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迷宮惑星  作者: ミノ
第05章 ウーバニーの章
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08 リアニメーターの結論



   何がいけないんだ?



 ”再生術師リアニメーター”ウェスト。


 自らの実験によって、ビィの欠点とされる生殖能力の弱さを克服した新生物『マゴット』を生み出したと豪語する男。


 神話上の『初めの女』が生み出したとされるビィは、確かにセックスによる出生率が低い。遥か過去から続く事実である。


 それが致命的な問題にならないのは、胎蔵槽と主機関樹セントラルツリーが十分な数存在しているからにほかならない。逆に言えば、危うい針を振り切れば一気に人口減少に転がっていく可能性は払拭できない。完全に機能する胎蔵槽は、新たに作る事ができないとされているからだ。


「これはビィという種族の根幹に関わる問題だ。普通の迷宮生物とは違い、知的生命であるビィは外部装置に頼らなければ種の存続さえできない。おかしなことに天敵であるヴァーミンも金剛環を必要としている。妙だとは思わないか?」


 何かあるに決まっている、とウェストは椅子にふんぞり返った。


「迷宮に残る最大の謎だ。『初めの女』。ビィなら知らない者のいない話なのに、今日ここに至るまで誰もその正体を知らない。世の探索者たちもこぞってその謎を追い求めているそうだがこっちに言わせれば非効率にもほどがある」


「非効率? 探索者のひとりとしては聞き捨てならないわね。何が言いたいの?」


 ラヴィニアは密かに体内の霊光レイ・ラーを高めつつ、あえて話に乗った。時間稼ぎだ。 


「人海戦術を使えばいい。迷宮の広さに比べれば、ビィは小さく、少なく、無力だ。数人がパーティを組んでコソコソ漁ってもたかが知れている。だがマゴットが生産ラインに乗って、独自に交配で増殖できるようになれば数の不利がなくなる。交尾していくらでも増えるからな。あとはマゴットどもに迷宮の全てを暴かせればいい。なんだったらついでにヴァーミンも皆殺しにしてしまうか? 迷宮は平和になるぞ」


「……一応、聞かせてもらっていいかしら」


「何だ」


「マゴットを『生産ラインにのせる』といったわね」


「言った」


「マゴットはビィを材料にして作るとも」


「そのとおりだ」


「……ここに来る途中、ビィの姿だけが消えたゴーストハイヴを通りかかったわ」


「ああ。バックス蜂窩ハイヴ


 ウェストは鉛入りのソフトプラスキンをこねたような顔を満足気にゆるめた。


「腕の良いマゴットを育てることに成功してな。1エムターンほど前に蜂窩ハイヴに送り込んだんだ。うまくいったよ、洗脳液を注射させて、蜂窩ハイヴの住人全員をここまで連れてこさせたんだ。自分の足でな。女子供含めて177人だ。ほら、そこでぶら下がっているマゴットの素体もバックス産だ。うまく接合できているだろう?」


「ふざけるな!」


 怒声が実験室に響き渡った。


 ラヴィニアの全身にいくつもの層にわかれたオーラがまといつく。ラヴィニアの最も得意とする門術ゲーティア、虹の衣だ。耐熱耐寒耐衝撃、防毒、対門術、加速、筋力強化など様々な効果の力場が何層も体を覆い、一時的にほぼ全ての攻撃に対して無敵になる。


 有無を言わさずラヴィニアはウェストへと躍りかかり、顔面を思い切り殴打した。


 ぐじゅ、と音を立ててウェストの顔面左半分は潰れ、首は180度回転した。ただのビィなら即死する威力だがラヴィニアはそれでは許さず、鳩尾みぞおちを前蹴りで吹き飛ばした。


 書類と食い散らかしにまみれたコンソールにまで吹っ飛んで、ウェストは背中から叩きつけられた。


「げびゅう」


 腐敗した沼からメタンガスが吹き出すような音を立て、ウェストの口と鼻から血混じりの汁がこぼれた。


「もう結構。あなたはこの場で殺す。その後で全て爆破し、焼き払い、何ひとつ残さず消し去る。あなたがやろうとしたこと全てを消滅させてあげる」


 ラヴィニアは追い打ちをかけ、右のボディーブローからの瞬息転身左ローキック、体がグラつたところで鼠蹊部に膝蹴りをかち上げ睾丸を破裂させた。


「ご自慢のウジムシどもに命じなさい、リース(あの子)を解放するように。早く」


「お、お、ごご……」


「早く!」


 耐えかねたように、ウェストは血の泡とともに何かをつぶやいた。その途端、触手に陵辱されかかっていたリースの身体がべしゃりと投げ出される。


 喉の奥に詰まった粘液を吐き出して激しく咳き込むリースを尻目に、ラヴィニアは虹の衣を右の拳に集中させた。ウェストがなにか口を開こうとしたが、容赦なく拳を顔面に叩きこむ。頭蓋骨粉砕。脳漿をぶちまけ、ウェストはくずおれた。


「リース、リース! 大丈夫? 身体はなんともない?」


 ラヴィニアの呼びかけに、咳き込み続けるリースは返答代わりにサムズアップだけしてみせた。


 独自の発想にとらわれ、同族たるビィを犠牲にしてまでマゴットなるバケモノを量産しようとしていた男は死んだ。何がどうして『実験』を繰り返すようになったのか、それを知る手立てはもうない。だがそんなものはあばく必要のない話だとラヴィニアは断じた。


 パーティの仲間であるウィルバーとデクスタは実験材料に使われ、もう助かる見込みはないだろう。彼らの生命を贖う手段など無いが、彼らが未だ意識のあるうちにウェストの無様な死を見せてやれたことは、たぶん手向け代わりにはなるだろう。


「ウィルバー、デクスタ……」


 ラヴィニアはふたりの浸かった胎蔵槽の前に立ち、沈痛の面持ちで目配せした。


 ふたりは濁った生命の素の中で、かすかにうなずいた。


 次の瞬間、ラヴィニアの門術ゲーティアによって胎蔵槽は粉々に破壊された。


 腐ったような溶液にまみれながら、ウィルバーとデクスタは最後まで残っていた頭部と胴体まで崩れ去り、短い生を終えた。


 ラヴィニアは眉をひそめ、痛みを心に刻んだ。


ふたりの顔は、今わの際の表情さえ読み取れない状態だった。


     *


「まだ仕事は残っているわよ、リース。立てる?」


 ラヴィニアに叱咤され、リースはガクガクとヒザを震わせながら立ち上がった。喉の奥に絡みつく腐臭が抜けない。コップ一杯分は粘液を飲み込まされたようだ。漂白されたような顔色で、咳と嘔吐を交互に繰り返す。


「マゴットなんて言う存在、よそに出してもろくな事にならないわ。本当に増殖してしまう前にこの場で始末してしまわないと」


「……はい」


 リースはやっとの思いで返事だけして、もう一度激しく咳込んだ。


     *


 ウェストの実験室に置き去りになったマゴットを門術ゲーティアで皆殺しにし、ラヴィニアはウィルバーとデクスタの成れの果てを荼毘に付すべく燃料を探した。汎用性の高いGオイルならたいていどこにでも使われている。


 リースがフラフラになりながら主機関樹の外周に積まれていたオイルパックを運んできて、無残なふたりの遺骸と、ついでにウェスト醜い死体にも油を振りまいた。


 オイルに点火し、ごうっと炎が広がるのを眺めてから、ラヴィニアとリースは主機関樹から外へ出ようとした。しかしその足は止まった。


 ウェストの死体が、空気の抜けた風船のようにぺちゃんこにしおれていた。


「先輩……?」


 不安げな顔をするリースをよそに、ラヴィニアは燃え始めたウェストの異様な死体を引きずり倒した。


 ウェストには、中身・・がなかった。


 ぶよぶよした背中に裂け目ができていて、脱皮して中身だけが抜けていたのだ。残されたのは表面の醜い皮だけ。


「これってもしかして、ウェストもマゴットになっていた……とか?」とリース。


「……わからない。とにかく注意して。見つけ次第必ず始末する」


「はい、先輩」


 ふたりは実験室を、主機関樹を離れた。


 その背後でG型オイルが派手に爆発し紅蓮の炎が立ち昇る。


 ふたりが振り返ることはなかった。



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