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迷宮惑星  作者: ミノ
第12章 シヴァーの章
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10 暗闇の中で子供(終)

 乾いた風が吹き抜ける。


 戦いは終わった。


 血の海、そして叩き潰されたプラグドロイドの躯体から飛び散る火花。


 ”落涙ラクルイ”は死んだ。


 ”呵呵カカ”も死んだ。


 ”喜色キショク”もまた死んだ。


 敵もガラクタの山と化した。


 同時にビィたちも斃れた。


 スチフ。ラミュー。デンス。


 そしてチワも、ラーブラを守るため最後の力を果たして命を落とした。


 砂塵混じりの乾いた風が岩山の隙間を吹き抜ける。


 生き残ったのはラーブラだけだった。


 ほとんど破壊された”沈黙チンモク”は、かつてブラヴァの手下として製作され、誘拐や殺戮を行っていた。その頃の名前は”怒号ドゴウ”といった。


 だがいつの頃からか”怒号”は自らの行いを悔いて喉を切り裂き、怒号から沈黙へと名を変えた。


「死なないで、わたしといっしょにいて」


 ラーブラの願いに静かに首を横に振る沈黙。


 怒号の名前をつけられる前、彼には元々本当の名前があったはずだった。この場で死んだプラグドロイド四体はブラヴァの手による傑作中の傑作であり、ビィの肉体の一部を使った半生体タイプだった。だからラーブラのテレパスが通じたのだ。


 だが”沈黙チンモク”はもう何も思い出せない。語る言葉もない。標準方角6時にまだ生きている蜂窩ハイヴがあるはずだとテレパスで言い残し、その名の通り本当に沈黙した。


     *


 ラーブラは仲間を弔い、ただひとり蜂窩ハイヴを目指し、歩き始めた。行く手にはありとあらゆる苦難が待ち受けている。蜂窩ハイヴが無事かどうかすらもわからない。それでもひとりで行く。生きる場所を探すために。本当の自分の居場所を、本当の自分を見つけるために。

 

     *


 その後、彼女がどうなったか。


 生きて蜂窩ハイヴにたどり着いたかもしれない。迷宮生物に食われたかもしれない。ヴァーミンに襲われたかもしれない。あるいはブラヴァの次の追手にとらえられたかもしれない。


 結末を記すつもりはない。


 ただひとつ確かなのは、彼女はずっと探し続け、答えを求めて最後の最後まで生きようとしただろう。


 ビィとはそうしたものだ。


 迷宮の中で生まれ、はじめから謎の中で生きるビィ。


 あるものは蜂窩ハイヴに必要となる資源マテリアルを求めて旅立ち、あるものはまだ見ぬ場所を、誰も到達していない光景を求めて蜂窩ハイヴの外に出る。


 ひとりのビィにとって、十二の迷宮は広すぎる。だからこそ彼らは新たな土地を求め、迷宮に眠る何かを探して探索を続ける。


 すべてを失い、まだ生き延びようと道を探し続けるラーブラ。


 彼女が、彼女こそが、真に探索者と呼ばれるべきビィなのかもしれない。


  たとえその身が朽ち果てようとも――。




シヴァーの章 おわり


エピローグ



 ウーホース迷宮、スターリオン蜂窩ハイヴ――。


 大荷物を背負ったひとりの老人が緩やかな坂を登っている。


 坂の上にあるのは、車両の修理、改造を請け負うガレージショップ。


 老人は歩きながら手元のマルチデバイスを操作し、空中に幾つかのホロを浮かび上がらせた。様々な男女の映像、そしてプロフィール。


 ”女王の子(クイーンズチャイルド)”ディズ。


 その保護者、”ワイヤー使い”ストロース。


 ”双子の完全同調者”姉弟、ベルそしてウル。


 ”閂破り”ゲイン。


 ゲインの弟子、”双門術カンノン・ゲーティア”の若き戦士、ゼナ。


 そして――。


 ”ウーホース最速の男”BIG=ジョウ。

 

 そのメカマン・カブ。


 ”ギガロアルケミスト”ゲオルギィ、その創造物プラグドロイド・ミドリカワ。


 やがて坂の上まで登った老人はデバイスを懐にしまい、わずかに襟元を正した。


     *


「……トレーラーの調子はまだ戻らないか」


「そうっすね、シールドはしてたつもりなんスけど、何しろあの寒さであちこち凍りついてて。パーツの特定も難しいっスよ」


 ガレージの中でふたりの男が話し合っている。


 老人が先ほどまで眺めていたデバイスのホロと一致する。BIG=ジョウ。メカマンのカブ。


「ああ、ちょっと失礼」


 よれよれの帽子を脱ぎ、老人はふたりに声をかけた。


「何だァ? 悪いが今は修理レストアの仕事は受けられないぞ。見ての通り、このデカブツが悲鳴をあげててな」とBIG=ジョウ。


「ほほう」老人は何食わぬ顔で言った。「それはちょうどいい」


「ちょうどいい、ッスか?」と怪訝そうなカブ。


「うむ。ちょいと仕事の依頼を頼みたくてのう」


「仕事? だから今は手がふさがっていてだな」


「いやいや、乗り物の修理ではないよ。ワシが欲しいのは、お前さんたちの腕だ」


「腕?」


「いかにも」


「なんだ、運び屋(スキッパー)の仕事か?」


「ううむ、平たく言えばそういうことだが、おぬしが思っておる仕事とはちょいと違うかのう」


「どういうことだ、ジイさん」


「運んで欲しいのは、ワシとワシの……仲間……じゃな」


 老人はやや口ごもった。


「仲間ってことは、トレーラーでビィを運べってことッスか?」とカブ。「まあ、トレーラーが治りさえすればどうにかできますけど。ねえ兄貴?」


「まあな。あとは目的地次第だ。それによっちゃあ受けなくもない」


「おお、そうかそうか」


 老人は皺だらけの顔をほころばせた。


「ワシの名はペザントという。のう、BIG=ジョウ」


「あン?」


「お前さん、”最初の女”を探しに行きたくはないか?」


     *


 同じ頃。シヴァー迷宮、廃物城――。


 無数の物言わぬ人形が並ぶ暗闇の中、かすかに灯る緑の光に照らされて、男女ふたりの姿が浮かび上がる。


 戦士然とした大柄な赤い唇の女。


 薄汚れた白衣を身にまとった男。


 オズワルドと”再生術師リアニメーター”ウェストである。


「マゴットの首尾はいかがかしら? ウェスト」


 オズワルドは艶やかな流し目でウェストを見た。


「実用にはほぼ問題ない。”金剛環”を使っての量産も上々だ――あと数世代重ねれば、マゴット同士の交尾で勝手に繁殖するようになるだろう」


「それはなにより」 


 オズワルドは手の甲を唇に寄せて小さく笑った。


「でも、こちらは残念な結末ですわね」


 豪奢なベッドの上に乗っている”モノ”にオズワルドが目をやった。そこには干からびて萎縮したこの廃物城の主、”からくりの君”ブラヴァの哀れな遺骸が横たわっている。


「……我が師は長く生き過ぎた。スキルを極めようとも、ただのビィには超えられない壁がある」


「貴方も彼のように?」


「さあな。少なくとも私はプラグドの研究からは手を引いた。永遠の命を求めるとしたら、別の方法を取る」


 それにしても、とウェストは部屋の中をぐるりと見渡して、居並ぶ人形の数と種類のあまりの多さにわずかばかり肩をすくめた。


「妄執というべきか。私が……私とあの男が出奔した時よりも10倍は増えている」


「”あの男”……?」


「私の兄弟弟子……だった。ヤツは私ともブラヴァとも違い、非生体式ブラグドロイドを極めようとしていた」


「ミドリカワ」


「そう。お前の手駒……アカザワといったか? くしくもあれはヤツの初期作品だ。”人形遣い”ペドロワナ。今はゲオルギィと名を変えているようだが――12の迷宮も広いようで案外狭いものだ」


「縁は異なもの――ということかしら」


「あるいはお前の――そして私の考え通り、この迷宮は全て”女”の夢によって紡がれたものであるならば、その思し召しということかもしれない」


「ウェスト。やはり貴方を協力者に引き入れることができたのは幸運でした」


「どうだかな。いずれにせよブラヴァは死んだ。役に立ちそうなものだけを接収して離脱しよう」


「ですわね」


 廃物城――。


 その暗闇の中から、やがて人影は消えた。


 後には乾いた風の音と、惨めな老人の死体だけが残された。


     *


 初めに女がいた。


 ビィであれば誰でも知る創世の伝説。


 ”最初の女”が生み出した迷宮に彼らは生きる。


 だが”迷宮を生み出した”とはいかなる意味か、知るものがいるだろうか。


 そもそも”女”とはどこにいる何者なのか?


 ビィが生まれる前から投げかけられている、究極の謎。


「BIG=ジョウ、お前さん”世界羊オウィス・ムンディス”という迷宮生物を知っておるかね?」


 ペザントの問いにBIG=ジョウは肩をすくめ、「いや、知らないな。名前からするとシープ迷宮の生き物か?」


「いかにも、いかにも。夢で自分の周囲の現実を改変し環境を作り変える迷宮生物じゃ」


「夢で?」


「うむ。ビィが門術ゲーティアでチカラを発揮する代わりに世界羊は夢を見る」


 ペザントは、かつてシープ迷宮の蜂窩ハイヴ甘波かんぱで覆い尽くそうとしていた羊の話をした。そこで知り合った双子の姉弟のことも。


「つまり――夢だっていうのか? この迷宮、ここだけじゃなく全部の迷宮が”最初の女”の夢でできていると?」


 ペザントは答えず、かわりにニィ、と皺だらけの笑みを浮かべた。


「ふーん……ま、面白い話だな」


 BIG=ジョウは乗り出していた身を一旦引いた。冷静に振る舞おうとしているが、その表情からは隠しようのない好奇心が滲んでいる。


「そうじゃろう、そうじゃろう。で、ワシはお前さんたちと同じように迷宮の|方々

《ほうぼう》でこの話をして、協力者を募った」


「なんのために」


「言ったじゃろう、”最初の女”を探しに行くんじゃよ」


「あー、わかったっス」カブが割って入った。「その”選抜パーティ”をトレーラーに乗っけて運んで欲しいって、そういうことッスよね?」


「いかにもその通り。迷宮は広いようで狭く、而して……やはりあまりに広大じゃ。自分の足だけで進んでおったら時が尽きてしまうわい。ヴァーミンや敵性の迷宮生物もおるでの」

 

「そいつあ……」BIG=ジョウは一度ごくりと唾を飲み込んで、「”夢”のある話だな。ワイルドハントと同じくらい……いや、もっともっと燃える話だ。ビィの本能にビンビン来る」


「どうする、この話?」


「乗った」


 BIG=ジョウは即答した。すでにその双眸は遥か深淵の迷宮をひた走る愛車と、並走するトレーラーの爆走する姿を捉えている。


「カブ、お前は?」


「兄貴が行くならおれも行きます」


「そうか」


「でも」


「でも?」


「……マリィさんになんて言うつもりッスか?」


「う」


 BIG=ジョウは返答に詰まった。恋人のマリィとはここ最近良好な関係だが、いつ戻ってこられるかわからない、命の保証もない、純粋な好奇心を満たすためだけの探索の旅に出たいなどと口にしたらどうなるだろうか。少なくとも喜ぶことはない。


「なあおい、じいさん」


「なにかの」


「”最初の女”を探して、その後どうするつもりだ?」


「何もせん」


「あ?」


「正確には、封印を施して今のまま夢を見続けてもらう」


「どういうこった」


「いったじゃろう、この迷宮は全て”女”の夢で作られていると」


「……じゃあ、目を覚ましたら」


「この世の全ては夢から醒める。そのあとに何が起こるかは想像しかできんが、最悪の場合……」


 世界が滅びる。


 ペザントの言葉に、BIG=ジョウとカブの顔はすっと青ざめた。


「そのうえ悪いことに、ワシとは正反対に”最初の女”をあえて目覚めさせようと企む連中がおってのう。そやつらに先を越されるわけにはいかんのじゃ」


「オーケィ、オーケィ。そいつあつまりレースだ。そういうことだろ? だったらオレたちのところに話を持ってきて正解だぜじいさん」


 BIG=ジョウは親指を立ててみせた。


「んで、まず何から手を付けるんだ? トレーラーの調整にゃまだ時間がかかるぞ」


「招待状を出しておいた。さっき言ったパーティのメンバーにな。もうすぐここにやってくる。メンツが揃って準備ができ次第、出発といこうじゃないか」


     *


 ”百年の旅人”ペザントに導かれ、12の迷宮各地から勇者が集う。


 ”最初の女”を目覚めぬままにしておくために。


 一方で、”最初の女”を目覚めさせるためにオズワルドとウェストは暗躍する。


 迷宮惑星全土を舞台にした原点にして究極への旅。


 そこで起こるのは何か。


 結末はどこにあるのか。


 誰も知らない物語が幕を開ける――――。




 迷宮惑星  完



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