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迷宮惑星  作者: ミノ
第10章 シンロンの章
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05 HONEY

ビィは同種族で相争うことをほとんどしない。

敵は外にあり、ヴァーミンへ敵意が向いている以上、仲間割れをしている暇がないからだ。

それは誇り高さと言い換えてもいい。

だが聖蜜のひと匙が時としてビィの目を狂わせることもまた事実である。

我々は過去からの伝統を学ばねばならず、同時に自らの愚かさを学ばなければならない。


――とある教育者ビィの言葉

 シンロン迷宮の主がドラゴンであることに疑義を差し挟む余地はない。


 その巨大さ、獰猛さ、支配領域の広さはビィ、ヴァーミンともに及ぶべくもなく、のんきに地を這っていては小柄なエサになるだけだろう。


 私とて例外ではない。


 骨の山をかき分けながら進む内に、竜たちの視線のようなものが空気に混じり始めている。果たしてそれは私の神経過敏によるものなのか。


 相変わらず頭上遥かな雲の中で互いを相食む雲竜クラウドドラゴンの長い咆哮が聞こえ、光鱗塔に張り付いた鱗――光導板の光がそのシルエットを浮かび上がらせる。翼あるもの、翼なきもの、その形状にかかわらず全てが飛翔し闘争を繰り広げるそのさまたるや……。


 私はアンブレラドローンを半透明からカムフラージュモードに切り替えて、首をすくめるようにして進んだ。


     *


 私がいまどこに向かっているかといえば、日々恐怖の訪れるこの迷宮の中で生き残っているわずかなビィとその蜂窩ハイヴである。


 竜の餌になることを甘受しながら、それでもなお蜂窩ハイヴを守ろうとする彼らに私は興味を持ち、そこに隠されている秘密を知りたいと思いわざわざ己の脚で迷宮を進んでいるのである。


 もっと明瞭に言えば彼らが守り、あるいは秘匿しているであろう主機関樹セントラルツリーへの強い興味がそうさせている。


 ドラゴンが純肉食性だと考えるのは尚早というものだ。


 栄養価――という言葉が的確であるかどうかはさておき、もし私が竜であるならば矮小なビィよりもその生命の大本である主機関樹を食うだろう。ビィひとりよりもはるかにうま味のある食料であるはずだ。


 ビィに機関樹の世話を強要し、奴隷として用いた上で樹の力を喰らう。ビィたちに竜への反撃手段が残されているとは思えず、その支配は永遠に思えるほど続くだろう。


 そういった地元ビィの苦しみはさておくとして、竜の巨躯や戦闘力は樹を貪っているからとも考えられる。


 私の背中を押すのはそうした竜・樹・ビィの生態を明らかにしたいという純然たる学術的欲求だ。


 主機関樹はそれだけでも莫大なエネルギーを有するが――そうでなければ蜂窩ハイヴの生活を支えることはできない――竜はただ食欲を満たすだけではなく、主機関樹が生み出す最高のモノを摂取しているのではないか。


 最高のモノ。


 すなわち聖蜜アムブロシアだ。


     *


 聖蜜アムブロシアより価値のあるモノなどこの世にあるだろうか。


 高度な知識を要する説明を省き、幼体こどもでもわかる言葉を使って説明すると、聖蜜とは”あらゆる可能性をひろげる薬”と言えるだろう。


 試しにスプーンひと匙の聖蜜を何の下準備もなく舐めてみたとしよう。ほとんどの場合、そのビィは爆発する。そのビィのあらゆる未来の可能性(・・・・・・)が指数関数的に増え、一点に集中し、情報量に耐え切れず肉体が崩壊してしまうのだ。


 何も考えず舐めてしまうような愚物には無限の可能性は手に余る。


 では賢者の手に渡ればなんとするか。


 その性質である”可能性を広げる”ことにより、蜜はそれまで得られることのできなかった希少物質を大量に増やしたり、莫大なエネルギー源として転用したり、強力な未来予知をビィにもたらしたり、他にもさまざまだ。


 可能性は広がり、ひとつの可能性が新たな可能性を広げる。それらがもたらす進歩がかつて念話器を生んだ。携帯念話を生んだ。ドローンを生み、プラグドを生み、プラグドロイドを生み出した。


 聖蜜はビィの世界に新たな地平を拓く。


 そのことは皆知っているはずだ。


 にもかかわらず――いや、だからこそ、か――ビィはしばしば聖蜜を奪い合う。危険なものであると様々な先駆者、学識者が警句を残しているのに、聖蜜は愚物の手に渡ることしばしばだ。主機関樹が営々と貯めこんだ贈り物を無碍に扱ってしまう。嘆かわしいものだ。


『聖蜜を飲めば不老不死になれる』。


 くだらない話だ。長く生きる必要のない輩ほどそれを欲する。


 そして腹立たしいことに――事は愚物の同士の奪い合いだけにとどまらない。これが問題だ。聖蜜を欲しがっているのはビィだけではない。


 ヴァーミン。


 かの毒虫もまた聖蜜を求めているのだ。


     *


 ヴァーミンが何をしようとしているのか想像はできる。


 あの化け物どもはビィと同程度の知能を持つ高等生物であるが、大きな違いがある。言うまでもなく主機関樹の存在である。彼らはビィの胎蔵槽とは異なる”金剛環”という3D生命プリンタ装置によって個体を増やす生態を持っている。金剛環は大量生産には向いている――最大で胎蔵槽に比べ100倍以上の生産数格差が存在するという報告もある。


 それだけの数を誇りながら、ヴァーミンには進歩がない。


 ビィから鹵獲した銃火器やデバイスを利用することはあるが、ビィのごとく全く新たなモノを作り出すことはほとんど無い――もしくは完全に無い。


 つまりこういうことだ。


 ヴァーミンも聖蜜を使って可能性を手に入れたいのだ。


 ビィが世々開発する新たな武装や道具を、個体数よっては圧倒的優位に立つヴァーミンが手にしたとしたら、どうであろう。


 気の遠くなるほどの昔から繰り広げられてきたビィ=ヴァーミン間での生存戦争は決着するかもしれない。


     *


 少し話がそれた。


 ともあれ、聖蜜はおよそこの世にあるモノのなかで最も貴重な存在だ。


 そして、私が難儀しつつ歩いているシンロン迷宮にいる竜たちは、ビィやヴァーミンの都合など一顧だにしないほど強大で、手に負えない。ならばおそらく――いや、間違いなくシンロンに生えている主機関樹から分泌される聖蜜を啜り、そこに秘められた莫大なエネルギーを我が物とし、それゆえ絶対的なチカラを手にしているのだ。


 私はコートの中からマルチデバイスを引っ張りだし、念波ロケーション機能を用いた。


 はるか上空には十数頭の竜。


 そして歩いて1時間ほどの距離に小さな生命反応があった。


 間違いない。蜂窩ハイヴだ。


 私はコートの裾から雨粒を払い、ガシャガシャと竜の白骨を踏みしだきながら蜂窩ハイヴへの足取りを早めた。


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