04 スタート!
遅れると死ぬんですよ。
――”ギガロアルケミスト”ゲオルギィの言葉
時が来た。
馬鹿でかいトレーラーが数台連なって、傲慢なほどゆっくりとスキッパーたちの車両に割って入る。標準的なビィの身長より大きなタイヤに引っ掛けられでもしたら、その時点でスクラップだ。
鼓膜が破けそうなすさまじいクラクション。
そしてワイルドハント全体の様子を確認するHQの仮設小屋からのブザー。
それに答えるスキッパーたちの、猛烈なエンジン音。
三つ合わさって脳髄を揺さぶるこの音の奔流こそが、スターリオン蜂窩にワイルドハントの始まりを告げる風物詩だ。
「やっぱりこれがねえとな」
観客席から壮観な鋼の軍団を眺め、爆音に身を委ねる銃砲店の主にしてかつてのスキッパー、ジャックが渋みに満ちた声で言った。自分の声すら耳に届かないが、それがいいのだ。
師として、親代わりとして、そして元スキッパーとしてジョウに様々なことを教えてきたジャックにとって、”ウーホース迷宮最速の男”BIG=ジョウの活躍を見るのは何よりの楽しみである。本人にはそんなことを口に出していったことはない。言わなくても気づいているかもしれないが、それはどうでもいいことだ。
蜜酒の炭酸割りをあおり、自立浮遊中継カメラが送ってくる映像を観戦するのがこの時期の最高の楽しみで、工業区域も商業区域も静まり返り、誰もがモニタに釘付けになる。
トレーラーが所定のラインに並ぶと、その左右にスキッパーの車両がずらりと陣形を組む。
ワイルドハントは物資の輸送であると同時に恐るべきヴァーミンの集中的な襲撃を撃退することが目的であり、速く走れるだけのレーサー気取りはお呼びではない。
速く、強く、覚悟がないと無理だ。
居並ぶスキッパーたちの内、おそらく何割かは戻ってこれない。これも毎年のことだ。ヴァーミンの襲撃とはそういうものだし、最後の最後は命を捨ててでもトレーラーを護る意地をもっているのがスキッパーだから、全員生還はここ100エクセルターンで1度しかないという。ほとんど伝説化している話だ。
「さて、ヤロウはどこにいるかな?」
死神ジャックの邪悪なほど鋭い視線が、スキッパーのマシン群をかき分けた。
*
マルチHUDがスタートまでのカウントダウンを表示する。あと180。
ジョウはその表示を眺めつつ、100台を超えるスキッパーたちのマシンが奏でるエンジン音を突き抜けてなお首筋をピリピリとさせるジャックの視線を感じていた。
――あのジジイ、現役引退するの早すぎたんじゃないのか?
軽く背後を振り返っても、ジョウの視力では場所を特定するのも一苦労だ。あと120。
『あの……兄貴』
こんな時にカブからの念話だ。ジョウは舌打ちとともに左耳の念話増幅器に指を当てた。
「どうしたカブ、今さらトラブルじゃねえだろうな?」
『それが、その……』
カブはそれきり口をつぐんだ。あと60。
「何だ、オイ? カブ? カブ!?」
『ジョウ』
その声はカブのものではなかった。あと30。
あと20。15。
『……がんばってね』
10。
9。
8。
7。
「……ああ。見ててくれよベイビー」
BIG=ジョウは懐から櫛を取り出し、スキッパースタイルの髪のわずかな乱れを整えた。
3。
2。
1。
巨大なクラクションと爆発的なエンジン音の塊がすべてを包み込んだ。
ワイルドハント、ここにスタート!