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迷宮惑星  作者: ミノ
第07章 カイ=エイトの章
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05 グレイチェーン

厚い氷の下に鉛色の鉱脈がある。

門術ゲーティアによって加工すると極めて頑丈な金属が出来上がる。

なぜかは分からないが、その金属は「インテツ」と呼ばれている。


――”嵐の冠”ロングウィンターの言葉

 プラグドロイドも気を失う。


 内部パーツのうち人造頭脳は比較的軟質な素材を使っており過度の衝撃には弱い。何らかの大きなダメージを受けた時には、情報処理を一旦停止させて破損を防ぐ。この断線からリブートまでの間がいわゆる”気を失った”状態になる。


 プラグドロイドであるミドリカワが短時間ながら活動停止状態になったのは通常の対応であり、それ以上の意味を持たない。


 ただしミドリカワが気を失ったのは物理的な衝撃が理由ではなかった。


 高圧電流を浴びせられたのだ。


     *


「……ここは」


 ミドリカワが若干のノイズが乗った音声を発すると、その場にいた全員の視線が集まった。


 視聴覚がリブートされ、周囲の状況がすぐに把握できた。


 そこは氷漬けになったどこかの蜂窩ハイヴだ。凍った岩と、その上に張り付いて永久にとけることのないような氷と、それらに比べればささやかすぎる焚き火。その周りには数人のビィが車座になっている。迷宮生物の毛皮を身にまとい、みな一様に髭面の男たちだ。


「目ェさましたルか、人形のおひど


 男たちのひとりが口を開いた。おそらく他の蜂窩ハイヴや迷宮と接触することもなかったのだろう。標準言語からは強く訛っていた。


「ここはァピエネー蜂窩ハイヴなっす」


 ピエネー蜂窩ハイヴ。ミドリカワはその名に聞き覚えはなかったが、こっそり行った地形探査により、当初少女を連れて行こうとしていた蜂窩ハイヴ、まさにその場所であるらしい。


「失礼、私の連れていたまだ幼いビィがいたはずですが、彼女は?」


 ミドリカワはなるべく丁寧に話した。しかしカイ=エイト迷宮に閉じこもるように暮らしていたに違いない彼らには、反対にひどく訛って聞こえたに違いない。男たちは不思議そうにミドリカワのブラス=プラスキン合金に軟質プラスキンを張り合わせた機械の顔を眺め、少し困惑したように苦笑した。


 ならば、とミドリカワは人造頭脳を働かせ、言語機能を活性化させた。


「わっしがァ連れとったル童子わらしがおりましたヤ、あの子ァどこへ」


 訛りに同調させた言葉を発すると、男たちは顔を見合わせてなるほどとうなずいた。


「助けてくれてありがとう、パルムは一命を取り留めたよ」


 パルムというのがずっと背負ってきた女の子だろう。訛りを互いに変換しているので、結果としてお互い標準言語で話しているように聞こえ方が変わっている。


「喜ばしいことです」


 ミドリカワにも生命の大切さはわかる。プラグドロイドといっても、単なる機械人形ではない。”ギガロアルケミスト”ゲオルギィが直接手がけた傑作である。ビィと同じ倫理観がインストールされているのだ。


「それはいいのですが……」


 ミドリカワは左手に絡みつく重金属製の鎖を持ち上げてみた。


「私はなぜこの洞窟に拘禁されているのでしょうか?」


 左手の鎖は凍った岩に頑丈に埋め込まれ、左右の足首と膝にも同じように恐ろしく頑丈なワイヤーロープが巻かれていた。縛り上げられ、身動きができない。


「私は貴方がたの同胞を助け、ここまで運んで……」


 言いかけて、ミドリカワは自力でこの蜂窩ハイヴにまでパルムという名らしい少女を運んだわけではないと思い出した。


 あのとき――そう、カニ型ヴァーミンに襲われて、その後の記憶は曖昧だ。


「悪く思わないでくれ」


 もうひとり、車座になっていた男たちとは雰囲気の違うタイプの人物が洞穴の奥から現れた。


 頭からすっぽりと毛皮のコートを身にまとい、そこから覗く鋭い眼光がミドリカワの視覚器に刺さった。奇妙なことに、この場において男だけが訛りのない標準言語を話している。


「プラグドロイド、お前を解放するわけにはいかん」


 ミドリカワの人造頭脳は混乱にゆわんとゆれた。何が始まろうとしているのか理解できなかった。


「君は我々の希望なんだ。どうあっても協力してもらうぞ」


 ”提案”ではないようだ。


 ミドリカワは救難信号をゲオルギィに送ろうとしたが、どうやら物理的にだけでなく念話に関しても妨害されているらしい。

 

「……お聞かせ願いたいのですが」


「何だ」


「協力とは具体的にどのようなことを?」


「ソーマリアクターを使わせてもらう」


 ミドリカワの全アクチュエーターが、ギアが、油圧シリンダーが、ピタリと活動を停止させた。ビィであれば冷たい汗をかいていただろう。


 ソーマリアクターはミドリカワの全エネルギーを賄うエネルギー源である。


 万が一それを体内から抜かれれば……。


 プラグドロイドは、命を落とすこともできる。


     *


「……これであらかた片付いたか」


 BIG=ジョウは肩で息をして、無意識に額を拭った。スキンスーツをまとっている状態では内部の水分も吸収される。不要分は勝手に排出される仕組みなのだが、身についた生理的反応はそう簡単になくなりはしない。


「そのようですねぇ。いやぁ疲れた」


 ゲオルギィは防寒服をドライモードにして汗を乾かしつつ、気だるげに答えた。


 ふたりの足元には、カニ型ヴァーミンの死骸が10体近く転がり、体温が消えた順に凍りついて、霜が降りている。


 暗い地下水脈から這い出てきたヴァーミン共はBIG=ジョウとゲオルギィを執拗に切断しようとハサミを振りかざしたが、ウーホース迷宮でスキッパーとしての名声を誇るふたりを襲撃するには決め手が足りなかったようだ。


「寒さに日照不足、おまけにヴァーミンか。どうなってんだカイ=エイト(ここ)は。よくこんなところで暮らせるもんだな」


 BIG=ジョウがそう言うと、どうでしょうかとゲオルギィは首を傾げた。


「この迷宮の蜂窩ハイヴは、もしかしたらもう生活可能な限界を割り込んでいるのかもしれませんねぇ」


「もう住めないってことか?」


「はい。凍死していたキャンプがあったでしょう? 彼らがなぜあんなところにいたのか、少々疑問ではあったのですが……」


「なぜって、どこかに行こうとしてたんだろう? 他の蜂窩ハイヴにでも」


「小生もそう思いましたが、あの周囲には他の蜂窩ハイヴらしきものはありません。が」


「が?」


「ウーホースとの転移ポータルには比較的近い」


「ポータル? まあそう言われりゃあそうだが」


「ですから彼ら凍死者は……」


「暖かいウーホース迷宮を目指していた?」


「そういうことです。推測の域を出ませんが」


 なるほどな、とBIG=ジョウは腕組みした。視界の端にちょろちょろと動く手のひらサイズのカニヴァーミンがうごめいているのを見咎め、踏み潰した。


「ついでに言えばですね」


「何だ?」


「あの洞穴に残されていたのは4人の凍死者と5つのカップ。ミドリカワがその現場に立ち寄って、ひとりでも生存者がいれば助ける方法を探すはずです」


「そうなのか?」


「はい。断言できます」


「まあ、プログラミングした張本人が言うならそうなんだろう」


「ミドリカワは裂け目(クラック)から転落し、偶然洞穴にたどり着いた。そこにいた唯一の生存者を一番近い蜂窩ハイヴまで運ぼうとしたのでしょう」


「ミドリカワは人命救助を優先したんだな」


「そういうことです」


「いい奴じゃねえか」


「恐縮です。彼も喜ぶでしょう」


「だったら、急いで回収しないとな」


「はい」


 BIG=ジョウとゲオルギィは再びトレーラーに乗り込み、カブの慎重な運転でカイ=エイト迷宮の奥地へと進んだ。


     *


 ”預言者(プロフェット)”。


 預言者ヤヴァラン、とその男は名乗った。


「わたしには予知能力がある」


 ヤヴァランは断言し、鎖で拘禁されたミドリカワに人差し指を突きつけた。


「君がこの場にいることはわたしの預言のとおりだ、プラグドロイドよ。いや、ミドリカワ(・・・・・)


 カシャ、と冷えた空気に金属の触れ合う音がした。ミドリカワのかすかな慄きがボディパーツを震わせたのだ。


「……ログと一致しません。わたくしから名乗った覚えはありませんが」


「だからわたしは預言者プロフェットなのだ」


 ミドリカワは何も答えなかった。勝手に頭を覗かれたか、あるいは門術ゲーティアか。ヤヴァランは何かを仕込み、人造頭脳からデータを抜き取ったに違いない。


「わたしはこの蜂窩ハイヴ主機関樹セントラルツリーから知恵と言葉を授かった。単刀直入に言おう。この蜂窩ハイヴの住人は遅かれ早かれ氷漬けになって死ぬ。逃れられない運命だ。それを避けるには……」


「わたくしのソーマリアクターを?」


「話が早い。主機関樹の活動を妨げる氷を溶かし、枝葉を再び生い茂らせるためにはエネルギーが足りない。あの子(パルム)のように重度の凍傷になっても、プラグド化すらままならないのだ。他の手段でバッテリーとなるものを集めることも考えなかったわけではない。だが、我々にはもう探索者を送り出す余裕もない」


「わたくしに犠牲になれと仰りたいのですね」


「そのとおりだ」


 理解が早いな、とヤヴァランは冗談とも本気とも取れない口調で言った。


 ――さて、これは困りました。


 もしミドリカワに心臓があれば、それは激しく脈打って全身に緊張をばらまいていただろう。どうやらこのままでは自分は分解され、内骨格の骨盤上にあるソーマリアクターを取り出されてしまう。それはプラグドロイドとしての死を意味する。予備電源で人造頭脳を維持できればリブートはできるかもしれないが、意識の連続性はおそらく保てない。


 ――我が主ゲオルギィ、願わくば下僕の死ぬる前にお助けを……。


 ミドリカワはプラグドロイドとしては全く柄にもなく”祈り”を捧げた。


 預言者を名乗るヤヴァランに触発されたせいだろうか。


 脱出の機会を探るよりも先に自分が不条理な思考をしていることに、ミドリカワは気づく余裕さえ失っていた。


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