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迷宮惑星  作者: ミノ
第02章 ミ=ヴの章
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03 紫煙の向こうに

寝ても覚めても同じなら、夢を見続ける方がマシさ。


――名も無き保守担当者の言葉

 全く達成できる見込みの無いノルマ違反の罰としてゲインの属している班の全員が棒で殴られ、ふたりが死んだ。


 もはやそれは見慣れた光景だ。とくに奴隷として生まれてきたコイリングの子孫たちにとっては。


 ゲインは、棒で殴られた程度で死にはしない。これまでの探索者生活で枝葉を広げた技藝の聖樹(スキルツリー)は身体能力を強化させ、皮膚の衝撃吸収力は常人の比ではなくなっているからだ。無論、いくら痛みがないと言っても屈辱までは帳消しにできない。


 無残に死んだふたりのビィがどこかに運ばれるのを見て、そしてその様子を見ても憤りすら感じていない奴隷たちを横目にして、ゲインはひとつの決意を固めた。


 やはり脱走しかない。


 できるなら一刻も早く。


 そうでなければ怒りのあまり脳天から血を噴いてしまいそうだった。


 今までに何度も脱出を考えてきたゲインだったが、その度にネックとなっていたのが周りの奴隷たちだった。


 彼らを活かし、かつ生かすには一斉蜂起を焚き付け、混乱のうちに逃げてから大勢を立て直すという方法が一番で、それしかないと思っていた。その為にじっとこらえてチャンスを探り、奴隷たちと横のつながりを持ち、強制収容所と化したコイリング全体の状況を聴きこんできた。それが奴隷たちにも良いことだと思ってきた。


 だが、そんなことはもはや意味が無いとゲインは悟った。


 この奴隷たちは、心底から奴隷以外の生き方を知らないのだ。300エクセルターンの年月がそうさせてしまった。


 そんな彼らに、自由とはなにかを初めから問いてまわるほどゲインは高潔ではないし、人心がひとつになるの待つほど辛抱強くはない。


 何よりも、噛み付く牙を失った腑抜けを奮い立たせてやるほどお人好しではなかった。


 だったらやることは決まっている。


 自分ひとりだけで脱走するのだ。


 そのためには、周りの奴隷根性が服を着て歩いているような連中を踏み台にしても構わない。


 そう決意を固めた頃、ひとりの女がゲインに接触を図ってきた。


 その女の目は、生きていた。


     *


「ひと目でわかった。あんた、コイリング(ここ)の生まれじゃないでしょ」


 女の名はラトル。


 生きた目をした女は、奴隷としての生き方以外なにも持っていないビィの群れの中で、憤怒の炎を揺らめかすゲインのことを見つけた、という。


「あたしもそうなんだ。この都市に近づくのはマズいってわかってるんだけど、どうしても必要な医療マテリアルがあって。ソイツを探している時にヴァーミンどもに捕まって、このふざけた強制収容所に放り込まれたってわけ」


 あんたはどうなの、といいつつ配給品のポーレンスティックに火を付けて煙をくゆらせるラトルに、ゲインは思わずごくりと喉を鳴らした。


 ポーレンは快楽中枢を刺激する効果をビィにもたらす。来る日も来る日も、いったいどれほどの意味があるのかわからない強制労働を続けているゲインにとって、配給品のポーレンスティックをっている時だけはすべてを忘れて――怒りすら忘れて――リラックスできるひとときだった。が、今は手持ちがない。


「……俺も似たようなものだ」


 ラトルのスティックから立ち上る煙を意地汚く鼻で吸い、ゲインはそれだけ答えた。行き倒れになって運ばれたなどと他人に話す必要はない。


 出身地のサルモンとこのミ=ヴでは話す言葉も違うが、それについては奴隷たちと話している内に矯正できている。ラトルはゲインが渡りビィであることまでは気が付かない様子だった。


「で、どうなの」


「どうって」


「脱走。こんなところでじっとしてるタイプに見えないもん」


「どこで見ていた。お前みたいな女奴隷、見たことがない……」


 ゲインがそう言いかけると、ラトルはフードをかぶって背筋を丸め、冗談のように生気のない風を装った。何も持たず、何も得られないまま死んでいく女奴隷という雰囲気だ。


「演技演技。上手いでしょ?」


「ああ。驚いたな、それなら見分けられない」


 本気でゲインは驚いて、無精髭の伸びたあごをさすった。


 面白い女だ。


 話を聞くにはそれだけで十分過ぎる。


     *


 ラトルはポーレンスティックをくわえたまま、宿舎の床にチョークで地図を書き始めた。


「あたしの本拠地ピットはここ。小さいけど、それなりに上手くやってる村。あたしみたいに生粋の村生まれもいれば、コイリングからの逃亡奴隷もいる。ま、寄せ集めね」


「ほお、逃亡奴隷。ここの生きた死体みたいな連中にも少しは覇気のある奴もいるんだな」


「まあね。だって、ここで強制労働してるのは一部だからね。都市まち全体だと、たぶん2000人こえてるし」


「そんなに」


「うん。この……こっち側に」


主機関樹セントラルツリーを挟んで反対側か」


「そうそう。向こうにも別の収容所があって、そっちでもヴァーミンがくそったれなことをビィにヤってるらしいの」


「強制労働じゃなくてか?」


「詳しいことはわかんない。昔逃げ出してきた奴隷が、そんな話をしてたから。もう死んじゃったけど。ウワサばっかりでどうもはっきりしないんだよね」


「わかった。続けてくれ」


「あれ、あたしのこと信用してくれるの?」


「疑ってほしいのか」


「そんなことないけどさ。なんか、あんたとりあえず疑ってかかりますーって感じだもん」


「いいから続けろ」


「あはは、へーい」


 妙に屈託のないラトルの態度に、ゲインの胸には怒りとは違う感情がひさしぶりに湧いた。この数エムターンの間、ふっと力を抜けるのはポーレンスティックを嗜んでいる時間しかなかった。生気も未来も何もない生まれついての奴隷たちと会話が弾むわけもない。ラトルの明るく早口なしゃべり方に、仕舞いこんでいた心を引き出される思いだった。


 ゲインは不機嫌を装い、紫煙混じりの生きた女の匂いを嗅いだ。


     *


「あたしさ、この収容所を抜けだせさえすれば自分ひとりで何とかできるかなって思ってたんだけど、よく考えたらここってヴァーミンの巣窟でしょ? もし見つかって戦闘になっても太刀打ち出来ないし」


「だから戦えそうなやつを探してた?」


「そうそうそう。そういうこと。あんたって、見るからに強そうだし」


 ゲインは苦笑いした。ラトルの言うことはもっともな話で、周りの生ける屍みたいな奴隷連中に比べればあからさまに凶悪な空気を放っている男に話を持ちかけるのは正しい選択だろう。


「ね? お互い協力し合えばなんとかなると思わない?」


 気ぜわしく身を乗り出すラトル。その鼻先に、ゲインは焼きごてで刻まれた閂の紋を突きつけた。


「ちょ、それって……」


「残念ながら、な。俺はいま門術ゲーティアをまったく使えん。ドンパチに関しちゃあ、期待通りにはならんだろうよ」


 冷たい空気が流れた。ラトルは思ってもみない展開と言わんばかりに深刻に眉をひそめ、ゲインは自分を無力に貶めたヴァーミンへの怒りを再燃させた。女に同情されている。


「じゃあ、ちょっとやり方変えよ?」


「やり方。どんなやり方だ」


「ここ」


 ラトルはチョークで書いた地図の、一番中央を指で小突いた。かつての主機関樹セントラルタワー、今では上級ヴァーミンどもが支配者気取りで住んでいる根城になっている場所だ。そこから少し左下に――ゲインたちが囚われている強制収容所寄りに指を滑らせた。


「どこかわかる?」とラトル。


「配給品の管理をしている倉庫か」


「正解。ここをあたしとあんたでね?」


「襲撃するのか」


「うん」


「待て、俺の手の話はしただろう」


「だーいじょうぶ。襲撃っていったって、見回りの兵隊アリを出し抜くくらいあたしもできるから。問題は倉庫の中身」


「配給品で奴隷どもを釣るのか?」


「ううん、そんなまどろっこしいことはしないよ」


「だったら何を」


「燃やしちゃう」


「燃やす?」


「こんな風に、ね」


 ポーレンスティックを深く吸い、ラトルはゲインの顔に無遠慮に吹きかけた。


 ゲインは無礼さにさすがに抗議しかけ、ポーレンの紫煙で一瞬頭がくらっとした。


「ね? わかったでしょ」


 にっと明るく笑うラトルの顔が煙の向こうに揺らめいて、ゲインは半ば夢現にうなずいた。


「じゃあ、商談成立ってことで」


 ラトルは懐から新品のスティックを取り出し、ぼんやりした顔のゲインの口にくわえさせた。


 ラトルはスティックを加えたままから直接火を移し、ゲインは目一杯最初のひと吸いを肺に溜め込んだ。吸って、留めて、吐く。


 ガツンと来た。


「なるほど、こりゃあいい」


「ね? ふふっ」


 ゲインとラトルは宿舎の片隅でかわるがわるスティックを吸い、愛と平和の夢を幻視た。


 偽物の空の光導板から火が抜ける。


 夜が更けていった。


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