09 ”斧男”ランブータンの蛮勇
小生は別に不死身じゃないですよ。
死にませんけど。
――”ギガロアルケミスト”ゲオルギィの言葉
超級大馬は大きすぎて、どのくらい大きいのか説明するのが難しい。
肩高だけで10階建ての建物ほどあり、首を除いた胸から尾までの長さはその1.5倍近くある。それだけの体重を支える特殊構造の蹄はひと踏みで八輪装甲車を地面に貼り付く金属板にするだろう。
首は当然のように野太く、眼球も鼻も口もどれもが規格外のスケールだ。スキッパーの護るトレーラーさえひと噛みで2台か3台はいっぺんに食われてしまうだろう。大掛かりな生けるスクラップ工場と言ったところだ。
そこまで大きいと、皮膚の厚みや毛の一本一本でさえ恐ろしく頑丈だ。拳銃弾程度では表面に傷ひとつつけられない。パチンコ球で建築物を解体するようなものだ。
だから狙うなら首から頭に寄生しているダニ型ヴァーミン数十体ということになる。
だとしても、首までは高さがある。近くに寄れば仰角の限界があるし、遠くまで離れれば武器の威力が弱る。ではどうすればいいか……。
「左の前足だ! まずはそこを徹底的に狙え! 大馬の動きを止めるんだ!!」
BIG=ジョウ、その号令のもと、生き残った80人ほどのビィが一斉に散開し前足に猛攻をくわえた。
装甲車からの砲声が重く響き渡り、ふくらはぎあたりを徹底的に狙う。
蹄を持ち上げようとする前に、門術使いたちが大地の門を開いて地表を変異させ、カーボン=プラスキン複合材の束縛となって動きを封じる。
引っ張り合いの末、束縛は引きちぎられた。まだまだ逃がしてなるものかとそこからさらに猛攻が加えられる。
大馬は止まらない。
そのまま蹄が振り下ろされ、軽い馬震が起きた。
その衝撃で数台のバイクが転倒し、一台が蹄に激突して爆散した。
「ヤロウ、全然効きゃあしねえ……!」
スキッパーの誰かが言った。
全く何も効果がないかといえば、そんなことはない。大馬の毛皮は焼け焦げ、肉まで達して体液が滲んでいる。攻撃を加え続ければ倒すことは可能に違いない。
このまま半日近く同じ攻撃を加える事ができれば、の話だが。
「聞け、ブルースクリーンだ!」
”三代目鎌鼬”ブルースクリーンがスキッパー全員に通信を投げた。
「弱い攻撃はタマの無駄遣いだ、大型火器のあるビークルと攻撃系門術使い以外は離れろ! のこりは……」
「残りはダニどもを散らす方法を考えなさい!」と”クラウディ・クライ”バルバスが通信に割って入った。
戦いは、まだ1ラウンドさえ終わっていない。
*
超級大馬はヴァーミンに体液を吸われ、代わりにヴァーミンの毒液の流し込まれて完全に操り人形状態となっていた。
おそらくは大行進の際に少し出遅れた個体に数十匹のダニ型ヴァーミンが取り付いたのだろう。
天災に等しい大馬にダニとしてたかって操る――それは傲慢で、邪悪で、多くのビィの目にとっては悍ましいものとして写る。いま正気を失っている大馬は、ビィとヴァーミンが相容れない理由を端的に示しているかのようだった。
止めるには寄生しているダニどもを皆殺しにするしかない。
ならば方法は限られてくる。
大馬の巨体によじ登ってダニを駆除するか、大馬を転倒させてからにするか。
それ以外の方法を模索している時間はない。
『おれがやろう』
低く重い声が念話増幅器から流れた。
バギーに乗り、これまで沈黙を守っていた”斧男”ランブータンが一言そう言って、思い切りハンドルを切った。
斧男の二つ名の通り、ランブータンは左右の腰に恐ろしく大きい戦斧を装備した巨漢である。剃り込んだスキンヘッドにはおどろおどろしいタトゥーが入っている。
無慈悲に振り下ろされる蹄。
そこを回りこむように疾走るバギー。
地面を大きく揺るがす着地の寸前に”斧男”はすさまじい力を発揮した。
歴戦の勇士にかかわらずプラグドなしのオール生身であるランブータンは、内側から身体能力を強化する内門の達人であり、本気を出した時の跳躍力は並のビィとは比較にならない。その力で、全身あちこちを強化型プラグドに入れ替えているジョウすら追いつかない高さまで飛び上がった。
バギーはそのまま踏み潰され、加工食料のようにぺしゃんこになった。
”斧男”は?
”斧男”ランブータンは跳躍しそのまま超級大馬のすねに――解剖学的には足の甲に当たる――しがみつき、二本の斧を突き立てていた。
ただの斧なら体毛を切り裂くことさえ難しいが、ランブータンの斧は刃が丸々皮膚に食い込んでいた。
驚くべきことに、その斧はカーボン=アロンスキン合金の一枚打ちの、頑丈なだけの普通の金属のかたまりだった。それを内門で膨れ上がらせた筋力と、斧を超振動させる門術によって叩き込んでいた。
驚嘆すべき威力、そして度胸である。
大馬への単身のこの行為。生き物を仕留めるためにしがみついているというよりは、土砂崩れに棒一本で立ち向かっているに等しい。
さらに一撃。突き刺さった斧を足場にしてもう一撃。ランブータンはそうして脚をよじ登り始めていた。首筋まで這い上がってダニ型ヴァーミンを潰して回る気なのだ。
「すげぇ……」
スキッパーの中から、ため息が漏れた。尊敬を飛び越え、それは恐怖さえ覚える光景だった。
再び銃撃と、猛烈な門術が大馬の脚に集中する。ランブータンひとりにすべてを任せてはおけない。スキッパーの名誉と、何よりもランブータンの勇気に駆り立てられ、彼らも奮闘した。
あまりの耐久性ゆえ、それは一見、無意味な試みのように思えるかもしれない。
だがそうせずにいられなかった。
ランブータンの蛮勇が、スキッパーたちの魂に火をくべた。
*
転倒させさえすれば、おそらくその衝撃で大馬は動けなくなるはずだ。自重を考えると内臓が破裂してそのまま立ち上がることは不可能だろう。
しかし大馬の動作はビィの感覚の及ばないほどの速度と質量を持っていた。一歩地面に踏み出す度に蹄が馬震を引き起こし、逃げ遅れたスキッパーをいともたやすく踏み潰す。
――この大馬、完全にトレーラーを狙いに来てやがる。
ジョウは歯噛みした。
ヴァーミンに操られた大馬は、もはや巨大兵器だ。ワイルドハントで運搬されている物資を破壊し、ついでにそれを護るスキッパーも皆殺しにしようとしているとしか思えない。迷宮生物ならぬ迷宮生物兵器だ。
絶対に止めなければいけない。
ジョウはバイクのコンソールを手早く操作し、運転をセミオートパイロットモードにする。ハンドルから両手を話しても、太ももの内側に仕込んでいる同調ピットが人機一体状態を保ってくれるので、空いた両手は全て武器の操作に回せるという仕組みだ。
ジョウはHUDの奥にあるボタンを押した。カウルの一部が分割され、中から発煙筒サイズの自動追尾ミサイルが合計12発射出され、大馬の腱に集中して叩き込んだ。
対装甲車両用の小型ミサイルである。この攻撃にはさしもの大馬も痛みを感じたのか、蹄を発狂したように地面に叩きつけた。
「うわっとぉ!?」
白煙の中から狙いすましたように振り下ろされる巨大蹄をジョウの愛車テイクザットはすみやかに察知し、安全地帯へと逃がしてくれた。
と、一部破壊された巨大な脚からいきなり血が吹き出した。
ブルースクリーンが鎌鼬を使い、傷口の周りを真空状態にしたのだ。吸いだされるようにして血が飛び散り、傷ついた皮膚はめくれ、わずかだが肉がのぞいた。
「いまだ!」「全弾ぶちこめえ!」
スキッパーたちがここぞとばかりに吠えた。
苛烈な攻撃が加えられる。
その時、大馬が棹立ちになって嘶いた。
頭の芯が割れるほどの凄まじい叫びが、スキッパーたちの聴覚を数秒無効化し、朦朧状態にした。わずかな時間だ。ビークルのエンジン音になれたスキッパーにはこの程度の爆音になど慣れっこだった――はずだ。
しかしその数秒の差が、スキッパーを一気に不利へと追い込んだ。
超級大馬は棹立ちからの着地と同時に、馬首をさげてトレーラーに対して直接噛み付いたのである。
カーボン=テックスキンの車体が面白いように引きちぎられ、一番先頭を走っていたトレーラーは慣性で走っているだけの歯型と化した。
中の物資はばらまかれ、猛スピードで疾走るはるか後方まで転がっていった。
*
5台のトレーラーのうち1台の大破。
この戦い、時間をかければ次々とコンテナをぶち破られ、終わってしまう。
誰もが絶望の種を胸中にばらまかれた。
BIG=ジョウでさえ、この巨大な敵を攻略することなど無理ではないかという考えがよぎった。
『んなんでこうなるのよぉぉぉ!!』
念話増幅器から、”クラウディ・クライ”の泣き声が響き渡った。
『三代目、あーたの鎌鼬で切り裂けないの!?』
「無理だ、皮膚が分厚すぎて鎌では切れない」
『BIG=ジョウ、あーたは?」
「オレの重火器なら通じる、だが決定打が足りねぇ」とジョウ。
『決定打なら私がなんとかしますょぉ』
そこに”ギガロアルケミスト”ゲオルギィがわって入った。
『なんとかしますって、センセイあーたどうするつもりなの』
『どうもこうもないですよ、こうするんです。急いでくださいミドリカワ君』
ゲオルギィはビークルの操縦を自動人形のミドリカワに任せ、明らかに危険なコースで大馬の蹄の下へくぐり抜けた。
「おい、自殺する気か!?」とジョウ。
「それも面白そうですが……巨獣殺し(ジャイアントキリング)というのも興味深ァいですからね、ひひひっ」
引きつった笑いのあと、ゲオルギィはビークルから身体を出し、箱乗りの状態から比喩でなく両手を伸ばして大馬の足に絡まりついた。柔らかいプラスキンを引っ張ったような伸び方である。それが巻き付いて、ゲオルギィは大馬の足にへばりついた。
「門術、死せる溶岩」
ゲオルギィは流れ出る大馬の体液に触れ、ぼそりと呟いた。瞬間、体液は一気に高温化し、煌々とオレンジ色の光を放ち始めた。
太陽の門を開いて血を溶岩に変質させるというこの門術はゲオルギィのオリジナルである。彼が”錬金術士”の二つ名を持つのは、この物質転換能力の高さによるものだ。
そして”ギガロアルケミスト”の名は、ゲオルギィ曰く超級大馬に敬意を評したものという。
しかし血を溶岩に変えてみせることははたして大馬に対する敬意なのかどうか。
耳をつんざく悲鳴とともに、大馬はまたも棹立ちになって辺りを暴れまわった。地面がグラグラと揺れる。蹄の付け根辺りから白煙が立ち上り、確実なダメージが入っていることをうかがわせた。
「いまよ! 門術隊!」
バルバスの掛け声に率いられ、門術を得意とするスキッパーが一斉に大馬の足首へと術を放った。
「私まだいるんですけどねぇ」
冗談か本気かわからない口調で、ゲオルギィは足首から飛び降りた。2階建ての建物の屋根程度の高さがあるはずだが、ゲオルギィの身体はプラスキンでできているかのようにぐにゃりと柔らかくなり、落下の衝撃を吸収してしまった。この錬金術士、己の肉体をも変質させているようである。
「もうちょっとよ! 肉まで焦がしちゃいなさい!」とバルバス。
規格外の巨大馬と、トレーラーを護るスキッパーたちの攻防はようやく次の段階に移ろうとしていた。