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迷宮惑星  作者: ミノ
第06章 ネーウスの章
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09 ピューレメーカー


螺旋列車の軌道はその名の通り螺旋を描いて上下します。


――マハ=マウライヤス観光広報資料より



 垂直列車とは複数編成の大型エレベーターである。


 マハ=マウライヤスを上下に貫く超巨大主機関樹の樹皮に沿うようにして走る公共交通機関ということになる。同じように樹皮上を螺旋を描いて上層下層をつなぐ列車と違い乗り心地にはあまり気を使われず、慣れていない者が乗ると恐怖のあまり絶叫することもしばしばだ。


 ビーンズとウォルトが乗り込んだのも垂直列車、しかも速さだけを追求したピューレメーカーと呼ばれる車両である。下層、中層からの貨物を最速で上層に届けるため、ほとんど打ち上げロケットのようなスピードが出る。強烈なGがかかるため体が上から押しつぶされるようになることからその異名がついた。


 ビーンズがピューレメーカーを選んだのはとにかく速く上層に行かなければならないからで、普段であればもう少しお手柔らかなルートを使っている。


 ディズを救うためならピューレになる覚悟も決めていたが、強烈な加速にはビーンズもウォルトも音を上げかけた。


「若いつもりでも重力にゃかなわねえな……」


 ビーンズはタバコを吸おうとしたが、手が震えてうまく取り出せず、結局諦めた。


「それより早く連絡をつけてくれ。時間が惜しい」とウォルト。


 マハ=マウライヤス上層へ来るように指示した正体不明の老人は、結局移動中には念話をかけてこなかった。もっとも連絡を入れてきたところで念話器を取り出すことさえ難しい状況だったのだが。


 ひと言に上層といっても、下層部の根の国には及ばないにせよその面積は広い。老人の言葉を信じるならばオズワルドと攫われたディズがどこかにいるはずだが、何の手がかりもなく探しまわるのはあまりに非効率だ。


 何とか念話通信器を取り出して履歴からリチャネリングし、8回目の呼び出しで老人とつながった。


『おお、ようやくついたか』


「じいさんか? 俺だ。アンタ今どこにいる?」


『摩天水上プラントじゃ』


「何だって?」


『摩天水上プラント。樹冠地方の一番てっぺんじゃよ』


     *


 マハ=マウライヤス蜂窩ハイヴの上層は、光導板に近いため光に溢れ、また主機関樹セントラルツリーが吸収し浄化された水が安心して使える恵まれた地域である。根の国とは文字通り天と地の差だ。


 その樹冠地方――ビィが出入りできる最も高いエリアは濃い水蒸気が発生しており、夜時間になると霧から水滴が生まれる。その水滴が枝葉を伝わり、やがて巨大な水たまりとなって浅い湖を形成する。


 超巨大主機関樹の最も高い場所にある湖はマハ=マウライヤスにおいては一番神聖なものとして住民に尊ばれ、それゆえ下層の根の国をうろつく穴ぐらネズミにとっては縁の薄い場所だ。


 その摩天湖中心部、建築家たちが最高の敬意を払ってデザインした美しい水上プラントは別名”やしろ”とも呼ばれ、静謐な風景に違和感を与えない。


 その湖のほとりにビーンズとの通信を切った老人がいた。


 社の曲線的なデザインに視線を送るさまは巡礼者のひとりのようで、背中に背負った大きなリュックだけは少々場違いな雑多さがあるものの、あたりの雰囲気に溶け込んでいる。


 そのため周りのビィたちは誰ひとり気付かなかった。


 老人が燃え上がるほどに霊光レイ・ラーを高め、湖全体を覆い尽くす巨大な結界を張り巡らせていることに。


「……来おったか」


 錆びた小声で老人はつぶやいた。背後に複数の気配。


「ここにいたのね」


 ひときわ大きな気配の主は、大柄で派手な口紅の目立つ女。オズワルドである。


「道理で直接ジャンプできないはずね、貴方が妨害していたんですもの」


「左様」


 老人は振り返り、答えた。


聖蜜アムブロシアは渡さんぞ」


「あいにくね。摩天水上プラント(ここ)は私たちが制圧する」


 オズワルドの背後には音もなくつき従う大勢のローブを纏ったビィたちの姿があった。ゆうに100人はいるだろう。


「貴方だけで防ぎきれるかしら?」


「お前さんが気にせんでもよいわ」


「そう。なら前回の雪辱といきましょう」


 オズワルドの無言の指示に、背後で控えていたローブ姿の兵隊がさあっと散開し、ある者は老人を取り囲み、別の者たちは水上プラントへ続く橋に殺到し始めた。


「こんどこそ息の根を止めてあげるわ、ご老体」


 魔女オズワルドは肉食獣の笑みを浮かべ、手駒のローブ姿たちへ攻撃の指示を送った。


     *


 爆発音。


 ビーンズとウォルト親子は、摩天湖に向かう途上でその遠鳴りを聞いた。


「こりゃあまずそうだ」


 ビーンズはタクシーの後部座席で大型拳銃を整備しかけた手を止め、コートの中のホルスターにねじ込んだ。


「あの爺さんの言ってた”戦争”が本当に起きてるってえのか」


「戦争というのは大げさじゃないか? オズワルドとかいう女が仕掛けたテロというところだろう」


 同じように霊線レイラインの調子を整えながらウォルトが言った。


「なあ運転手さん、水上プラントまであとどのくらいだ?」


「いつもならあと10分ほどですけど……」


 タクシー運転手は訝しげに答えた。先ほどの爆発音が気になっているのが見て取れる。広々とした樹冠地方の道路は、にわかに混雑し始めていた。 


「下層民の暴動ですかねえ……この高さまではあのネズミども、めったに上がってこないんですけどねえ」


 ビーンズはその言葉に苦笑した。私立警官として根の国で仕事をすることの多い身分である。運転手の無遠慮な物言いには上層民の驕りのようなものを感じなくもない。今はそんなことを気にしている状況ではないが。


 と、また連続して爆発音が聞こえた。


 近い。音の方向から、もはや水上プラントでなにか大変なことが起こっていることは間違いない。


「道が混んできたな。運ちゃん、もうここで降ろしてくれ」


「え、いいんですか?」


「大丈夫だ。アンタもこれ以上は登りたくないだろう」


 ルームミラー越しに運転手は安堵の目線を投げた。


「釣りはいらねえ」


 プリペイドチップを渡し、ビーンズとウォルトはタクシーから路上に降りた。


 さらに三度の爆発音が響き、ビーンズのプラグド化した眼球に振動が伝った。


「急ごう。とにかく何が何でもディズを取り戻さないと」とウォルト。


 ビーンズはうなずき、ふたりは門術ゲーティアによって強化した脚力で目的地へと走りだした。


     *


「よし、あそこだ!」


 主機関樹の頂上までたどり着いたウォルトが叫んだ。摩天湖までの距離を指し示す大きな看板が見える。


 ウォルトはさらに内門を開いて身体能力を強化した。


 ウォルトも、ビーンズも、垂直列車での強行軍で心身ともに疲弊していた。


 特にビーンズは孫ができる年齢である。元々頑強にできているビィの肉体も限度というものがある。


 それでも行くしかない。


 路端に座り込みたい衝動を抑え、ビーンズは息子の背中を追った。


     *


 ローブ姿の兵士たちは一糸乱れぬ動きで老人を追い詰めた。


 グレネードランチャーが八方から火を吹き爆煙が上がる。老人の体はバラバラの焦げた肉片になって飛び散り、即死した。


     *


「なんてこった……」


 ビーンズは震える声で言った。ようやく合流できたかと思った瞬間、オズワルドそしてローブの兵士たちがひしめく摩天湖のみぎわで謎の老人は死んでしまった。


「何なんだオイ、こんなこと……」


 呆然とするビーンズがつぶやいた次の瞬間。


 老人は大ぶりの杖で兵士の後頭部をぶん殴り、昏倒させた。ローブをちぎり取られた哀れな男は、ローブの支配から抜けだした代わりに頭蓋骨にヒビが入っていた。


 弾切れとなったランチャーを投げ捨て、ローブ兵の一群はサブマシンガンで老人を狙う。蜂の巣になり血飛沫とともに崩れ落ち、老人は死んだ。


 死んだはずが、ひと呼吸分の時間も立たないうちに生き返り、門術ゲーティアで瞬間的に竜巻を作り出してローブの兵士たちを面白いように巻き上げた。


 ローブの操り人形たちは何ら懲りることもなく門術ゲーティアでの連続攻撃を放った。


 老人はまた死に、そして反撃した。


 ビーンズの目の前で老人は少なくとも6度死に、同じ回数生き返った。


「何なんだ……何なんだオイ! 何なんだあの爺さん!!」


 混乱の極みで叫ぶビーンズの声は、新たな爆音にかき消された。


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