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迷宮惑星  作者: ミノ
第03章 シープの章
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04 菓子状態

迷宮には多くの謎が隠されている。

多くの探索者はそれを暴こうとするが、なぜかその謎は命にかかわるものが多い。


――シープ迷宮、アドラー蜂窩ハイヴの探索者ゴアテスの言葉

 第二の犠牲者が見つかった。


 今にも動き出しそうな姿勢のまま、最初に見つけた被害者と同じく精巧な型にはめて作ったようなチョコレートの像。甘波かんぱに飲み込まれたビィは時として肉も骨も何もかもがお菓子に作り変えられてしまうことがあるといわれるが、この状況はそれが事実だと教えていた。


『……わかったわ。完全に菓子化しているならどうしようもないわね』


 通信機越しのキャラコの声は、沈みかけたところを無理やり引き上げて平静を保っているという響きだった。


「ねえキャラコ、こんなのどうすればいいの?」


 ベルが通信機に語りかけた。ことの重大さに恐怖を感じたのか、ウルの体にぎゅっとしがみついている。


『ゴアテスの……ゴアテスのパーティ全員の安否が確認できたら一度戻ってらっしゃい。こうなった以上、あなたたちと……そこにいるセーブルが同じような目に合うことだけは避けないといけない。いいわね? ウル、ベル』


 キャラコはシグムント蜂窩ハイヴの指導者であるセーブルにも生還を第一にと念押しし、通信を切った。


「やれやれ、これはなんとも深刻だな」


 セーブルはほつれた髪をかきあげて、口元を苦くさせた。


「ゴアテスたちはベテランで……まさかこんなことになるなんて」とウル。


「整理しておこう。彼らは見ての通りチョコレートに変えられているわけだが、彼ら探索者のパーティは甘波が届いていない(・・・・・・・・・)場所を目指して資源を手に入れようとしていた。つまり地理的には本来甘波に襲われるはずのない場所で菓子状態になっている」


 ウルとベルはそれを聞いて同時にうなずいた。


「甘波に飲み込まれてもいないのに菓子化し、かといって被害者の周囲にそれが及んでいる形跡がない。これは何か未知の現象と考えるべきだ」


 セーブルは深刻な表情で言った。


 ウルは不安げに寄り添っているベルの手を強く握ってから、腰に下げているマルチブレードの重さを意識した。


 抜かずに済めばいいのだが。


     *


 三人目の犠牲者も同じように菓子化していた。


 目を見開き、恐怖の形相のまま横倒しとなり、その衝撃で腰のところから真っ二つに割れてしまっている。もし菓子状態から戻す方法があったとしても命は助かるまい。


 そして四人目はゴアテス本人だった。


 彼はまだ意識があった。


     *


「なんてこった……お前たちが助けに来たのか」


 ゴアテスはチョコレートではなく、薄ピンクのキャンディーに全身を覆われ始めていた。いや、表面だけではなく体中が肉体も服も一緒にキャンディーに変換・・されつつあった。


「すまんな、だが俺はもうダメだ。動こうとするとアメにヒビが入っちまう」


「そんな! 門術ゲーティアで何とかならないの!?」とベル。


「……無理を、いうなよ」

 

 ゴアテスの髭面が苦く歪んだ。


「パーティ全員がこのザマだ。ウル、ベル、ぎりぎりお前らに話ができただけで十分だ……」


 指先が完全に菓子状態になり、力を失ったゴアテスの右手から念話増幅式の通信機がゴトリと床に落ちた。いや、もはや通信機ではない。糖の塊になっている。これでは通信などできるはずがない。


「ここでいったいなにが起こったの……? こんなところにまで甘波が」


「来るはずはない。お前ならわかるだろう、ウル」


「……うん。でも、なんでみんな菓子状態になって……」


「暗がりに気をつけろ、ウル。ヤツはどこにでも隠れることが……」


 ゴアテスが言い終わる前に、金網の切れ端を投げ捨てたような音がカシャリと響いた。


 どこからとも無く現れたのは、四本の長い足の生えたタマゴ型の胴体。大きな鼻とそれ以上に大きな紫色の舌ベロが垂れ下がった異形の迷宮生物だった。


 眼球は退化し、嗅覚頼りに甘味を貪る奇怪な生き物。


 飴喰らい(キャンディイーター)だ。


     *


  数は三匹。


 クリームの中で自由に動ける金属質の脚を持ち、甘波に埋もれる飴を好んで貪り食う迷宮生物だが、飴以外にも何で食う。時にビィを狙うのは塩気・・が足りなくなってきたからだという。真相はよくわかっていない。


 その問題はひとまずどうでもいい。


 現れた飴喰らいはウルたちに向かって――それとも体が菓子状態になりつつあるゴアテスをよほどうまそうに思ってか、ノミのように飛び跳ねて襲いかかってきた。


     *


 怒りにかられたウルはマルチブレードを抜き、霊光記憶液体合金が刃を形成するのとほとんど同時に一匹を斜めに斬り伏せた。


 黄色ががった泡立つ体液が飛び散る中、返す刀でもう一匹に斬撃を見舞う。しかし角度が甘く、脚を一本切り飛ばすに留まった。


「ベル! そっちをお願い!」


 思いもよらぬ迷宮生物の攻撃に動揺していたベルだったが、ウルの声ではっと我に返った。門術ゲーティアを使い、太陽の門を開いてマイナープロミネンスと呼ばれる技を解き放った。アーチ状に舞い上がる炎のかたまりを浴び、飴喰らいは瞬間的に消し炭となって崩れ落ちた。


 三匹目にはセーブルが担当したが、自律式全自動サブマシンガンをマガジンひとつ分撃っても命中していない。銃の故障か、あるいはセーブルの射撃の腕が全自動の補正を受けても当てられないほどなのか、今は確かめている隙がない。


「セーブルさん、ぼくがやります!」


 マガジン交換をやりかけたセーブルを抑え、ウルが『瞬息』で飴喰らいの背後に回った。一呼吸の内に短距離を超高速ジャンプをするというほとんど瞬間移動に近いスキルである。


「はっ!」


 排気とともにマルチブレードを真っ向から振り下ろし、嘘のようにきれいな切り口で両断した。


     *


「流石だな、双子の坊ちゃんたちは」


 じわじわと菓子化していくゴアテスは震える声で言った。無理に作った笑顔が痛々しい。菓子化が腰から上にまで侵食し、内臓が飴になってしまっているはずだ。


「ねえ、答えて! なんでこんなことになっちゃったの!?」


 ベルが大声で問い詰めた。アドラー蜂窩ハイヴ出身の探索者としてゴアテスの名声は高い。長年続けてきた迷宮探索がこんな形で終わるなど、ベルを始めアドラー蜂窩の誰も思いもよらぬ出来事だった。おそらくは彼本人も。


「わからない。あれはいったい……白い……人影に見えた」


「人影? じゃあ、ただの迷宮生物じゃないってこと?」とウル。


「わからん。すまんなウルの坊や。とにかくだ、白い……うう」


 ゴアテスはまだ生身の上半身を苦しげにひねった。内臓が飴になり、横隔膜から肺にかけて進行しているらしい。もう呼吸さえ限界のようだった。


「白いヒト型の何かだ。生き物かどうかもわからん。ヴァーミンかもしれんが、奴らは人の姿をしていないはずだ……」


 声がか細くなり、咳き込むと飴になったカケラが血に混じって胸元を汚した。


「……わかっていることはひとつ」


「そのヒト型は、ビィを菓子状態にすることができると?」とセーブルが横から質問した。


 ゴアテスはあんたは何者だとは尋ねなかった。聞き出すだけの時間はもう残されていない。


「そうだ……おそらくあれは羊の悪夢……甘波が無くても、現れるバケモノだ……気をつけろ、奴らに捕まると菓子化しちまう……俺たちみたいに、な……」


 呼吸が止まった。心臓と脳にまで菓子状態が進行したせいだ。


 ゴアテスは死に、後には精巧な飴細工の像だけが残された。


     *


「ダメだな、通信機のログも拾えない」


 セーブルはううむと唸りながら、通信機を操作しようとして早々に諦めた。携帯テントやライト、その他持ち物まで全て菓子状態では調べようがない。


「ねえウル、さっきの白いヒト型ってどういうことなの? 奴らはどこにでも現れるって……」とベル。


「わからない。でもとにかく警戒しよう。不意打ちを喰らわなければ対処の仕方はあるはずだよ、きっと」


 不安げなベルをこれ以上混乱させないよう、ウルはなるべく現実的な対処法を述べた。はぐれない、防御用の門術ゲーティアは常に要しておく、死角ができないよう三人で常に全方位を見張れるようにする……。


 ベルはそれを聞いてもまだ落ち着かない様子だったが、ウルに軽くハグされると緊張がほどけ、ウルの言葉にうなずいた。


「ここからならシグムント蜂窩ハイヴが近い。一度そちらに寄って、それから各蜂窩(ハイヴ)に連絡を取ろう」


 セーブルの提案にウルとベルはうなずき、名残惜しくゴアテスたちの菓子化したなきがらを置き去りにした。チョコレートもキャンディも脆い。運んで持ち歩く間に折れて崩れてしまうことも考えられるし、そもそも徒歩で四人分を運ぶのは無理がある。回収に向かう機会はあるはずだと信じ、いまは放置することしかできなかった。


     *


 ベルはどうしても不安が拭えなかった。


 ウルは理論的に物事を捉える。


 ベルは感覚的に本質を見抜く。 


 勘や思い込みかもしれない。しかしシグムント蜂窩までの道のりでなにか良くないことが起こると、ほとんど確信に近い思いを抱いていた。


 それが何なのか、具体的なことはわからないが……。


 ベルはじっと先頭に立つウルの背中を見守り続けた。己の不安は我慢出来ても、ウルに何かあったらと思うと途端に落ち着かなくなる。弟であり、自分の半身であり、この世で一番大切なビィ。


 わずかなひと時、ベルはセーブルの存在を忘れ、ウルの後ろ姿だけを見た。


 ――少しずつ、男の背中になってる。


 少年と青年の間にあるウル。愛おしくて思わず後ろから抱きつきたくなる。セーブルの目がなければ、それ以上のこともしてしまうかもしれない。そう思い、ベルは自重した。


 ――わたしがウルを守らなくちゃ。


 ウルは、のちにはアドラー蜂窩の中心人物になる存在だ。ベルは何の疑いもなくそう思っている。いざとなったら自分が体を張ってでもウルを守らなくてはならない。


 でも、ウルは本当の危機に瀕すればベルのことを守ろうとするだろう。ベルはそのことを、うぬぼれでも何でも無く信じている。お互いの共感能力でわかってしまうのだ。


 ――もっとしっかりしなくちゃ。


 ベルは胸の中の不安を息とともに吐き出した。自分を守るのがウルなら、ベルを守るのが自分の役目だ。


 このさきも一緒にいられるためには、お互いがお互いを守り合い、何よりも強くなければいけない。


 ベルの顔立ちが引き締まり、大切なヒトを守りぬく勇気を心身に張り巡らせた。


 ――ウルのためなら、どんなことでもする。


 何の疑いもなくそう思っていた。

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