09 不安
カアイソウ
カアイソウ
カアイソウ
カアイソウ
カアイソウ
リースたちは逃亡した可能性のあるウェストを警戒しながら、マゴット育成プラントと化した機械装置の山を破壊する方法を探っていた。
「リース、あなたの装備ではどう?」
「手持ちのプラスキン爆弾だけじゃ、ここの施設全部はとても無理です」
「爆破は無理となると……」
「ここにある胎蔵槽、中にマゴットがはいっているんですよね?」
「そうね」
「循環している生命の素……なのか何なのかわからないこのヌルヌルのやつ」
「うん」
「これを止めて、外に出る前に干からびさせるのはどうでしょう?」
「いいアイデアね、それで行きましょう」
「はい!」
「オーケー、まずは生命の素の供給源を探しましょう。そこを止めるか破壊して、生き残りのマゴットが現れたら各個撃破する」
「はい。じゃあわたし、地形を解析してみます」
「わかった。私は危険がないか周囲を調べてくるわ」
「気をつけて!」
「あなたもね」
ラヴィニア、リースは方針を定め、早速動き始めた。
こんな悪臭のこもった場所からは一刻もはやく立ち去りたい。
*
理屈の上では、生命の素はすべて主機関樹から流れだし、胎蔵槽を満たしていく。そこから新しい世代のビィが生まれる。
ラヴィニアとリースのふたりが足を踏み入れたマゴット育成プラントには、その生命の素を想像もつかない方法で変質させ、いわばマゴットの素を作り出す装置が何ヶ所か存在していた。
それを止めないかぎり胎蔵槽内のマゴットは育成が終わり、やがては外に這い出してくるはずだ。
「あの頭のおかしい男の話を信じるなら、マゴットは交尾して繁殖する。もし少しでも世に放ってしまえば、その後は大繁殖するかもしれない」とラヴィニア。
「だったら、わたしたちが全部止めなきゃですね」
「ウィルバーとデクスタの弔いも兼ねて、徹底的にやりましょう」
地面を這いまわるパイプを飛び越え、ふたりは変換装置へと急いだ。
*
浄化装置ならぬ粘液化装置には吐き気を催す悪臭を放つマゴットが十匹以上群がり、装置を守ろうとしているようだった。
ああ、うう、とうめき声を発するバケモノ集団からは一見知性の欠片もうかがえないが、それでも自分たちの生命線を守ろうとする程度には頭が回るらしい。あるいは、ウェストがそう命じていたのかもしれない。
「どっちだって構わないけど、あの数を突破するのは大変そうね」
「先輩の門術でもですか?」
「ウェストを倒したときに霊光をありったけ使ったから、ちょっと難しいところね」
ラヴィニアは苦笑し、無意識に下腹を抑えた。
「おまけにマゴットの触手を口にねじ込まれたせいか、体調最悪」
「……わたしもです」
「でも止まってはいられない」
「ですね」
言うが早いか、リースは予備のドローンを使ってマゴットのおぞましい群れの中にメタ=プラスキン爆弾を投げ込んだ。
瞬間、強力な爆風が荒れ狂い、マゴットの半分は肉片となった。生き残った半分も、突然のことに醜い身体をよじって恐慌状態に陥った。
「前に出る! リース、援護よろしく!」
ラヴィニアは振り返ることなく物陰から躍り出た。
リースはこの期に及んでもなお華麗な動きでマゴットを翻弄するラヴィニアに憧れの眼差しを送りつつ、ドローンで援護射撃を行った。
*
「培養液の供給は止められそう?」
マゴットを皆殺しにし、一息ついてからラヴィニアはリースに問うた。
「なんとかなりそうです」
いくつかのデバイスを供給装置に接続し、リースは己の技藝の聖樹に茂る能力を存分に発揮した。
「それともうひとつ……あんまり知りたくないことですけど」
神妙な表情を浮かべ、リースはラヴィニアに視線を向けた。
「この培養液、生命の素を利用してビィの肉体から逆生成した成分が入ってます。たぶん、あのゴーストハイヴから連れてこられたっていう人たちが……」
「……そう、分かった。あのウェストって男、本当に頭のおかしいクズね」
「あ、それとあともうひとつ」
「まだ何かあるの?」
「はい。この供給装置、ヴァーミンの金剛環を流用したものみたいです」
「……どういうこと?」
「はっきりとは分かりませんけど。あの実験室に置いてあった装置みたいに、ビィの技術とヴァーミンの技術を合わせたモノみたいで」
リースの分析に、ラヴィニアは声を失った。
大掛かり過ぎる。
流用されている胎蔵槽の数。犠牲者。本来はヴァーミンの領域にしか存在しない金剛環。そのどれもが簡単に集められるものではないはずだ。元蜂窩だったらしきこのプラントにはビィの存在が見当たらない。外皮を残してどこかに逃げていったと推測されるウェスト以外に、協力者の姿さえいる気配がない。どう考えても、ビィひとりで揃えられる設備ではないにも関わらず、だ。
謎だらけだが、それを調べる手がかりはどこにも見当たらない。ラヴィニアはかすかな動揺を包み隠し、リースに作業の継続を促した。考えるのは、ビィの命を弄ぶマゴットの育成を止めてからでも遅くはないはずだ……。
ラヴィニアは口の中にねじ込まれた粘液まみれの触手の感覚を思い出し、嘔吐感と同時に下腹に嫌な痛みを感じた。
*
リースの手腕でまず最初の供給装置を停止させると、ふたりは息をつく間もなくふたつ目の装置へと急いだ。
「先輩、顔色が悪いです。あんまり無理しないほうが」
言うとおり、ラヴィニアの体調は時を経るごとに悪化しているようだった。息が上がり、ずっと腹を抑えている。
「そうはいかないわ。何かあってあなたまで失ったら、ちょっと立ち直れそうにないもの」
ラヴィニアは笑顔を返した。肉体的な疲弊を隠せていない。
リースはその様子を少し怪しんだ。自分もラヴィニアも同じようにマゴットの触手に絡みつかれたが、明らかにラヴィニアの方が消耗している。強力な門術を使ったにしても、ここまで憔悴するものだろうか?
――だめ、後で考えよう。
何を優先すべきか。
探索者として半人前の選択をすべきではない。リースはそう思った。
不安は拭えなかった。
*
二番目の供給装置は、最初のものとはうって変わって人影もバケモノもおらず静まり返っていた。
非常灯のような赤黄色の照明がぼんやりと灯る中、警戒しながらリースは装置に近づいた。何かが現れる様子はない。しかし恐怖と緊張は全身の筋肉をこわばらせる。何が起こるか、本当に予想がつかない。出し抜けに巨大なマゴットが現れるかもしれない。どこかから門術で狙われているかもしれない。どんな罠が仕掛けられているかもしれない……。
今まで探索者として積んできた経験を総動員し、リースは供給装置にデバイスをセットした。
――大丈夫だ、さっきの装置と同じやり方で止められる。
ほんのわずか安堵して、デバイス上に映像化された偽装停止スイッチをタップした。
警告音!!
心臓が一瞬止まった。
何か手順を間違ったのか、それともトラップか。
リースとラヴィニアは身構える――が、攻撃はどこからも来なかった。
おそるおそる警戒を解いた途端、装置の間近にあったパイプから邪悪なほどひどい臭いのする蒸気が吹き出した。驚きのあまりリースはその場で尻餅をついた。どうやら圧力弁の加減に問題があったようで、警告音はそれを知らせるためのものだったらしい。
「あと一か所です、先輩」
「……」
「先輩?」
「ああ、ごめんなさい。ちょっと……体の調子が」
ラヴィニアの息が荒い。いつも理知的な顔は冷凍庫に入れられたかのように青白く、玉の汗が額にびっしりと浮かんでいた。リースは慌ててラヴィニアのもとに駆け寄った。
「大丈夫、大丈夫よリース」
「そんなこと言っても、身体がこんなに冷たくなってるじゃないですか!? どうしてこんな……」
言いかけて、リースは原因はひとつしか無いと思い当たった。
マゴットだ。
あのヌルヌルの触手を口の中に無理やりねじ込まれて、リースはいままで生きてきた中で最悪の苦しみを味わった。ラヴィニアも同じ目に合わされた。あのおぞましさたるや言葉では説明できない。汚物を飲み込まされるよりもひどい経験だった。だがリースはそこまで状態は悪くなく、一方のラヴィニアは起き上がることさえ辛そうになっている。
「先輩……」
「そんな顔しないで、別に死ぬわけじゃないわ。たぶん、ね」
ラヴィニアは咳き込み、喉の奥に絡む何かを吐き出した。
白く濁った粘液――その中に、ちろちろと動く何かが見えた。
小指の先ほどの赤黒い塊だ。
リースは凍りつくような悪寒を感じつつ、それを覗き込んだ。
ほんの小指の先ほどの眼球が、ひくひくと瞬きして視線を巡らせていた。
右へ。
左へ。
正面へ。
目があったリースの絶叫が、赤黄色に照らされた悪夢のプラントに響き渡った。