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迷宮惑星  作者: ミノ
第04章 ウーホースの章
35/120

05 フォワード

実力を隠すことに意味があるとは思えません。

ビィは助け合いですよ、その必要がある限り。


――”ギガロアルケミスト”ゲオルギィの言葉

 霊光反応炉レイ・ラーリアクターの生み出す爆発的な出力でタイヤが地を切り裂く。


 ジョウの乗るスーパーヘビィ級のバイク『テイクザット』は、普通のバイクに搭載できない反応炉を無理やり小型化し、さらに車体そのものを重厚長大にすることで実用化している。


 この時点で規格外のバイクだ。主機関樹から採取できる樹液を精錬したG型オイルを使った内燃機関の一般的バイクで追いつくのは難しい。


 ただし、ワイルドハントはただのレースではない。


 早く疾走るだけなら、無茶をすれば、の枕詞がつくが誰よりも速く疾走ることは可能だ。だがワイルドハントは襲い来るヴァーミンからコンテナトレーラーを死んでも護ることが第一であり、ただのスピード競争をしたがるのは小僧っ子の証だとされている。


 今のスキッパーたちの陣形はこうだ。


 中央、直線に並ぶ5台のトレーラーを挟んで、左右におよそ半々の50台ずつのスキッパーたちが並走している。そのうち何割かはトレーラーの前に出て先導する。路面の確認や、正面から出てくるヴァーミンを倒すのが目的で、彼らは位置取りからフォワードと呼ばれる。


 トレーラーの左右をがっちり守るのはミッドランナーで、側面からの攻撃を防ぐ。攻めるに易く、護るに難いポジションだ。一番死亡率の高い位置でもある。


 最後に殿しんがりを務めるのがディフェンダーの役目だ。バックを取ろうとするヴァーミンを近寄らせないために命をかけ、他のポジションが取り逃がした敵を倒すポジションとなる。


 ジョウは、いつも通りフォワードを選んだ。


 これは別に目立ってマリィにいいところを見せたいという青臭い話ではない。


 BIG=ジョウは最速と呼ばれた男。ならばフォワードの一番先に陣取って、食らいつくヴァーミンを最初にぶっ飛ばす。それが己の役目だ――信念がそう叫ぶ。


 BIG=ジョウはテイクザットの武装を再度確認するためにHUDパネルを呼び出し、場所と装弾数、弾頭の種類、操作法を見た。


 過去最大級の武装であり、過去最大級のヴァーミンが来ても対処できるだけのものは積み込んだ。カブの仕事は見事の一言だ。弟分にして信頼できるメカニック、そして真の友と呼べる男。


 ジョウはゴーグルの位置を直し、最初の難関である馬震ホースクエイクで地割れを起こした場所を睨みつけた。


 窪地が多く、深すぎて架橋しなければトレーラーが進めない。足止めを食らっている最中はヴァーミンが襲う格好のチャンスであり、スキッパー全員が一番肝を冷やす時間でもある。


 ジョウは左耳の念話増幅器を軽くタップして、エンジン音に負けない大声を出した。


「もうじきクレヴァスだ! 土木班、準備はいいだろうな!?」


「応!」「当たり前だ!」「BIG=ジョウ、あんたと仕事出来て光栄だぜ」


 様々なチャンネルから返答がきた。いい連中だ。声の張りにプロの矜持が感じられる。


 ヴァーミンはまだその姿を見せず、トレーラーの群れはクレヴァスの手前に停車した。


 馬震のあとはまるで要塞の空堀のようで、車両が飛び越せる幅でも深さでもない。大型八輪装甲車とその他工兵車両が前に出て、トレーラーが踏んでも壊れない橋をかけ始めた。スピード重視の架橋で、バランスも橋の素材もトレーラー5台とスキッパーのマシンが渡りきれるものではない。それは目に見えて明らかだったが、ビィには門術ゲーティアがある。


 大地の門を開いて数人がかりで橋を固定化、強靭化し、トレーラーが渡り切るまで耐える。そのあとスキッパーたちが渡り、再び陣形をくんで出発。そういう流れになる。


 危険な時間でもある。一時的に護衛のスキッパーたちがトレーラーを囲めなくなり、もし攻撃を受ければ対処が難しい。事実、馬震ホースクエイクの傷跡で大きな被害を出した年は珍しくない。


 スキッパーたちも愚かではない。ピンポイントの襲撃から護るためにトレーラーの貨物の上に数人の門術ゲーティア使いが乗り、警戒しつつ防御フィールドを展開させている。突然襲いかかられても数十秒は耐えられるという段取りだ。被害は軽減できるがゼロにはならない。それでもスキッパーは命をかける。


 ワイルドハントとは、スキッパーとは、そういうものなのだ。


     *


 フォワードの何台かは、トレーラーに先行する形ですでに橋をわたっている。いっときでもトレーラーを無防備にはさせられない。


 慎重に移動が行われた。特に何事が起こるわけでなく、ヴァーミンの存在を示す生命反応もなく、陣形が再び整い始めてきた。5台のトレーラーが所定の位置に並ぶまで、あと2台。


 緊張は解けていない。


 誰もが未だ気を許してはいなかった。


 スキッパーたちは己の持ち場でピリピリと神経を尖らせていた。


 この場所、この時、誰にも落ち度はなかった。


 しかし事は起きた。


「よし、そっちの3番車は右につけろ! そうだ、もう少し右に」


 トレーラーを誘導する役の男の大声が全く出し抜けに途絶えた。


 そして崩れ落ちた。


 男の頭部は粉々に砕けて下の歯と気道を丸出しにしていた。


 ぞ、とスキッパーたちの間に不吉の波が広がった。


「スナイパーーーー!!」


 誰かがそう叫んだ。


 門術ゲーティアで生命反応が感知できないはずだ。ヴァーミンは感知の範囲外にいたのだ。


 どの地点からの攻撃なのかすぐには解析できないが、これが長距離狙撃であることは疑いようがない。


「ヘイ兄弟! 頭下げてマシンの陰に隠れろ!」


 ジョウはBIG=ジョウらしく、唖然とするスキッパーたちに指示を出した。


 だが一瞬遅い。


 命知らずの若いスキッパーが、愛車の四輪に隠れる直前に太ももをぶち抜かれた。悲鳴と血がほとばしる。


 焦った別のスキッパーが助け出そうと身を乗り出しかけた。


「おい近寄るな! 助けようとしたらそこを狙われる!」


「でも、このままじゃアイツ出血多量で……」


「よぉ兄弟、基礎を思い出せ! 犠牲者を増やす気か?」


 言いながら、ジョウは若いスキッパーが撃たれたのと同じ場所を強く握りしめた。そこは全損・・扱いですでにプラグドだ。ジョウもまだ駆け出しの頃、とんでもない大怪我を負った。その時ジョウを救い出そうとしたのが師のジャックで、ヴァーミンの攻撃で脊椎をやられ、引退を余儀なくされた。


 ――俺も若い奴らの命を護る側になったか。


 小さな感傷を胸に、BIG=ジョウはBIG=ジョウらしくスキッパーの探知部隊に念話増幅器で通信を入れた。


     *


 呼吸音。


 乾いた粘膜をこする空気。


 能力により一時的の増幅させた肺活量のせいで、ウマガエルの頬のように背中にふたつのコブができる。


 その生き物は醜く――同属の中で比べても十分なほどに醜く――切り立った石柱群の上で寝そべり、同じく能力で増幅させた視力でビィたちの群れを視姦していた。


 ヴァーミンである。


 短い楕円形を描く丸々した胴。前肢、中肢の四本腕で保持している長い円筒はスナイパーライフルだ。


 鞭のようにしなる触覚がこめかみから弧を描き、地面に接するほどだ。


 そして後肢は野太く頑丈で、ひと目見て跳躍力の高さをうかがわせる。


 カマドウマ型ヴァーミン。狙撃手である。


 虫型人間ヴァーミンはヒトサイズの虫で、骨があり筋肉が内臓が皮膚がある内骨格生物である。ゆえに体表は昆虫のキチン質ではなく、しわびた粘土のような皮膚が覆っている。青黒く静脈の走った肉体は何かの冗談のようにおぞましく、絶対的な生理的嫌悪を呼び起こす。


 その化物、ヴァーミンがスナイパーライフルを構え、引き金を引き、ビィの若者の命を奪った。


 罪悪感という価値観は存在しない。


 ビィとヴァーミンは、双方が知的生命体であるという点では共通しているが、ヴァーミンにとってビィとは玩弄しあるいは食料にすべき存在であって、対等ではない。ビィもまた、捕食者であるヴァーミンのことを完全に拒絶している。


 よって一方がもう一方を殺すことに罪悪感は生じない。殺し(・・)ではなく狩り(・・)だからだ。


 狙撃手の視界の中で、哀れなビィどもがそれぞれのマシンの影に隠れている。


 頑丈なマシンたちであることは理解しているが、狙撃手にとってはちょっとしたゲームの障害にすぎない。


 強化視力の中で動体と生命、そして温度の区別が付くようになっている。隠れ場所は筒抜けだ。誰かが我慢しきれず顔を出した時に引き金を引く。そうすればひとりずつ血まみれの肉に変えることができるだろう。


 さあ、姿を現せ……。


「ここか、糞虫」


 狙撃手の心拍数は一気にピークに達した。


 全く想像もしていなかった、背後から声をかけられたからだ。


 それでも狙撃手はヴァーミンの殺意をもって振り返り、ライフルを構えた。


 酷い結果になった。


 背後にいたビィは、ライフルを蹴り飛ばした。カマドウマが引き金に掛けていた指がへし折れ、強化視力のせいで膨張した眼球にスコープがめり込み、破裂した。


「ナぜだ、どこから現れタ!?」


 狩人としての生き方が納得を許さず、狙撃手は問わずにいられなかった。


「知るか。死ね」


 そのビィは全く音を立てずに蒼天の門を開き、空気でできた鎌で狙撃手をバラバラにした。瞬時の出来事だった。


「終わったぜ、BIG=ジョウの旦那」


 念話増幅器でそのビィは眉ひとつ動かさずに連絡を入れた。


『オーケィ、さすが三代目だ。オヤジさんも鼻が高いだろうぜ』と通信機の向こうのジョウ。


 お世辞は要らんよ、とつぶやいてから通信を切り、そのビィ――”三代目鎌鼬”ブルースクリーンはライダースーツの裾に着いた返り血を落とした。


 ブルースクリーンは『鎌鼬』と呼ばれる特別な門術ゲーティアを使う。音の伝導をほぼゼロにしてバイクのエンジン音を消し、狙撃手の背後に回りこんで近づいたのだ。


 ブルースクリーンにはうってつけの仕事だったが、それを瞬時に割り振ったBIG=ジョウの判断力には敬意を払うべきだと感じた。


 ――誰でも思いつくことを最初に実行する。BIG=ジョウはそういう男だ。お前は才能の塊だが、奴から学ぶべきことは多いぞ。


 先代『鎌鼬』の言葉が蘇った。


 ブルースクリーンは唇の端だけで笑って、再びバイクに跨ってスキッパーたちに合流した。


 ゴールはまだまだ先にある。


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