05 異形
■ 女■■■。
■ 身を■■ため を 、 はさらに■■を産み、■■■大迷宮が連なる世界を造 上■た。
い そこは■■惑星と■ れる った。
「先輩、変じゃないですか?」
リースはラヴィニアの後を追い、息を弾ませながら尋ねた。
「この気持ち悪い場所も元は蜂窩。でもビィはひとりもいない。ここに来る途中にあった蜂窩も誰もいなかった。これが無関係だなんて考えられません」
「確かにね。こっちは蜂窩というよりなにかもっと……規模の大きい工場のように思える」
「工場って、じゃあ何かを作っているってことですか?」
しゅう。
しゅう。
ふたりの行く手に、他の機械装置よりも一回り大きなものが蒸気を吐き出して立ちふさがった。
それは、リースとラヴィニアには――否、ビィなら誰しも見なれたものに近い形をしていた。
胎蔵槽だ。
通常の胎蔵槽は六角柱型の透明クリスタスキン張りで、中に生命の素がひたひたに溜まっていて、遺伝情報がインプットされ、内部で肉体が形成されてビィが生まれる装置。一種の人工子宮であり、ほとんどのビィたちにとっては生みの母となる存在だ。
その胎蔵槽はまだ機能しているようだった。中でビィが育っているのが乳白色に濁る生命の素を通してうっすら見えて、小さな泡が絶えず下から湧き上がっている
リースは何の気なしに表面の曇りを拭うと、中を泳いでいるビィが近寄ってきた。
ごつんと鈍い音を立てて見えたのは、ビィとは全く似ても似つかないものだった。
異形だ。
異形の雛形だ。
「ヴァーミン!?」
思わず叫んだリースを守護するように、4基の浮遊ドローンが前に出て銃口を異形に向ける。
「待って!!」
ラヴィニアの制止に、胎蔵槽ごと異形を射殺する準備を整えていたドローンと、驚きのあまり腰が抜けかけたリースはその場に釘付けとなった。
「何なの、これは?」
ラヴィニアの首筋に汗が伝う。むっとする熱気と緊張が、ベテランの探索者をして狼狽せしめている。
こわごわと胎蔵槽の表面を叩くと、その音に反応し、濁った生命の素を泳いで異形がクリスタスキン面に貼り付いた。
「うう……」
リースは生理的嫌悪感でその場から三歩半身を後ろに引いた。ビィではない。だがヴァーミンとも思えない。大きめの迷宮生物とビィの屍体から皮を引き剥がし、それらを適当に縫い合わせたような姿である。
ヴァーミンは虫型人間であり、虫の形に整形した人間とでもいうべき姿を取る。
だが今、白濁した生命の素の中をあさましく泳いでいるのは虫の姿ではない。さりとてヒトの形では全く無い。
「先輩、これいったいなんなんですかあ……」
戻しそうになりながらリースが問いかけたが、ラヴィニアはただ首を横に振るだけだった。
「……見過ごせないものだけれど、今はウィルバーとデクスタに合流するのが先よ。これが危険なものだとしても、ふたりより四人のほうが対処しやすい」
「そう、ですね」
「ええ。とにかく、これは……後回しにしましょう」
とてもこれ以上は注視していられない。
リースたちは合流ポイント――合流ポイントとなるであろう場所まで急いだ。
*
急に声が聞こえてふたりは立ち止まった。
「おーい、こっち、おーい……おおーい」
ビィの声だ。どこからかビィが呼んでいる。ヴァーミンもビィの言葉を喋るが、独特の発声の違いですぐそれとわかる。少なくともこれはヴァーミンの声ではない
だが、ウィルバーともデクスタとも似ていない。成体前の少年のような声だった。
「子供の声? こんなところで?」
「動体反応、右側からです」
ふたりは右手側に視線を移した。
そこに立っていたのは――いや、寝そべっていたのは――どんな姿勢なのか説明することはできないが、とにかくビィがいた。ビィの子供だ。子供が三人。その三人は、三人揃って下半身が巨大な軟体動物に飲み込まれていた。
いやそれも正確ではない。飲み込まれているのではない。軟体動物の背中に三人の子供が『生えて』いるのだ。
「おこっこっ」「おおおーおーおー」「いーいー」
子どもたちの言葉が次第に崩れてきた。何を言っているのかわからない。呼びかける声かどうかもわからない。
こぶつきの巨大なナメクジがずるずると這いずってリースたちの方へと距離をつめはじめた。その身体から分泌される粘液が、地面に意地汚くへばりついていく。
リースも、ラヴィニアも理解した。ウィルバーとデクスターが消えた場所からずっと地面に伸びていた分泌物は、この巨大ナメクジのせいだと。
全身から目に染みるような腐敗臭を放つその異形は、やはりヴァーミンとは言いがたい。最もおぞましい姿をしたヴァーミンでさえ、上半身が三つもあるような非常識は慎むはずだ。
「はなしは通じないでしょうね?」
ラヴィニアがキンと張り詰めた声で問いかけた。応答はない。
「かまわないわ、リース。始末するわよ」
「は……はい!」
リースがスティックコントローラをひねると、4基のドローンが順繰りに発砲した。
電磁誘導サンドブラスターは砂粒大の金属片が入ったパックをローレンツ力で弾き飛ばす一種のショットガンである。対生物用としては極めて有効で、十分な門術や装備で対抗策を講じていなければ瞬時にミンチが出来上がる。
異形は赤剥け粘液まみれの肌を晒していて防御などできはしない。子供の上半身らしきものは完全に爆ぜ、なめくじの横っ腹にも巨大な穴が穿たれた。迷宮生物であれば、あるいはヴァーミンであれば、この四連撃によって即死しなければならない。
だが異形はそのいずれでもないと主張するように激しく身悶えし、傷口の中がゴボゴボと組織液が泡立って、そこからまた子供の頭が生えた。二個、三個。
今度はナメクジの下半身を捨て去って、三人の子供の体だけになった。全身の皮をむしったような赤く湿った三人の――ビィ。
「わぉあーぼ」「ぃぽゎ」「おいい」
歯のない口の中から声と一緒に体液をこぼし、子どもたちはぺたぺたと湿った足音を立ててリースのもとへ飛びかかってきた。
リースの口からひっ、と悲鳴が漏れた。まだ幼さを残しているとはいえ探索者である。全くの素人ではない。倒さなければいけない敵を撃つことにためらいはない――と自分ではそう認識していた。
いま彼女を襲おうとしているモノは、いったい何なのか。味方ではありえない。だが今まで戦ってきた危険な迷宮生物やヴァーミンとも違う。しいて言えば、荼毘に付すために火の中にくべたはずのビィの子供がよみがえって、大やけどを負ったまま迫り来るような、そんな異様な光景に見えた。
ドローンを使って撃てば済むはずだが、リースは手にしている操作スティックのトリガーを引けなかった。
代わりにラヴィニアが蒼天の門を開き、強烈な念動力で弾き飛ばした。
異形の子供らはボロ布同然に吹っ飛んで、周りに立ち並ぶ大型機械装置にたたきつけられ、バシャッと湿った音を立ててピューレになった。どうやら異形のこどもは骨なしらしい。
「すみません、先輩……わたし、わたし……」
「いいのよ。あんなバケモノ、私だって見たことが無いもの。足がすくんでも無理はないわ」
「先ぱぁい……」
「でも、次からは自分でやりなさい。私がいつもそばにいられるわけじゃない。わかった?」
「はい!」
優しい言葉に、おもわずリースは涙ぐんだ。特殊ゴーグルとマスクのせいで拭うこともできない。
*
リースは嘔吐を我慢しながら、崩れかけた汚物同然のナメクジから体組織をひとつまみし、分析デバイスへ練り込んだ。
使い終わったら捨てようと考えながら分析結果を待つ。
大型装置がまるで入り組んだ岩場のように立ち並ぶ周囲の状況は、また物陰から何か現れないとも限らない。警戒しながら分析の結果を待つのは緊張を余儀なくされる。
小さなアラーム音。
分析の結果が特殊ゴーグルのAR視界にポップした。案の定、それはビィの体組織であることを示すデータだった。
結果についての予想はついていた。しかし納得するのは難しい。ビィの生態とは似ても似つかない異形である。なぜビィと同じものであることを示すデータが出るのだろう。
これにはさすがのラヴィニアも頭を抱えた。
「さっきの胎蔵槽、あの中にもバケモノが入っていた。なら、ナメクジのバケモノも同じように胎蔵槽から生まれた……ということかしら?」
「それは……手持ちの装備で調べるのはちょっと時間がかかります。先に……」
「そうね、そのとおりだわ。まずウィルバーたちと合流しないと」
ラヴィニアとリースは顔を見合わせ、お互いに力ない笑顔を作った。
*
救難信号が出ているポイントにまでとたどり着くあいだに、3匹の異形が現れた。
完全に軟体のスライムは体全体でビィの顔に変態し、全身にびっしり乳房の生えた女からは腐敗した乳がぴゅうぴゅうと吹きだし、頭の代わりに無数の野太い触覚が生えガリガリに痩せた男は何かをする前に飢えのあまり動けなくなった。
ラヴィニアとリースは門術やドローンによる攻撃でそれらを爆散させた。
決して強い敵というわけではないが、どうしようもなく生理的嫌悪感を引き出され、遭遇する度に神経がすり減っていく。正気を持たず、しかし肉体はビィのものであるという異形に対し、ただ殺戮していくことがベストな方法なのか、考える暇さえ与えられない。
とにかくここには異形がいる。
それもたくさんいる。
物陰から、堂々と正面から、あるいは大型装置の中から這い出すように。
――このバケモノ、全部胎蔵槽から生まれてる。
ウィルバーたちとの合流前に、リースが理解したのはこれだけだ。間違っていてほしい結論だが、事実は動かせない。
元々は蜂窩だったであろうこの空間で、何者かが胎蔵槽を利用して異形をつくりだしているのだ。