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迷宮惑星  作者: ミノ
第06章 ネーウスの章
55/120

05 三代


超越者が幸せをもたらすとは限らない。


――”100年の旅人”ペザントの言葉

「こいつぁひでえや」


 重機関銃でひと薙ぎされたビーンズの事務所兼自宅は戦場の只中のようで、ひと目見て使い物にはならなそうだった。


 惜しむものなんて何もない――と格好を付けたいところだが、住処を失うというのは切実な問題だ。とっておきの蜜酒ミードの瓶も割れて床にぶちまけられている。


「さて、どうするねパパ? この場所が割れてるってことは、同じような手合がまた襲ってくるぜ」


「そのパパってのはやめてくれ」


 ディズにミルクを与えながら、ウォルトは露骨に顔をしかめた。


 ビーンズはそりゃあ悪かったなと言ってオガクズタバコ(ソウダスト)に火をつけた。ウォルトが嫌がる理由はなんとなくわかる。昔――まだウォルトがまだ幼齢の頃は、ビーンズのことを”パパ”と呼んでいた。そのことを蒸し返されるようで気に入らないのだろう。


「……はっきり言って八方ふさがりだ」


 ウォルトはミルクを飲み干して眠りについたディズを抱え、弱音を吐いた。


「今さら言うのも何だが、おれはあんたを巻き込む気なんてなかったんだ、父さん」


「俺もこんな形で再会するたぁ思わなかったよ」


「すまない」


「ま、こうなっちゃあしょうがない。お互い色々あるだろうが、まずはその子の安全が第一だろう?」


「そうだな」


「なら、お前が知っていることを全部話してみろ」


「全部?」


「全部だ。俺はこの20エクセルターン、お前がどこで何をしていたのか全然知らん。この子と、この子の母親のこと。そういうことを」


「おれだってあんたが何をしていたか知らないぞ」


「ははっ! 俺は変わらんさ。野に下ってからは私立警官だがな、警官以外のことは何もしちゃいない。お前が知っていること、それをそのまま続けてただけよ」


「……そうか」


「そうだ」


 ビーンズは続けてお前の方こそどうなんだと聞きたかったが、うまい言い方が思いつかなかった。余計なことを言ってウォルトの気に障るような事になれば、話が余計によじれてしまう。自分から話し出すよう仕向けることが重要だ。これは警官として生きてきた経験によるコツのようなものだ。


「……ここまで巻き込んでじゃあお元気で、ってわけには行かないよな」


 ウォルトはそう言って、ディズの顔を覗き込みながらぽつりぽつりと話し始めた。


 ビーンズの思惑は功を奏したものの、複雑だった。こんな時まで警官としての自分で接してしまう。


 親としてではなく、警官として。


     *


 ウォルトとその妻・ラケルの出会いは大きなイベントがあったわけでもなく、大恋愛の末というほど大げさなものではなく、至極まっとうなものだった。


「おれは探索者になった。父さん、あんたに言い残したようにね」


 巨大都市マハ=マウライヤス蜂窩ハイヴは10億を超える人口を賄うため膨大な資源を必要とする。蜂窩ハイヴ周辺の鉱山はほとんど掘り尽くされ、新しいマテリアル回収ポイントの発見はいくつあっても構わない、という状況である。


 マハ=マウライヤスの探索者はほとんどが、その新たな回収ポイントを探して迷宮を旅することになる。


「おれはパーティを組んで、その中に彼女が――ラケルがいた。何となく惹かれ合って、まあ、その、なんだ。何回か探索で一緒になるうちにふたりともそういう感じ(・・・・・・)になった」


 いい女だったよ、と言ってウォルトは懐の複合カードデバイスをビーンズに向け、画像を映し出した。どこにでもいる普通の女だ。目が大きく印象的で、いかにも人懐っこそうな表情をした、ウォルトにとっての特別な女。


「おれは結婚を申し出て、彼女も受け入れてくれた。そこから先は特に言うべきこともない。まあ、仲睦まじくってやつだ」


 数エクセルターンが過ぎ、やがてふたりは養子を迎えようという意見で一致した。パートナーのいるビィは養子縁組の手続きが比較的簡単で、それはすんなりと通るはずだった。


 ところが、ラケルに異常が起こる。


「女房は……まるで門術ゲーティアの影響を受けたみたいになった。神がかり的になった……とでも言うべきかな。技藝の聖樹(スキルツリー)を伸ばしていないはずの門術ゲーティアを使ったり、奇妙な予言めいた言葉を夢うつつに喋り出したり」


 なぜそうなったのかウォルトは理解できず、この期間はつらい環境に置かれていた。大切な人のことを理解できなくなるというのは何よりも耐え難い。


 ラケルが伝説的な”妊娠”をしていて、胎内に宿った小さな命がラケルに影響を及ぼしているのだと気づいたのは、妻の腹がめだつほど大きくなってからの事だった。


 その時のウォルトの驚きたるや、簡単には言い表せない。


 よもや自分の妻が妊娠し、女王の子(クイーンズチャイルド)を身体に宿すなど毛ほども考えていなかった。


 そして女王の子(クイーンズチャイルド)を妊娠した母体には、その子の持つ特別な能力がバックロードされ、ある種の狂気にも似た症状を発揮するということも。


 やがて――安定期と呼ばれる状態になるとラケルの言動も落ち着き、ウォルトもまた久方ぶりに心休まる時間を過ごせるようになった。


 1エクセルターン近くの日数が過ぎ、ラケルはついに出産を迎えた。


 非常に珍しい妊娠出産を安全に行えるように、また貴重なデータとして残せるように、マハ=マウライヤス蜂窩ハイヴの著名な医師たちの多くが立ち会った。そのこともあって、ありがたいことにラケルのケアは都市の為政者から金銭的な援助があり、ウォルト夫妻の負担はぐっと少なくなった。


 そうしてウォルトとラケルの子供は生まれた。ディズと名付けたのはラケルの養母ははおや、つまり母方の祖母だった。


「ディズは……というか女王の子(クイーンズチャイルド)は普通の胎蔵槽から生まれる子どもと違ってずっと幼い状態で生まれる。母乳か特別なミルク以外食べられない。まるで生まれたての哺乳型迷宮生物みたいにな」


 子育ては苦労の連続だった。


 なにしろディズはこの世にほとんど存在しない”ビィの赤ん坊”であって、普通の新世代ビィとはスタートからして異なる。歩いたり喋ったりするようになるまで、あるいは排便をひとりで行えるようになるまでの苦労は比較にならない。その上、ディズは存在自体が普通ではなかった。ウォルトとラケルにとってそれは持て余すほど難度の高いクエストのようなものだった。


「例えば、さっきの重機関銃。アレはディズが創り出したと言ったろう? まるで無から有を生み出すみたいにな。この子は生まれつき並の成体おとなとは比べ物にならないほど膨大な霊光レイ・ラーを持っている。おまけに複数の門を同時に開いて門術(ゲーティア)を使えて……お偉い先生方はそう言っていた。だからだろうな、奴らが目をつけたのは」


 あのローブを着た連中だ、とウォルトは吐き捨てた。


「最初は遠巻きにおれたちの家の周りをうろちょろしているだけだった。その時点で十分気味が悪くておれはそいつらをしょっちゅう追い散らしていた。妙なことだが奴らは素直に従ってどこかに去っていったんだが……時を追うごとにそいつらの人数は増えていった」


 ウォルトはいよいよローブの連中を怪しんだ。はっきりとした危険が差し迫っていると。


 夫婦揃って探索者であったふたりは自分の身を守る術を知っている。少々の荒事を自力で片付けるのはたやすい。だがそれはディズがいなければの話だ。まだ自分が何者であるのかもしらない赤ん坊を守りぬく保証が欲しかった。


「女房は……ラケルは……またひとつ予言を口にした。自分はもうすぐ殺されるから、ディズを頼む……ってね。おれはどうすればいいのかわからなかった。なにしろ神がかり状態になって以来、あいつの予言は外れたことがなかったからな」


 ウォルトは絶対に予言を回避しようと、病院に助けを求めた。一時的に自宅を離れてかくまってもらう。そういうことになった。


「おれたちはまず病院に向かって、ディズとラケルの様子を診てもらうことにした。病院の方でも貴重なデータが取れるっていうことで全部タダでやってくれたよ」


 その病院で悲劇が起こった。


「あのとき何が起こったのか、うまく話せる自信がない。こう……ひどく衝撃的だったからな」


 ラケルは射殺された。


 犯人は医師のひとりだった。


 そして、ついさっきまで母子をやさしく検診していた他の医師も、看護婦も、全てが犯人になった(・・・)


 彼らは突然そうなってしまった。


「なんて言ったらいいのかわからない。いきなりだ。いきなりみんなおかしくなってしまった。おそらく門術ゲーティアで操られたんだと思う。ラケルは……そこで殺された。即死だったよ」


 殺人者の巣と変わった病院で、ウォルトも命を狙われた。


 かろうじて、本当にかろうじてディズだけは助け出し、病院から逃げ出したウォルトを待っていたのは、ローブを被った謎の人物たちだった。


 ウォルトの中で何かがつながった。大きなつながりが遠巻きに家族を包囲して、ディズを奪おうとしているのだ。これはずっと前から仕組まれていたことなのだ。


「信じられない思いだった。もうあの病院には戻れない。おれはラケルを見とってやることさえできなかった。おれは、おれは……」


 戻る場所も行く場所も失ったウォルトは隠れる場所を求めてマハ=マウライヤスの下層”根の国”に降りて――いつの間にかその足は父の元へと引き寄せられた。


「もういい、ウォルト」


 ビーンズは長い話を終えたウォルトの肩を抱き、力強く揺さぶった。


「大丈夫だ。よく俺を探してくれたな。安心しろ。お前の痛みは、俺の痛みだ。安心しろ。ここには俺がいる。俺がお前たちの力になる」


「父さん……」


 涙がこぼれた。


 何かを察したのか、ディズもむずがりだした。


 それぞれに、涙が流れた。


 親と子と孫が一緒に泣いた。


 それは失われたものをそれぞれが支え合うための儀式のようなものだった。そうすることが必要だった。


 これまで以上に、いま以上に、これからずっと、強く結びつくために……。


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