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迷宮惑星  作者: ミノ
第02章 ミ=ヴの章
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06 ワンマンアーミー

ビィも恋をする。


――母親となった名も無き探索者の言葉

 肌も髪も漂白したように白く、目だけが赤色灯のように赤い老婆は長々と嘆息したあとに重い口を開いた。


「ラトルは縫合ペーストでなんとかなるとして――まあ傷跡は残っちまうけどね。そっちの兄さん、あんたの左腕は切断するしかない」


 アルビノ老婆はラトルの住まう村の長を100エクセルターンほども務めており、知識も経験も確かなものだ。医療系の門術ゲーティアに関しては村で一番精通している。


「覚悟はしている。この状態だからな」


 ゲインは包帯と添え木でぐるぐる巻きになった左手を持ち上げて見せた。しかしほんの拳一つ分ほど動かすのが精一杯の状態だ。


 アリ型ヴァーミンの根城と化したコイリングから逃れ、ゲインの戦術逃走のスキルで村まで逃げ込んだものの、どれだけ大急ぎだったにせよ怪我を負ってから時間が経ちすぎた。ゲインもラトルも傷が悪化し、ラトルは高熱を出して安静状態にある。


 ゲインは生死隣合わせの探索者として積んだ経験があり、首が取れる以外では簡単には死なない。しかし血と肉が削げすぎた腕に関しては、逃走の最中にすでに諦めがついていた。


「プラグド化ができるビィはいるか? 間に合わせでも構わんから、つけてくれると助かる」


「うむ、まあ腕一本くらいなら何とかしよう」


「そうか」


「しかしだなあ」


「何だ?」


「兄さん、あんた閂の紋を入れられちまってるね」


「ああ。あのクソ虫どもにやられてな。そうだ、この際右手の方も付け替えてくれ。閂をはずさないと俺はガキの使いにもなりゃしない」


「うーん……」


 アルビノ老婆は皺だらけのたるんだあごをさすり、目を伏せた。


「それなんだがね、簡単にはいかないみたいだ」


「どういうことだそれは? こっちは思わせぶりを聞いていられるほどの余裕はない」


「じゃあはっきり言おう」


 老婆はずいと身を乗り出し、ゲインもまたそれに合わせた。


「兄さん、あんたもう門術ゲーティアを使うのは諦めな」


     *


 門術ゲーティアとは体内を循環する霊光レイ・ラーを操作し、超自然的能力として発揮させる技術である。


 能力の発現を『門を開く』と表現し、内から外へエネルギーの解放することから『門術』の由来となっている。


 体内をめぐる霊光レイ・ラーの軌跡を霊線レイラインと呼び、人体を粘土に例えるとそこに通された光ファイバーの回路サーキットとも言える。光はビィであれば誰もが何らかの形で回路を巡っているが、それを門術ゲーティアとして使いこなすのは才能と鍛錬の賜物だ。


 その賜物を踏みにじる行為が『閂の紋』であり、門術ゲーティアの使用を封じ込めてしまう。


 それは表向き焼きごてやタトゥーなどによる模様だが、実際には肉体の奥に侵入し、霊線レイラインを断線してしまうのだ。


 ゲインに対して行われた容赦の無い閂は、ゲイン自身が考えていたよりもはるかに深く効果を浸透させていた。


『手があるかぎり、もう二度と門術ゲーティアは使えない』。


 アルビノの老婆はそう断言した。


 手の部分を通る霊線レイラインが完全に破壊されてしまって、全身をめぐる霊光レイ・ラーがそこから迷走し、散らされてしまうと。


「唯一の例外は」


 おそろしい表情のゲイン対し、老婆は苦々しく言った。


「両手を切断したままプラグド化も行わないことだ。そうすれば霊光レイ・ラーは肘の内側をめぐるようになって、閂は外れるだろう。だがプラグド化すれば、霊光レイ・ラーはまた指先まで回ろうとする。でも霊線レイラインは破壊されてるからそこでショートして、やっぱり門術ゲーティアは使えない」

 

 生身の左腕はもう保たない。


 右掌には閂の紋が深々と刻まれている。


 この状態では門術ゲーティアは使えない。


 両腕をプラグド化しても、閂によって破壊された霊線レイラインは元に戻らず、やはり門術ゲーティアは使えない。


 両腕を――プラグドでも生身でも、両腕を残す限り、どうあっても破壊された霊線レイラインを修復できないということになる。


「つまりだ、兄さん。あんたはもう門術ゲーティアを諦めて、別の生き方を……」


 老婆が言い切る前にゲインは立ち上がり、村人が使っている工作機械を強引に取り上げた。


 高周波震動チェーンソーが独特の回転音を上げ、肉と骨が断ち切られる異様な音が村人を戦慄させた。


「わるいな婆さん、俺は別の生き方なんぞに興味はないんだ」


 チェーンソーで両腕の肘から先を切断したゲインは、大量に出血しながらアルビノの老婆に笑いかけた。


 何を言っても無駄だ。


 老婆は長い人生の経験からそのことを悟り、医療門術ゲーティアで痛みと出血だけを止めてやり、あとはラトルの眠っている療養所に任せた。

 

 ゲインは足元をふらつかせながらも失神せず、手当を受け、寝台に横たわった。


 ――切る前に糞をしておけばよかったな。


 そんなことを考えた。もう、自力で尻を拭くこともできないのだから。


     *


 数ターンが過ぎた。


 ゲインの怒りの炎は勢いを弱めていった。


 だがその奥の、精神のもっと深い場所では暗黒のマグマがすさまじい轟音を立てていた。それは怒りよりも激しい狂気の叫びに似ていた。


 だからゲインは村を発つ。


 全てが漆黒の炎でうめつくされ、本物の狂気に取り込まれる前に、なすべきことをなさないといけない。


 ヴァーミンの巣窟、コイリングを焼き払うのだ。


     *


「待って、待ってよ!」


 両腕を失い、マントでその体を隠すゲインの前にラトルが立ちふさがった。女の顔に刻まれた大きな十字の傷が痛々しい。縫合ペーストで傷そのものは治っても、傷跡が残っている。それほど深手だったのだ。


「どけ」


 ゲインは冷たく言い放った。


「どかないよ! だって、あんたひとりで行くつもりでしょ? そんなの……」


「自殺行為、か?」


「そうだよ! 自分ひとりじゃ食事もできないのに、どうやってコイリングまで行くつもりなの」


「今の俺には門術ゲーティアがある。携帯食料ハニーバーくらいならひとりでも食える。余計な心配をするな」


「余計って……そうじゃないよ。ひとりであそこにいるヴァーミン全部を相手にできるわけ無いじゃん……」


「そうだろうな。でも半分……いや7割がた道連れにできる。そこまで減らせば、俺がいなくてもあの都市まちを奪還するくらいはやれるはずだろう?」


「そうかもしれないけど!」


「じゃあ何が言いたい」


「あんたが死んじゃったら、なんにもならないじゃん……」


 ラトルはそう言って涙ぐんだ。


 困ったものだと言わんばかりに、ゲインは肘から先のない腕で肩をすくめた。


「おい婆さん、何とか言ってくれ。俺はこいつを巻き込む気はないんだ。いや、あんたらこの村のビィにもな。俺は勝手に行って、勝手に殺して、勝手に死ぬ。もう決めたことだ」


 言われたアルビノの老婆は目をつむり、深い溜息を吐いてからゲインを見た。


「悪いが兄さん、あんたのいうことは聞けないね」


「なんだって?」


「その子は強情なんだ。連れて行ってやってくれ」


「無茶を言うな、死なせる気か」


「道中の身の回りの世話くらいさせておやり。兄さん、あんたが頭の天辺まで怒りに燃えてることくらいわかるよ。でもね、それはあの子も同じなんだ」


 閂の紋こそ入れられなかったが、ラトルもまたアリどもに捕まって強制労働に従事させられていたのだ。憎悪を抱いていても当然のことかもしれない。それに、あの光景を――ビィが飼われて食用にされている現実を目の当たりにすれば、彼女にも思うところがあってしかるべきだろう。


 落ち着いて考えればゲインにもそのくらいはわかる。しかし彼女を死なせたくなかった。ラトルがいなければいつまでたっても虜囚の辱めを受け続けていただろうし、結果としてだが門術ゲーティアのちからを取り戻すこともできなかっただろう。


 つまりラトルは恩人なのだ。


「そんなのあたしだって同じだよ、ゲイン。あんたがいなかったら、あたしの作戦なんて絶対成功しなかったんだから」


 何を言ってもラトルは引き下がる様子を見せない。当て身でも食らわせてその間に去ることも考えたが、腕のない今の状況だと膝蹴りくらいしかできず、そんなものを入れたら内臓までダメージが行く可能性がある。


 ゲインは天の光導板を仰いだ。色々なことを秤にかけて、だれも傷つかず、自分だけ命をかければいい状況を想像した。


「……コイリングの手前までだ。お前が言ったとおり、身の回りの世話はしてもらうぞ」


 だがそこまでだ、とゲインは釘を差した。コイリングへの襲撃には参加しない。それを条件にゲインは了承した。


「ありがとう!」


 いきなりラトルに抱きつかれ、歴戦の探索者であるはずのゲインはよろめいた。


「あたし、ばっちりお世話したげる。その後のことはそのあと考えよ?」


 ――ああ、だめだこの女。


 ゲインは諦めざるを得なかった。


 ラトルはゲインに付いて行きさえすれば、あとはなし崩しにコイリングの侵入まで手伝おうという気でいる。


 そのことはわかっていたが、ゲインは結局ラトルの提案を飲んだ。理由は分からない。ゲイン自身がそうであるように、彼女の自由を妨げたくなかったのかもしれない。


 それならそれでいい。


「じゃあ、準備しろ。今度は担いで運んだりしないぞ」


「ばっちり。そのつもりでもう装備の用意してきてるから」


 ゲインはため息をついた。初めから何があってもついてくるつもりだったのでは、こちらが何を言っても無駄ではないか。いつもの感覚なら右手で頭を抱えるところだが、もうそれはできない。


 ゲインは折れて、ふたりは村を後にした。


 村人全員が見送る中、妙に祝福めいた声が飛んでいて、ゲインは実に居心地の悪い思いをした。


 ――あいつら、なにか勘違いしてるんじゃないのか。


 違和感を残したまま、ゲインは隣に並んでいるラトルに問いかけようとしたが、それもやめた。


 傷跡の残る痛々しい顔ではあったものの、そこには妙に幸せそうな笑顔があって、それは狂気寸前に駆り立てられたゲインの心を包んでくれるかのようだった。


     *


 大迷宮の片隅にある村からふたりが出ようとしたちょうどその時、異変が起こった。


 ミ=ヴ迷宮特有の曲がりくねった道の先から足音が聞こえる。


 目を凝らして、そこにいるものを見たゲインは瞬間的に体が二倍にもなったかのような怒りを放った。


 アリ型ヴァーミン。


 数はおよそ20。


 ゲインたちを追ってきたコイリングの兵隊アリだ。


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