表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迷宮惑星  作者: ミノ
第04章 ウーホースの章
37/120

07 覚悟の量

人から好かれるのは面倒なので、小生は自動人形のほうが楽です。


――”ギガロアルケミスト”ゲオルギィの言葉

 迷宮は広い。


 特にウーホース大迷宮は凹凸のない平野がめまいを起こすほど広く、ランドマークも少ない。目印としての不死ホタル誘導灯がなければ、何もない場所で道に迷うことさえある。


 変わらない風景を延々と走っていくと、ビィにも眠気が襲ってくる。


 いよいよ限界だという手前でスキッパーたちは小休止を取った。経過時間は、出発から2ターンと半日以上。元々健脚で長距離移動に適しているビィ、しかもスキッパーという走りのプロであっても、単調さと緊張感の連続は疲労を招く。


 見張りと休憩、相互に分担しての野営である。


 突如ヴァーミンが現れたら危険なことは承知の上だ。それでも小さな電熱ポットで煎れた黒根ルートコーヒーやオガクズタバコ(ソウダスト)は気力を回復させてくれる重要なアイテムだ。中にはポーレンスティックをキメている者もいるが、出発前には周りから蹴りを入れられて無理やり現実に引き戻される。


 BIG=ジョウもソウダストの二本目を吸いリラックスの時間を堪能していた。


 同時に――左耳に装着されたままの念話増幅器を何度も指でなぞり、迷っていた。スタート直前、通信に混じったマリィの声を思いだし、こちらから連絡を取るべきかどうかを。


 マリィの声は聞きたいが、果たして彼女はよりを戻す気でいるのかどうか。


 BIG=ジョウと呼ばれる男にしては随分と女々しい悩みだ。そのくらいジョウにとってマリィは特別な存在なのだとも言える。


 結局ジョウは連絡するのをやめた。今はマリィが何を考えているか確かめるよりも、これから待ち構えるヴァーミンの群れのほうが重要だ。トレーラーを無事に届けられなければ、オンナがどうこうと言っていられなくなる。BIG=ジョウとしての自分が無力なただのビィに成り下がったら、アイデンティティを失う、いやそれ以上の屈辱だ。


「BIG=ジョウ、そろそろ出発の時間だぜ」


 若いスキッパーが声をかけに来た。同じフォワードで、バイクで並走していた男だった。


「そうか、ありがとよ」


 ジョウがそう言うと、若い男はいかにも嬉しそうな表情になった。BIG=ジョウとしては、まだ駆け出しのスキッパーが何を考えているかよく分かる。


 プロフェッショナルであるBIG=ジョウにあこがれているのだ。


 ジョウは面映ゆい思いとともに、その若者の命のことを考えた。ワイルドハントとは狂乱のレースだ。負ければヴァーミンに殺される。だからこそ参加者には命をかける覚悟が必要だ。


 この若者は、おそらく覚悟のことを勘違いしている。ここで死んでも構わない、という覚悟と、命を捨ててでも仲間とトレーラーを守りぬくという覚悟は似ているようで違う。


 かつての駆け出しの頃はジョウも死んで伝説になるなら本望だと思って無茶をやってきた。その結果、親代わりのジャックを引退に追い込むゲガを負わせてしまった。


 自己満足の死へのあこがれを振りかざしていれば、本当に死んでしまう。ワイルドハントとはそうしたものだ。


「よぉ兄弟。お前、名前は?」とBIG=ジョウ。


「ギュント。ギュントだよBIG=ジョウ。へへ、直接名前を聞かれるなんて光栄だぜ」


「そうか。なぁ兄弟」


「なんだい」


「お前、ワイルドハントは初めてか」


「ああ、まだスキッパーになって2エクセルターンとちょっとだけど、俺は自分の才能を試したいんだ」


 よくある話だ。ジョウは吸いかけのソウダストを捨て、ブーツで火を消した。


「それともうひとつ」


「ん? なんだ」


「へへ、本人を前に言うのは恥ずかしいけどさ、俺も二つ名がほしいんだ。あんたがBIG=ジョウって呼ばれるみたいに。俺、あんたに近づきたいんだ」


「……なるほどな」


 ジョウは額の上にあげていたゴーグルを下ろし、表情を読まれないようにした。


「いい意気込みだ。ただし、フォワードで疾走るつもりならカンを磨き上げろ。不意打ちの危険は他のポジションの比じゃねえ。できればお前、俺の真後ろにつけろ。いいな?」


「うん……そうだな、BIG=ジョウそう言うなら」


「そうしろ。ま、俺の動きを見て学ぶってのも重要だ。さ、自分のバイクに戻れ、出発だ」


「ああ、わかった。あんたと話せて光栄だよ。へへ」


 ギュントはやる気に火がついたようにバイクに跨り、エンジンに点火した。


 ――手柄を焦るなよ、若造。


 ジョウはゴーグルの奥の瞳を一抹の不安で曇らせながら、愛車テイクザットのイグニッションボタンを押した。


     *


 それはいきなり来た。


 行く手を遮る球体がごろごろと、およそ30前後転がっていた。


「何だあれは?」「かまわん、轢き殺せ!」


 フォワードに位置するスキッパーたちはそれがヴァーミンの擬態か何かだと断定しスピードを緩めずそのまま突っ込もうとした。


 次第に距離が詰まると、スキッパーたちも考えを変えざるを得なくなった。


 単なる球体ではなく、硬い外皮を被ったダンゴムシ型ヴァーミン。しかもサイズがまばらだ。遠目にはわからなかったが、30あまりの個体の中にはトレーラーのタイヤ並の直径でゆうゆうと転がっているものもある。


「兄弟よぉ、こんな時どうすればいのかわすれちまったか!?」


 BIG=ジョウの叫びがエンジン音を遮るように響いた。


「こうするんだよ!」


 言うやいなや、ジョウの愛車『テイクザット』のフロントフレームがガシャリと開き、中から軽機関四連プラズマブラスターの銃口がのぞいた。


 ジョウのプラグド化された足には文字通りのプラグがついていて、それがバイク側のシートに物理接続されている。それゆえ、愛車テイクザットはジョウの意識と完全リンクし、思考しただけで武装の制御ができる。


 四連の銃口から青白い光の軌跡が真っすぐ伸びて、巨大なダンゴムシ型のヴァーミンを灼いた。3秒の照射でダンゴムシは爆裂し、肉片と化す。


「どうした兄弟! スキッパーが走りの最中油断してんじゃねえ!」


 再びBIG=ジョウの喝が入った。


 スキッパーたちはすぐにはっとして武器を取り出し、あるいは門術ゲーティアの予備動作に入り、ダンゴムシをめちゃくちゃに撃ちまくり、これでもかというほど射殺した。硬い外皮も、連携したスキッパーの前では通用しない。


「やっぱりすげえやBIG=ジョウ、アンタのおかげでびびってた連中、みんな気合が戻っちまった!」


 若造のギュントが興奮気味にジョウに話しかけた。


「なあBIG=ジョウ、このワイルドハントが終わったらさ」


「終わったら?」


「その……」


「何だよ、早く言いな」


「あの、無事に終わったらさ、あんたの弟子にしてくれよ」


「弟子ィ?」


「ああ」


「本気かよ?」


「本気さ、BIG=ジョウ。俺、まだまだ未熟だけどさぁ。へへっ、アンタみたいになりてえ!」


 ジョウは苦笑した。同じようなことを、彼はジェイクに言ったことがある。親代わりじゃなく、スキッパーとしての師匠になってくれと。


 ジョウには無碍に断ることができなかった。ジェイクが本気で師を務めてくれなければ、親の影に隠れて甘えた若造のままだったかもしれない。


「ふん、まあいいだろう。ただし生き残れたらの話だ、今はそのことを一番に考えるんだな」


「まじかよ! スゲエぜ、やっぱりアンタはBIG=ジョ」


 ギュントの声は最後まで聞こえなかった。突如、5台縦列に疾走るトレーラーの車体の上から猛烈な爆炎の門術ゲーティアが打ち込まれたからだ。

 

 ――後ろから(・・・・)だと!?


 ジョウは歯噛みした。フォワードに位置するジョウたちは、まさに真後ろから攻撃を受けたことになる。衝撃にスーパーヘビィ級の愛車テイクザットのテールが揺れ、タイヤが軋んだ。


 テイクザットには緊急展開用防護フィールド発生装置が装備されている。直撃でも受けないかぎりは攻撃を無効化できる代物だ。エネルギーをバカ食いするので霊光反応炉を積んでいても再使用に1ターンはチャージしなくてはならない代物だが、ともかくその装置によってジョウは無傷だった。


 ギュントは死んだ。


 ジョウに並走していたギュントは門術ゲーティアのせいで上半身が焼失し、腰から下だけがバイクのシートにまたがっていた。


 古風なスキッパースタイルに櫛付けられている髪が逆立つ。


 コンマ1秒、ジョウは自分自身に自己嫌悪の時間を許した。


 次の瞬間、ジョウはBIG=ジョウとして為すべきことをした。


 ――許せよ、兄弟……!


 失速を始めふらふらと揺れ始めたギュントのバイクに、BIG=ジョウは横合いから思い切り体当りした。


 そうするしかなかった。


 そのままスピードが落ちれば、背後から迫るトレーラーに正面衝突して転倒させる恐れがあったからだ。ギュントの下半身が乗ったままのバイクは激突コースを避け、視界の後方に流れていった。


 ひと呼吸未満の時間が経過しBIG=ジョウはうなじにピリッとした殺気を感じた。


 BIG=ジョウは迷わない。


 すぐさまバイクのシートに立ち上がり(・・・・・)、信じられない肉体操作術で宙返りした。その眼下を、ヴァーミンが放った門術ゲーティアが通り過ぎ、高熱が立ち昇る。が、そんなものは無視した。


 BIG=ジョウは、ヴァーミンがコンテナの上に陣取るトレーラーに飛び乗っていた。


 そこにいたのは子供ほどのサイズのハエ型ヴァーミンだった。つまり、先の襲撃の際にトレーラーの屋根に卵を植え付けていったものが孵化したということだ。


「ギイイッ!」


 虫型人間。門術ゲーティアで仲間を殺したバケモノ。ギュントの仇。


 小型のサブマシンガンを抜き、BIG=ジョウは7号パルス弾を迷いなく撃ち込んだ。


 ハエ型ヴァーミンは面白いように翻弄され、尖ったスプーンで繰り抜いたように虫食いだらけになった。


 BIG=ジョウは死体を蹴り飛ばしてルーフの上から叩き落とし、視線をに合わせた。


 5台縦列のトレーラーの上には、たった今殺したような小ヴァーミンが数体蠢いていた。


「このクソバエが……」


 BIG=ジョウはライダースーツのあちこちと、プラグドの手足から武器を取り出し、忌々しげに唾を吐き捨てた。


「逃げられると思うなッ!!」


 咆哮し、BIG=ジョウは獣のようにヴァーミンへ襲いかかった。


 BIG=ジョウ。


 ウーホース迷宮最速にして、暴走凶器と呼ばれた男――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ