08 ペイバック
プラグド化された手足は、ビィの体内に流れる霊光によって稼働する。
電源は必要とせず、付け替える前とほとんど変わらずに動かせる。
だから若い連中はオモチャ感覚でプラグド化する奴も多い。
でも逆は不可能だってことを忘れないでほしい。
技術はすべてを可能にはしないということを。
――”からくりの君”ブラヴァの言葉
ミ=ヴ迷宮、ヴァーミンの支配する都市・コイリング。
城塞風に改造された都市の入り口に、強制収容所を取り囲む高い壁。
入り口には銃火器で完全武装の兵隊アリ型ヴァーミンが左右に二匹づつ。砦の上にはコヒーレント霊光投射式セントリーガン。巨大シャッターが降りて出入りが完全に封鎖されているのは、おそらく逃亡者のビィ二名の存在と、それを追った20名余の兵隊アリが戻ってこないことが原因だろう。
事実、20を超える兵隊アリは燃えカスになって迷宮の谷間に掃き捨てられてしまった。その情報がコイリングの支配者たちにどれほど伝わっているのか不明だが、防備を固めるのは至極まっとうな対策といえる。
それが許せない。
「よお糞虫ども」
ゲインはラトルの必死の制止を全く一顧だにせず、完全武装の兵隊アリの前に堂々と姿を現した。
アリたちは愚かなけだものではない。何も言わずガシャガシャと武器を構え、砦の上のセントリーガンも突然の侵入者へと照準を合わせた。
「お役目ご苦労、逃げるなら逃げてもいいぞ」
ゲインの挑発に、しかしヴァーミンたちは応じない。そのまま引き金が引かれ、コヒーレント霊光が焦点を焼きつくす。
一瞬にしてゲインの身体は粉微塵に吹き飛んだ。
吹き飛んだはずの状況だった。
「ほお、逃げないか。ヴァーミンの分際で殊勝だな」
ゲインの立っていたはずの場所にはプラスキン=カーボン複合材の柱がボロボロに崩れていて、本人はそことは全く違う場所で平然としていた。身代わりの術だ。『大地の門』で迷宮の壁や床を構成している複合材を操作して柱を作り出し、自身は離れた場所に隠れて『月光の門』による幻影クロークをまとい、姿を見えなくする。
ヴァーミンたちはあっけにとられながら、訓練の賜物とでも言うのだろうか、素早く武器を構えなおして今度こそ本当にゲインが立つ位置へと引き金を引いた。
だがその直前にゲインは空高く飛び、腕のない身体をひねって宙返りをした。その一瞬に追随できなかった兵隊アリの利き腕がかまいたちにかきむしられ、合わせて14本の指がポロポロと切り落とされた。
さらに一呼吸の後、セントリーガンの銃座が爆発炎上した。
いずれもゲインの門術だ。
事ここに至って兵隊アリたちは自分が相手をしているのが規格外のバケモノだと知り、なおも訓練に基づいた判断で仲間を呼びにひとり動き、残りの三人は防御位置に引きながらゲインに武器を向けた。
「い~い動きだなオイ」
ゲインは半ば本当に感心してくっと口の端を持ち上げた。
感心はした。
容赦はしない。
身を反らし、息を思い切り吸い込むと、すさまじい熱線を口から吐き出した。
あまりの熱にヴァーミンの内二匹はその瞬間に上半身が蒸発し、そこから斜めになぐように放たれた熱線によって門そのものが切り裂かれ、その熱で大爆発が起こり、残りの二匹もそれに巻き込まれて死んだ。
コイリングの入り口を守る全員がこの一撃で死んだ。
轟々と火柱が立つ。火の粉が舞い踊り、立ち込める黒煙が、これから都市の中で起こる出来事を表しているかのようだった。
「行くぞラトル。やけどに気をつけろ」
あごをしゃくりながらそう言って、ゲインは破壊された正面門の瓦礫を乗り越えて門の中へと入った。
――怖い。
ラトルは制御の外れたリアクアーのようなゲインの、何者も寄せ付けないマント姿に恐怖を抱いた。
――でも。
ゲインのことを怖く感じる自分よりも、破壊重機のように振る舞うゲインへ惹かれていく自分の心のほうが強かった。
圧倒的な破壊。
圧倒的な破壊でなければ取り戻せないものがあるならば、ゲインはそれを為す男だ。
ラトルは輻射熱でヒリヒリと痛む顔の傷を手で押さえ、ゲインの後ろに続いた。あの背中。彼の背中から目を離さないようにして。
*
正面入口が突然破壊され、コイリング市中は不穏な空気が流れた。しかしヴァーミンたちの対応は必ずしも素早くはなかった。
「そりゃあそうだろうなァ、毒虫どもはここで300エクセルターンもビィを飼いならして暮らしてきたんだろ?」
まるでホームタウンを行くように、ゲインは大通りのど真ん中を肩で風を切って進みつつ言った。
「うん。あたしたちの村があるのを知ってても、わざわざ攻めに来ないくらいことなかれだもん」とラトル。
「くそったれな『ビィ牧場』のせいでメシにも困らんしな……おっと」
何かに気づいてゲインはマントを広げ、ラトルをかばうように前に出た。脇道を抜けてきた兵隊アリが慌ててふたりを足止めしようと走ってくる。強制労働中にさんざん見てきた、脱走防止役の兵隊アリだ。
「あいつら……!」
ラトルは腰に下げたナインボール・ブラスターを抜いた。ヴァーミンたちに憎悪を抱いているのは何もゲインひとりだけではない。閂の紋こそ刻まれはしなかったものの、ラトルも強制収容所にぶち込まれていのだ。『赤ん坊喰らい』の害虫など、見つけ次第その顔面に粉々にするべきだ。
「ゲイン、どいて! あいつらあたしが撃つ」
「だめだ」
「どうして!」
「お前は向こうのを頼む」
あごで示した方向に、物陰に隠れながらニードルガンを構える兵隊アリが一匹。ふた手に分かれてゲインたちを狙っているようだった。
「小賢しいってやつ?」
ラトルの問に答える代わり、ゲインはマントの裾を翻すと大跳躍して片方のアリに近づいた。
ラトルははっとして、自分の受け持ちの兵隊アリに9号パルスボルトを叩き込んだ。初弾は外れ、次弾で頭が半分、三発四発が立て続けにヒットしておぞましいヴァーミンの肉体は木っ端微塵に爆散した。
「ゲイン!」
自分の標的を始末し、ゲインの無事を心配したラトルが叫んだ。だがそれは無用というものだ。
自ら両腕を切り落とした怒れる男は、門術による束縛と猛烈なキックを交えて兵隊アリの大あごを折り、触覚をちぎり、全ての感覚器を踏みつぶした後にまるまる膨れた腹部を存分に痛めつけた。あえて即死はさせない。この兵隊アリがこれまで何をして、自分にどう関わってきたのか知ったことではない。看守として暴力を振るわれたかどうか、そんなことまで覚えてはいない。
だがなんであれ、このコイリングに住むヴァーミンであれば、最後の一匹に至るまで惨たらしい屍体をさらすべきだ。
ゲインはそう考え、実行した。
頭、胴、腹の肉団子に分割された兵隊アリの頭にかかとを落とし、ゲインの暴虐はようやく一段落ついた。
「お前はここまでしなくていい、ラトル。これはそもそも俺ひとりの戦いだ」
「うん……」
「怖いか」
「演技で切り抜けられるような状況じゃないし、その……」
「無理してついてこないでいいんだぞ」
「やだよ、そんなの。あたしがいないとダメでしょ」
「おいおい、なんだそりゃ」
「いいから!」
からかうゲインに対し、ラトルは飛びつくようにしてマントの襟首を掴んで顔を下げさせた。
「ほら、動かないで」
鼻先から頬に飛び散った返り血を、ラトルが拭った。ゲインはそんなものに頓着はしないし、敵地で首っ玉にぶら下がられるのは危険行為でしかないが、承知のうえでされるがままになった。もちろん、最低限ラトルが何処かから狙われる可能性がないかを確かめながらの範囲ではあったのだが。
「はい、綺麗になった」
「どうせまた汚れる。気にするな」
「わかった。でも、ひとつだけいい?」
「ん?」
「……帰るときにはもう一度きれいにするからね、あたしが」
ラトルはそう言って、勝ち気な、しかし酷く不安げな、純粋な目でゲインを見つめた。
――ああ、こうなっちまったか。
失った手で、ゲインは頭を抱えた。
ラトルの目は女の目になっていた。それがどういう意味かわからないほどゲインは初心ではない。
「そうだな。そんときゃ頼む。だからお前も自分の身を守れ」
「うん、わかった」
ゲインとラトルはそれぞれに装備を直し、前方ずっと先にそびえる主機関樹を見上げた。
そこに至る一歩を踏み出す前に、新たな敵がふたりの前に立ちふさがった。ボディーアーマーをまとった、先程までの兵隊アリよりも明らかに位の高い上級兵アリが四匹。体格、所持する武器、その足の運び。どれを見ても強敵と見て間違いない。
「貴様ラ……いったい何者ダ?」
上級兵の一匹が、後肢だけでぐっと高く立ち上がりつつ言った。長身のゲインをも上回る大きさだ。
「おいおい、笑わすな」
ゲインは大胆な歩幅でアリ型ヴァーミンに近づき、唾を吐きかけた。門術で超高温のゲルと化していた唾液が上級兵アリにへばりつき、ジュッと焼け爛れさせる。
「なんでお前ら糞虫どもにそんなこと答えなきゃならない?」
一匹が高熱にもんどり打つその周りで武器を構え、臨戦態勢に入る残りのアリたち。緊張が走った。しかしゲインはその緊張の糸をあっさり飛び越えた。
その顔、その表情。
ヴァーミンたちが見慣れている奴隷たちの、生ける屍のようなそれとは全く違う一個の凶器がそこにあった。
怒れる門術使い、”閂破り”ゲイン。
616と番号で呼ばれていた奴隷ビィは、後にそう呼ばれることになる。