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迷宮惑星  作者: ミノ
第07章 カイ=エイトの章
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06 ダークブルー

迷宮生物とヴァーミン、そしてビィは本質的には「生物」であるはずだ。

ヴァーミンは迷宮生物もビィも食料にする。

しかしビィはヴァーミンを食えない。

何かが違っていて、そのことを解明した者はおそらく未だ存在しない。


――”嵐の冠”ロングウィンター

 容赦のないスパイクの生えたタイヤをきしませて、氷上トレーラーはじょじょに迷宮の下へ、奥へと進んでいく。


 次に光導板に火が入るのは推定17時間後。それまでは闇と冷気だけが世界を支配する。


「あ」


 運転席のカブが突然声を漏らした。


「なんだ?」と助手席のBIG=ジョウ。


「まずいですよ兄貴、思ったよりEリキッドの消費が激しい」


 Eリキッドは主機関樹セントラルツリーの樹液から精製される燃料である。使い勝手がよく、内燃機関を走らせるのには欠かせない。


「あとどのくらいもつ?」


「行き帰りのことを考えると、目的地の蜂窩ハイヴまで行くのは無理っぽいッス。手前で降りて……」


「バギーで行くしか無いか」


「そうッスね……ああ、やばい」


「どうした」


「そうなったらおれ、このクルマで留守番ですよね!?」


「ああ、まあそうしてもらうしかないな」


「その間エンジン止めなきゃいけないッスよね? おれ兄貴たちが戻ってくる前にカッチカチになってますよ!?」


 カイ=エイト迷宮の冷気は骨までしみる。燃料を節約しなければならない以上、エンジンもヒーターも止めておく必要があるだろう。そうなれば冷気は容赦なくトレーラーに入り込む。


『それについてはご心配なく』と後部コンテナからゲオルギィの通信。


「何かあるんスか、ゲオルギィの旦那」


『はい。いまちょうど出来上がり(・・・・・)ました』


「できあがった?」


『いかにも。二着目のスキンスーツです』


 そう聞かされて、カブはほえーと妙な感嘆をもらした。


「それをおれに?」


『はい』


「すげえや、よくこんな短時間に作れましたね」


『小生、これでも”ギガロアルケミスト”の名で通っておりますので』


「ははぁ、おみそれしやした」


 カブの凍死回避のめどが立ったところで、BIG=ジョウはトレーラーから特製氷上バギーを乗り出した。その後部にはゲオルギィが座る。


「じゃあ留守番頼むぜカブ」


「了解ッス」


「あとどうしても無理ってなヤバいことがあったら、ポータルまで戻れ」


「へ? でもそれじゃ兄貴たちが」


「俺たちは最悪自力で帰れてもお前はそうはいかないだろ。ま、ぎりぎりまで粘ってくれりゃあそれに越したことは無いがな」


「兄貴……」


「じゃ、後のことは頼む」


「分かりました。兄貴も旦那も気をつけて」


 極寒の闇の中、BIG=ジョウはバギーのエンジンを点火させた。


     *


 同じ頃。


 さらに深い闇の中。


 生身のビィなら片足を漬けただけで心臓マヒを起こすような冷えきった地下水脈で蠢くものがあった。


 カニ型のヴァーミンである。殻の付いた人間をバラバラにし、カニの形にむりやりつなぎ変えたような呪われた肉体。原型を留めない迷宮生物をハサミでちぎって貪る様子は何の感情もない飢えた甲殻類そのものである。


 だがヴァーミンはただのバケモノではない。


 ビィと同程度の知性を持ち、ビィへの殺意を持ち、ビィを食らう。ビィにとっての天敵なのである。


 水中でも通じる声で、ヴァーミンたちは何事かを囁きあった。


 その途端、それぞれ思い思いの場所にうずくまっていた恐ろしいカニたちが一か所に集まり始めた。


 ヴァーミン同士が何を語らったのか、それはヴァーミン同士でないとわからない。


 ただひとつ、彼らが言葉をかわすとき、それは邪悪な企みをビィに向けて仕掛ける予兆であるということだ。


 やがて話はまとまった。


 カニ型ヴァーミンたちは、何かに操られたように一斉に動き出した。


 何をするのかわからない。


 ビィを殺し、貪り食う以外に彼らが何を考えているのか、いったい誰が知るだろうか……。


     *


 一方、ピエネー蜂窩ハイヴ


 プラグドロイド・ミドリカワは鎖で拘束されつつも、防寒着で着膨れたビィたちの会話を聴覚器で拾っていた。


 彼らが何のために自分を拘禁したのか。


 ”預言者プロフェット”ヤヴァランのいうことが本当だとしたら、やはりソーマリアクターを利用したいという目的なのだろう。


 理解はできる。


 主機関樹のエネルギー供給が圧倒的に足りていないとするなら蜂窩ハイヴはじきに崩壊するだろう。それを防ぐためにプラグドロイドのエネルギー源を奪って流用すれば、足しにはなる。


 だが問題は、普通のプラグドロイドにはソーマリアクターなどという規格外に巨大な出力を生み出す機関など搭載していないということだ。


 ヤヴァランは開口一番、ソーマリアクターについて言及した。そしてそのためにミドリカワを捕えたとも。


 これらの情報を統合すると、ヤヴァランは本当に予知能力や預言の力を持っていることになる。


 なにしろ、ミドリカワがカイ=エイト迷宮に赴くのはこれが初めてなのだ。ソーマリアクターという代物がどんなものか知っていることはあり得ても、それを搭載したプラグドロイドだと見ぬくことは不可能だからだ。分解するか、人造頭脳からログを抜かれでもしないかぎりは。


 自己診断モードを使い、今の自分がそのいずれでもない状態であることは判明している。


 ならば――。


 ならばヤヴァランという男は、その言葉を額面どおり受け取るかどうかはさておき、”何か”を見抜いているらしい。


 疑問はもうひとつ。


 ピエネー蜂窩ハイヴに住むビィたちはみな強いカイ=エイト訛りがあるのに、ヤヴァランだけは流暢な標準言語をしゃべっていた。どうもそれが引っかかった。


「すみません、お尋ねしたいのですが」


 ミドリカワは自分の監視として正面に座り込んでいる半分居眠り中の男に声をかけた。


「あの”預言者プロフェット”殿はここの蜂窩ハイヴの生まれなのですか?」


「いやあ、うーん……悪いけど質問には答えられないよ」


 男の訛りに同調させているため、本当はふたりとも標準言語からはかけ離れた言葉で喋っている。ミドリカワは人造ビィだがゲオルギィ謹製の高性能を誇り、ビィの細かな情緒反応を見ぬくことができる。


 男は普通の気のいい蜂窩ハイヴの住人で、”悪気はないが仕方なく”という消極的な表情だった。これなら付け入ることはできる。


「どうせわたくしはこの通り動けません。ふたつみっつお話くださっても構わないでしょう?」


「まあ、うーん……そうだな、オレが喋ったってこと、誰にも言わないでくれよ?」


「もちろんです」


 ミドリカワは自分の行動に高評価を下した。


「じゃあまあ、少しだけな……」


 男はそう言いつつも、うわさ話をこっそり話す後ろ暗い楽しさに抗えないように口を開いた……。


     *


『あの方はふらりとやってきたんだ。1エムターンほど前かな』


『予知能力、預言。オレたちだって最初はそんなもん信じていなかったさ』


『でも、いろんなことをピタリと当てて、信じざるを得なくなった。そういう雰囲気だったから……信じざるを得ない感じになっちまったとも言える』


『といっても全員じゃない。横から勝手に入ってきた”預言者”さんに反発する連中もいて……そいつらはとうとう蜂窩ハイヴを出て行った。つい最近の話だ。3ターン、いや5ターン前かな』


『そうそう。そのとおりだ。5人の離脱者が出た。そいつらの中にはお前さんの連れてきたパルムもいて。ん? ああ、そういうことだ。連中は家族だった。みんな凍死して、何の因果か生き残りのパルムだけはお前さんが助けてくれたってわけだ」


『新天地を目指すって言ってたけど、やっぱり無理だったってわけさ。なんたって、このピエネーの周りは最悪の環境だ』


『お前さんも見たんじゃないのか?』


『カニだよ、カニ型ヴァーミンだ。年々数が増えている。もともと俺たちが食料としていた雪男猪イエティホッグも食い荒らされて、オレたちゃ実際崖っぷちなんだ』


『……毒虫ヴァーミンどもまとめて片付けるなんて、そんなの無理に決まってる』


『だから悪いけどな、お前さんのなんとか言うエネルギーを使わせて貰わにゃあ、ここはもう3エムターンも保たないだろう』


『すまん。これ以上はもう話せねえ』


     *


 ミドリカワの人造頭脳は激しく回転を早めた。


 様々な要素が頭の中でひとつの回答を紡ぎだした。


 だが、その体は鎖で封じられ、もはやソーマリアクターを取り出されるのも時間の問題だ。


 ――我が主、一刻も早くわたくしを見つけてください。このままでは誰も幸福にもつながりません。


 ミドリカワは強力な念話を飛ばした。


 しかし妨害された感触があった。どうやら拘束している鎖にジャマーが仕掛けられているらしい。


 ――なんとかヤヴァラン氏と話がつけられれば良いのですが、難しそうですね……。


 プラグドロイドであるミドリカワには不可能だが、背中に冷や汗のにじむ思いだった。


 その焦りに反し、冷えきった金属の表皮には白い霜が降りつつあった。



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