06 跳ぶ男
小生の個人的なことはNGですよ。
――”ギガロアルケミスト”ゲオルギィに対するインタビューより抜粋
ヴァーミンのスナイパーを排除したジョウたちスキッパーは、再び陣形を組み直し移動を再開した。
危険な道行きになると分かっていても、実際に死傷者が出るとそのムードには若干の翳りが差す。
しかしどうあろうとワイルドハントはとまらない。トレーラーに満載された資源食料を必要としているビィたちの生死に関わってくる役目を果たさず臆病風に吹かれるようではスキッパーの名折れというものだ。
先は長い。
届けるべき小集落は、まだ影も形も見えない。
*
「生命、動体反応多数出現! ものすごい数だ!」
探知系門術使いが叫んだ。そして叫び終わる頃には、アクセルを轟然とふかすトレーラーの左右から、挟撃してくるヴァーミンどもの群れが現れた。待ち伏せだ。
「陣形を崩すな!」
誰かが叫んだ。
「中央を中心にトレーラーを守れ! 絶対に守り切るんだ!」
言われるまでもないとトレーラー側面の守りを固めるスキッパーは手に手に武器を抜き、ヴァーミンたちへ発砲した。
ヴァーミンの群れは、彼らもまた車両に乗っていて、強烈に禍々しいデザインのバギーやトライクをそれ以上におぞましいノミやカメムシの姿をしたヒトが操っている。ビィたちの歪んだ写し身のように銃火器で武装さえしていた。
エンジン音と銃声、風を切る音、そしてヴァーミンの奇声とビィたちの雄叫び。
カオスの中、ミッドランナーを務めるビィたちがひとりふたりと吹き飛んで、スキッパービークルごと爆発する。
「コ・ロ・セ!」「コ・ロ・セ!」
ヴァーミンたちの呪詛の咆哮に挟まれ、スキッパーたちは一瞬気押された。スパイクを何本も生やし、ルーフの上にビィの頭蓋骨をいくつも差し込んだ四輪車から、四本腕の虫人間が箱乗りで身を乗り出し、アサルトブラスターを乱射し始めて何も感じないほどの度胸は、スキッパーでさえ中々もてるものではない。
さらに一台二台とスキッパービークルが吹き飛び、左側のミッドランナーが少しずつ消耗していく。
「もぉぉぉぉなんでこんなことするのよ!」
その時、”クラウディ・クライ”バルバスがひっくり返った声で泣き叫んだ。バルバスはビィには珍しい雌雄反転タイプで、基本形は男性型だが人格は女性――という、いわゆるオカマである。
曇った叫びという二つ名の通り、感情が極まると泣きながら大声を出し、そして凶暴さをむき出しにする。
運転をパートナーに任せ、自分は四輪車で箱乗り。その上で両手のサブマシンガンで左右に横薙ぎして撃ちこむと、4台のヴァーミンビークルが火を噴いてふっとんだ。徹甲キノコ弾頭はビークルのような半端に頑丈な標的を突き破り、命中と同時にマッシュルームのように膨れてエンジンやトランスミッションなど内部構造をめちゃくちゃに弾き飛ばす。ヴァーミンのおぞましい肉体にあたった時は四肢が面白いようにバラバラになる。
「あーたたち、ぼーっとしてないで撃ちまくるのよ!」
バルバスの裏返った声にスキッパーたちは意地と矜持を取り戻し、自分たちが命知らずのワイルドハントであることを思い出した。
「ぶっ殺してやるァ!」「逃さねえぞ糞虫どもが!」
スキッパーたちが撃ち、あるいは門術を放ち、ヴァーミンは手足を吹き飛ばされ、禍々しいクルマが火を吹き、地面から門術で生えた障害物に乗り上げて転倒していった。
「いいわ、この調子よ! 一匹残らず倒しなさい!」
バルバスの鼓舞に後押しされ、スキッパーたちは一気に攻勢に出た。ミドルラインからはなれ、近接攻撃を加える。別の四輪ビークルは門術で灼熱の炎を浴びせかけ、最後にはヴァーミンのクルマに飛び乗って皆殺しにした。かと思えば装甲八輪車で正面衝突し、フロントをめちゃくちゃにしながら敵車を踏み潰すという荒っぽい戦法を打つ命知らずも現れた。
熱狂は伝染する。
スキッパーは自殺志願者ではない。しかし沸騰し逆流する男の血が、出ろ、走れ、殺せと吠え猛るのだ。
「射てぇーーーーーー!!」
エンジンの爆音と銃撃音が入り交じる狂乱の走りは、まだまだ尽きることを知らない。
*
右翼側から攻めてきたヴァーミンは、ただごとではなかった。
ビィ側のトレーラーすら凌ぐ大きさの巨大装輪装甲車の上に、黄変して腐りかけた蛆虫型ヴァーミンがいくつもへばりついている。そのウジの体内を突き破って、生白いハエ型ヴァーミンが這い出てきて空を飛び、装甲車と空中のハエとが同時に攻撃してくるというバケモノ中のバケモノだった。
装甲車にセットされている群衆鏖殺用チェーンガンが弾をばらまき、3秒の斉射で8人のスキッパーが原型を留めずにはじけ飛んだ。
さらに頭上からは最悪の悪寒を誘う羽音を立てて白いハエが襲いかかる。二輪車のライダーがまとわりつかれて転倒し、そこでも数人が死亡ないし再起不能になってはるか後方に置き去りにされた。ワイルドハント中はクルマを止めて助けに行くことはできない。停車すればヴァーミンに狙われて、生還率が一気に下がるからだ。
それは全員が覚悟済み。
ここは装甲車とハエを破壊する以外に道はない。
しかし装甲車に対しては並の銃では弾かれる。ハエを撃ち落とすことができても、迫り来る巨大な塊が突っ込んできたらスキッパーのビークルはおろか資材を満載したトレーラーを破壊されてしまうだろう。
「さて、ここで小生の出番ということですね」
ひとりのビィが、サバイバビリティ重視のおとなしめのチューンを施された四輪車の窓からぬるりと車外に出て、そのままルーフの上に立った。
直立である。
猛スピードが出ている。風に煽られてバランスを崩して当然のはず。だがそのビィは何事もないように冷たい笑いを浮かべていた。
癖のない長髪と白い肌は女のようで、細身に医者のような白衣をまとったその姿は荒くれ者の見本市のようなスキッパーには似つかわしくない。
「運転頼みましたよミドリカワ君」
車内でハンドルを握るミドリカワが薄い金属音で返事をした。ミドリカワなるビィは全身プラグド化された――いや、ヒト型自動人形だった。
白衣の男、”ギガロアルケミスト”ゲオルギィが完全に一から作り上げられた機械人間だ。
「ははっ、これは驚きの大きさだ」
ゲオルギィはヴァーミンの装甲車を賞賛するように両手を広げ薄ら笑いを浮かべた。
イカれている。
彼がイカれていることは多くのスキッパーにとっては周知の事実だ。さらに言えば、ゲオルギィはイカれている上にめったにいない特殊能力者であることも。
「さあ、行きましょうかねえ」
ゲオルギィは彼を頭からかじり殺そうとするハエ型ヴァーミンに手を伸ばした。比喩や誇張抜きで、物理的に腕が伸びていた。ビィの肉体ではありえない動作だがゲオルギィはプラグドさえ装着していない。生身の腕がそのまま伸びたのだ。
狂的な笑いを浮かべ、さらにゲオルギィは信じられない行動に出た。
ビークルのルーフから高くジャンプして別のビィの運転する車両へと飛び移り、さらに次へ。数回の跳躍を経て、ゲオルギィはヴァーミンの巨大装甲車へとへばりついた。
「さ、小生からのプレゼントだ。受け取りたまえ」
そう言うと、伸びる手に捕まえられたハエを装甲車の小さな窓にねじ込んだ――これも比喩でなく物理的にだ。どういう理由か、ハエの肉体はドロドロに溶けた吐瀉物のように変化していた。
装甲車の中から悲鳴が上がる。他のスキッパーたちからは何が起こったのかわからないだろう。ゲオルギィ自身、中を透視できるわけではない。
しかしゲオルギィは確信していた。とろけたハエが強烈な酸性に変化して運転していたヴァーミンにスライムのごとくまとわりつき、白い煙を上げて殺害したことを。
いかに装甲車が頑丈であろうとも、中のドライバーが死んで運転できるわけがない。ヴァーミンの巨大車両は不安定に揺れたあと、ものすごい音を立てて横転した。
ハエの肉体の組成を組み替え、酸のかたまりにした――その能力がゲオルギィを”ギガロアルケミスト”の二つ名で呼ばしめた理由だ。
「さあみなさん、あとは生き残りのハエを撃ち落とすだけですよ」
ゲオルギィは狂的な笑い声を上げ、ミドリカワの運転する四輪車へとジャンプして戻った。
その後に起こったことに説明は不要だろう。ハエは全滅し、襲撃は撃退された。
スキッパーたちの間から自然とゲオルギィを称える歓声が上がるのも当然のことだった。
*
犠牲者は出たが、スナイパーに続きまずは2勝。
本格的な戦いはこれからだ。