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迷宮惑星  作者: ミノ
第08章 サルモンの章
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02 忍従の日々

どうしても不可能なことを、いかにすり抜けて可能にするかが探索者を続ける秘訣だ。


――”百年の旅人”ペザントの言葉

 十数エクセルターン前、タマリン蜂窩ハイヴ全体を覆い隠す石棺の中に潜り込んだイナゴどもが暴虐の限りを尽くし、多くのビィが食い殺された。


 立ち直るのにかかった時間と労力はひと言では語り難い。


 まともに動けるものは、みな復興に駆りだされ、当時まだ幼齢の内だったゼナも手伝った記憶がある。


 そうした努力のかいあって、ヴァーミンの襲撃で人口の3分の1が虐殺された大災害にも関わらず、生活が崩壊しない程度には状態を維持できていた。


 その頃からゼナは何とか蜂窩ハイヴの役に立たなければならないという使命感を持っていた。自分が倍も働いて、母・ゼナの汚名を少しでも拭おうという願いのために。


     *


「母さん、起きれる?」


 小さな、あばら屋といったほうがいいような家の中で、ゼナ少年はベッドの上に横たわる母・モカに声をかけた。その響きは優しい。


 戦闘員としての養成所で訓練を受けてから家に帰り、母の世話をするのがゼナの日課だ。簡単なスープを作って枕元に持っていくことにもすっかりなれた。


 だがそこには薄情な世間の空気が隙間から入り込んでいるようだった。


 ダニ型ヴァーミンに洗脳液を注射され、図らずも裏切り者として白眼視されるようになったモカ、そしてその息子ゼナは蜂窩ハイヴの外れにあるみすぼらしい家にひっそりと住むことを余儀なくされていたからだ。


 袋叩きにあって殺されるよりはまだ温情のある対応なのかもしれないが、以来母子は村八分の扱いだ。


「ありがとう、ゼナ。今日は少し調子がいいのよ」


 モカは上半身を起こし、息子に向けて儚い笑顔を見せた。


 調子がいい――ゼナはほとんど毎日モカからその言葉を聞かされてきた。


 本当に調子がいいことなどエムターン――ひと月を表す単位だ――のうち2、3日あるかどうかだろう。ヴァーミンによる洗脳液は洗脳そのものが解けたあとも肉体、精神を蝕み、モカはずっと半病人のままだった。


「あら? 今日も喧嘩してきたの?」


 モカは幸薄い眉をひそめ、息子の顔の腫れを見とがめた。


 ゼナは曖昧にうなずき、モカのベッドサイドにスープ皿を置いた。喧嘩といえば間違いなく喧嘩だ。シロンという名の同世代の少年と殴りあったのは間違いない。しかしそこには根本的な違いがあって、シロンは途中で門術ゲーティアを使ったが、ゼナにはそれができなかった。


 シロンの口から出た言葉通り、ゼナには門術ゲーティアを使うことができない。”出来損ない”という言葉も決して無根拠のことではないのだ。


 母親のモカは蜂窩ハイヴの誰もが知る”裏切り者”。


 そして戦闘員としての訓練を積んでいる息子は門術ゲーティアの使えない”出来損ない”。


 ゼナはそんな境遇を客観的に考える。


 バカにして、サンドバッグ代わりにするのはちょうどいい相手だと、そんなふうに思われても声高には否定出来ないだろう。


 だがゼナはそんな負け犬根性とは無縁の少年だった。


 自分は何があっても強くなって、蜂窩ハイヴに役立てるビィだと証明し、母の汚名をそそぐのだ。


 それまでは誰にバカにされようが、門術ゲーティアが使えなかろうが関係ない。


 自分を鍛え抜き、いつか必ず門術ゲーティアも身に付けてみせる。


 それがゼナ少年の心のなかで燃える炎だった。


     *


 成体式を次の年に控え、ゼナと同世代生まれの少年少女たちは早くも己の将来について思いを馳せていた。


 蜂窩ハイヴの生活において成体になること、その通過儀礼としての成体式は特別な意味を持つ。


 蜂窩ハイヴ全体の生活を支える主機関樹セントラルツリーから技藝の聖樹(スキルツリー)を与えられ、それと心身合一することで成体おとなとみなされる――というのが式の要旨だ。


 技藝の聖樹(スキルツリー)は合一したビィのもつ霊線レイラインに対してある方向性を与え、それ以後は技藝の聖樹(スキルツリー)の霊的な枝々を伸ばし花を咲かせることで文字通り能力を開花させていくようになる。


 技藝の聖樹(スキルツリー)が無くとも霊光レイ・ラー門術ゲーティアを使いこなすことは可能だが、やはり聖樹の導きに沿ったトレーニングや実践を積む方が効率が良い。門術ゲーティアの内、身体の外部に用途に合わせ変換された霊光レイ・ラーを放出する外門、反対に身体内部に力を向ける内門のいずれかに適性があるとして、適性のあるスキルを深く学ぶほうが突出した才能を発揮しやすくなるというわけだ。


 ゼナは、物心ついた時から門術ゲーティアの修行をしてきた。


 タマリン蜂窩ハイヴはいつイナゴの群れに襲われるかわからず、蜂窩ハイヴを守る戦闘要員は常に必要とされているからだ。


 しかしその才能は遅々として開花せず、適性というならゼナは門術ゲーティア使いには明らかに向いていなかった。ごく初歩の身体能力強化でさえ意のままにできなかったのだ。内門を開こうとすると、静電気が弾けるようにして霊光レイ・ラーが散ってしまう。外門もまた然りだ。発現するあと少しのところで門が閉じてしまう。


 ゼナはどうしたことか、どれだけ研鑽を積んでも門術ゲーティアを使うことができないのだ。


 何が原因なのか幼少のゼナにはさっぱりわからなかった。自分は他の同世代たちとは違うのだということだけは理解した。そして蜂窩ハイヴの大人たちは、早々にゼナの才能に見切りをつけ、戦闘要員や探索者としての生き方とは違う方向へと導こうとした。


 幼いながらになんとなく自分はそういうビィなのだろうと納得をしかけた頃、あの悲劇が起こった。イナゴヴァーミンの襲来と、ダニヴァーミンに洗脳されたモカが石棺のシャッターを開けてしまった事件である。


 ゼナに待っていたのは蜂窩ハイヴ住民の理不尽だった。モカはやりたくてシャッターを開けたわけではない。そのことは誰もが知っているはずだ。にも関わらず母は腫れ物扱い、ゼナ自身も周りから距離を置かれることになった。


 それはまだ幼いゼナ少年を傷つける事になったが――例えばシロンにつまらない喧嘩をふっかけられるようなことなどだ――言ってしまえばそんなことはどうでも良かった。


 最も屈辱的なことは、ゼナ自身の力が戦闘には全く不向きで、このままでは母・モカの不名誉を返上する機会が与えられないことだった。戦いで役に立つことで周囲のビィに自分の価値を認めさせる。命がけで蜂窩ハイヴに奉仕して、”裏切り者”などではないと証明する。それだけがゼナの望みだった。


 だが、どうやらその望みは断たれてしまうだろう。


 いまゼナの置かれた境遇のまま成体式を迎えれば、技藝の聖樹(スキルツリー)は全く戦闘向きではないものを与えられることになるだろう。それが何なのかゼナにはわからない。主機関樹セントラルツリーの保守要員あたりだろうか。


 保守要員も大切な仕事だ。彼らがいなければ主機関樹からの恵みを蜂窩ハイヴ全部に供給できない。


 だがゼナには戦うこと、戦って勝つこと、勝って母の名誉を取り戻すことが第一で、二番目以降は無い。


 ――だったらどうすればいいんだ!?


 ゼナは訓練所の重サンドバッグ相手に打撃を与えながら眉間にしわを寄せた。本来、重サンドバッグは生身のまま蹴ったり殴ったりするものではない。門術ゲーティアを駆使して初めて利用できる器具だ。内門で肉体を強化して打たないと重すぎて手足のほうが壊れてしまう。


 そのサンドバッグ相手に、ゼナは門術ゲーティアを使うことなくもう2時間近くトレーニングをしていた。同世代の、否、蜂窩ハイヴの誰もそんなことはしない。できないといったほうがいい。


「くそっ!」


 ゼナは怒りをぶつけた。鋭いコンビネーション。技のキレは目を見張るものがあった。最後の跳び膝蹴りが、平均的ビィであれば顔面にあたる場所へと食いこんだ。ギシッとサンドバッグを吊るすチェーンが軋む。

 

 その隣のサンドバッグが一気に天井近くまで跳ね上がるのを横目に、ゼナは訓練所を後にした。


 隣りにいたのはゼナより年下の女の子で、ゼナよりずっと小さな身体で、内門を開いていた。


 どれだけの努力でも差を縮められない、その悔しさたるや……。


     *


 ゼナは誰よりも生身を鍛え、門術ゲーティアの術理を学び、時間を掛け、自分を追い込んだ。


 それでも、どうしても、何をやっても門術ゲーティアだけは使いこなすことはできなかった。


     *


「もう諦めたらどうや」


 成体式を半年後に控えた頃、ゼナの後見人を務めるコン=トウが諭すように言った。


「お前はようやったよ。でもどうしても超えられないものっちゅうのはある」


 コン=トウは老齢のビィで、モカの養父だ。つまりゼナから見て祖父にあたる。モカの容態が次第に悪くなり、見かねたように母子を引き取った。


「兵隊にならんでも、他の生き方はいくらでもあるやろ」


 ゼナは答えられなかった。


 門術ゲーティアを使えないという欠落・・はあるものの、ゼナは愚鈍なビィではない。


 成体式までの日々が過ぎていくに従い、どんな努力も訓練も、身に備わった宿命に逆らうことはできない――それが動かしがたい現実なのだという思いが高まっていった。無理なものは無理なのだと。


「モカも……あんな調子や。いつまで保つかわからん。せめて将来のことだけでも決めて、教えてやってくれんか」


 少しは心配せずにすむやろ、とコン=トウは簡素なベッドに横たわったモカに視線をやった。洗脳液の悪影響は結局抜け切ることなく彼女の脳神経系を冒し、いまではほとんど昏睡状態が続いている。時折目を覚ますことはあっても、コミュニケーションを取ることが難しくなっていた。 


「うん……」


 とだけ返し、ゼナはうなだれた。


 どうすればいいのかわからなかった。


 動かしがたい成体式の時を迎えれば、”出来損ない”であるゼナは蜂窩ハイヴを守る戦闘要員への道を閉ざされるだろう。


 直接身を危険に晒さなくとも、故郷を守る力になることはできる。裏方にまわり、石棺の保守や新しい防衛施設の建設に携わるという方法もある。それ以外のなんでも構わない。蜂窩ハイヴへ自分が何を提供できるか。門術ゲーティアを使わないでもできることはいくらでもあるはずだ……。


 そこまで考えて、ゼナは奥歯を噛み締めた。


 捨てきれない。


 母の心身を苦しめ続け、タマリン蜂窩ハイヴに住むビィを虐殺したヴァーミンども。それを自らの手で撃滅するという願いはほとんど強迫観念になっていた。何があってもヴァーミンを潰す。それが最優先だ。そうしなければモカの名誉は取り戻せない。


 ――なのに、どうしてオレには門術ゲーティアが使えないんだ。


 ゼナは膝を抱え、顔を伏せた。涙が滲んでいた。


「……生まれつきかんぬきがかかっておるのだったら」とコン=トウがつぶやいた。


 閂とは体内に通る霊線レイラインを分断して門術ゲーティアを使えなくさせてしまう封印術である。ゼナには昔からその閂を掛けられている疑いがあった。そのせいで門術ゲーティアを使えない体質になっていると。


「万にひとつ、方法があるかもしれん」


「方法?」


「うむ……」


「方法なんて、あるもんか」


「だから、万にひとつだ。お前を失望させるだけかもしれんのは承知のうえや」


「……それで?」


「ゼナ、お前”閂破り”を知っとるか?」


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