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迷宮惑星  作者: ミノ
第07章 カイ=エイトの章
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02 ミドリカワ

この淡く光る球体が転移ポータルだ。

完全に調査の終わっていないポータルは危険だぞ。

なにしろ俺は下半身というか、金玉もげちまったからな。


――”ロストマン”ジトゥの言葉



 極寒の空気。気を抜けば滑落死の危険が待つ氷の大地。わずかな時間の昼を過ぎれば全てが闇の帷に包まれる。


 およそビィが暮らすのにこれほどの悪条件はないだろう。


 主機関樹セントラルツリーに守られた蜂窩ハイヴにあっても食物の生育は悪く、他の蜂窩ハイヴとの交易も交通手段がなくまともには機能しない。数百エクセルターン昔には列車が利用されていたらしいが、とうに氷の中だ。


 日差しのない氷原の中で稼働する主機関樹はビィに熱とわずかな生活必需品を提供してくれる。といってもその規模は限られていて、小さな蜂窩ハイヴで限られた数のビィが暮らすにとどまることになる。


 ただただ広がり、そして広がり続ける氷の世界と、そのわずかな隙間にしがみつくように生きるビィたち。


 これがカイ=エイト迷宮の、偽らざる実情だった。


     *


 ゲオルギィはその二つ名”ギガロアルケミスト”に違わず特殊な門術ゲーティアの使い手である。


 ビィの天敵である虫人間ヴァーミンや迷宮生物の肉体を猛酸性の劇物に変えてしまったり、迷宮のありとあらゆる建材に広く使われているカーボン=プラスキン複合材をその場で創りだしたりする”変性系”と呼ばれる門術ゲーティアが彼の得意分野だ。


 ゲオルギィの興味のひとつに人造ビィの作成があり、それが”ミドリカワ”なるプラグドロイドを生み出すきっかけとなった。


 ミドリカワは、ビィや他の生物の肉体を一切使わず、完全にゼロからパーツを組み、門術ゲーティアを使って組み上げられた。頑健なボディと強靭なパワー、従順かつ柔軟な思考と情緒。迷宮惑星全てを見渡しても引けを取らないとゲオルギィは自負していた。


 それが事実であることはBIG=ジョウの認めるところでもある。敵中真っ只中を横断するウーホース迷宮の風物詩、ワイルドハントにおいてもミドリカワはゲオルギィのサポートとして見事に立ちまわっていたし、話しかければビィと同じように反応する。


 ミドリカワを氷の迷宮カイ=エイト派遣したのは、ゲオルギィの信頼ゆえのことだった。


 だが、ミドリカワは遭難した。


     *


 1エムターンほど前に――エムターンはひと月を表す単位だ――ウーホースでひとつの転移ポータルが発見された。


 調整されていないポータルはとても不安定なもので、最初はどこにつながっているのか、双方向の転移が可能なのかすらわからない状態だった。


 そこをゲオルギィが調査、修復しまともに使えるようになった。


 ポータルは迷宮に暮らすビィにとっては、はるか遠く、あるいは別の迷宮に跳躍できるものとして貴重なものとみなされている。だが何の調整もされていないポータルに迂闊に触れれば、かの”ロストマン”ジトゥのように下半身だけ見知らぬどこかへもぎ取られたり、一方通行になっていて二度と元の場所には戻れなかったりする可能性がある。それでも貴重なものとして注目をあつめるのは、ビィたちのつきない好奇心によるものだろう。


 いつの時代も、どんな場所でも、転移ポータルというものは危険が伴う。


 ゲオルギィが手を加え、転移先がカイ=エイト迷宮だと明確になってもなお拭い切れないリスクがあった。


 最初にドローンを飛ばし、双方向転移が可能であることが証明されると、ウーホースのビィたちはなんとしても調査をしたいという熱意に駆られた。


 元々ポータルは、ほとんどのビィが実物を見ることなく寿命を全うするような希少な存在だ。安易な使用を危惧する声も上がったが、ビィたちの興味はそれを押し流した。


 とはいえ判明した転移先はカイ=エイトだ。

 

 極寒の地であり、転移してもその先を探索するどころではないという意見が上がった。


 そこでミドリカワである。


 生身のビィではないミドリカワは低温でも死ぬことはない。万が一転移事故が起こっても動力と人造脳ユニットさえ生き残っていれば手足の換装は容易だ。実験にはもってこいだった。


 ゲオルギィはポータルの調整もミドリカワの耐久性にも十分な自信があり、プラグドロイドによる先行調査が決定した。


 それから時間が過ぎ――ミドリカワは返ってこなかった。


 ゲオルギィは普段の飄々とした態度をひそめ、自分自身で救出に向かうことを決意した。


 それを聞いたBIG=ジョウは、ごく当たり前のことのように俺も行く、と言い出した。”ウーホースで最も速い男”を疾走らせるのはマシンと燃料だけではない。その身に流れる血潮が駆り立てるのだ。ゲオルギィに手を貸すことに迷いはなかった。


 そのせいでまた恋人のマリィに愛想を尽かされそうになったりもしたが、結局ゲオルギィの身辺警護を兼ねて同行することになったのである。


     *


「兄貴はそれでいいんでしょうけど……」


 氷上仕様に改造されたトレーラーの運転席で、面倒くさそうにハンドルに体重を預けるまだ若い男の姿があった。


「何でおれまでこんなクソ寒いところにつれてこられてるんスか?」


 男の名はカブ。


 BIG=ジョウの走りに魅せられ、ジョウのことを兄貴と慕う弟分であるとともに、ジョウのバイクの調整を一手に引き受ける機工作兵ザッパー上がりのメカマンである。


「仕方ないだろ。こんな氷の上で俺の二輪マシン走らせるわけにゃいかねえ。このトレーラーが俺たちの命綱なんだよ」


 氷上で走るために肉食魚の歯のようにずらりとスパイクの生えたタイヤ。追加Eリキッドタンク。資材を積み込んだコンテナ兼乗用スペース。大型暖房。凍結防止処理。凍りついた地と名高いカイ=エイトでも行動を可能にするために厳選された装備である。


「じゃあ、頼むぜカブ。コケないようにゆっくりとだ、ゆっくりと」


「へーい」


 助手席に乗るBIG=ジョウに言われるまま、カブはトレーラーを最徐行で動かした。


 強固なスパイクタイヤは氷塊の上をがりがり音を立てて這い上がり、坂道を降りる。


「どうだ」


「悪く無いッスね。坂道でもずり落ちる心配はないみたいです」


 カブはそう言って、フロントガラスの霜をワイパーで掻き除いた。放っておくと何もかもが氷の中に押し込められてしまう。


「ゲオルギィの旦那、まずはどこに向かいます?」


 カブが襟元のマイクに言った。ゲオルギィは後部コンテナで装備の確認をしている。


 数秒のノイズのあと、ゲオルギィの声が返ってきた。同時にフロントガラスに緑のワイヤーフレームで周辺の立体地図が浮かび上がった。


『地形を見るに、この迷宮の蜂窩ハイヴは全部地下というか、氷の下にあるようですねぇ。ミドリカワが全く何の目的もなくうろつくとは思えませんから……まずはこの、ここのポイントまで進んで、そこから手がかりを探しましょう』


 後部コンテナに了解を伝え、カブはトレーラーのアクセルを踏んだ。


     *


 ゲオルギィは奇妙な男だ。


 それは外見の胡散臭さだけを意味するものではない。


 ウーホース迷宮のスターリオン蜂窩ハイヴに居着いてワイルドハントに参加するようになったが、彼自身はレーサーでもなければ武闘派でもない。


 そもそもゲオルギィは出身のあやふやな男で、いわゆる”渡り”と呼ばれる別の迷宮からの転移者である。元々どの迷宮にいたのかははぐらかすばかりで、BIG=ジョウを始め誰も正確なことを知らない。そういうことを含めての胡散臭さは彼独特のスタンスとも言えた。


 そのゲオルギィが自分の創造物であるプラグドロイド・ミドリカワ救出に血相を変えたのは、彼を知るものの間では特に不思議がられた。ゲオルギィであれば、飄々とポータルを通っていつの間にか連れ戻して来るであろう――そうでなければ、『また作ればいい』と切り捨てるのではないかと大抵の者は予想していた。


 だが実際には真顔で焦りを感じ、BIG=ジョウの協力の申し出を断ることもなかった。


『当たり前のことじゃねえか。自分の大事なものを取り戻すのに焦って何が悪い』


 BIG=ジョウはそう言ってほとんど迷いなくゲオルギィを手助けすることに決めた。ほとんど――というのは、ジョウが危険な目に合うことを常に案じる恋人マリィに、今度こそ本当に愛想を尽かされるのではないかというためらいからだ。


 ともあれ、BIG=ジョウは協力することを決めた。


 一度決めたらただ目的のために走るのみだ。それがウーホース迷宮でマシンを走らせる男の心意気と言うもので、ゲオルギィもまた、胡散臭い態度の下に熱いものが流れている。BIG=ジョウはそう信じた。


 だったら一緒に走る。ただそれだけの話だ。


 どんな障害があるか、それは走ってみなければわからない。


 危険が伴う。それは確かだ。


 死ぬかもしれない。それも事実だ。


 それがいいのだ。


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