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迷宮惑星  作者: ミノ
第07章 カイ=エイトの章
70/120

10 ロードローラー

あの人はちょっとおかしいんだ。

走ることに魂を燃やしている。

エンジンで動くだけじゃないんだ。


――”三代目鎌鼬”ブルースクリーンの言葉

 主機関樹セントラルツリーからごくわずかに採取される”聖蜜アムブロシア”ほど不思議な物質は迷宮内に存在しないという。


 例えばソーマリアクター。


 聖蜜から不純物を完全に取り除き精錬することで生まれる”ソーマ”を使った反応炉リアクターは、およそ2000エクセルターンの間エネルギーを生み出し続ける半永久機関となる。


 ミドリカワの骨盤に収められているリアクターは、”ギガロアルケミスト”ゲオルギィの最高の技術をつぎ込んで造られたもので、人体サイズに収められたエネルギー源としては迷宮惑星全土を見渡しても例を見ないものと言われている。


 ミドリカワは奇跡の産物と言っても過言ではない。膨大なエネルギーを生み出すソーマリアクターを搭載しながら日常的にはそこからほんのわずかな量だけを取り出し、穏健な、ありふれたプラグドロイドとして振舞っている。


 その力を万が一他者への攻撃に用いれば、小さな蜂窩ハイヴのひとつやふたつはすぐさま灰燼と化すだろう。ソーマリアクターとはそれほどの力があるのだ。


 だがそれは、ミドリカワの望む行いではない。


 彼は己がソーマリアクターで動いていることを特段誇ることもないし、主のゲオルギィもまた同じだ。ゲオルギィは助手と必要なときに大電力を使うバッテリーとしてミドリカワを必要とし、戦闘に投入するという考えを持っていないのだ。


 それを破る時が来た。


     *


 ヤヴァランは己の予知能力には信頼をおいているが、完全なものではないと自分でも理解している。


 それでも近い未来の出来事であれば高い的中率を誇っていたし、何よりも主機関樹から直接ヴィジョンを授かることができた。それゆえ”預言者プロフェット”を名乗り、ピエネー蜂窩ハイヴの住民にもそのように受け入れられた。


 今回ばかりは大きなミスだ。それも絶対に誤ってはいけないタイミングでの、取り返しの付かない過ちである。


 死の軍勢――すなわちピエネー蜂窩ハイヴの周囲を流れる地下水脈に住み着いたカニ型ヴァーミンの群れが、予知していた時間よりずっと早く姿を現したのである。


 ヤヴァランの考えでは、ミドリカワを最善の爆破ポイントまで連れて来て、そこでソーマリアクターを暴走、自爆させ、そのすさまじい力で水脈と底に住むヴァーミンの全てを根こそぎ破壊する――という算段だった。


 しかしまだ爆破ポイントにたどり着きもしていない状況での大群との遭遇である。


 ヤヴァランは、全身全霊で予知系の門術ゲーティアを発動させた。


 今すぐこの場でミドリカワを自爆させ、ヴァーミンの群れを消滅させることは可能だ。しかしまだピエネー蜂窩ハイヴとの距離が十分に開いていない。蜂窩ハイヴまで巻き込み、いままでヤヴァランが画策してきた蜂窩ハイヴの救済は全くの無駄になってしまうだろう。


 あるいは……。


 と、ヤヴァランは絶望した。


 それ以外のヴィジョンが見えてこないのだ。


 断片的に脳裏に浮かぶのは、遥か彼方から救世主が現れて死の軍勢との大衝突が起こるなどという子どもじみたもの――ただの願望だった。


「ヤヴァランさん、どういたしますか? わたくしの力でしたら、貴方を抱えて逃げ出すくらいのことは」ミドリカワが言った。


「逃げてどうするというのだね? あのバケモノどもが蜂窩ハイヴにたどり着けば、恐ろしい大虐殺が起こるだろう」


「……弱りましたね。どうやら自爆というのは威力を調整できないようです」


 四方をシャッターで閉じ込められたような手詰まり。


 ヤヴァランも戦闘力がないわけではない。視界を埋め尽くすほどのヴァーミンでなければ、それでも拳を振り上げるくらいのことはできただろう。


「すまない、ミドリカワ。私は預言者どころか、君まで無駄死にをさせて……」


「いえ、お待ち下さい」


 ミドリカワはヤヴァランの悔恨を遮った。


「何か聞こえませんか?」


「なんだって?」


 ヤヴァランは耳を澄ませた。無数のヴァーミンの悍ましい呼吸音に混じり、どこからか氷塊をチェーンソウで切り刻むかのような……。


「イイヤッハァァーー!!」


 今度ははっきりと聞こえた。エンジン音が近づいてくる。


「生きてたかぁ? ミドリカワぁ!!」


 氷上バギーをオーバーヒート寸前まで疾走させて、男が叫ぶ。


 BIG=ジョウ。その後ろにゲオルギィ。


 ヤヴァランのヴィジョンはあたっていた。


 本当に現れたのだ、彼方からの救世主が。


     *


 全身のうぶ毛が逆立つほど大量のヴァーミンの群れは、ザクザクと音を立てて氷の上をまっすぐに突き進んでくる。


 単眼奇形のヒトの頭がふたつ、蟹の目の位置に飛び出したバケモノが、その奇形の目でBIG=ジョウたちを睨んだ。


 青黒い甲羅が、いかなる仕組みによるものか赤みを帯び、やがて茹で上げたように鮮やかな朱色となった。カニ型ヴァーミンたちの全てがだ。


 闇と冷気の中を一切の迷いなく行軍する蟹を前に、三人のビィとプラグドロイドは言葉も無い。


「無理だ」


 最初に口を開いたのはヤヴァランだった。ヴァーミンの軍勢が進むたびに半歩、一歩と後ずさりしていく。


「まさかあんな数のヴァーミンだなんて。予知能力なんて無意味だ」


「無意味?」


 ヤヴァランの震える声に、BIG=ジョウは眼光鋭く睨みを効かせた。


「よぉミドリカワ」


「はい、BIG=ジョウ」


「この男、何者ナニモンだ?」


「ヤヴァラン氏は……その、なんといいますか」


「話が長くなる?」


「はい」


「じゃあ後でいい」


 そう言うと、BIG=ジョウはヤヴァランへの興味を失った。


「ヘイ、ゲオルギィ」


「なんです?」


「ミドリカワと再会した喜びもあるだろうけど、それも後回しだ」


「ヒヒッ、心得ていますよ」


 ゲオルギィは気味の悪い笑みを漏らした。


「何匹いけますかねえ?」


「俺で半分イケる……と言いたいところだが、今日は乗り慣れたやつ(テイクザット)じゃないしな。手持ちの武器も少ない」


「では小生も気合を入れましょう」


「オーケィオーケィ、じゃあ行こうか」


 BIG=ジョウはバギーのスロットルをぶん回し、ボディに気合を入れなおした。


「ま、待ってくれ!」


 その後ろからヤヴァランが飛び出し、問い詰めた。


「どうする気だ、まさか貴方がたふたりであのヴァーミンどもを?」


「ああ、その通りだ」「その通りです」


「無茶だ! 自殺行為だ! それよりも、私の預言に従ったほうが……」


「悪いがそいつぁ聞けねえな」


「しかし……!」


「アンタ、俺が誰か知ってるか?」


「そ、それは」


「他のやつにはできないかも知れねえ。だが俺はBIG=ジョウだ」


 BIG=ジョウの全身に霊光レイ・ラーがみなぎる。バギーの車体とBIG=ジョウの肉体が完全にひとつになり闇の中にひときわ明るく白熱した。


「他のやつには走れないかも知れねえ。だが俺はBIG=ジョウだ」


 グウウォォォォ、と寒風を引き裂くエキゾーストノートが轟いた。氷上バギーはもはや鋼鉄の野獣と化していた。


「覚えておきな。道ってのはな、BIG=ジョウの後にできるんだ」


 氷上バギーは限界まで引き絞った弓矢のように爆発的速度でヴァーミンの群れへ正面から突入した。


     *


 凄まじい戦いだった。


 まずゲオルギィが白衣の中に仕込んでいた手投げプラスキン榴弾をヴァーミンの行列に投げ込み大爆発を起こした。


 陣形が乱れたところにBIG=ジョウのバギーが飛び込み、ヒートマチェットでカニ脚をメッタ斬り。スパイクつきタイヤで群れの頭を押さえるように甲羅の上へ乗り上げて、まるでバギーを手足のように操って次から次へと甲羅を足場に飛び回り、視覚器に当たる単眼奇形の頭を跳ね飛ばしまくった。


 飛び道具。爆弾。大鉈。門術ゲーティア


 ゲオルギィの錬金術によって爆発物に替えられたヴァーミン同士の爆発。


 徹底的に、虱潰しに、カニ型ヴァーミンはむしり殺された。氷の足場は体液にまみれ、流れだす量が多すぎて凍りつく暇さえない。


 一方的な虐殺が数分にわたり続いた。


 しかしヴァーミンの数は尋常ではない。


 目視だけで200体を超えている。200対2。


 その数に押され、BIG=ジョウたちは次第に追いつめられていった。ハサミがバギーを抑えこみ、ついには前輪をもぎ取られてしまう。


 それでもなお戦いは続いた。


 じわり、じわりと消耗が続き、槍衾のようなハサミがふたりを引き裂いた。


 ――もうダメだ。


 いくらBIG=ジョウでも、ゲオルギィでも、これ以上は無理だ。


 やはり勝てっこない相手だったんだ。死の軍勢には誰も勝てない。唯一全滅させる可能性があるのがソーマリアクターの暴走だけだったのだ――ヤヴァランは歯噛みした。ふたりの英雄を讃え、これ以上ないほど尊敬しながらも、やはり滅びの運命には抗えないのかと。


 その時。


 全く予期していなかった方向から、完全武装の氷上トレーラーがヴァーミンの群れに突っ込んだ。


『兄貴! 旦那! あんまり遅いんでコッチから来ちまいましたよ!』


 BIG=ジョウの弟分にしてメカマン、カブの声だった。スピーカーで増幅され、戦場中に響き渡った。


「カブ! お前カブのくせになんていいタイミングだ!」


『ヘイ! コンテナにホットな武器を山程用意してます!』


「でかした!」


 言うやいなや、BIG=ジョウはトレーラーの上に駆け上がり、重機関パルスガンを蟹の群れにバラまいた。衝撃波が甲羅をぶち割り、中身を破壊し、足をへし折った。


 凄まじい、凄まじい死闘だった。


     *


 BIG=ジョウ側の死傷者はゼロ。


 ヴァーミン側の死傷者は……。


 数は計測不能。


 ただ、100%死亡した。


 200対2は、最終的に0と2にわかれた。


     *


 ヤヴァランはカイ=エイト迷宮の出身ではなかった。


 元はBIG=ジョウと同じウーホースで活動しており、なんとスキッパーを営んでいたという。


 未来予知系の能力に適性のあるヤヴァランは、ウーホースで転移ポータルが衆目に触れる前にその存在を知っていた。ポータルの行き先に先鞭をつけるのは一攫千金のチャンスと考え、この時点では後先を考えずにただ名誉のためにポータルに飛び込んだ。


 そして転移した先のカイ=エイトのあまりの寒さに死にかけて、それをきっかけに新しい能力が開花した。


 預言者――主機関樹から直接メッセージを受け取ることができるという能力である。


 ピエネー蜂窩ハイヴの危機、すなわちカニ型ヴァーミンに取り囲まれ、食料になるはずの雪男猪イエティボアを横取りに食いつくされ、滅びを待つのみという状況を感得したヤヴァランはなんとも言えない強烈な使命感に駆られ、命を賭して蜂窩ハイヴに向かい、そこで”預言者プロフェット”として迎えられることになった。


 ヤヴァラン自身は本当に純粋にピエネー蜂窩ハイヴの存続のために働き、時には指導者としてわざとらしいほどの威厳をアピールしてみせたこともあった。そのせいで多少の軋轢があり、少女パルムの家族のような離脱者も出た。


 それでもヤヴァランは善意からの行動だったと自負し、実際にそうであった。


 予言によってミドリカワの存在を知り、その力を利用しようとしたのも蜂窩ハイヴを守るという使命に基づくものだった。


 結局……。


 結局は預言にはなかったイレギュラー、BIG=ジョウとゲオルギィによって全てがひっくり返されたとしても。


     *


 BIG=ジョウとゲオルギィ、そしてカブはピエネー蜂窩ハイヴへ寄り、移住希望者はトレーラーに載せても構わないと話を持ちかけたが、ひとりもそれを望むものはいなかった。


 ヤヴァランが蜂窩ハイヴに残ることを決めたから――のようだった。


 紆余曲折あったが、ヤヴァランのことを慕う住民が多かったのは間違いない。


     *


 ミドリカワが救った少女パルムは家族全員を失っており、何か思うところがあったのかミドリカワが一緒にウーホースに来ないかと誘ったが、やはり彼女も蜂窩ハイヴに残ることを選んだ。


 彼女はヤヴァランをリーダーと考えているというよりも、ヴァーミンの脅威が去って元の姿を取り戻そうとするさまを自分の目で見たいという思いが強かった。


 誰しも故郷には愛着があるものだ。


     *


 BIG=ジョウが、なぜ未来予知も預言も超えてヴァーミンを倒しピエネー蜂窩ハイヴを救えたのか、ヤヴァランにも他の誰にも分からなかった。


 200体を超すヴァーミンに実質ふたりで立ち向かい、なおかつ全滅させるなど常識はずれだった。


 いったい何がそうさせたのか。ヤヴァランはBIG=ジョウに尋ねた。


 BIG=ジョウは少し笑い、こう言い残して去っていった。



『決まってるだろ? 俺がBIG=ジョウだからさ』




カイ=エイトの章 おわり

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