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迷宮惑星  作者: ミノ
第04章 ウーホースの章
40/120

10 水と空気

どうせならミドリカワ君は女性型にしておけばよかったですね。


――”ギガロアルケミスト”ゲオルギィの言葉

 ”斧男”ランブータンの大いなる蛮勇とその死については語り継がれるべきだろう。


 二本の斧を豪快かつ巧みに超級大馬ギガロ・エクウスに突き立てて、垂直の足を登っていくランブータンの姿は、ビィの、スキッパーの持つ灼けた魂が形になったかのようだった。


 その間、BIG=ジョウたちは徹底的に大馬を攻めた。


 それは走りながら行われる戦争さながらだった。


 ただ一本の足を挫かせるために大量の銃弾と霊光レイ・ラーがつぎ込まれ、死傷者、脱落者を多く出しながらも一切退くことなく、血が流され、物資を運ぶトレーラーは2台までもが大破した。


 ジョウは愛車に積み込まれた重兵器をこのときとばかりにありったけ撃ち込んだ。軽機関四連プラズマブラスターが遥か上空の馬首にたかるダニを焼き払い、霊光感応式ドローン爆弾を大馬の意識が向いていない場所で爆発させる。その隙に霊光反応炉レイ・ラーリアクターが生み出す全エネルギーのうち実に3分の2を消費する零距離スパイラルネイルバンカーで骨を完全に打ち砕いた。


 そこからランブータンは伝説的な動きを見せた。


 左前脚を傷つけられた大馬は疾走を止められた代わりに小型核爆弾の爆発のように暴れ回り、周囲にあるもの全てを蹴散らした。この時に死んだスキッパーの数10人を超える。


 その大嵐のような暴れぶりに、ランブータンはじっと耐えた。


 大馬の身体に深々と突き立てた斧に自分の体を固定して、振り落とされることなく10分近くを耐えぬいた。


 そして、ついに大馬は大きくバランスを崩して転倒した。


 肩までの高さだけで10階建ての建物に匹敵する大きさである。ぐらりと体が傾いてから、実際に地面にたたきつけられるまではタイムラグある。


 誰もが息を呑んだ。


 大馬の信じられない巨体が倒れたらすさまじい衝撃が発生して、そこにしがみついているランブータンはおそらく内臓が破裂するだろう。


 しかしランブータンは死なない。


 超級大馬ギガロ・エクウスが地に崩れ、衝撃を生み出すわずかひと呼吸前に内門を全開放した最大級の垂直ジャンプを行った。


 大馬の転倒は強力な馬震ホースクエイクを引き起こし、生身では身体を起こせないほどの突風が吹いた。スーパーヘビィ級の愛車テイクザットに乗っていなければさしものBIG=ジョウも吹き飛ばされていたかもしれない。門術ゲーティアで身を守れなかったスキッパーがここでも数名命を落とした。


 そこに遥か上空まで跳躍していたランブータンが垂直落下してきた。


 二つ名の通り、巨大な二本の戦斧を構えて。


 もはや起き上がることもできずもがく大馬。その首から頭にびっしりと寄生するダニ型ヴァーミンを、腹の底から発する狂乱の叫びとともにランブータンは皆殺しにしていった。


 その勢い。


 その形相。


 その叫び。


 まさしく狂戦士バーサーカーだ。


 訓練の甘いスキッパーは、あまりのことにランブータンに魅入られ、ほうけてしまった。


「ヘイ兄弟、手柄を全部ヤツ(ランブータン)に持って行かせるつもりか?」


 BIG=ジョウの発破に反応したのは、生き残りのスキッパーの中でも筋金入りの連中だった。


「行け! 潰せ! ヴァーミンどもに引導を渡せ!」


「応!」「撃て撃て撃て!」「血祭りに上げろォ!」


 見方によっては、それは大量虐殺かもしれない。


 100匹になんなんとする知的生命体を皆殺しにするというその行為。罪深いとするならそうかもしれない。知性を持ち、一応は会話さえ通じる相手同士である。捕食者と被食者という溝こそあれ、知恵と言葉でそれを乗り越えることは本当にできないのか。善性や寛容を互いに見出し、妥協点を探ることは本当にできないのか……?


 知ったことか。


 BIG=ジョウはメタ=プラスキン爆弾を蠢く寄生ヴァーミンの只中に放り込み、爆破スイッチを押した。激しい白煙の中に驚くほど大量の血液が赤黒く飛び散った。ダニどもは血を吸ってパンパンに膨れ上がっていて、それがたてがみから耳の裏までびっしりである。一匹撃ち殺しただけで十分なほど血が溢れるのに、それが十数匹分である。


 馬震ホースクエイクの影響でまだチリが降り積もり続ける地面に何の誇張もなく血の池ができあがった。


 一方ランブータンは、ダニ型ヴァーミンを相手に両手の斧を竜巻のように激しく振るい、返り血で全身赤黒い鬼と化していた。斬りつけ、斬り裂き、斬り刻む。寄生ヴァーミンの群生地は赤い泥沼へと変わっていった。


 ダニたちは腹一杯に血を吸い過ぎて、自分から動くことができないでいる。


 ただの的にしか過ぎない。


 果てしない殺戮の果て、もはやヴァーミンたちのほとんどが破れた皮袋のようになって大馬の首筋から垂れ下がっていた。


 勝利、といえばこの瞬間、もはや勝敗は決していた。


 だが予想のつかないことはどんなときにも起こりうる。


 転倒し、その衝撃で死んだと思われていた超級大馬ギガロ・エクウスが、最後の力を振り絞るようにして首を振るい、生き残りのトレーラーに向かって噛みつきを敢行したのだ。


 誰もがそのとき動きを止めていた。


 BIG=ジョウでさえ、すでに勝利を確信しきっていた。


 動いたのは”斧男”ランブータンのみだった。


「ワォオオオッッ!!」


 ビィのものとは思えない甲高い絶叫。


 大馬の鼻先への、まるで瞬間移動のような回り込み。


 そして明らかな質量差のある巨大生物を斧二本で真っ向打ち返し、その計り知れない突進力を、止めた。


 たったひとりで止めた。


 物理法則には反している。


 それを覆したのはランブータンの門術ゲーティアである。


 究極レベルの内門解放を行ったことで、自身の何十倍、あるいは何百倍にもなる重量を叩き伏せたのだ。


 引き換えにランブータンは死んだ。


 狂おしい激憤が解放されきった後は火が消えてしまう。狂戦士とはそうしたものだ。


 ランブータンは命と引き換えに最後の勝利をもぎ取った。


 トレーラーは無傷で難を逃れ、それ以上の死者はでなかった。


 ”斧男”ランブータン。


 真の英雄である。


     *


 数ターン後。


「兄貴ぃ、いつまでボーっとしてんスか」


 カブはガレージ前の硬質プラスキンチェアに横たわり、昼設定の光導板から注ぐ暖かい光を浴びていた。


「燃え尽きるほどの走りだったのはわかりますけどね、来年までワイルドハントはないんですよ?」


 聞いてるんですか、と何度呼びかけても無反応なため、カブはジョウを放って自分の仕事に戻っていった。


 今回のワイルドハントでの目覚ましい活躍でかなりの額の賞金が出たものの、MVPは満場一致でランブータンに決まった。一位を取ることを前提にしていたせいで、ジョウのガレージはあっという間に経営難に陥っていた。


 BIG=ジョウの名を使えばいくらでも仕事は入ってくるが、修理やチューニングを行うのは実質カブひとりである。そんなに大量の依頼は受け入れられない。


 だから何がしかの仕事をジョウにもあてがいたいのがカブの本音なのだが……。


「なあカブ」


「なんですか。おれは忙しいんですよ」


「皮肉か」


「皮肉ですよ」


「まあいいや。オレぁちょっとアレだ、お前の言うとおりだ。燃え尽きちまってしばらく使い物にならねえ」


「いつもは使い物になってるような物言いですね」


「皮肉かこのヤロウ」


「そうですよ。経理の仕事も溜まってるんスから。せめて収入の方をなんとか」


 カブがそう言うと、ジョウは聞こえよがしにため息をついた。


「なあカブ、あのあとマリィはどこに行っちまったんだ?」


 あのあと、というのはワイルドハントスタート直前での通信のやり取りである。がんばってと一言だけ残し、カブがワイルドハントの中継に夢中になっているうちにどこかへ消えてしまったという。


 それ以来、行方はようとして知れない。


「おうおう、なんだそのザマぁ」


 ガレージを挟んだ道の方から、蜜酒ミード焼けした声が聞こえてきた。


「ジャックのおやじさん、おはようございます」


「おうカブ、相変わらずおめェは真面目だな。そこのバカが迷惑かけてすまんな」


「いえ、そんな……」


「何しに来たんだジジイ。見ての通りオレは休暇中だ」


「まあそういうな。お前さんに客だ」


「客?」


 そこにはマリィが立っていた。


     *


 BIG=ジョウともろう者が、情けないほど狼狽していた。


「どどどどどどうしたんだよベイビー、またオレの所に……」


「これ」


 何かを言おうとするジョウに、マリィは突き放すような口調で高機能紙の束を押し付けた。


「これ?」


「お得意様からの仕事の依頼。あと資金回収関連の書類よ。たまってたから持ってきてあげたの」


「マジっすか!? 助かりますよ。おれ、ほとんどガレージを離れられなくって」とカブが大げさに言った。


「そんなことだろうと思ったわ」


 マリィは苦笑して、ジョウから目を背けた。ブロンドの美しい髪が揺れる。


「勘違いしないでね。わたし、自分の仕事を中途半端に放り投げたことを後悔しただけだから」


「そうかい」とジョウ。


「そうよ」


「でもよベイビー……そうならどうしてワイルドハントの時、声をかけてくれたんだい?」


 マリィは押し黙った。


「オレはよぅベイビー、あの応援があったから最後まで走れたようなもんだぜ」


「そんなことないわ。あなたはBIG=ジョウ。誰よりも速い男なのに」


 マリィは再び口をつぐんだ。これ以上喋っていると、涙が零れそうだった。


「あなたに……死んでほしくなかったからよ、ジョウ。あなたがワイルドハントで死んでしまうくらいなら、はじめから応援するほうがよっぽどましだわ」


「そうか」


「そうよ」


マリィ(・・・)


 ジョウはだらけた生活のせいですっかり乱れた髪を櫛づけ、古風なスキッパースタイルに整えた。


「出会った頃のことを覚えてるか」


「……ええ」


「『あなたの走り、最高だった』……それが最初にかけてくれた言葉だ」


「……そうだったかしら」


「そうさ。オレはよーく覚えてるぜ」


「だったら?」


「マリィ、お前はオレの走りに惚れてくれた。でもオレが疾走るのは血とオイルにまみれた死と隣合わせのコースだ。最高の走りをするBIG=ジョウ。でも死なせたくない生身のオレ。それが――その矛盾がお前を苦しめていたんだな、マリィ」


「ジョウ……」


「気づいてやれなくてごめんよ、マリィ。だけどオレはどこまでいっても走り屋だ。やっぱりどこで死ぬのかわからない。でも……そうだな、なんて言ったらいいか」


 ジョウは銅色の櫛を懐にしまい、マリィの方へと近づいた。


 強引に肩に手をおいて、ジョウはマリーの顔を正面から見た。


「オレは走らなきゃならねぇ。走り続けないと、途中で死んでいった仲間に申し訳がたたないんだ。そんな走りの中で、マリィ、お前の声が俺にどれだけ力を与えてくれたか」


「そ、そんなこと……」


「ある。あるんだ。お前の元に帰りたいからこそ、俺は戦える。お前の声に後押しされるからこそ、俺は命をかけられる」


「そんなの勝手よ、ジョウ。あなたはいつだって……!」


「そうだな。でも、マリィ。だったらお前はどうしてスタート直前に声をかけてくれたんだ? 『がんばってね』ってな」


「それは……」


「わかるぜ、今の俺になら。マリィ、お前はBIG=ジョウと今ここにいる生身のジョウ、両方を好きになっちまったんだろ」


 マリィの頬が、乙女のように赤く染まった。


「どうしてそんなこと言い切れるの?」


「決まってる」


「え?」


「スキッパーのBIG=ジョウも、この情けないジョウも、オレは全部でお前のことが好きなんだ」


「あ、あ、そんなこと、いわれたら……わたし、わたし……」


「愛してるぜ、ベイビー。オレの全部がそう言ってるんだ。


「ああ、ジョウ……」


 ジョウとマリィは、誰はばかることなく抱き合い、キスをした。


「……ま、こんなところだろうな」


 ジャックはカブにだけ聞こえるように言った。


「こんなところでしょうね」


 カブもまた、ジャックにだけ聞き取れるように言った。


     *


 溜まりに溜まっていたガレージの事務処理に激怒したマリィが再び別れ話を切り出すのを無理やりなだめ、なんとかジョウ、カブ、マリィは再び修理工場のしごとを再開した。


     *


 おそらく、ジョウがスキッパーの仕事をこなす度にマリィは胸が苦しくなるような不安を感じるだろう。


 同時にジョウがバイクを駆るとき、その芸術的な走りに魅了され、全てを賭けて応援することだろう。


 どちらが正しく、どちらが間違っているというはなしではない。


 これはそういうもの(・・・・・・)なのだ。


 ジョウが英雄BIG=ジョウであり、同時にただのジョウであることとそれは鏡写しの関係にある。


 もしかしたら明日、いや今日にもジョウは事故で死ぬかもしれない。


 だが今日も明日も、その先もずっとジョウは走り続ける。彼はBIG=ジョウだからだ。


 マリィは矛盾を抱えたまま、ジョウのことをもう一度受け入れた。


 いろいろな混ぜもの(・・・・)を取り除けば、そこに残るのはジョウに対する純粋な想いだけだった。


 これからも必ず衝突し、意見が食い違うことになるだろう。それは否定出来ない。


 それでも、ジョウにはマリィが必要だし、マリィもジョウに必要にされたいと願った。


 これではよくないのかもしれない。


 でもふたりにはそれだけで十分だった。


 何かが壊れるまでの間だけかもしれない。


 それでも構わない。


 その時が来るまでは、ずっと一緒にいたい。


 ふたりはただそれだけを願った。




ウーホースの章 おわり


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