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迷宮惑星  作者: ミノ
第02章 ミ=ヴの章
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04 食料供給源

彼らヴァーミンと手を携える方法があれば、私たちはとうに迷宮に秘められた謎の全てを暴いていたことでしょう。


――著名な聖職にして探索者、ショーガの言葉

 奴隷たちの感覚は無為と強制労働の日々のせいですっかり鈍っていて、宿舎から同僚の姿が消えたことに気づくほど鼻がきかなかった。


 が、もうすぐその嗅覚を取り戻すことになる。


     *


 倉庫である。


 奴隷ビィたちに形ばかりの支給される食料品と嗜好品、日用品などが備蓄されている。


 総無気力状態になっている奴隷たちは食事の多い少ないで文句をいうことさえ少なく、暴動や叛乱などとは無縁の状態にある。だからヴァーミンの支配者たちもゆるい警護しか置いていない。生まれついての奴隷に貶められたビィは、自分たちが本当は何を食べればいいのかさえ知らないようだった。


 ただ、そんな薄幸な運命の中にあっても目の色を変えるものが彼らにもある。


 ポーレンだ。


 ヴァーミンたちには何の効果もない茶色いスティックだが、ビィにとってはそうではない。苦痛も疲労も和らげて目を開けたまま夢を見られるポーレンは、ただ苦役一色の生活にあっては食事以上の、魂の休息をもたらすものとして必要とされた。


 収容所の監督官はポーレンの支給量を増減させることでうまく奴隷の行動を掌握している。ただし完全に途絶えさせるようなことはしない。


 無力で意志の希薄な奴隷ビィも、ポーレン抜きは別格の苦痛なのだ。もし収容所の宿舎全員のポーレンスティックを7ターンほど途切れさせたとしよう。その収容所は奴隷たちの怒りに満ち、機会があれば周りに襲いかかってポーレンを奪いさえするだろう。暴動だ。


 だからヴァーミンたちはその大切なポーレン(エサ)だけは厳重に管理し、また数量も常に規定の量だけは蓄えておくようにしている。


 その倉庫を守るため、イモムシ型ヴァーミン二匹がもぞもぞと見回りに動いていた。


 ヒトの顔が貼り付いた丸い頭に、無数の指の形をした擬足が驚くほど醜い。イモムシというよりウジといったほうがいいのかもしれない。アリの幼虫の姿をしたヴァーミン。


 昨夜も、その前も、そのずっと前もいイモムシたちは這いずっていた。今夜も、明日の夜も、そのずっと先も彼らは歩哨を続け、おそらくは寿命で死ぬ。


 奴隷たちが何ひとつ変わらない日々を送るように、イモムシたちにもまた与えられた役割以上の自由はなかった。


 そこから逃げ出さない限り、彼らはずっとイモムシのまま生きるしかない。成虫にも、サナギにもなれないまま、彼らは奴隷たちを見はり、倉庫を守り、倉庫を守り続ける。


 無意味な生と無意味な生が、互いに互いを縛り付け、どこにもいけないようにしている。


 奇妙な構図といえよう。


 ビィたちを奴隷化したヴァーミンたちにも身分があるらしい。イモムシたちもまた何かの奴隷なのだ。


 実際のところ、イモムシは何を考えて見回りを続けているのだろう?


 興味が向けられるより早く、その脳天にツルハシが深々と突き刺さり、あごの下まで貫通した。


 イモムシは死んだ。


 二匹目もゲインが殺した。


 ぶよぶよした腹をめちゃくちゃに蹴りこんで、悲鳴を上げられる前に顔面を踏みつぶした。


「汚え」


「中に替えのブーツくらいあるんじゃない?」


 それもそうだとうなずいて、ゲインとラトルは倉庫の中に侵入した。


     *


 ヴァーミンたちにも知恵があり、歩哨の交代は時間制で行う。


 だからゲインに殺害されたイモムシが詰め所に戻ってこないのを不審に思った同僚が現場に見に行くくらいのことはする。


 そして愕然とした。


 倉庫が燃えている。


 ゲインたちが火をつけたのだ。


     *


 トラブルはそこから始まった。


 奴隷ビィたちが騒ぎに気づいて宿舎から飛び出したが、その目には飢えた光が宿っていた。ごうごうと燃える倉庫、その煙の中にポーレンの焼ける甘辛い匂いが混じっていたからだ。


 普段は生きているのか死んでいるのかわからないほど生気の薄い彼ら奴隷はポーレンを日々の頼りにして命をつないでいる。その麻薬的作用が空気に溶けて、ビィたちは誘われた。ぞろぞろと火事場に集まり、燃え上がるポーレンの山積みの煙を浴び、あるいはまだ火の点いていないスティックを我先にと奪い合って吸い始める。いつもの調子なら考えつかないような喧騒が起こり、奴隷たちは文字通り焚き付けられた。


「やめロ! ヤメロ! 宿舎にもどレ!!」


 見張り役の詰め所にいたアリヴァーミンたちが総出でビィたちを追い散らそうとする。しかし後の祭りだ。


 すっかり煙に当てられた(・・・・・)奴隷たちは、もはや諾々とヴァーミンに従う群れではなくなっていた。巨大なアリの姿をした酷く醜いヴァーミンたちは後ろから殴られ、あるいは人数で押し包まれて袋叩きにあい、次々動かなくなっていく。


 アリたちも一方的にやられるだけでなく反撃し、ビィたちの頭を門術ゲーティアで吹き飛ばしたりするが数が違う。ポーレンの煙を吸いまくって酩酊状態になったビィは痛みや恐怖を無視し、今までの蹂躙を精算するがごとくヴァーミンを血祭りにい上げていった。


 混乱は広がり続け、さらにもうひとつ別の区画で倉庫の火災が起こると、強制労働に従事させられていた奴隷たちは何かに操られるように主機関樹セントラルツリーへと『進軍』を始めた。


 監督官が、さらに上級の監督官が号令を出し、完全武装のアリ兵をこれに当たらせるが――もう取り返しはつかない。


 もはやビィの叛乱だ。


     *


「上手くいったんじゃない、これって」


 口々にポーレンをよこせ、オレたちを解放しろと叫ぶ群衆の中に目立たないよう紛れ込んだラトルは、隣で身を縮込めているゲインに囁いた。他の奴隷ビィよりずっと背の高いゲインは――出身迷宮によって体格も変わるのだ――目立たないようにするのもひと苦労だ。


「まずは上々だな」とゲイン。


「でもこれからが本番」


「そういうことだ。急ぐぞ」


 ゲインたちはまだ光導板が明けきらぬ薄闇を利用し、主機関樹セントラルタワーへの潜入を図った。


     *


 兵隊ヴァーミンたちの門術ゲーティアが空を飛び交う。猛烈な攻撃によって奴隷ビィたちはむしり取られるように死んでいった。


 それでもビィたちは主機関樹へと押し寄せた。止まらない。ポーレンに酔わされて行動していた彼らはある種の熱狂に従っていた。リーダー不在、目的不明の波は、何人か何十人かが血の海に沈んでも足を止める様子がない。おそらく自分たちが何をしているのか自分でも説明不能だろう。暴徒とはそういう説明のつかない熱狂が中心にあるものだ。


 やがてビィの群れとヴァーミンたちは本格的に衝突した。


     *


 ゲインとラトルはきりのいい所で群集を抜け出し、主機関樹の中心部に向かった。


 目的はふたつ。


 主機関樹から回りこむしかない出入口に向かうことと、強制労働とは違う何かに従事させられている奴隷たちにもポーレンの煙を吸わせることだ。


 2か所の収容所で騒ぎが起これば必ず警備は手薄になる。間違いなく奴隷たちに深刻な数の死傷者が出る作戦だが後戻りはできない。300エクセルターンの長きに渡って魂を腐らせたままヴァーミンに飼われるよりは、たとえ死んだとしても立ち向かう気力を抱いて死んだほうがマシだ。


 そんなことは当人が決めることだとゲインもラトルも理解している。それは承知のうえで、囮として使うと決めた。後悔はするだろう。しかしふたりにもやり方の是非を問える余裕はないのだ。


 ゲインたちはアリ型ヴァーミンに見つかることなく主機関樹セントラルツリーを走りぬけ、あるいは姿を見られたアリを撲殺し、謎の収容施設への道を急いだ。


 その途中、ふたりは見つけるべきではない場所に迷い込んだ。


 多くの胎蔵槽が並ぶ、ビィの新生児室だ。


 定期的に生命の素からちいさなビィが生まれ、生まれたてのそれを大型働きアリのヴァーミンが仕分けを行っていた。


 奴隷補充用。


 性玩弄用。


 そして――。


 ゲインはヴァーミンに見つかることさえ忘れ、体の中で燃え上がった怒りに身を委ねた。


 最後の仕分けは生まれてすぐにパッケージング(・・・・・・・)されていた。手足を折りたたまれ、頸骨を外され、金属製のトレイに載せられていく。


 用途は明らかだ。


 食用。


 ヴァーミンが新鮮なビィを食らうためだけに、胎蔵槽の内いくつかは稼働していたのだ。


 ゲインは吠え、全てを投げ捨てて大型働きアリに飛びかかった。

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