04 竜の食物連鎖
ビィはしばしば温存され、養殖される。
――シンロン迷宮を旅したはるか昔の旅人の言葉
死地にあっては、生き抜く方法を瞬間的に選べるかどうかが全てだ。
今まさに襲いかかってくる翼竜の爪に、私はアタッシュケースを差し出すように持ち上げた。
凶猛な叫びが白骨のじゅうたんと光鱗塔を揺るがした。私はあまりの大音声を頭上から浴びせかけられ、ほんの1秒の間だが意識が朦朧とした。
だがこちらもただ食われに来ているわけではない。
アタッシュケースの蓋から奇妙な陽炎が立ち上り、それはある法則に基づいた幾何学模様の空気の歪みとして固定化された。
次の瞬間、翼竜は体中の穴という穴から大量に出血し、墜落して活動を停止した。
鞄の中に仕込んだ私の創造物の思わぬ実戦テストとなったが、効果は上々のようだ。不可視の霊線をアタッシュケース外部に発生させ、そのラインに大量の霊光を循環させて人工的に門術を発現させるという代物だ。
結果、翼竜は電子レンジに入れられたネズミのように全身の体液が沸騰して死んだ。
私は情けなくもその場に座り込み、心底安堵した。翼竜がもう少し成長して大きな体躯をしていれば、あるいは命はなかったかもしれない。
するうちに、上空から何やら浅ましい鳴き声が聞こえてきた。
私を襲った翼竜より遥かに小さな竜で、どうやら死んだ翼竜の血の匂いに誘われて集まってきているらしい。成長段階の低い、スカベンジャーの役割を負った個体たちなのだろう。
やれやれと私は立ち上がり、なるべく早足でその場を後にした。
これ以上子竜とやり合っても意味は無い。
そそくさと去る私の背後で、十数羽の竜が翼竜に群がり、湯気が立つ新鮮な肉を貪り始めた。
*
”十二の卵”は私の発明のなかでも特に価値ある一品だ。
ひとつひとつの”卵”は霊光発生器とでもいうべき代物だ。12の異なる門術を同時に発現させたり、12個を同調させることで強力な門術を発現させることができる。
12人の門術使いをいっさいの遅延なく完全に支配下に置いて操作できるということを考えて欲しい。断言してもいいが、そこまで有能な集団はこの世に存在しない。
私はそれをアタッシュケースひとつに詰め込んで今こうして旅している。物言わぬ無敵の相棒とでも言うべきか。
ただ、ひとつの後悔がある。
戦力はともかくとして、念動車の1台でも持ち込んでおけばよかった。
歩きづらい骨だらけの地面を自分の足で進むのは、いささか飽きてきたところだ。
*
風の音か、竜の咆哮か。
シンロン迷宮上空からうねるような音が降りてくる。
驟雨をアンブレラドローンで受けながら歩いていた私は、一抹の不安――いや、はっきりとした危機感を覚えながら頭上を振り仰いだ。
そこには巨大な影があり、そのまま私を押しつぶす角度で落ちてくるではないか。
”十二の卵”を使ってその場から離れると、危機一髪、三階建ての建物に匹敵する大きさの竜の死骸があたりの白骨を弾き飛ばしつつ墜落した。骨の破片と土煙が巻き上がり、あたりは白いモヤに覆われた。落下してきた竜は断末魔の叫びを上げ、身を捩った後、痙攣し動かなくなった。
なんと恐ろしい生き物であろうか。
地面にところかまわず積もった白骨は、こうして空から落ちてきた竜の死体によってできたものであることは間違いない。
と、私はさらなる危機の予感を覚えてその場を大急ぎで立ち去った。
ほどなくその予感は的中した。
墜死した竜よりもさらに巨大な体躯を持つ個体が上空から舞い降りてきてその死肉を貪り始めた。スケールが違う。死んだ個体が三階建てならばこちらはその倍以上。
見るからにビィの手出しすべきでない迷宮生物だ。
おそらくヴァーミンとて同じだろう。
”十二の卵”であってもはたして対応可能かどうか。
私は竜の捕食というダイナミックな現場を背に、目的地へと急いだ。
死んだ竜は食われ、より小さな掃除屋に骨までしゃぶられ、その連鎖がどこまでも続く。
多少後ろ髪引かれている自分に驚いた――物味遊山的な感性が私にも残っていたらしい。




