07 共生不能
プラスキンはあらゆる工業製品の要ッスよ。
無くなったら何にもできなくなるッス。
――ウーホースの元機工兵、カブの言葉
私は探索者ではない。何度繰り返してもいい。
そもそも私は外出して出歩く機会すら減らすに越したことはないと思っているような者だ。そのはずだが私はこの行っても行っても竜の骨と竜の咆哮と白亜の光鱗塔しか見当たらない、死者の見る風景のような場所をすでに二十ターン以上も徒歩で進んでいる。
それだけの期間歩き詰めれば何となくは面白さのようなものを見出すことはできる。来る日も来る日も竜たちの骨を踏み分けていると、それらのひとつひとつが解剖学的見地からどこのパーツに当たり、元々はどのくらいの大きさの竜だったか、推し量ることはそれなりに有意義なことのように思えた。
さて、尾行者の話だ。
彼らが何者かまだわからぬが、包囲の輪を狭めあるいは広げ。一定の距離を取ろうとしているらしい。骨ばかりが地面を覆うこの条件で音もなく姿をみせないということは随分やる相手だ。緊張感で口の中がしびれるのを感じた。私は自分の命には頓着しないたタチだが、目的を果たす前に死ぬのは全く不本意だ。
いつまで何も気づいていない間抜けを装うべきか?
それとも……?
*
いよいよ目的地が近づいてきた。
私がこのシンロン迷宮に足を踏み入れたことにはいくつか理由があった。
ひとつは竜の生態を確認すること。
もうひとつはこの過酷な地にビィの蜂窩はいかにして成り立っているのか。
最後のひとつは、ほとんど伝説的なシンロンの巨大縦穴”竜の巣”を見に行くことだ。
そのうち、蜂窩の状況調査は後味の悪いものになった。まるでけだもの同然の生き方を強いられ、かといって故郷も捨てられないという典型的な蜂窩依存により、彼らの生活は苦境から始まり、苦境の時を過ごし、苦境のまま死んでいくのだろう。
竜の生態――すなわち竜が主機関樹の貴重な聖蜜を掠め取っていることはわかった。いまその理由について言及することはできないが、竜、とりわけ強大な雲竜や竜王たちが聖蜜により極端な体躯と強靭さを手に入れていることはほぼ間違いではないだろう。
”あらゆる可能性”を生身のまま摂取し、その恩恵を手に入れることのできる存在。準備なしに竜を敵に回すのは得策ではない。
”十二の卵”は護身用にしては出来過ぎの性能だが、やはり成体になりきった竜には太刀打ち出来ないだろう。
以上を踏まえて、私は”竜の巣”を目指すことにした。
竜の巣がいかなるものかというと、竜が交尾後に卵を産み付け、孵化した卵から竜の幼体が這い出し、弱いものは縦穴から墜落死し、強い個体だけが巨大シャフトから抜け出し、あらたな竜の子となる――とされている。
実際にはその光景を肉眼で見たビィはほとんどいないので、あくまで伝説的なものだ。
ただ、私の持つマルチデバイスにはあと半ターンほど歩けばそこに巨大な穴があるという地形調査レポートが入ってきている。伝説の実在はもはや疑いようがない。私はほくそ笑んだ。
私は少し浮足立ち、尾行者のことなど頭から抜け落ちてしまった。
彼または彼らが私に対する刺客であるならばそれもやむを得まい。
私はそうされても仕方のない半生を送ってきたのだし、実際に襲われたのも二回や三回ではない。ビィやヴァーミンの刺客ならばなんとでもなる。”十二の卵”を使えばたいがいのビィは無力化できるし、もし殺されるようなことがあってもなんとかなるだろう。
私は少々死ににくい体質なのだ。
*
それからまた数時間歩き、私はとてつもなく頑丈な成体竜の骨盤に腰掛け、携帯食料を口にしていた。
空腹と疲労はなかなか克服できない。
今までの全行程はすでに1エムターン――エムターンはひと月を表す単位だ――近くになっている。水や食料は残り少なく心もとない。最悪の場合は転移ポータルで撤退するしかないが、そんな選択はハナからあり得ない。私は自分が見たいものを見、研究をしたいことを研究する。
それにしても――。
私は足元に転がる幾百エクセルターン前の白骨を蹴飛ばして、地面を露わにさせた。他の迷宮ならば、大抵の場所はカーボン=プラスキン複合材で覆われている。しかしシンロン迷宮は、どこもうず高く積み上がった竜の骨の粉末が、雨に濡れて固まった素材で覆われていた。
カーボン=プラスキンの平らな地面が恋しくなる。
主機関樹の樹液から精製されるプラスキンは、ナマのままだともちもちと柔らかい素材で、これを加工したり、別の素材と複合化させたものはビィの生活において常に役に立っている。建築物にはカーボン=プラスキンが。家の窓には硬質透明プラスキンが。メタ=プラスキンに加工すれば強力なプラスキン爆弾となる。
便利なものだ。主機関樹がなければビィの生活が成り立たないというのも当然のことといえる。
私自身、研究のためには主機関樹から採取される素材がなければ立ち行かないのだから、ビィであることからは逃げられないと言うべきか。
すこし思考がそれた。
尾行者の気配を探ったが、私の感覚では捉えることができなかった。どこかに行ってしまったのだろうか? いや、それではあまりに支離滅裂だ。こんな地の果ての悪夢のような土地で、私ひとりを尾行していたはずの何者かがこの期に及んで姿消すとは思えない。
まあいい。
私は”十二の卵”が入ったアタッシュケースの表面をなぞり、重い腰を上げた。
目の前にヴァーミンがいた。
おおう、と私は叫び、転びそうになった。ほんの少しの油断の隙によもや眼前まで接敵されているとは。
「ねえ吸わせて、オ願いダから吸わせてぇ」
半透明の緑色のボディは私の体の半分ほどで、はっきりとは分からないが飢えてやせ細っているように見えた。
アブラムシ型ヴァーミン。蜂窩にこっそりと侵入して、枝葉に取り付いて栄養を掠め取る害虫である。
なぜそんなヴァーミンがここに、という疑問が湧く前に、私はアブラムシの小柄な体躯に押し倒された。
「お願い、お願いだから吸わせてェェ」
アブラムシは繰り返して、おぞましい口吻を伸ばして私の首筋に狙いを定めた。食糧不足で飢えていることだけはわかった。だが、私とて意志半ばで殺される訳にはいかない。
私は”十二の卵”に命じて大地の門を十二開き、白骨に覆われた地面から十二本の砂でできた腕を生やした。
全身十二箇所を捕まえられて同時に握りつぶされると、ほとんどの生き物は死ぬ。
このアブラムシも同様だった。私は全身にヴァーミンの汚らしい体液を浴び、その死体の下から這い出てから思い切り蹴飛ばした。散らばる竜の骨まみれになったヴァーミンの姿を見ながら、概ねのことを理解した。
アブラムシヴァーミンは主機関樹にこっそり寄生するタイプのヴァーミンだが、私が通ってきた蜂窩同様、どこの主機関樹も十分栄養のある樹液が採れないのだろう。だから生きているビィを狙った。飢えと渇きを満たすにはなりふり構わない。そんなところだろう。
改めて思い知らされた。
ここシンロン迷宮の主役は、ビィでもヴァーミンでもない。
竜なのだと。




