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迷宮惑星  作者: ミノ
第06章 ネーウスの章
58/120

08 魔女



やめておくがいい。

格が違うのだ。


――”嵐の冠”ロングウィンターの言葉



 暗黒都市マハ=マウライヤス下層部・根の国のとある廃屋。


 ウォルトは逃避行とディズの世話で疲労のピークに達し、携帯食料ハニーバーを半分ほど齧ったところで力尽き、気絶するように眠りに落ちていた。


 代わりにディズをあやしていたビーンズは、その様子に苦笑いともなんともつかない笑みを漏らした。昔を思い出したのだ。


 ――さて、どうするか。


 一転、ビーンズの目に鋭いものが浮かんだ。

 

 ローブの男たちはローブ自体に操られていて、おまけにそのローブはよりにもよってヴァーミンをベースに作られた半生体の存在であるらしい。ディズを狙っているのはそんな連中だ。目的はディズの力、女王の子(クイーンズチャイルド)としての力だとして、敵の規模やがどこにあるのかは杳として知れない。ローブを剥いで尋問しようにも、ローブそのものに操られているだけのビィには何の記憶も残っていないらしい。


 できることがあるとすればローブの襲撃者を片っ端から返り討ちにして、こちらから探しだして皆殺しにして、あとは何とか逃げまわる――そんなことくらいだろう。


 きりがない。


 ――親を潰さないかぎり、子はいくらでも増える。


 嫌な喩え話だ。


「……やれやれ。結局何とかして頭を見つけてふん縛るしかないってか」


「お互いにね」


 ビーンズの心臓は一瞬止まった。


 全く思いもよらない場所から、ウォルトのものでも誰のものでもない声が聞こえたからだ。


「誰だ!」


 警官の意志力が拳銃を抜かせ、こわばりそうな体を捻じ曲げて銃を構えさせた。


 銃口の先には、派手な口紅をつけた大柄な女が立っていた。肩幅ががっしりしていて、鍛えた女軍人かベテランの探索者といった雰囲気だった。


何者なにモンだ。どこから出てきゃがった?」


ここ(・・)。まさに今この場所からよ」


 女が示したのは己の背後、何もない空間だった。


「ふざけてるのか?」


「いいえ、何も。私は問に答えただけ」


「……もういい。そこを動くな。動けば」


 引き金を引く、と言い切る前に女は無造作に一歩二歩とビーンズの――否、ディズの方へと近づいた。


 ビーンズに容赦はない。


 大型拳銃が火を噴いて、奇怪な女の胴と足を狙って弾丸が発射された。ビーンズのプラグド化された右目はその火線をしっかり捉える。確実に撃ちぬくはずだった。


 確実なはずの弾は、しかし女にはかすりもしなかった。


 ビーンズは肉眼を、次いで右目を疑った。距離、速度、角度、タイミング。どれをとっても命中していなければおかしい状況だった。だが女は何事もなかったように、ディズが小さな体を横たえる急ごしらえのベッドへ近づいていく。


「邪魔はしない方がいいわよ。全部無駄だから」


「黙れ!」


 ビーンズはこんどこそ間違いなく射殺するため、月光の門をひらいて女に幻覚系門術(ゲーティア)を仕掛け、同時に銃弾を放った。


 結果は同じだった。


 門術ゲーティアも銃も、まるで女をすり抜けるように消えてしまう。いや、すり抜けるというよりは途中でかき消されるような……。


「くそ、何だいったい!?」


 熟睡していたウォルトは怒声と銃声で飛び起きた。


「なんだお前は? 父さん、どうなってる!」


 寝起きでふらつくウォルトはわけもわからないまま、身の危険を感じ――それ以上にディズの危険を察知し、ディズを守るように前に出た。


「お前はその子を連れて逃げろ! こいつぁ普通じゃない!!」


 ビーンズは叫びながら門術ゲーティアと銃で謎の女を止めようとする。


 どれも功を奏さなかった。女はまっすぐウォルトの方に――その背後のディズの方へとさらに近寄っていく。


「何をやっても無駄と言ってるでしょう?」


 女はそういうと、全く何の物音も経てずその場から消え失せた。


「悪いけどこの子はもらっていくわ」


 いったい何がどうなっているのか。女は瞬間移動し、その手には銃声飛び交う只中でなお眠り続けるディズが抱きかかえられていた。


「私の名はオズワルド」


 女は唐突に名乗った。ビーンズとウォルトは歯噛みして引き金に入れた力を緩めざるを得なかった。下手に攻撃すればディズに当たる。


「ご心配なく。この子に危害を加える気はないから」


 オズワルドと名乗る女はそういうと笑みを浮かべた。


 ビーンズはその笑顔の場違いさに下腹が引き絞られる思いだった。


 柔らかく温かい笑顔だった。しかしその薄皮一枚下には虚無のように冷たい。警官として過ごしてきた年月がそれを見ぬいた。


「……ディズをどうする気だ」


「この子は私が育てます」


「なっ……」


 ビーンズは絶句した。ウォルトも同じく目を見開いて、声を上げることもできない。


「私が責任をもって。短い期間だけど、この子の世話をしてくれてありがとう」


「お前、いったい何を言って……」


「本来なら貴方たちにはここで退場・・願うところだけど……何かお礼をすべきかしら?」


「黙れ!」


 ウォルトが怒りのままにオズワルドの足へとタックルした。ディズに当たらないよう下半身を狙い、膝を刈り取るコースだ。門術ゲーティアにより加速をつけたその動作は目で追うことも難しい。


 が、ウォルトはオズワルドをすり抜けてしまった。そのままの勢いで、ものすごい音を立てて壁に頭から激突してしまう。


「あらあら……もう一度いっておくけど、私に何かしようとしても無駄」


 オズワルドは、再びこれまでと違う場所に現れた。


「”瞬息”か……!?」とビーンズ。


「いいえ」


 またもオズワルドは何の動作もなく別の場所に立っていた。音もなく、足を動かすこともなく。


 ビーンズは勘付いた。これは内門系の身体強化や、蒼天の門による高速移動ではない。幻覚でもない。正真正銘の瞬間移動だ。銃も門術ゲーティアも近接攻撃も通用しないのはそのためだ。届く前に別の場所に移動しているのだ。


 ――ふざけるなよ……これじゃ止める方法なんてねえぞ!!


 絶望感が背骨を駆け上がる。瞬間移動など並の技藝の聖樹(スキルツリー)では発現自体困難だ。それをオズワルドは一切の予備動作もなく連続して使っている。敵は完全に格上だ。


 ウォルトは全力で壁に激突したせいで失神している。数分は行動不能だろう。


 拳銃にはもう残弾がなく、門術ゲーティアも効かない。おまけに絶対に守らなければならないディズが奪われている。


 これではどうにもならないではないか。


「ではこうしましょう。礼として貴方たちは見逃してあげるわ」


「何だと……?」


「生命は奪わないという意味」


「……偉そうな口を叩くじゃあねえか」


「お気に召さなくて?」


「召さないねェ」


「ならこの場で息の根を止めても構わないけど……おっと」


 オズワルドの手の中で何かがうごめいた。眠り続けるディズの体が、黒い磁性流体のようなもの覆われ始めていた。おそらくは無意識に繭か卵のようにして中に己の身を隠そうとしている。女王の子(クイーンズチャイルド)としての能力に違いない。まるで無から有を生み出すようにして自分を守る鎧を身に纏おうというのだろうか。


おむずかり(・・・・・)ね。じゃあこの辺りで失礼するさせてもらうわ。では、ごきげんよう」


 言ったきり、オズワルドの姿は影も形も失せていた。


 沈黙だけが残された。


 ディズは奪われた。


 最も恐れていた事態に、ビーンズは何もできなかった。


 拳銃を握る手にぎりぎりと力が込められる。いっそ自分の頭を吹き飛ばしたくなるほどの屈辱だ。


「畜生……ちくしょう、畜生!!」


 廃屋の中を怒りの叫びがこだまする。


 どこかで雨音が聞こえた。


 雨という名の、廃棄された生命の素の鈍い雫がしとしとと――。


     *


 途方に暮れるとはこのことだろう。


 ビーンズと、頭から壁に激突して失神していたウォルトは廃屋のそれぞれの場所にしゃがみ込み、言葉も無い。


 これからどうすればいいのか、


 全く予想外のオズワルドなる存在に、今後の方針をすべて台無しにされてしまった。


 女が何者で、何の目的でディズを連れ去ったのか。自分が責任持って育てるとはどういう意味なのか。


 オズワルドを追いかけディズを取り戻さなければならない――言うのは容易いが、瞬間移動を使う相手をどうやって追いかければいいのか。逃げた方角すらわからないのだ。


 できることがあるとすれば、ビーンズの私立警官としてのコネをすべて使って情報網を広げるくらいだろう。それとてどこまで効果があるか怪しい。


 それでも何もせず打ちひしがれている場合ではない。ビーンズは力の入らない体を無理やり奮い起こし、携帯念話を脱ぎ捨てたコートの中から引っ張りだした。


 まずは一番顔の広いヴァインの念話チャンネルを開こうとしたその矢先、誰かから通信が入った。画面をタップする。そこには見たこともないような文字化けが表示されていた。


 す、と首筋が冷えた。


 あるいはオズワルドからの通信かと思い、ビーンズは覚悟を決めてチャネリングした。


『おーう、ワシだ』


 気楽な声。老人のものだ。聞いた覚えがあった。


オムツをくれた(あのときの)じいさんか? 何だ、どういうことだ? アンタ何で俺のチャンネルを知ってる?」


『役に立ったかな?』


「オムツか? ああ、それはそうなんだが……」


『それで、あやつは現れたか』


「何?」


『オズワルドじゃよ』


 ビーンズは息を呑んだ。念話装置越しの老人がなぜそんな事情を知っているのか。


『どうなんじゃ』


「あ……ああ、現れたよ。そう……最悪の事態だ」


『……攫いよったか』


「そうだ」


『ふーむ、先手を打たれたのう』


「じいさん、アンタいったい何者だ?」


『ワシのことはどうでもよろしい』


「だったら教えてくれ。アンタなら知ってるんだろう、あの女の行方を!」


主機関樹セントラルツリーだ』


 老人はあっさりと言った。


『上層の樹冠地方に来なさい。なるべく早くな』


「わかった」


 ビーンズはもはや細かいことを追求するのを諦め、ただ話に従った。


「とにかくそっちに向かう。他に何か?」


『ふーむ、そうじゃのう……できればありったけ武器を持ってきた方が良いな』


「武器だって?」


『うむ。もうすぐ戦争になるからの』


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