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迷宮惑星  作者: ミノ
第03章 シープの章
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07 連理へ

連理は二本の主機関樹セントラルツリーが絡まり合って育った巨大なものだという。

でもそんなの誰が見たんだ?

ここにあるのは一億人分のデコレーションケーキだけだ。


――かつてシープ大迷宮を訪れたタイグロイド大迷宮の探索者の言葉

 

 子羊の夢に操られて発掘作業に従事していたシグムント蜂窩ハイヴの住人はようやく我に返り、自分たちがその間何をしていたかをそこで初めて知った。


 セーブルに状況の説明もそこそこに、彼らとウル、ベルは次の工程に移った。


 すなわち、『船』と『大砲』の接合作業である。


     *


「これで一体何をするつもりなの?」


 ウルたちのホームタウン、アドラー蜂窩ハイヴからシグムントに訪れたキャラコは素直に疑問を口にした。


 セーブルは大きな船と大砲を交互に指差した。


「対甘波かんぱ処理を施された発掘船でクリームの海を進む。航路を切り開くためにこの大砲を撃つ」


「つまりこちらから打って出ると?」


 そういうことだね、とセーブルはうなずいた。


 キャラコはその話を聞いて腕組みをし、口を横一文字に引き結んだ。いかにも乗り気ではないという雰囲気を漂わせている。


「セーブルさん」


「はい」


「この船と大砲、早い話が眠れる子羊がその夢で作った(・・・)ものでしょう?」


「そういうことになるね」


「信用できるのですか? 世界羊と同じく、甘波のような災いをもたらす可能性を捨て切れませんよ、私は」


「それなんだけどね」


「何か?」


「テレパスを使って私はある程度子羊に同調できる。それでどうもあそこにへばりついている羊も船に乗せてくれと――そう主張しているようなんだ」


「それは……いったいどういうことですか」


「つまりこういうことだ」


 と、そこまで言いかけたところでふたりの会話にベルが急に割って入った。


「つまりこういうことよ、キャラコ。あの子羊、どういう理由かよくわからないけど世界羊オウィス・ムンディスの甘ったるい夢を覚まそうとしているの」


「夢を覚ます? 世界羊同士が?」


 どうもよくわからない理屈ねとキャラコはますます身構えた。


「言うまでもないことだが迷宮全体を菓子化しようとしているのは連理にくっついている世界羊の夢だ。なぜそんなことをするのかといえばそれが彼らの生態だからだ――ずっとそう言われ続けてきた。そしてそれはそこにいる眠れる子羊も同じこと」


「子羊も甘波を広げようとしていると?」


「いや、そうじゃない。むしろ逆だ。子羊は、生まれた時から甘波によって自分の縄張りを持てずにいる。圧倒的に世界羊の甘波の規模が大きすぎるからね。縄張り争いにすらならない。言い換えれば、それは私たちビィの状況とも同じ。目的が一緒ならば」


「協力できる、ということかしら」


「いかにも。子羊にとってはおちおち夢も見ていられないわけだからね。だから子羊はシグムントの主機関樹に寄生し、現実を夢で改変させてまでこの船と大砲を創りだした」


「信用できる話?」


「少なくとも船と大砲という実物が発見されている。断言してもいいがこれはビィではなく世界羊に向けられたものだ」


 キャラコは深々とため息をついた。


「……そこでこの子たちの出番ということね」


 キャラコはウルとベルに視線をやった。そこには好奇心をむき出しにしてやる気満々の少女と、その後ろで控えめながらすでに決心を固めている少年の姿があった。


 キャラコのため息は、今までで一番長く、肺の中の空気が全部なくなるまで続いた。


     *


 その日の夕刻、大砲の試射が行われることとなった。


「物理的な弾頭もないし、いったい何を撃つ大砲なんだろう、これ」


「電源もないんでしょ? 形はそれっぽいけど、本当は大砲じゃないんじゃない?」


 ウルとベルは、船の甲板の中ほどに備え付けられた発掘物を見て首を傾げた。ウルの身長よりも高い砲塔に、太く短めの砲身。光沢のないカーボン=クロスキン製の頑丈な金属の塊は、見た目は大砲としか思えない。それに発掘船の砲台にピッタリとくっついて、デザインとしては初めから双方セットで使うことが前提になっているようだった。


門術ゲーティア走査スキャンでも内部構造はよくわからないが、大砲であることは確かなようだ」


 怪しげなモノを見るような目をしているウルとベルに、セーブルが声をかけた。今は服装を地味で実用的なものに着替えていて、派手で胡散臭い感じが消えている。服装だけで威厳が全く違うというのも面白い。


「物によっては甘波に対する決定的なカウンターになるかもしれない」


「本当にぃ? 爆発したりしないでしょうね?」とベル。


「だから試射をするのさ」


     *


 時間が来た。


 急ごしらえの爆風よけと、複数の蜂窩ハイヴから寄せ集められた腕利きの門術ゲーティア使いによる嵐のとばりによって見物人には被害が及ばない、ということになっている。実際に何が起こるかは誰にもわからない。


 スイッチが押されて発射されたのは光線で、しかし熱もなく、かすめた迷宮の壁を壊す様子もなかった。


 何が起きたのか確認されるまでほぼ半日を要した。


 光線は甘波のみを打ち消す効果があった。


     *


「これはいうなれば『突入艇』だね」


 テーブルの上に広げられた発掘船の三面図が空間に三次元ワイヤーフレームとして浮かび上がる。ウル、ベル、そしてキャラコを含めた関係者はそれを眺めつつ、セーブルの説明を待った。


「この大砲、やはり眠れる子羊の夢によって物質変換されて実体化したものらしい。大砲のエネルギー源や構造がよくわからないのもそのせいだ。ついでにこの船も」


 セーブルが三面図の端を指でなぞると、甘波によって積もったクリームを弾き飛ばす発掘船の船体がクローズアップされた。


「甘波とその生成物を全て弾く仕組みになっているようだ。この船に乗っていれば、クリームの海原に漕ぎだすことも可能ってわけさ」


「それはいいのだけれど……」


 キャラコが落ち着きなく髪を書き上げた。


「甘波の中に乗り出してどうしようというの? まさか船に乗ってそのまま連理れんりまで行くつもり? 世界羊を退治するために」


「そんなに意外かい?」とセーブル。


「簡単に言わないで。あなただってそれがどれほど困難を極めるか、わからないわけじゃないでしょう」


「私はチャンスは全て掴みに行くタイプなんだ、キャラコ。そしてこれは絶対に掴まないといけないチャンスだ」


「強気ね。あなたが浮かれているだけではないという根拠は」


 あの子羊、とセーブルは主機関樹に貼り付いた綿の塊のような小世界羊を指し示した。


「夢で現実を侵食する世界羊に、別の夢(・・・)で対抗するなんてことは誰も思いつかなかった。この数百エクセルターンというもの、我々は夢に物理的な方法で対抗しようとしてきた。だから失敗した。多くのハイヴが甘波に沈んだ。夢には夢を。これが正解だ」


 器用に片目をつぶり、セーブルはウルとベルを見た。何かの合図をするような仕草だが、ウルもベルも事前に何かを聞かされているわけではない。だが、何となくふたりとも理解した。セーブルは、自分たちを誘っているのだ。誰も体験したことのない、クリームの海を渡る航海に。


「子羊の方は甘いモノが好きではないらしい。私自身、何度か彼とテレパスで思考を並列化させたからわかるんだ。子羊は自分のテリトリーを広げたいという意志がある。それは生物としての本能だ。だが厄介なことに、子羊の夢は世界羊の夢をつぶさないかぎり広がらない。その意味で、子羊は私たちの協力関係にあるってわけさ」


「子羊の夢の力を借りる……ということかしら」


「あるいは私たちの力を彼が欲しがっている」


「アナタの言うことが正しいとしても、他の蜂窩ハイヴを納得させるだけの材料がなければ、手は貸せないわよ」


「その証のために私自身が乗船する」


「あなたが?」


「そう。私のテレパスは、自分で言うのも何だが近隣のハイヴ全員の中で一番鋭い。子羊と同調して、なんとなれば服従させてでも船を進めることはできる。もっとも、彼はそこまで頑固な精神はしていないように感じるがね」


 そうね、とキャラコは眉間にしわを寄せた。悩みながら、しかし彼女はもうセーブルの話に乗ることを決めていた。だが問題は、船の乗組員のことだ。


「ウル、ベル」


「はい」「なあにいきなり」


「率直に聞くわ。帰って来られる自信はある?」


 いきなりの質問に、ベルは目を瞬かせてウルの横顔を見た。


「帰ってこられるかどうかはわかりません」


「あら、意外な回答。そんなだったら行かせるわけには」


「でも、ベルだけは絶対に護ります。絶対に」


 ウルは真顔でそう言って、隣りにいるベルを見た。あまりにも率直な物言いにベルはきょとんとした後、大慌てになって誰の目にも明らかなくらい赤い顔になった。


「わ、わ、わたしだって何があってもウルは護るもん!」


「ははは、初々しい」とセーブル。


「まったく、笑い事じゃないわよ」


 キャラコは肩をすくめた。このふたりがそう言うなら、もう何があっても発掘船に乗り込むことになるだろう。ウルは一度決めたら必ず実行する。ベルは、何を言ってもウルにくっついて行くに決まっている。


「わかった、わかったわ。アナタたちも探索者だものね。謎を解明したいという気持ちはわかる。とにかく生きて帰ってらっしゃい。セーブル、アナタにこの子たちを任せるわ」


「了解だ、キャラコ。最善を尽くそう」


 セーブルがそう言って、そういうことになった。


 発掘船にはセーブルをリーダーとした、最少にして最大限の能力を発揮できるメンバーが乗り込むことになった。そして船内には動力源のように眠れる子羊――子羊と言っても十分大きいのだが――を積み込み、夢見るままに眠らせておく。


 目指すは超巨大主機関樹、二本の大樹が絡まり合う連理。


 そしてそこに寄生して聖蜜アムブロシアをかすめ取っている世界羊の夢を覚ますことだ。


     *


 光導板が火を落とし、一夜ののちに再び照りだし、朝になって発掘船は出航した。


 海も川も湖も存在しないシープ迷宮である。数百エクセルターンの時間の中で、彼らこそが初めて『船』に乗り込んだビィなのかもしれない。


 そしてもう一体の乗組員、眠れる子羊もまた同じく……。


 乗組員となった探索者たちはしばらく口も聞かず、後にした蜂窩ハイヴに思いを馳せ、同時にこれから越えなければならない甘波のことを思った。


 ウルも、ベルも、同じことを思った。



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