03 ハイウェイ・ヒュプノシス
火と光、そして仲間を絶やすな。
眠りは迷宮生物より手強いぞ。
――”100年の旅人”ペザントの警句
3ターンと18時間が過ぎた。
ビィは霊線を霊光で操作して疲労や関節の痛みを減らすことで、1ターン以上ぶっ続けで歩くこともできる。空腹も抑えられる。探索者にピッタリの体だといえる。
それでも限度がある。
20体以上の屍牛蟲――内蔵を食われた小サイズの偶蹄蟲に、循環型寄生機械が取り憑いた屍生種――に囲まれて死ぬほどしつこい追跡を受けた。霊光で身体強化をし、できるまで走り、三人は逃げた。しつこく追ってくるデッドカウを完全に振りきった頃には、もう杖にしがみつかないと立って歩けないほどだった。
「……ほら、やるよ」
圧縮水筒を食いちぎられたフラーに、ジョン=Cがぶっきらぼうに自分の水を分けた。つまらないことで対立していたふたりだが、生き残りたいという気持ちは同じだ。
「ありがと」
フラーも素直に受け取り、水を飲み干した。走っている最中にデッドカウに噛み付かれ、装備の一部を皮膚ごとむしられていたのだ。心身ともに相当弱っている。
「ニューロ、お前は大丈夫か?」
「うん……僕は平気だけど」
同じく疲労しているはずのニューロは生返事をして、門術を使ってソナー映像を手元に開いた。
「何を見てるんだ?」
「目的地まではもうすぐそばまできてるんだけどさ、誰も居ないと思っていたのに――何か動いてる」
「動くもの? そりゃあ、お前」
迷宮生物だろう、だろうという言葉をジョン=Cは飲み込んだ。この迷宮の中で動くものといえば迷宮生物――そして”ヴァーミン”だ。
「つまり、良くない何かと出くわす可能性があるわけね」
「とにかく今は休もうぜ。こう体がガタガタじゃ、いざって時に役に立たない」
ジョン=Cの言うとおりだった。彼らは迷宮の壁の落ち窪んだ場所にうずくまり思い思いの格好で眠った。
数時間。
中にハニーバーを溶かした甘い黒根コーヒーを飲んで落ち着くと、三人のビィは気力を取り戻して目的地の前線基地跡地に向かって進みだした。
*
古代の鍵盤楽器のように、白黒二色に塗り分けられたフロアに入った。
比較的道幅は狭く、三人並んで歩くのにちょうどいい。延々と大広間だけがつながったような巨大フロアよりはどちらに進めばいいのかわかりやすい。
ただ、そのぶん道が入り組んでいるということでもある。
物陰からいきなり迷宮生物が飛び出してくるかもしれない。気を抜けない時間が続いた。
「しかしこの白黒、いつ終わるんだ」
「終わるまでじゃない?」
緊張感と、連続する同じ幅の白黒に三人は眠気に誘われた。この模様にはある種の催眠効果がある。注意力低下をフロア自体が望んでいるかのようだった。
たびたび小休止をはさみ、門術での警戒を繰り返しながらフラーたちは奥へ奥へと進んだ。
目的地には着々と進んでいる。
そこに何が待ち叶えているのか、まだわからない。