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迷宮惑星  作者: ミノ
第10章 シンロンの章
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02 ウェイ・オブ・ザ・ドラゴン

生身で足を踏み入れる場所にあらず


――”からくりの君”ブラヴァの言葉

 転移ポータルをくぐりシンロン迷宮に足を踏み出してから一時間ほど過ぎた。


 一歩また一歩と歩くたびに靴底が真っ白に漂白された樹の枝のようなものを踏み折って、歩きづらいことこの上ない。避けて進むことができればよいのだが、あいにくそれは不可能だ。シンロン迷宮の地面には、文字通り脚の踏み場がないほどその白いものに覆い尽くされている。


 骨だ。


 膨大な量の骨があたり一面に敷き詰められている。


 私はその骨の一片の、まだ破損していないものを拾い上げた。なかなか興味深い。ビィのものでもヴァーミンのものでもない。迷宮生物が白骨化したものだ。


 シンロンの迷宮生物はある意味伝説的存在である。

 

 私の知る限り他の迷宮における迷宮生物は、ビィやヴァーミンを襲うこともあれば、反対に家畜化されて食料資源になっている。


 だがシンロンにおける迷宮生物は、ビィやヴァーミンを差し置いて食物連鎖の、そして――あえてこの言葉を使うが──戦闘能力において頂点にある。


 ドラゴンといわれてそれが何なのか瞬時に把握できるビィはそうは居まい。かくいう私も、恥ずかしながら実物を見るのは今日が初めてのことだった。


 記憶を整理しよう。


 シンロンにはビィはほとんど住んでいない。主機関樹セントラルツリーの数に比して蜂窩ハイヴは少なく、つまり無人の地が多く広がっている。


 代わりに――というのもおかしな話だが、ヴァーミンの生息数も同程度の少なさだと言われている。


 迷宮生物が圧倒的な支配力を持っているがためだ。


 シンロンの真の支配者である竜はビィ、ヴァーミンにとって等しく天敵――否、災害に等しい。


 地面から禍々しい曲線を描いてモヤのかかった迷宮の天井にまで刺さっている光鱗塔こうりんとうが立ち並び、あとはほとんどが骨のじゅうたんに覆われたこの世の外のような光景の中、竜は飛び交う。


 その姿は千差万別で、長い身体をもち巨大な翼で羽ばたく翼竜種、気嚢を括りつけたようなフォルムで浮かんでいる浮遊種、ヘビのように長い身体に手足がついただけにも関わらず空を舞う美しい長竜種。跳ぶことをやめ、地面を疾走する地走種。それらより小さく、巨大なコウモリにも似たフォルムの幼生など、本当に色々だ。


 そしてそれらは生まれたばかりの幼生体を除きどれも巨大である。


 いや、それには語弊があろう。


 生まれたばかりの幼生体ですら、標準的ビィと同じかそれ以上のサイズがあるのだから。


     *


 私も昔はヴァーミンの真実に触れようとインタビューを繰り返したものだ。


 もっとも、少々荒っぽい手術と拷問を伴う質問により得られたのは、彼らがビィを殺そうとし、喰らおうとし、他の何事にも関係なく憎悪を抱いているという、過去から連綿と受け継がれているヴァーミン観が誤りではないという裏打ちだけだった。


 当時のことを振り返るに、私はある種の期待をヴァーミンに寄せていた。


 ビィとヴァーミンは姿形こそかけ離れているが同じ知的生命体であり、手を取り合うことは不可能にしても両者の知っている知識のすり合わせ(・・・・・)くらいのことはできるはずだという期待だ。


 センチメンタルの極致であるといえよう。


 知性レベルにおいては確かにビィとヴァーミンは同程度で、個体によっては極めて高度な知能を有するヴァーミンも存在する。


 だが彼らヴァーミンは、結局のところ一匹残らずビィに対する憎悪を抱いており、それは生理欲求に匹敵する根本的な行動原理だった。


 融和や発展のためにあるのではない。彼らのその知性はビィの殺害へと積極的・・・に傾けられていた。


 先人の知恵というものには、受け継がれるだけの理由がある。和解の方法があるなら、数千、あるいは数万エクセルターンの内に果たされているはずだということを私は痛烈に思い知らされた。


 以来私は考え方を改め、ヴァーミンのことを対等な生命体ではなく部材・・として見るようになった。彼らのもつ技術と、その肉体から抽出される物質。必要なのはそれらだけだ。


     *


 少し思考がそれた。


 私はふたたび白亜の光鱗塔を見上げ、そのまばゆさに目を細めた。


 地面を覆う白い骨のじゅうたんと同じまっさらな白の塔は、誰かが建造したものではない。


 テーブルに垂らした蜜飴をつまんでねじりながら上に伸ばし、そのまま放っておかれたような形――とでも言えばいいのか。奇妙なねじれ方をし、何百本と天を衝くそれらの塔は鍾乳石がそうであるようにくり抜いても芯まで詰まっていて、中に入って登るようなことはできない。


 光鱗塔において付け加えると、通常の迷宮では天井に張り付いている六角形の光る板、光導板が塔のねじれによって引き剥がされ、塔の側面に張り付いたままさらにひねりが加えられている――という現象が起きている。それはまるで白の塔に輝く鱗が生えたかのようで、それが光鱗塔という名前の由来になっている。


 心かき乱される光景と言えよう。


 美しくもあり、雄大でもあり、不気味であり同時に迷宮の謎を感じさせ、単一の印象ではなく常に千変万化している。


 迷宮の謎。


 私はその手がかりを求めてこのシンロン迷宮に訪い、わずかだがその一端に触れている感覚を抱いていた。


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