06 名も無き蜂窩
私たちの手に余る……。
――かつてシンロン迷宮の蜂窩に訪れた著名な探索者の言葉
蜂窩にたどり着いた途端、私は穏やかならぬ歓迎を受けた。
ボロ布をまとい、ヒゲも髪も伸び放題の、不潔な類人猿さながらの蜂窩住民が、ほとんど標準基底言語を忘れてしまったようにホウ、ホウと吠え声めいたものを上げた。
その様子は主機関樹とビィの共同体というよりは迷宮生物の汚れた巣穴を彷彿とさせた。
しかしそのような状態にあっても、彼らの原始的な住まいの並びは主機関樹を中心としたものだった。
私は助手のひとりでもつれておけばよかったと後悔しながら、垢じみた男たちに――女子供は竜の骨と主機関樹の樹皮を組み合わせたあばら屋に引っ込んでいるようだった――自ら話しかけた。
*
訛りというレベルを超えて片言になっている言葉を聞き集め、私は非文明的なビィたちと何とかコミュニケーションを取った。
細かい経緯はさておき、彼らがなぜそうなったかについては予想通りだった。いや、予想よりひどいものだったと言うべきであろう。
すなわち主機関樹から採取できるはずの食料――枝葉や実のことだ――を竜たちにいいように食い散らかされ、ビィを産み出す樹液つまり生命の素も奪われ、蜜酒も口にできず、最大の懸案であるわずかな聖蜜さえなすすべなく吸い取られているという。
さすがに同情的になった。
私にとって、私以外のビィは利用価値があるかどうかの一点のみが重要で、その生き死については言及する必要を感じない。
だが――それでも彼らはビィである。
主機関樹と共生し築かれるはずの蜂窩から文化文明の彩りを迷宮生物に搾取されているという状況を目の当たりにして、私は自分自身の心のどこかを侮辱されているように感じていた。
ビィならば与えられてしかるべき主機関樹の恩恵を与えられない彼らがいかにして命をつないでいるのかを問うと、上空から降ってくる竜の死骸から肉を削ぎとり、それを糧としているのだという。
ため息が漏れた。
彼らの生活は竜同士の諍いによるものや、事故や寿命によってたまたま落ちてくる竜の死体に左右される。漁も猟もできない。竜が強すぎて手も足も出せないからだ。だから偶然のおこぼれを当てにしている。つまり拾いに行ける範囲に死体が降ってこなければあっという間に食糧不足に陥るということだ。
彼らの困窮は彼ら自身の問題であって、私がそれを云々する謂れはない。救ってやる義理も導いてやる道理もない。
あるいはリトルニューク爆弾で蜂窩の全てを焼き払ってやる方が彼らのためだったかもしれない。
あのまま生き続けるのは、私にはきっと耐えられない。
私は蜂窩を後にした。
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ひとつの問題が脳裏に浮かんだ。
聖蜜を無思慮に摂取したビィが情報量に耐えられずに爆散するのに対し、竜はなぜ恐るべき力を手に入れられるのだろうか?
退化したビィたちの話では、どうやら舐めさえすれば力を得られる――それゆえ竜同士の争奪戦が起こる――というのがお決まりのパターンであるらしい。頻度は50エクセルターンから100エクセルターンに一度ほどだろう。
私は耳をかすめる遠雷の轟きに上空を振り仰いだ。
はるか光鱗塔の頂上部に巻き付くようにした竜王の長大な身体の鱗と鱗がこすれあって、そこから青白い稲妻が走るのが見えた。
私は”十二の卵”が入ったアタッシュケースの持ち手を強く握りしめた。
あの竜が、迷宮生物がビィの上前をはねて聖蜜の力を利用しているというのなら、私がその力を腹わたから引きずり出し、自らのものとしてみせよう。
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しばらくは穏やかな旅路が続いた。
地面はどこまでも竜の白骨に覆われ、幾度か小さな竜に食われかけもしたが。
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数ターンが過ぎ、私は突如として尾行の気配を感じた。
初めはシンロン迷宮の住民かと思ったが、それならば文字通り臭いでわかるはずだ。彼らは入浴の習慣――というより余裕がない。
となれば考えられるのは何だ? 竜か? 竜がそんなコソコソとするはずがない。
ならばありうるのは――ヴァーミンか。
私は何やら楽しくなって、唇の端をわずかにゆがめた。しばらく歩きづめで退屈をしてきたところだったからだ。いつから尾行ていた? 何のために? エサにする気か? それとも他に何かの目的が?
残念ながら、私は門術による探知はそう得手ではない。マルチデバイスによるエコーロケーションではっきりさせてもいいが、手練の門術使いであれば音波を吸収してしまう能力を発現させることもある。逆に言えば、音針を打てば私の居場所をはっきりと知らせるようなものだ。
私は何も知らぬ風を装ってそのまま道なき白骨の荒野を進んだ。
遣る方無い憤懣を追跡者相手に爆発させるのも、きっと悪く無い。




