 私は口元をハンカチーフで抑えながら、骨山の物陰に隠れ”竜の巣”の状況を眺めていた。


 雛と、それを食う竜、そして小さなスカベンジャー竜、いずれに見つかっても危険だ。竜の雛と簡単に言うが、この時点ですでに肥満体のビィに匹敵する大きさなのだ。私がエサとして間違えられることも――いや、彼らにとっては間違えるのではなく正しい判断か――ありうる。


 さて、私がこの”竜の巣”になんのために来たかというと、血みどろの子殺しの様子を見に来たわけではない――それが興味深い光景であることは否定しないが。


 シンロン迷宮にはずっと昔から伝説が語られている。


 曰く『シンロンの全ての竜の巣穴は、この世で一番深くまで通じている』。


 この世というのは迷宮惑星のことだろう。額面通りに受け取れば、シンロン迷宮の巣穴は惑星のあらゆる場所の中で最も深い――言い換えれば星の中心に一番近い場所だということになる。


 巨大なシャフトが時々迷宮に存在していることは私も知っている。例えばサルモン迷宮のシャフト。それは住民を心底悩ませるイナゴヴァーミンの巣穴になっていた。以前私はそのシャフトを直に見たことがある。”竜の巣”に負けず劣らずおぞましい光景だった。


 イナゴヴァーミンの巣穴も全く文字通り底が見えないものだったが、それでもイナゴの死骸がびっしりと底に埋まっていることが確認されており、深くとも真の意味で底なしではない。


 では、竜の巣穴はどうか。


 私の鼓動はわずかに高鳴った。


 もし本当に世界で最も深い穴ならば、その先にいるのは”最初の女”ではないのか。


 そう。


 ”最初の女”だ。


 迷宮を生み出した、迷宮惑星の全てに先んじて存在していたとされる”女王”。


 ”迷宮神授説”において迷宮を授け、そこにビィとヴァーミンを住まわせた上位者。


 あらゆる賛辞とともに語られる最初の存在だ。


 巨大で深い縦穴だからといってそこを降りれば迷宮惑星の中心に通じていると考えるのはいささか短絡的ではあるが、理屈の上では迷宮惑星にも中心核があるはずなのだ。そこへ至る方法としてこの世で一番深い穴をひとつのルートとして見るのはただの突飛な思いつきとは言い切れない。


 私はアンブレラドローンの迷彩モードをフル稼働させ、穴の周辺にうず高く積まれた子竜の死骸に隠れつつ、切り立った穴の外縁に向かった。


     *


 竜の殺意。竜の断末魔。食いちぎられる竜の苦痛。エサを食いちぎる竜の愉悦。


 何重にも奏でられる竜の叫びに私は目もくらむ思いだったが、己の姿が竜に露見しないようにゆっくりと、身を潜め、ついにシャフトの崖の手前まで足を踏み入れた。


 無数の竜の死骸が放つ悪臭ももはや気にならない。


 私はアタッシュケースの”十二の卵”に命じて穴の深さを探らせた。戦闘に用いることもできるが、探知用の門術ゲーティアを12倍の強さで使うこともできるのが私の発明品の強みだ。


 数秒。


 返ってきた結果を見て、私は落胆を感じると同時にひどく愉快な気分になった。


 12倍の門術ゲーティアをもってしても、なおその深さは計り知れなかったのである。つまり――私の予想を大きく上回る存在だったのだ、この竜の巣は。


 手持ちの測量方法ではそれ以上調べることができないのはひどくもどかしい。


 いくら何でも私自身が飛び降りて、この穴が何につながっているか確かめてくるわけにもいくまい。


 では何をすべきか?


 どうやれば距離を測定できる?


 もちろん肉眼では無理だ。


 転移ポータルをつかって機材を山程持ち込んで正確な調査を行うか?


 どれともさらに多くの門術ゲーティア使いを引き連れて操作を?


 あるいは飛び降りても死なないパラシュートかジェットパックのようなものを使うべきだろうか?


 いずれにしても今この状態から何かをなすのは難しい。


 私は無精髭の生えたあごをなで、ごくわずかな時間思索に沈潜した。


 チャンスは逃すべきではない。

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