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迷宮惑星  作者: ミノ
第09章 タイグロイドの章
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04 オーバーロード・タイガー

カネってなんだ?


――名も無き探索者の言葉

 育てた虎目トラメレンズを宇宙に飛ばす――。


 ロコの言葉は全く額面通りだった。


 虚空庭園に無数に生えているレンズはひとつひとつが成長し、日々大きくなっていく。そのレンズの世話をして、いわば熟したタイミングで掘り起こし、庭園のはるか上空まで風船のように飛ばす。それがキネゾノ蜂窩ハイヴの住民が古くから受け継ぐ仕事なのだそうだ。


「ウチな、まだ成体前やけど蜂窩ハイヴの中でいちばん上手やねんで?」


 ロコはそう言って、レンズのひとつを清掃グッズで磨き始めた。半球形に地面から盛り上がったそのレンズはあっという間に美しく澄み切ったものになり、ストロースは少女の手際の良さに感心した。


 そして蜂窩ハイヴのビィたちによって十分生育が終わったものは自然と地中から残りの部分が浮き上がってきて、虚空を垂直に上がっていくという。


「あっ、おねえちゃん、コレ見てコレ見て」


 ロコに促されるまま虎目レンズに近づくと、今まさに地面から一抱えほどもあるレンズがむくむくと浮き上がるところだった。へばりついた泥から水分が気化し凍りついた後に、さらさらとこぼれ落ちる。少しいびつな凸レンズの姿をした円盤は弱々しい重力に別れを告げ、力場フォースフィールドに囲われた円柱状の空間のはるか頭上へと浮かんでいった。


「じゅうぶん育ったレンズがこんなふうに昇って行くやろ? そこからどこに行くんかわかる?」


「んー、わからへん」ストロースはロコの訛りを真似て答えた。


 ウチもわからへん――ロコは飛んでいったレンズが見えなくなるまで目で追った。


     *


 虎目レンズは虚空庭園のはるか上部まで浮き上がってから、迷宮の外の、本物の宇宙空間まで去っていく。


 レンズは機関樹から得て内部に蓄えたエネルギーで自律移動し、迷宮惑星の外側をぐるりと取り囲む。


 そして、自然のうちか、それとも誰かがそうプログラムしたのか不明だが、レンズはコヒーレント霊光レイ・ラービームを放ち、迷宮に当たりそうなデブリを破壊するのである。


「そういうもんをな、ウチらはずーっとお世話してんねん」


 ロコはヘルメットの中でふんすと鼻息を荒くした。


「何かそれで見返りがあるの? レンズからとか、機関樹からとか」


「ないよ」


「ないんだ」


「うん。ウチらはな、そういう役目がある一族やねん。何でかわからんけど、レンズをキレイキレイしてお宇宙そらに飛ばすんが……なんて言うたらエエのか、誇り? うん、誇りみたいなもんなんや」


 蜂窩ハイヴによって、あるいは迷宮によって、ビィの営みは大きく異る。


 例えば貨幣。


 迷宮惑星には統一化された貨幣経済は存在しない。数十人から数百人程度の小集落では助けあいと物々交換以外に金銭を持ち出す必要が無い。周りに同じような蜂窩ハイヴか存在しない集落ならもっと顕著だ。


 反対に、ネーウス迷宮のマハ=マウライヤスのような超巨大蜂窩ハイヴには10億を超えるビィが住んでいる。そうなると貨幣を定めないと生活が混乱してしまう。


 ロコを初めとするキネゾノのビィは損得を全く考えず、虚空庭園全体や虎目レンズのメンテナンスを行う、ということらしい。


 ビィとは時々こういう使命を生まれた時から受け入れるという習性がある。迷宮惑星全体で少なくない割合のビィが探索者として自らが生まれた迷宮に光を当てようとするのと同じように、キネゾノ蜂窩ハイヴは虎目レンズに何らかの使命感を持っているのだろう。


 それについてはストロースが意義を差し挟む余地はないし、挟むつもりもない。突き詰めるとビィとは合理性を超えたところにある。そういうものなのだ。


「ねえロコちゃん、このレンズってここ以外にも……何ていうか、生えてくるの?」


 ロコは少し鉢の大きなヘルメットでうなずき、「虚空庭園はまだ何ヶ所かあるよ。そこでもちょこちょこ生えてくんねん。ここが一番大っきい畑やけどな」


「畑なんだ」


「でもウチらが植えたワケじゃないねん。何かな、ようわからんけど大昔に死んだ迷宮生物の肉が積み重なって、そこから生えてくるんやって。ここもそんな……なんて言うたらエエんやろ。土に見えるけど、ほんまは腐らんと残ってる肉らしいねん」


「肉、ねえ……」


 いったいどんな生物の肉が積み重なったらそんなことになるのだろう。ストロースはなんとなしに天を仰ぎ、サイバーグラスの望遠を最大にした。


 力場で作られた真空の柱。そのはるか向こうに望める漆黒の宇宙空間。それらをつなぐ高所には、肋骨のようにアーチ状の柱が何本も並び、それらをつなげる背骨のような横長の巨大な橋がぼやけて見えた。


「何なの、アレ?」


 拡大された映像を見て、ストロースはロコに尋ねた。


「アレって?」


「ほら、上の方にあるなんか肋骨みたいな柱が……」


「うん、それが大昔に死んだ迷宮生物やねん。その骨がずーっと残っとんの」


「骨……って、あの山みたいなのが!?」


「そやで。上帝トラって呼ばれてるけど。その肉がぼとぼとーって落ちて、このあたりの地面になってんねん」


 ストロースは声を失った。単に大きな生物という話ではない。巨大な山や大河がそのまま生きているようなサイズということになる。


 その肉がこぼれ落ちて、なおも生命力が残っていて、そこから無数の目が――虎目レンズが生え続けているのだろう。


 途方もない話だ。もしこんな大きさの迷宮生物に襲われたらどうなるだろう。倒すとか倒されるとか、そんな問題ではない。公共事業という言葉がストロースの脳裏に浮かんだ。もし生き残るために戦わなくてはならないのなら、山にトンネルを掘るとか、治水工事をするとか、そういうレベルの”大事業”になるだろう。タイグロイド迷宮恐るべし、だ。


「おねえちゃん心配性やなあ。こんな大っきい生き物、もうタイグロイド(ここ)にはおれへんよ。多分ココで骨になってるんが最後の一匹だったんとちゃうかな。おばあちゃんはそんな風に言うてた」


 ストロースはひたいに滲んだ汗を拭こうとして、手の甲がこつんとヘルメットに邪魔された。


     *


 虚空庭園と、そこで育つ虎目レンズの不思議な光景はストロースの胸をおどらせる光景ではあった。


 だが本来の目的は、離れ離れになった仲間を探すことなのだ。


 念話通信は虚空庭園の力場に妨害されてまともに機能しておらず、自力で探すしかない。ただストロースは、その仲間が虚空庭園の近くにいることを半ば確信していた。


「なんで分かるん?」


 ロコのもっともな問に、そういう子なの、とだけストロースは答えた。


     *


 ストロースは想像してみた。


 虚空庭園から飛び立つ無数の虎目レンズが、ぱっと飛び散って巨大な惑星迷宮の全周に広がり、衛星になってデブリを破壊し続けるさまを。


 同時にストロースは疑問を覚えた。


 もし虎目レンズがデブリ対策の要だったとして、レンズが生み出される前の――ロコ言うところの”上帝トラ”がまだ生きていた時代は一体誰が、何がデブリを消し去っていたのだろう?


 その頃の迷宮惑星にはどんな世界だったのだろうか。


 ビィは今と同じ生活をしていたのだろうか?


 迷宮生物の生態はどうだろう。


 機関樹から採れる資材は?


 そして――。


 そしてビィの天敵たるヴァーミンは何をしていたのだろう。


 現代と同じようにビィを殺し、犯し、喰らう邪悪で危険な敵だったのだろうか。


 それとも、ビィもヴァーミンも今とは全く違う関係だったのだろうか?


 ストロースはそんな数千エクセルターンの過去に思いを馳せ、自分がなぜ探索者の道を選んだのかわかった気がした。


 そしてもうひとつ。


 真空の無音の中に、力場を突き抜けて何かが飛び込んできた。


 ――ご先祖サマもこんな奴らと仲良くなんてしてないよね、やっぱり!


 出し抜けに虚空庭園の中に入り込んできたのは2匹のヴァーミンだった。


 天敵に襲われて、ストロースはロマンの産着に包まれた幼い少女ではなく、瞬時に女探索者としての自分に戻った。

 

     *


 ――真空の中にまで来るか、こいつら!


 ストロースはヘルメットの中で舌打ちした。


 どうやら2匹のヴァーミン――腹部を反り返らせたハサミムシ型だ――は全身に体液か何かを塗りたくり、ストロースたちの着ている全環境対応タイトスーツの代わりにしているらしかった。ヒトをぐちゃぐちゃにかき混ぜてハサミムシの肉体に成型したようなおぞましいバケモノは真空・低重力を物ともしていない。


「おねえちゃん!」


 ロコからの有線念波が届くが返答をしている暇はない。


 一瞬でも気を許せば、自分はともかくロコに危害が及ぶ。


 ストロースは両手に仕込んだコイルから超硬電磁ワイヤーを伸ばし、鞭のようにハサミムシへとしならせた。


 かつて経験したことのない環境下での戦いが始まった。


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