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迷宮惑星  作者: ミノ
第09章 タイグロイドの章
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05 ダブルプレー

一日に一度でいい、大気のことを考えて欲しい。

それが何なのかを。


――”バードウォッチャー”エマニュエルの言葉

 虚空庭園の中に侵入したハサミムシ型ヴァーミン2匹。


 尾部に生える凶悪な形状のハサミを反り返らせ、おぞましい虫人間は素早く左右に展開した。


 虚空庭園内は真空なのでヴァーミン共の足音も、嗜虐的な笑いも聞こえない。ストロースは感覚がひとつ使えないやりにくさを感じた。


「ロコちゃん、そのまま動かずにいて。あたしがちゃんと守ってあげる」


 有線念話でそう伝えると、ストロースは両手からするすると伸びるワイヤーを全く腕を動かさずに操作した。霊光レイ・ラーを通してある超硬電磁ワイヤーはただの金属紐ではなくストロースの手足の延長なのだ。


 空気があるなら空を切り裂く音が響いたはずだが、いまは何も聞こえない。聞こえないままワイヤーがしなり、ストロースの背後に回り込もうとしたヴァーミンの触覚を切り飛ばした。ギャッと口から泡を飛ばすヴァーミンだがもちろんこれも聞こえない。飛び散った体液は気圧の低さで沸騰し、気化熱で細かい氷の粒に変わった。


 一方、真正面からハサミを突き出してくる片割れに対しては、足元の砂を蹴り上げて低い位置にある頭部にぶちまけた。低重力環境下では巻き上げられた砂はゆっくりと地面に落ちていく。正面のハサミムシは顔中を泥まみれにされ、視力を奪われた。


 ハサミムシたちは何かを叫び――無論それは声になっていないが、十中八九罵倒の言葉だろう――今度は完全に連携して動いた。


 背後に回った一匹が狙うのは、ストロースがかばっている少女・ロコだ。


 前方の大ばさみ、背後のロコを狙う凶器。


 ハサミムシヴァーミンは容赦なく尾部のハサミを反らし、一気に切り込んだ。


 ロコは自分の死を覚悟した。自分の首が断ち切られる寸前までハサミが迫る。


 が、そのハサミは閉じられない。


 ロコの周囲には、ほとんど目に見えないワイヤーが彼女を中心にした網目状に編みあげられ、そこに通された霊光レイ・ラーが電磁バリアを生み出したからだ。トラップにかかったヴァーミンは反発力で弾き飛ばされ、ひっくり返った。


 前方からストロースを狙ったヴァーミンも聞こえない悲鳴を上げた――密かに伸ばされた超硬電磁ワイヤーを平べったい顔面に叩きこまれ、片目を削ぎ落とされたからだ。


 ハサミムシたちは予想外の反撃にうろたえながら、なおも尾部のハサミを開閉させ、奇形的造形の顔をニタニタと歪めた。ヴァーミンはどこからどう見てもおぞましいバケモノだがビィと同じだけの知能がある。背中にロコを匿うようにしているストロース相手に数で優っている以上、有利は動かないと考えるのは当然のことだ。それはストロースも理解している。


 ストロースは師のエリファスに仕込まれたワイヤーの使い手ではあるが、今は特殊な環境下にある。はたしてどこまで立ち回れるか。


 ――ロコを守るためなら、最悪手足の1、2本プラグドになることは覚悟しなきゃ……。


 奥歯を噛みしめるストロースを嘲笑い、ハサミムシ型ヴァーミンが再び襲いかかってきた。


「ヤバっ!?」


 ヘルメットの中で悲鳴がくぐもった。


 ヴァーミンたちは、ロコを狙うことを後回しにしてストロースに同時に飛びかかってきたのだ。


 低重力下なのでその動きは一見緩慢だが、条件は同じだ。動きを読み違えたストロースはワイヤーを操って防御しようとするが、左手のワイヤーはロコの防御につかっているため回せない。右手一本では片方のハサミムシしか弾き返すことができず、ストロースの身体にもう片方の凶悪なハサミが絡んだ。


 循環型酸素供給ヘルメットにヒビが入り一部が砕け、タイトスーツに包まれた二の腕を切り裂かれる。


 普通の戦いであれば、門術ゲーティアをつかって傷を塞いでいるところだがここは虚空庭園。真空と低重力の世界だ。


 ヘルメットの中の空気が真空に吸いだされ、二の腕の傷口からも血液が搾り取られ、空を漂う液化したルビーのようになってしまう。


 ストロースは全身の毛が逆立つのを感じた。このまま戦えばジリ貧だ。かといってロコを見捨てるような真似は絶対にできない。残った右のワイヤーを封じられたら詰んでしまう……。


 タイトスーツに着替えるために脱いだ高機能ヒゴロモスーツが手元にないのが悔やまれる、あれには護身のための武器と装置が仕込んであるのだ。


 だが今は言っても仕方ない。


 ストロースはワイヤーに目いっぱいの霊光レイ・ラーをこめ、酸素が切れる前に2匹を無力化させないといけないのだから。


 しかし無情にも左手がわに回りこんだ片割れが胴体に向かってハサミを伸ばし、ストロースは上半身と下半身が別れるほどの締め付けを食らった。その悲鳴もやはり誰にも聞こえず、口腔の肉を震わせるにとどまった。


 このままでは窒息か、内臓破裂か、出血多量で死んでしまう。


 ――駄目だ、これじゃロコちゃんも殺される!


 命がけでロコを救おうとするが、それが不可能になりつつある現実にストロースは歯噛みした。ロコも、自分もここで殺され、食料にされてしまう。


 ロコも守れず、本来の目的である”あの子”も探しだせず、自分はここで死んでしまうのか……。


 その時。


 立て続けに変化が起こった。


 虚空庭園の地面がいきなり隆起して、ハサミムシの一体を真下からの槍のように貫いた。


 ついで巨大な手のようなものが現れ、ストロースの腹にハサミを食い込ませていたもう一体を強引に掴んで引剥した。


『スー、後始末よろしくね』


 有線念話が、ロコとは違うチャンネルで届いた。


 ストロースはそれだけで全てを察し、2匹のヴァーミンの首を順番にワイヤーで刎ねた。


「……あんたね、いるんならもう少し早くでてきなさい」


 ヘルメットを応急処置したストロースが、声の主をたしなめた。


「でも助かったんだからいいじゃん」


 虚空庭園にそびえる機関樹の影から、声の主が現れた。


 ロコと背格好が同じくらいのビィだった。中性的な顔立ちと澄んだ声からは男女どちらなのか一見しただけではわからない。


「それより虚空庭園ここから出ようよ、呼吸するだけで大変だもん」


 まだ幼さが優っているそのビィは、それだけ言ってさっさと庭園を守る力場フォースフィールドから抜け出てしまった。どういうわけか、ヘルメットもスーツも装着していない。


「何やわからんけど、おねえちゃんそのままだと危ないで。ウチらも出よ?」


「そうね」


 呼気で曇ったヘルメットの中で、ストロースは複雑な顔をした。


「そうしましょう。あたしたちにはこの環境、きつすぎる」


     *


「さて、ちょっと聞かせてもらいましょうか」


 怪我の手当を済ませたストロースは開口一番、中性的なビィを問い詰めた。低重力下から抜け出たことで体が重く、地べたにへたり込んでいる。


「なんでこんなところにいたの、ディズ」


 ディズと呼ばれたビィはつまらなそうに唇をとがらせ、だって面白そうだったんだもん――と言い訳じみて言った。


「面白いからってあたしを置き去りにすることないでしょ。それにディズ、あんたの保護者は今あたしなんだってこと、忘れてない?」


「忘れてないよ。忘れてないけど……」


「けど、何よ?」


「それは……あっ」


 ディズは何かを言おうとした途中で、遠巻きにふたりのやりとりを見ていたロコの存在に興味を向けた。怖い顔のストロースを袖にしてロコのところにひとっ飛びで近づいた。


「かわいいね」


 ディズはためらいもなくロコの手をとって、柔らかい笑みを浮かべた。


「ウ、ウチが……?」


「うん。なんていうの、名前?」


「……ロコ」


「ロコ! かわいい名前だね」


 ロコは戸惑い、よく日に灼けた顔に赤みが差した。初対面で急に真正面からかわいいと連呼されれば、たいていのビィは同じような反応をするだろう。


「ウチよりも、あの……」


「ディズって呼んで」


「ディ、ディズのほうが、その……かわいいやんか」


 どぎまぎしながら、ロコはどう繋げばいいのかわからなくなった。ディズの性別が不明だからだ。間近で見ても男の子か女の子か区別ができない。背格好は同じくらいだし、人懐っこい笑顔はここちの良い気安さがあって、たぶんすぐにでも友達になれそうなのだが――男か女かで呼びかたも、言葉の意味も変わってくる。


「ロコは怪我してない? 手当してあげるよ」


「ウチは平気。ディズの方こそ、虚空庭園の中で何ともなかったん?」


「うん。だって……」


「特異体質なの、その子」と、ディズが何かを言う前にストロースが割って入った。


 そのままつかつかとディズに近づき、短く揃えた髪に手をおいて強めにかき回す。


「まったく、見境なく口説かないの。そういうところ、誰にならったの……」


「別に習ってないよぅ」


 ディズはまた唇を尖らせた。


「このあたりはまだヴァーミンが潜んでるかも知れない。気を緩めないで」


 ストロースの言葉にロコはうなずき、ディズも渋々了解した。


 その背後の虚空庭園で、熟れた(・・・)虎目レンズが浮かび上がり、はるか高い宇宙空間へと召されていった。


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