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迷宮惑星  作者: ミノ
第04章 ウーホースの章
38/120

08 最強、最大

すごいですよね、彼は。

小生びっくり。


――BIG=ジョウについて尋ねられた”ギガロアルケミスト”ゲオルギィの言葉

 BIG=ジョウはトレーラーの上を猛然とダッシュした。


 正面からの接敵に対してコバエ型ヴァーミンは太陽の門を開き、火炎弾を口から吐いた。


 BIG=ジョウは恐ろしく正確なタイミングで空中に跳び、前転2回からの飛び蹴りでこれに対処した。顔面を叩き潰された小さなヴァーミンは無慈悲に排除され、トレーラーから蹴り落とされる。


 わずかに立ち止まった瞬間に、2台目のトレーラーに陣取るヴァーミンから小型竜巻を放たれる。並のスキッパーなら体制を崩されあるいは転倒していたかもしれない。


 だが相手はBIG=ジョウだ。


 BIG=ジョウは倒れない。


 強化プラスキン製ライダースジャケットの懐から、ふたつの球体に紐が絡んだ何かを取り出した。指をかけて振り回したのち、BIG=ジョウはヴァーミンへと投擲した。


 恐るべきスピードでそれはヴァーミンの脚に絡みついた。


 動きを封じる武器であると同時に高圧電流を流すテーザーボーラはヴァーミンの身体を硬直させた。そのままバランスを崩したコバエはトレーラーの端から転落した。


 瞬時に三匹殺されたヴァーミンたちは、逃げるか対抗するかの判断を迫られた。


 結局、生き残りのヴァーミンはその答えを出せなかった。


 判断を下すよりも先に考える脳を吹き飛ばされたからだ。


 相手が悪かった。


 BIG=ジョウ。


 最速でバイクを駆り、最速で敵を滅する男――。


     *


 ワイルドハントで死んだスキッパーを葬るというのは祈りを捧げることでも花を手向けることでもない。


 10倍のヴァーミンの血で贖わせる。それが弔いだ。


 ギュントの突然の死に値するには、まだ少しヴァーミンの穢らわしい血の量が足りない。


 ジョウはオートパイロットで疾走る愛車へ完璧な軌跡で飛び乗った。スーパーヘビィ級バイク『テイクザット』には重火器の搭載だけでなく、一時的にライダーが離れても単身で疾走る機能を完備している。


 ゴーグルの下、ジョウ顔は曇った。


 弟子志願の若者だった。それを受け入れていながら目の前で殺される。これほどの屈辱があるだろうか。


 自分を責めている時間などないとわかっていても、ジョウはスキッパーではなく単なる悲しみのかたまりとなってテイクザットの走りに身を任せていた。


『兄貴、兄貴!』


 左耳の念話増幅器から通信が入った。カブからだ。


「……どうしたカブ。オレはいまちぃと機嫌が悪いぞ」


『その……中継で見てました』


「……」


『……』


「……それで?」


『ええ、ちょっとこの先危険かもしれません」


「危険なのはわかりきってんだろ、ヴァーミンのまっただ中を突っ走ってるんだぞ」


『いえ、そうじゃないんです』


「そうじゃない?」


『はい』


「じゃどういうんだ」


超級大馬ギガロ・エクウスです』


「はぁ?」


『大行進から一頭、どういうわけかはぐれたみたいで』


「どういうわけって、どういうわけだ」


『わかりませんよそんなの、とにかく気をつけてください。なんだかいつもと違うみたいです』


 それじゃ、とカブからの通信がきれた。


 カブはこんな時にウソや冗談を言う男ではない。何かあると伝えてきたからには何かあるに違いない。


『BIG=ジョウの旦那、ちょっといいか』


 今度は”三代目鎌鼬”ブルースクリーンから通信が入った。


「どうした三代目」


『俺の鎌鼬が巨大な動体反応をとらえた』


「そっちもか」


『そっちも?』


「オレのピットクルーもおんなじ忠告をしてきた」


 ブルースクリーンは小さく鼻息を漏らした。


『逃げたほうがいいな。超級大馬ギガロ・エクウスはそこらのヴァーミンや迷宮生物とはわけが違う。まともにやりあう理由もないしな』


 やり合う必要はない、というのはブルースクリーンの言うとおりだった。迷宮生物は必ずしもビィの敵ではない。走り回る天災である超級大馬がなぜはぐれているのかはこの際どうでもいいことだ。突っ立っているだけで肩高が10階建の建物に相当するような巨獣である。敵対する必要がなければ、刺激せず回避するのがとるべき行動だろう。


「三代目、そっちでスキッパーたちに連絡を頼む。オレはトレーラーに進路変更の指示を出しておく」


『了解だ、BIG=ジョウの旦那』


 こうして奇妙なはぐれ(・・・)大馬との接近遭遇は避けられたはずだった。


 無益な激突は避けられたはずが――事態は意外な方向へと転がり始めた。


 突っ立ったままの超級大馬ギガロ・エクウスが、突如ワイルドハント一行に向けて猛スピードで近づいてきたのだ。


     *


 どう計算しても、あと10分も経たず大馬は進路に干渉してくるルートだ。


『こんな動き、ウチらを踏み潰しに来る気マンマンにみえるわねぇ』


 歴戦のスキッパー、”クラウディ・クライ”バルバスが苦々しく通信を入れてきた。


『はははぁ、これはひょっとしなくても我々を踏み潰すつもりですなあ』


 ”ギガロアルケミスト”ゲオルギィもイカれ気味の口調でそう言った。


『いや、この迷宮は面白い。小生の二つ名は超級大馬から頂戴したものですが、直接対決できるのであればこんな光栄なことはない』


「言ってる場合かよセンセイ」とジョウ。


「とにかく、一旦トレーラーを留めてやり過ごすか、もっとスピードを上げて強引に振り切るかだ」


『BIG=ジョウの旦那、あんたの意見は?』とブルースクリーン。


「クルマを止めたら再発進にラグが生じる。ここは一気に通り抜けるべきだ」


 有象無象のスキッパーたちは、みな『BIG=ジョウがそう言うなら、俺達もそうする』という意見を返してきた。


 ジョウは面映さと、BIG=ジョウを信頼してくれる仲間たちへの責任にグリップを握る手に力を込めた。


 そのとき、地を揺るがす振動がそれぞれのマシンを突き上げるように伝わり、スキッパーたちの顔はひきつった。


 超級大馬ギガロ・エクウス


 その威容がぬう、とスキッパーたちの視界に入ってきた。


 馬鹿げたほど大きく、そして――。


 スキッパーたちのことを、明らかに敵意のこもった目で見下ろしていた。


     *


 大行進。


 それはおそろしい数の大馬があるコースを通って地を揺るがすという、超級大馬ギガロ・エクウスの生態のひとつである。


 大行進がおわれば大馬は狂ったような走りは沈静化し、何事もなかったように静まり返る。元の餌場に戻るからとされているが、詳しいことはわかっていない。調査をしようにも巨大すぎて、迂闊に近づけばあっという間に踏み潰されてしまうからだ。


 しかし、いないはずの大馬が今まさにワイルドハントの一行を敵意の眼差しで見、そして今にも躍りかかってくるように後ろの蹄を鳴らしていた。


 ありえないことだ。


 ありえないことが起きるには理由がある。


 はるか高くを見上げないと視界に入れることさえ難しいが、大馬の首筋から脳天にかけて、何かあぶくのようなものがへばりついていた。


「……なんだあれは」


 トレーラーの上に登っていた斥候が、震えながら言った。


 その映像が、ジョウの愛車のHUDにも送られてきた。瞬間、喉の奥から苦いものがせり上がってきた。


「こう来たか、ヴァーミンめ……!」


 走行中のバイクから思い切り唾を吐いた。


 超級大馬ギガロ・エクウスの首筋にへばりついていたのはあぶくなどではなかった。泡に見えたものは、ひとつひとつがパンパンに膨れたヴァーミンだった。


 ダニ型ヴァーミン。


 哀れな野生の迷宮生物がダニに覆われて死にかけている映像をジョウは見たことがある。今の大馬はまさにそれ(・・)だ。数十匹のダニ型ヴァーミンがびっしりと頭に張り付き、体液を吸い上げて膨れ上がり、そしておそらくは……。


『BIG=ジョウの旦那、あのダニのせいで馬が操られてるらしい』


 ブルースクリーンが『鎌鼬』を通じて喋りかけてきた。


 ジョウはブルースクリーンと全く同じ意見だった。何がどうなっているのかはっきりしないが、ダニに寄生された大馬は毒を流し込まれたかそれとも集団門術(ゲーティア)によって催眠状態に陥っているのか、ヴァーミンの思うままに操られているとしか思えなかった。


 そうでなければ、いま走行中の場所に単体で現れる道理がない。


『どうする、旦那? 他のスキッパーたちが混乱してきている』


 ジョウは巨大な迷宮生物に無条件の恐怖を感じた。


 だがBIG=ジョウはどうだ?


 こんなとき、BIG=ジョウは何を決断し、どんな声を仲間たちに伝える?


 決まっている。


「よぉ兄弟」


 BIG=ジョウは耳に装着された念話増幅器の全チャンネルに語りかけた。


「……でっけえ獲物だな。どうだ? やる気が出るだろう?」


 死を覚悟し、死を乗り越えたスキッパーの顔。そして声。


 ”ウーホース迷宮で最速と呼ばれた男”BIG=ジョウ。スキッパーたちはその言葉に煽られた。


「今年もいいワイルドハントになりそうだなぁ……兄弟!!」


 まず何人かがおおっ、と声を出した。炊きつけられたスキッパーの燃える目が、一番先頭を疾走るBIG=ジョウの背中に注がれた。


「兄弟、お前らはどうする? お前はここでどうするんだ? ブレーキを踏むのか? 怯えて速度を落とすのか!?」


 アクセルを踏む音、鬨の声とクラクション、エンジンを吹かす音が胸をざわつかせるハーモニーを奏でた。


「どうだ兄弟? こんな獲物が他にあるか? こんな獲物が100エクセルターンの間にいたか!?」


「いない!」「俺達がやるんだ!」


 もはや止まらないスキッパーたちの熱狂が聞こえた。


「そうだ兄弟! こんな敵を見てやることはただひとつだ! 俺たちは何だ? 俺たちはスキッパーだ。スキッパーとは何だ!? ヴァーミンを……」


 そこでBIG=ジョウは、霊光反応炉レイ・ラーリアクター目一杯稼働させた。


 まるで青い閃光になったようにBIG=ジョウはスキッパーの集団から飛び出し、まっすぐに寄生された大馬へ走った。


「ヴァーミンをぶちころすのがスキッパーだろうが、兄弟ィィ!!」


 信じられない歓声が上がり、スキッパーの全員が攻撃の準備を整えた。


 もう後戻りはできない。


 する必要もない。


 BIG=ジョウは自分自身もテイクザットに仕込まれた大型アサルトブラスターを引き抜き、山のような大馬へ、その頭部に寄生するヴァーミンに向かい狙いを定めた。


 BIG=ジョウ。


 ウーホース迷宮で最速と呼ばれた男。


 そして真のスキッパーと呼ばれた男。


 彼の名はBIG=ジョウ。


 ウーホースの英雄、偉大なるBIG=ジョウだ。


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