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迷宮惑星  作者: ミノ
第05章 ウーバニーの章
46/120

06 マゴット

■■■女■■■。




 生命の素は、蜂窩ハイヴにおいて主機関樹セントラルツリーから採取される樹液の一種を加工したものだ。


 通常それは透き通る水に見える。その生命の素へ、プールされた遺伝情報を混ぜることによって新世代の子供を産み出すのが胎蔵槽の役割である。ビィ同士のセックスによる生殖はめったに成功せず、非効率的と考えられているため、おおよそどの迷宮のどの蜂窩ハイヴでも同じ方法が取られている。


 だからビィにとっては命がけで守らねばならない。それも道理で、胎蔵槽がなくなれば次世代の子供が生まれてこないからだ。


 その胎蔵槽が無造作に置かれ、あまつさえその中で異形が育てられている――という状況は、よほどイカれた精神をもつビィでない限りいのちに対する冒涜だと感じるものだろう。ラヴィニアもリースも同じことを感じた。


 いまふたりがいる、ただっ広くも大型の得体のしれない機械に邪魔されて狭苦しく感じる空間には胎蔵槽が数多く並んでいる。しかし透明な生命の素ではなく、ひどい臭いを放つどろりと濁ったものだ。


 ラヴィニアもリースも、それらを通りすぎて仲間のもとに急いでいる最中、矛盾する考えが頭のなかを巡っていた。


 いますぐ周りにある胎蔵槽を破壊して冒涜的な使い方をやめさせるべきだと思う反面、ビィの本能が胎蔵槽の重要性を訴えて、簡単に破壊すべきでないという心理もある。


 だから今は考えるのをやめ、はぐれてしまったまま救難信号だけを発信しているふたりの仲間との合流を優先させ、合流できるはずのポイントへと急いだ。そうしないと頭が混乱して身動きが取れなくなってしまいそうだった。


     *


「ここから救難信号が出ているのね?」


 ラヴィニアは主機関樹にほど近い、かつてはマーケットでもあったのだろうと思われる広場で足を止めた。ビィは基本的に健脚だが、走り詰めで流石に息が上がっている。


「ま……違いないです。はぁ、はぁ……」


 身体強化系の門術ゲーティアをほとんど使えないリースは息が上がり、消耗しきって地面にしゃがみこんでいた。圧縮水筒から水を絞り出し、マスクを外して飲み干す。


「この辺りから信号が出ているのは間違いないです。でも」


「ふたりの姿はない、と」


「はい……」


 ラヴィニアが門術ゲーティアによる念話を試みるも、通常の通信は全くチャンネルが合致しなかった。何が干渉しているのかわからない。もしかすると岩盤ではなく、無数に並ぶ装置に妨害効果を生む何かが混じっているのかもしれない。


らち(・・)が開かないわ。とりあえずあそこから主機関樹に入ってみましょう」


     *


 主機関樹はいわゆる樹木の形をしているが、ビィの感覚からするとそれは反対で、樹木が主機関樹の形に似ているということになる。


 広く見れば迷宮の中に木が自生する環境の方が珍しく、生涯の内に主機関樹以外の木を知らずに寿命を終えるビィさえ少なくない。


 主機関樹は蜂窩ハイヴのエネルギー源であり、食料供給源であり、鉱山であり、命を生み出す母なる存在だ。当然大きい。数十人単位を支える最も小さいタイプでも五階建ての建物に匹敵する高さがある。


 幹は太く、中に入ることができるスペースがある。生活共同体の会合が開かれる場となる事もあれば、集落の指導者が寝起きする家として使われることもあり、重要な物資を収める倉庫としても機能する。


 どの主機関樹でも共通するのは、エネルギーや樹液を回収する装置が幹の中に持ち込まれているということだ。


 リースたちが辿り着いた異様な蜂窩ハイヴ跡の主機関樹でもそれは同じだった。


 様々な機械が持ち込まれ、設置され、主幹ジェネレーターに接続されて、溢れる樹液が回収されている。


 だが数が多すぎる。


 全身プラグドにしたビィの肉体のように、あるいは全身にデバイスを帯びたデバイス使いのいでたちのように、生身・・の部分が機械に覆われている。硬化プラスキンに覆われた用途不明の機械の群れ。まるで建造物をかじり尽くす攻城アリ(シージアント)が主機関樹に食いついているかのようだ。


「ここまで機材を持ち込む必要、あるんでしょうか……というか、これ何をする装置なんだろう?」


 リースがポツリと呟いたが、ラヴィニアは後にしろというように首を横に振った。


 主機関樹の幹の空洞に沿って階段がしつらえられている。ここまではどこの蜂窩ハイヴでも当たり前の風景のはずだ。


 だがこの蜂窩ハイヴならぬ異形の巣の立つ主機関樹は足の踏み場がないほどのケーブルやパイプが身悶えしていて、おまけに汚臭のする粘液でてらてら濡れ光っている。階段自体が上がってくることを拒んでいるようにさえ見えた。


「上の階からわずかな気配がする」とラヴィニアの小声。


「……例のバケモノ、ですか?」


「わからない。音を立てずについてきなさい」


 言うが早いか、ラヴィニアは慎重な足取りで階段に向かった。


 粘液で滑りそうな足元だ。リースは絶対に転ばないぞと自分に言い聞かせ、ラヴィニアに続いた。


     *


 上階に上がった。


 そこには見るべきではないものがあった。


     *


 その男はかつては白衣だったと思しきボロ布を身にまとい、血色の悪い水死体のような風貌をしていた。


 ふたりの武装した女探索者を前にしても感じるところは無かったのか、鉛色の表情にろくに変化はなかった。


 女ふたりが男の『研究室』まで乗り込んで何事かを叫んでいる。男にはうまく聞き取れなかった。ビィの共通言語を耳にするのが久しぶりだったからだ。


 次第に耳が慣れてきて、女の片割れが『これはなんだ』と叫んでいることが分かった。もうひとりの小柄な方は、マスクを外して嘔吐していた。


 男ののっぺりとした顔が曇った。吐瀉物で自分の『研究室』を汚されるのは遺憾だ。あとで本人に片付けさせてもいいが、自分の意のままに操れるころにはすっかり乾いてしまうだろう。


 気分を害した男は、女達を強姦しようと思った。男には性欲らしきものはほとんど残っていなかったが、かといって行為に及ぶのが嫌いというわけではない。どうせこの女らも『調整』することになるのだから、その前に軽く犯したところで問題はないだろう。男はそう考えた。


 幸いふたりとも見栄えが良いようで、退屈になりがちな日々の潤い程度にはなるだろう。もしうまくいかなかった場合はマゴットたちの触手に絡まれる姿でも見て楽しもう。


 男はそう思ったので、さっそくふたりの女を拘束しようとした。


 門術ゲーティアで命令を送ると、天井に潜んでいたマゴットが粘液まみれの触手を伸ばした。


     *

 

 主機関樹の一室に上がったラヴィニアは、そこに置かれた冒涜の全てを見、汚れた白衣を纏った男へ激しい怒りを露わにした。


「これは一体なんなの!? 答えなさい!!」


 男の『研究室』にはやや小ぶりのふたつの胎蔵槽が置かれ、信じられないことだがそのふたつは金剛環に繋がれていた。


 金剛環とは、ビィを生み出す胎蔵槽とある意味で対になるヴァーミンを生み出す装置である。ビィにとっては、天敵であるヴァーミンを生み出す金剛環は忌み嫌われ、存在を見たら真っ先に破壊すべきものと認識されるのが常だ。


 だがその汚れた男は、その金剛環を何かの『実験』に使っている。ふたつの胎蔵槽の真ん中に置かれ、三つ一緒にして冒涜的な何かが行われている。胎蔵槽から何かを抜き取り、それを材料に金剛環で顕現化プリントしようとしているらしい。


 その胎蔵槽には、手足を半ば溶かされたウィルバーとデクスタが浸かっていた。


 まだ溶かされていない瞳は、早く殺してくれと嘆願していた。胸元にはバンドでくくられた救難信号発信機があって――つまりまだ心臓が動いていて、生きながら生命の素に浸けられて……。


 いや、そうではない。生命の素ですらない。


 胎蔵槽に満たされた液体はうっすらと白濁していて、おそらくは生臭い汚臭を漂わせていることだろう。


 ――なんなんだこの男は? 一体何をしているんだ?


 ラヴィニアは激しい怒りと、どうにもならない動揺のふたつを同時に感じた。


 隣でリースが耐え切れずに嘔吐していた。無理もない。彼女には刺激の強い光景だ。ラヴィニア自身も、探索者のパーティを仕切るリーダーだという思いがなければ同じ反応をしていたかもしれない。


「何をしているのか聞いているッ! 下手な真似をすれば門術ゲーティアでその首切り落とす!」


 恫喝に、男はブツブツと何かをつぶやいただけでまるで反応しない。


 業を煮やしたラヴィニアは、もはや話を聞く必要はないと判断を下し、門術ゲーティアを放った。蒼天の門、首刈りの刃は瞬間的に目標の背後で衝撃波を発生させ、首を粉砕する。


 しかし門術ゲーティアは放たれなかった。


『研究室』の天井から垂れ下がった異形の触手が、ラヴィニアのことをがんじがらめに縛り付けたからだ。


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