08 スピードスター
早いほど、危険なほど、止められるほど走りたくなる。
あいつらはどうかしている。
――ウーホースの伝説的技師シンボリィの言葉
ピエネー蜂窩に向かう氷道で、BIG=ジョウとゲオルギィの乗る氷上バギーは足元の爆弾に吹き飛ばされて大きく宙に飛ばされた。
「うっひょおおおう!!」
素っ頓狂な叫び声を上げ、BIG=ジョウは空中でマシンの姿勢を立て直し、ゆうに呼吸3つ分の間を開けて再び氷の上に落着した。
ものすごい衝撃に車体がたわむ。だがバギーは少々の焼け焦げができたくらいでそれ以上の破損はなかった。プラスキン爆弾が直撃すればサイズの小さなバギーなど木っ端微塵になるはずだ。どうやってダメージを最小限に抑えたのか?
「決まってんだろ? 俺がBIG=ジョウだからだ!!」
BIG=ジョウはウーホース迷宮で行われるワイルドハントという、レースとヴァーミン狩りを合わせた特大イベントで”ウーホース最速の男”の二つ名をもつ英雄だ。霊光を通じてマシンと一体化する能力は、突如足元で爆発が起こるというアクシデントさえかわし切る。
「ゲオルギィ、振り落とされるなよ!」
「努力しましょう」
いつも飄々としているゲオルギィさえ、BIG=ジョウのウルトラテクニックにこわばった表情を見せた。
硬く凍りついた氷の上を凄まじいハンドル操作でスピンギリギリのスラロームを決めると、タイヤの軌跡のほんのわずか外側でふたたびプラスキン爆弾が大きく爆発音を響かせる。まるでどこに爆弾が仕掛けられているのか予知しているかのような動きだ。
氷上用スパイクがはじけ飛ぶ勢いでドリフトし、限界まで横滑りしてからさらに加速する。その後ろでさらに爆発。ここまでくればもはや偶然ではない。BIG=ジョウは何者かが凍土に埋めた爆弾の位置を全て見切っているのだ。
「……い、いったいどうすればそんなことができるんです?」とゲオルギィは舌を噛みそうになりながら言った。
「勘だよ、勘」
「勘?」
「そうだ! この爆弾はどう考えても俺たちを狙って仕掛けられている。マシンがどう避けて、どこを突っ切るかを予め分かった上で場所を決めているんだ! だからその思考を読めばかわすのはカンタンって寸法よ!!」
「し、小生には簡単とは思えませんが!」
「だから言ったろ? そいつぁ俺がBIG=ジョウだからだ!」
再び爆発。さらに続けてもう三発。
そのいずれも、BIG=ジョウ操るバギーを破壊するには至らない。
「イイイヤッホ――!!」
脳内伝達物質がフルに溢れだしたBIG=ジョウは雄叫びを上げた。異常な興奮と研ぎ澄まされた集中力の両方で次から次へと爆弾をかわし、危険極まる道をとうとう抜けきった。
「あ、あなたという方は……すごいお人だ」
ゲオルギィの声は震えていた。本気で死ぬ思いだったようだ。
「俺も今になって膝がガクガクしてらあ」と言ってBIG=ジョウはピシャリと己の足を叩いた。
「しかしヴァーミンよけとはいえ、あれだけメタ=プラスキン爆弾が仕掛けるのはそう楽ではないでしょうね」
「ヴァーミンよけ、か」
「ええ。それ以外に爆弾を仕掛ける意図もないかと」
「どうかな。ありゃあ、俺たちをこさせないようにしたんだと思うぜ」
「我々をですか? しかし……いや、何のためにそんなことを」
「何のためかは分からん、だが爆弾の仕掛け方がどう考えてもビィの運転するマシン向けだった」
ゲオルギィはBIG=ジョウの言葉に息を呑み、興奮冷めやらぬ頭脳を回転させた。恐怖で何が何だかわからなくなっていたが、確かにBIG=ジョウの運転に合わせてちょうど危険な、いやらしいポイントに爆弾はあったはずだ。マシン向けというならそのために仕掛けられたと見てもおかしくない。
「では、何者か分かりませんがその仮想敵は我々を足止め、ないし殺害しようとしたと?」
「殺気は感じた。そういう並べ方だった」
「わかりますか」
「普段なら断言できないがな。マシンに乗ってる時の俺はちょいと鋭くなる」
「なるほど。BIG=ジョウ、貴方に限ってはその話は真実だと思います」
そりゃどうも、とジョウは深く息を吐きだした。次第に鼓動が落ち着き始め、全身から吹き出す汗もあらかたスキンスーツに吸収された。
「そう考えると、妙な話ですね」とゲオルギィ。
「何がだ?」
「ヴァーミン用ではなく我々を通さないように仕掛けたとして、それをやったのは今向かっている蜂窩の住人のはずです。それがなぜ我々を狙い撃ちにするのでしょうか? 得があるとは思えませんが」
「そりゃお前……うーん、なんだろうな?」
「我々をここで止めておきたい理由。そして我々がマシンを運転していることを前提とした爆弾の配置。仕掛けた何者かは、我々がウーホースから転移してきたことを予め知っていたのではないでしょうか」
「あらかじめ? 予知系の門術でも使える相手ってか」
「かもしれません。それとも……いや、予断すべきではありませんね。何にせよ、この迷宮のビィが敵に回る――もしくはすでに回っている、と考えたほうがいいでしょう」
「で、そいつらがミドリカワを連れ去っているってか」
ゲオルギィはそうですねと答え、気難しそうにあごの下をなでた。
「ま、何にせよ急ごう。ミドリカワが待ってるぜ」
BIG=ジョウの言葉にゲオルギィはうなずき、氷上バギーは再び唸りを上げて走りだした。
*
ピエネー蜂窩。
主機関樹に面して瞑想する”預言者”ことヤヴァランは、無明の中を稲妻が走るようなイメージを感得した。
はっと目を覚ますと、主機関樹から彼にしか見えないツタが伸び、身体をぐるぐる巻きにしている。
主機関樹と精神的に合一し、未来予知の力を授かる。ヤヴァランの身に特別に与えられた門術だった。
この能力ゆえに預言者の二つ名をもつヤヴァランは、早速与えられたイメージをビィが理解できるレベルまで分解し、並べ替え、ひとつの未来を見ぬいた。
プラグドロイド・ミドリカワ。
ミドリカワの動力源・ソーマリアクター。
ミドリカワの創造主である”ギガロアルケミスト”ゲオルギィと、ゲオルギィに協力する”ウーホース最速の男”BIG=ジョウ。
ここまでのキーワードはすでに与えられている。ゲオルギィとBIG=ジョウを始末する方法もだ。
しかしそのふたりが、メタ=プラスキン爆弾による罠を無事に通過したというイメージが流れ込んできた。意外な展開にヤヴァランはわずかに動揺を覚えた。主機関樹から得られるのはあくまで預言であって、完全な未来予知ではないのだ。
――あのふたりならそれもやむなし、か。
ヤヴァランは脳裏に浮かぶふたりのイメージ、その巨大さを打ち消すようにかぶりを振った。
ウーホースのビッグネームふたりを敵に回すのは簡単なことではない。
――以前の私では到底不可能なことだったろう。
以前の私。
そのセルフイメージが像を結ぶ前にヤヴァランは思考を止めた。いまさらそれを思い出しても無駄なことだ。いまはただ、ピエネー蜂窩を救うことだけを考えねばならない。ヤヴァランは己の生き方をそう定めている。
再びヤヴァランは精神を統一し、預言のもうひとつの流れを解読しようとした。
ソーマリアクターの光。
光の中に沈む死の軍勢。
蜂窩の生活を脅かす全てが無に帰し、自由が取り戻される。
このイメージの流れは何度もヤヴァランの脳に入り込んできた。主機関樹は、ソーマリアクターを使うことで廃墟となるのを待つのみのピエネーを救えると告げている。今までも、今回も、そこまでの預言の流れは同じだった。
しかし……。
「バカな!」
突如大声を上げ、預言者は瞑想を断ち切った。
「どうなさいました、預言者様!?」
瞑想中に周りに控えていた者たちが慌てて声をかけた。それに応じる余裕もなく、ヤヴァランは手のひらをじっと見つめ、そこにぼんやりと浮かぶごく近い未来のビジョンに戦慄した。
「死の軍勢……」
ヤヴァランの口から、ぽつりとつぶやきが漏れた。
死の軍勢。
それは無数の、全てを覆い尽くす信じられない量の……。
*
カシャリ。
暗黒の地下水脈から、最初の一匹が凍える岸に足をかけた。
青黒い甲殻、大ぶりのハサミ。
眼球の代わりに、単眼のヒトの頭ふたつを伸ばした異形。
ヒトの指のような四対の脚。
カニ型ヴァーミンだ。
一匹目が完全に岸へ上がると、すぐに二匹目が現れた。
次いで、別の水脈から三匹、六匹、十八匹。
幾つかに枝分かれした水脈の、その全てから大蟹が姿を現した。
十分も経たぬうちに、永久凍土の地に恐ろしい量のヴァーミンが列をなし、独特の耳障りな呼吸音を奏でていた。
誰に何を命じられたわけでもなく、死の軍勢は目的のために動き出した。
蜂窩を破壊し、ビィを捕食する。
完全な絶滅への行軍である。




