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迷宮惑星  作者: ミノ
第09章 タイグロイドの章
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09 ナイフの行方

【みなごろし券】


――後に凶悪犯となる女ビィが幼少期に父親に渡した手作りの紙切れ

「ギャアッ!」


 悲鳴が上がった。


 後頭部をえぐられたはずのストロースではない。


 アダーのものだ。


 いつの間にかストロースの背後に張り巡らされていた高圧電流の流れる有刺鉄線に目一杯激突したからだ。エリファスから譲られた超硬電磁ワイヤーを霊光レイ・ラーで変質させたのだ。


「……無駄な速さね、アダー」


「何をォ!?」


「バカに刃物を持たせるなってことよ」


「こっの……!!」


 アダーは完全に逆上し、自らのジャマダハルで砂色のマントを破り捨てた。マントの下の衣装は引き締まった身体を魅せつけるような、露出度の高いものだった。


 アダーの動きは恐るべきものがある。獰猛な捕食者プレデターが爪と牙を繰り出すがごとく、不規則かつ一打即殺の攻撃がストロースを襲った。


 ――どこまで保たせられる……?


 ストロースはサイバーグラスの視界内に映るキネゾノ蜂窩ハイヴの住民たちの避難状況を見て思案した。防御に徹すればアダーを封じ込められるだろう。だがいつまでそれを続けられるか。逆上が収まって、本来の目的であるはずのディズの略取を優先してくるなら……?

 

 ストロースは腹を決めた。追い払うのではなく、ここで必ず殺さなくてはならない。


「ハッ!」


 掛け声とともに右のワイヤーが亜音速で飛翔しアダーの首を狙う。


 そうしながら一方の左で必殺の一撃の準備に入った。


 アダーがどれだけしつこく絡んできたとしても、必ず殺せる技だ。


 さらに十数度の打ち合いを経て、ストロースの左手に仕込んだコイルの筒先がアダーの頭を狙った。これが決まればアダーの頭部は血の霧に変わる。


 はずだった。


 突如として蜂窩ハイヴ上空から、巨大な何かが降ってきた。


「遅えぞ”アカザワ”!」


 土煙と地響きが立ち上り、その間にアダーはさっとストロースの間合いから外れた。


 そして”アカザワ”が姿を現した。


 赤銅色に輝く巨体。その身長は標準的なビィ三人分を超えている。かのサルモン迷宮に巣食う凶悪な迷宮生物”鬼人猿オーガエイプ”にも似た、金属の――全身プラグドの巨人。


 プラグドロイド”アカザワ”である。


     *


「何をやっている……」


 アカザワはアダーを見下ろし、骨に響くような重低音を発した。どこかに設置されたスピーカーから聞こえてくるようで、バケツを伏せたような顔が動いている様子はない。いや、そもそも喉のような発声器官は持っていないのだろう。


コロシ(・・・)だよ。あのクソ女をバラバラにしたら今度はこのクソみたいな蜂窩ハイヴを一人残らず……」


女王の子(クイーンズチャイルド)は?」


「あ? ああ……まだだよ」アダーの声は言い訳じみていた。


 瞬間、稲妻のような舌打ちが蜂窩ハイヴ全体に響いた。


「趣味と目的を違えるな、アダー。オズワルド様に報告するぞ」


「ちょ、待てよこのデカブツ! まだ(・・)だって言っただけだろ!?」


 オズワルドの名を聞いて、アダーの反応が明らかに変わった。


「わかってるよ、ダイギャクサツは別の機会だ。アタシがあの女をブチ殺すからアカザワ、お前はガキの方を」


「逆だ」


「あ?」


「こちらが女をやる。お前は女王の子(クイーンズチャイルド)を捕らえろ。万が一にも殺すなよ」


「フザけろよ、あの女はアタシがブチこ……うぉッ!?」


 アダーは瞬間的にしゃがみ込み、頭部を狙っていた超硬電磁ワイヤーのムチをかわした。ワイヤーをり合わせ、子供の手首ほどの太さにまとめたムチである。かすっただけで骨まで削げる程のものだ。


「外したか……!」


 隙を突こうとしたストロースはワイヤーを一度解き、再び手首の内に収納した。


 この攻撃、あるいは挑発にアダーは狂ったように叫んだ。


「ぐがあああああやっぱりダメだあのアマはアタシが殺す!!」


 アカザワの制止も聞かず、アダーは一直線に超振動ジャマダハルを構えて突撃した。


 と、銃声のような破裂音が鳴り響いた。


 超硬電磁ワイヤーの動きが音速を超えた証だ。アダーは超音速でのたうつワイヤーにジャマダハルを切り刻まれ、思い切りつんのめって頭から転倒した。


 アダーの動きが止まり、ストロースはアカザワと対峙した。


「……ここで手打ち、って訳にはいかないんだよね?」


「無論」


 ストロースの質問に、アカザワはきっぱりと言い放った。


 ストロースもそう応えるだろうことは予想していた。”誘拐犯”は女王の子(クイーンズチャイルド)であるディズの身柄を生きたまま捉えることだけを目的としており、そのために構成員が何人死んでも意に介さない。


 だから、ストロースは”誘拐犯たち”が何を考えてディズを狙っているのか未だにはっきりとした答えを持たないが、そんなことは関係なしにひとり残らず始末しないといけないのだ。


 ――そうでないなら今すぐ逃げるか、だ。


 スーパーヘヴィ級プラグドロイドのアカザワと一対一でやりあわないといけない――場合によっては二対一になる可能性を考えると、できるだけ引きつけて、キネゾノ蜂窩ハイヴから遠ざけた上で逃げ延びるほかない。


 アダーだけでも決して楽な相手ではないというのに、みるからに頑丈そうな鋼の巨人まで加わってはストロースの勝ち目は薄い。


『ディズ、ディズ! 聞こえる!?』


 ストロースは高機能ジャケットの襟元をタップしてディズに念波を送った。ディズは機転を利かせて、うまく身を隠しているようだ。

 

『逃げるよ。あたしが合図したらあそこの裏口から蜂窩ハイヴの外に出て。いい?』


『うん、わかった。こっちはどうしておけばいいの? マイクロニュークかゼロ=ゼロ・ブラスターでも取り寄せ(・・・・)る?』


 やや興奮したディズの声が返ってきた。背景にはかすかにロコの震える声が混ざっている――おそらく手を握って落ち着かせているのだろう。


『そんな暇ない。できるだけ早く転移ポータルを用意しておいて』


『了解……ごめんねロコ、もう行かないといけないんだ』


 ストロースはかすかに苦笑しつつ念話を切った。


 よくできた子だ。


 守るべき価値がある。


     *


 ストロースにとってアカザワは最悪の相手だった。


 いかにも分厚い装甲と、そこに施された複合防御機構によって電磁ワイヤーの攻撃が通らない。全て弾いてしまう。その上パワーは重機なみで、振り下ろした拳だけで地面に穴が空くほどだ。


 ストロースはアカザワをおびき寄せ、何とか蜂窩ハイヴの外にまで釣りだす算段だったがアカザワは乗ってこなかった。


 その場を大きく動かず、距離を詰めたり空けようとするストロースを牽制する程度。その目的は明らかだ。『いつでも蜂窩ハイヴの住民を殺せる立ち位置にある』という無言のアピール、そして……。


「アダー! 何をやっている! 早く起きろ!!」


 ビリビリと窓を震わせるような大音量が鳴り響いた。


「早く”女王の子(クイーンズチャイルド)”を捕らえろ!」


 アダーは切り刻まれた超振動ジャマダハルの残骸を投げ捨て、「うるせえ! いまやろうと思ってたんだよ!!」


 転倒した身体を起こすと、アダーの両腕から小石のようなものがボトボトと垂れた。指が数本失われたらしい。が、腕そのものはまだ動かせるようだった。


「くそぉ、畜生! あのガキ、どこに行きやがった!」


 蜂窩ハイヴ住民たちの一角がわずかに狼狽した。


「そっこかぁ!」


 完全に頭に血が上ったアダーは自らの負傷をかえりみず、ディズが身を潜めている人垣に飛び込んだ。ジャマダハルはなくとも、アダーは戦闘用の門術ゲーティアの使い手である。おまけにいまは狂乱の最中、たとえ腕が使えなくても蹴りや体当たりだけでもビィを殺せるだろう。


 ――マズい!


 ストロースは一瞬の判断でアカザワではなくアダーに狙いを定め、ワイヤーを投げ輪のようにして飛ばした。手足のどこかに当たれば締め付けて足止めできる――はずだ。


 そのよそ見をアカザワは見逃さない。


 巨人の拳が真横からストロースを襲い、その身体木っ端のように弾き飛ばした。


 ストロースはそのまま民家にぶち当たり、カーボン=プラスキン複合材の壁に体がめり込んだ。即死してもおかしくない威力だ。ギリギリのところでワイヤーを飛ばして衝撃を吸収させなければ、おそらくそのようになっていただろう。


 そしてそれとほとんど同時にアダーが人垣に突っ込んで、血飛沫が上がった。


 ストロースは最悪の光景を想像した――だが血を噴いたのはアダーだった。


 何が起こったのか、その場にいたビィ、そしてプラグドロイドのアカザワでさえ理解できなかった。


 アダーは、空中に発生・・した硬質透明プラスキンの塊に正面から思い切り激突したのだ。


 だが、そんなものがいったいどこから?


「お前たちになんか捕まるもんか」


 ディズが青白い炎を身にまとい、昏倒したアダーを睨みつけた。


 アポーツ――瞬()移動。自分の体を一瞬の内にどこかへ飛ばすテレポートではなく、全く別の場所から己の現在地に物体を呼び寄せる能力だ。


「ディズ……?」


 突然雰囲気も何もかも変わってしまったディズに、隣りにいたロコが不安げに声をかけた。


「ごめんねロコ。もう行かなきゃ」


 ディズの笑顔は愛らしくて、寂しそうだった。


 ロコはディズに取りすがろうとした。


 間に合わず、ディズは人垣をかき分けて行ってしまった。


 理不尽な”誘拐犯たち”からロコを、みんなを、ストロースを守るために。


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