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迷宮惑星  作者: ミノ
第06章 ネーウスの章
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04 襲撃者


カピバラ・キャブはみなさまのご利用をお待ちしています。


――マハ=マウライヤス観光協会のパンフレットより



 尾行つけられている。


 耳の後ろがピリピリする感覚に、ビーンズはそう断定した。門術ゲーティアを使わずとも長年の経験がモノを言う。等距離で、右後ろからふたり。


 火器のにおいはしないが安心できない。どんな門術ゲーティアを使ってくるのかわからないからだ。


 ビーンズは誰にも聞こえないよう小さな舌打ちをした。プラグド化した右目の視界を最大限活用すると、街路の左右に並ぶショーウインドウに尾行者の姿が写っているのが見えた。フード付きのローブをまとい、顔の判別がつかない。ウォルトの言っていた正体不明の犯人グループに間違いない。


 ――俺を尾けてくるということは、事務所も狙われている可能性が高いな……。


 ビーンズの背中に冷たいものが走った。


 もし本当に事務所が襲われたとして、腹を空かして泣いているディズは無事で済むだろうか? 襲撃されたとして、ウォルトは自分の命を守り切れるだろうか?


「答えは後回しだ」


 そうつぶやいてビーンズは足を止め、不用心といえるほどの動作で後ろを振り返った。その手には拳銃が握られており、何の躊躇もなく引き金がひかれた。


 ローブ姿のふたりは何らかの門術ゲーティアを使いつつその場から跳び、銃弾をかわした。ただのチンピラにはできない芸当だ。


 今度は逆にふたりのローブの隙間から銃器が取り出され、ビーンズを狙ってパルスボルトが発射された。


 いや、発射はされなかった。


 フードを被ったふたりはいきなり転倒して、あらぬ方向に弾が飛んでショーウィンドウの硬化プラスキンを粉々にした。


「悪く思うな」


 ビーンズは街路にすっ転んだ(・・・・・)二人組の頭と心臓に弾を打ち込み、念入りに殺しきった。


 周りの通行人たちからは悲鳴が上がるが、ビーンズは私立警察の免状を見せてそれを黙らせた。


     *


 ビーンズが最初に撃ったはずの二発は、実は単なる空砲だった。


 いや、空砲ですらない。月光の門術ゲーティアで仕掛けた幻聴だった。


 精神に作用する力を開放する月光の門で二人組の聴覚をジャックして、射撃したと思い込ませる。実際には弾は発射されず、もう一度月光の門を開いて今度は足の自由を密かに奪った。


 そこで転倒させ、逃げられない状態にしておいて射殺する。実際に引き金を引いたのはこの時だけという寸法だ。


 長年警官を務めてきたビーンズの制圧術である。年季の勝利というべきものだろう。


 ――時間がないな。


 ビーンズは、今度ははばかることなく大きな舌打ちをした。


 本来なら、たったいま射殺したふたりの持ち物を改め、手がかりを探るべきだというのはわかりきっている。


 しかし今この時に事務所が襲撃されているとしたら何があっても戻らなければならない。


「くそっ」


 ビーンズは余り乗り気でない方法を選択した。


 顔見知りの私立警官に念話を掛け、実況見分を依頼したのだ。自分と同じくらい腕のたつ、十分なインセンティブがあるかぎりは信用のおける男だ。その引き換えにおそらく1エムターン分の稼ぎをごっそり要求されるだろう。


 次いでウォルトにも念話をかけようとしたが、そこでビーンズの指は止まった。


 チャンネルを知らなかった。


「……くそっ!」


 さらに大きな舌打ちをし、ビーンズは通行人を押しのけて事務所へと走った。


     *


 彼らとすれ違った通行人はみな一様に何かを感じ取り、その進行方向上を邪魔しないように街路脇に避けた。


 人数は3。


 全員同じような背丈で全く同じデザインのフード付きローブを纏い、その顔は陰に隠れている。おかしな仮装のように見えなくもない。だが見る者の眉間に針をつきつけるような異質な雰囲気は、根の国によくいるでたらめなパンクファッションに身を包んだ手合とはまるで別物の空気をはらんでいた。


 彼らはまっすぐに進み、定規で引いたかのように曲がり角を曲がり、どこにも、誰にも、一瞥さえくれることなくどこかを目指しているようだった。同じ頃に仲間と思しき風体の男たちがふたり射殺されたことを知ってか知らずか、その足は大股で迷いがない。


 やがて彼らは根の国の最下層を抜け、中間層との間に位置する建物の前に止まった。


 古びた看板には”ビーンズ私立警察事務所”と何のひねりもないフォントで記されている。


 彼らは音もなく建物を包囲し、気配なく身構えた……。


     *


 ビーンズはウォルトたちの待つ事務所までカピバラ・キャブを急がせた。


 カピバラ・キャブはプラグド化と遺伝子改良を加えた半生体乗用生物で、タクシー業者に飼われている下層市民の足である。


 ビーンズは焦りを抑えられずにいた。


 正体不明の敵であっても相手がビィであれば対処の方法はいくらでもある。老練な私立警官として身についたスキルは伊達ではない。二人組で襲ってこられてもそれは同じだ。


 だがウォルトは?


 顔を合わせたこと自体がほぼ20エクセルターンぶりである。ビーンズの記憶しているウォルトはまだ青いガキで、銃も門術ゲーティアも未熟だった。


 探索者になると言ってそのまま自分の元を去ったあと、ウォルトがどこで何をしていたのか知らない。聞き出す暇も無かった。あるいは十分に技藝の聖樹(スキルツリー)を伸ばし自分よりも腕を上げている可能性もあるが、あくまで可能性の問題だ。


 脳裏に孫のディズの姿が浮かんだ。あの子は特別なもの背負っている。生まれつきだ。


 ――何があっても守らないとな。


 ウォルトもまた、ディズのことを――女王の子(クイーンズチャイルド)として生まれたディズに対して同じことを思っているだろう。


 急がなければいけない。


     *


 カピバラ・キャブの息が上がるほど酷使して、ビーンズは坂の上の事務所へと滑りこんだ。


 まさにその時、全ての出来事が一斉に起こった。


     *


「オラァ! こっちを向けぇ!!」


 事務所の窓や裏口に身を潜めるフードの男たちに――男であるかどうかもわからないのだが――怒鳴り声を上げて、ビーンズは走りながら敵のひとりに発砲した。


 銃弾は狙いあたわず食い込んだ。


「なんだと?」


 思わず声が漏れた。


 弾は確かに命中した。手応えもあった。血飛沫も飛んでよろめいた。


 しかしフード姿のひとりは意にも介さない。それどころかビーンズの射撃を合図にしたかのように窓をぶち破って事務所の中へと突入してしまった。


「いかん!」


 最悪の展開だ。どうやらフード姿の襲撃者を制圧するどころか好機を与えてしまったらしい。


 ビーンズは動揺しながらも月光の門を開いてフード姿のひとりに強力な門術ゲーティアを投げつけた。意識を朦朧とさせ、その場で棒立ちにさせるものだ。


 だが、ひとりを止めても残りふたり。


 ビーンズからは見えないが、裏口からももうひとり突入したらしかった。


「くそっ!」


 悪態をつき、ビーンズは事務所へと走った。組み付いて捕縛するつもりだった。


 そのとき、叫び声が聞こえた。ウォルトのものだ。


「父さん伏せろ! いいな、頭をあげるな!」


 何も考えず、ビーンズは地面に身体を預け、後ろ頭で指を組んだ。


 チェーンソウを10台まとめて動かしたような音がした。


 それはひと呼吸のあいだ続き、不意に音が止まった。


「父さん、もういい。終わったよ」


「終わった……?」


 恐る恐る顔を上げたビーンズに、どう解釈したものかわからない光景が広がっていた。


 事務所がぼろぼろに破壊されている。


 門術ゲーティアではない。巨大な銃火器で薙ぎ払ったような……。


「お……お前その銃はどうした?」


 ビーンズは、ウォルトが両手で保持している馬鹿でかい重機関銃を見て息をつまらせた。ウォルトが隠し持っていたのか? いや、それはあり得ない大きさだ。


「ああ、これか。悪いな、建物がめちゃくちゃになってしまった」


「いや、それは……ええい、そんなことじゃない。お前、何をやったんだ? ディズは無事なのか?」


「ディズは安全な机の下に隠した」


 安堵して良いものやら、ビーンズは立ち上がって事務所の様子をつぶさに見た。ウォルトの重機関銃がぶっ放されて、内側から壁と言わず入り口と言わず戦争でも起こったかのように破壊され、今にも崩れ落ちそうだ。


 そして、あの三人。ローブ姿で顔を隠した襲撃者は、見事なまでに撃ち殺されていた。威力が大きすぎたのだろう、ほとんど原型をとどめていない。


「ウォルト」


「うん?」


「そんなもの、いったいどこから取り出したんだ? どこかに隠していたのか」 


「いや、ディズが引き寄せ(アポーツ)門術ゲーティアで呼び出したんだ」


「……どういうことだ?」


 はっきりしたことはわからない、といってウォルトは重機関銃を放り捨て、事務所の中に一度戻ってむずがるディズを連れてきた。


「俺にもうまく説明できないが、女王の子(クイーンズチャイルド)独特の能力らしい」


「……この馬鹿でかいのを?」


「ああ。この子は特別なんだ」


 ビーンズには何を言えばいいのかわからなかった。


 理解できたのは、ディズはお腹をすかせた赤ん坊で、泣き出す前にミルクを作ってあげなければいけないということだけだった。


「……大変だな、子育てってのは」


 ウォルトのつぶやきはビーンズの記憶を蘇らせた。


 生まれ育ちが違っていても、子育ての難しさは永遠に変わらないらしい。


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