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迷宮惑星  作者: ミノ
第02章 ミ=ヴの章
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02 奴隷都市

若い探索者は好奇心で転位ポータルに触れようとする。

だが大抵の場合ろくな事にならない。

ポータルは胎蔵槽と同じくその正体が明らかになっていないのだ。

迂闊に扱うべきではない。

でないと俺みたいに金玉を失うかもしれない。


――”ロストマン”ジトゥの言葉

 ゲインは『渡り』である。


 彼の本来の出身地であるサルモン迷宮で、探索者としてのキャリアも大半をそこで過ごした。


 ある日、極めて強力な迷宮生物を倒した時にゲインのパーティは非常に希少価値の高い素材と、小ぶりの転位ポータルを見つけた。ポータルはあきらかに通常の備え付け型とは異なり、持ち運び可能サイズまで小型化されたものだった。


 ゲインたち一行はみなベテランの探索者だったがそのような道具は見たことがなく、少々手に余るものだった。


 ポータルはどこに転移するかがはっきりせず、同じ迷宮のどこかに瞬間移動することもあれば、まったく別の迷宮の片隅に放り出されることもある。また、飛んだ先のポータルから同じ地点に戻ってこられる保証もなく――つまり軽々しく扱えないものなのだ。


 安全性の確認できていない、しかも存在自体まれなハンディポータル装置である。


 ゲインたちは迷った挙句持ち帰ることを放棄した。ホームタウンのタマリン蜂窩ハイヴに持って行って検証を行うこともできたのだが、万が一暴走したことを考えるとその行為自体が破局を呼び起こすかもしれない。転位ポータルが暴走を起こして周囲のものを巻き込み、どこかまったく別の場所に吹き飛ばされるという事故は可能性こそ少なくとも、1%を下回ることがないというのが探索者たちに古くから伝わる警句だ。


 だから使用に注意せよという簡易封印を門術ゲーティアで施し、再び迷宮の片隅に眠らせることにした。


 その矢先の事だった。


 封印の帯を巻きつけた大地の門術ゲーティア使いがいきなり死んだ。


 上半身が消失し、みぞおちから下と両手だけが残ってぼとりと落ちた。くっきりとスプーンでくりぬいたような死体の状況に、パーティメンバーは隙無く防備を固めた。みなプロフェッショナルだ。仲間の死で取り乱し、さらなる犠牲者を増やすような真似はしない。


 ハンディポータルは壊れた傘のように閉じたり開いたりし、大口を開けた肉食獣のように犠牲者を飲み込み、どこかに転送させる装置――いや、そのように作られた罠だった。


 破壊しろ、と誰かが叫びんだ。パーティメンバーはそれぞれに手にした武器、そして門術ゲーティアでポータル装置に攻撃を行った。


 その時にゲインが生き残れたのは偶然にすぎない。


 ハンディポータルは打ち込まれた銃弾と攻撃門術ゲーティアのすべてを飲み込み、パーティの頭上へと転移させたのだ。


 仲間は自らの銃弾で撃ちぬかれ、あるいは電撃や炎を浴び、崩れ落ちた。


 生き残ったのはゲインただひとりで、傘のように広がったハンディポータルは一瞬のうちに彼を飲み込み、転移させた。


 ゲインは体の一部を切り取られることも空中に転移させられることもなく、どこか別の迷宮へと放り出されていた。


 そこがミ=ヴ迷宮であることをゲインが知るのは3エムターン後のことだった。


     *


 つまらない追憶を振り切り、ゲインは奴隷たちと一緒につるはしを分厚い岩盤にたたきつけた。


 力を込めてもほんの少し岩が欠けただけで、いつになったら目当ての素材が掘り起こせるのか見当もつかない。


 だが期日だけは7ターン後と定められている。そんな日数で作業が終わるわけがない。誰もが知っている。その期日を言い渡した監督官自身、作業を急がせるという意図さえ持っていない。あの嗜虐趣味の蟲は、ただ期日を守れなかった奴隷たちを痛めつける口実がほしいだけなのだ。


 おそらく、次のおしかり(・・・・)でも何人か命を落とすことになるだろう。


 ゲインは探索者として長年過ごし、生身でもそう簡単に破壊されたりはしない。鞭打たれた程度であれば耐えることはできる。しかし奴隷たちはそうはいかない。生涯を拘束され、何の喜びも与えられず光と水を奪われた奴隷たちは心身ともに弱り切っていて、すぐに死ぬ。先に死ねたほうが楽だと知っているからだ。


 ――何もかもが気に入らない。


 ゲインは怒りを込めてつるはしを岩盤に叩き込んだ。激しい金属音がして先端が折れ、柄がひん曲がった。


 手のひらの皮が熱くなっている。そこに刻まれた閂の紋は忌々しくも感覚がなく、痛みも熱さも感じない。


 呪いの念を込めてつばを吐き捨てると、ゲインは別のつるはしを拾い上げて岩盤に振り下ろした。


     *


 かつてミ=ヴ迷宮のコイリングと呼ばれていた場所がヴァーミンの手によって制圧されてから300エクセルターンあまりが過ぎている。


 その間にも胎蔵槽によってビィの新生児は生まれ続け、新たな奴隷として補充されることになる。


 つまり旧コイリングの住民はひとり残らず生まれる前からヴァーミンどもの奴隷となる運命にあり、絶望的に不遇な生涯を通して奴隷であり続ける。ひとりの例外もなく、だ。


 それが300エクセルターン。状況は何ひとつ改善すること無く、彼らは一方的に搾取され、飼育・・されていた。家畜と同じだ。ビィの寿命は180歳前後。しかしコイリングの資源採掘に駆り出されているビィたちの平均寿命は30歳を切っている。奴隷は死にやすく、その補充に若い世代が次々と補充に使われているせいだ。種族としての誇りは奪われ、ヴァーミンの言いなりになって生き長らえるしかない。


 ――ふざけるな糞虫どもめ。


 コイリングの生まれではない『渡り』であるゲインにとってはそのような事実は到底許せない。


 ヴァーミンはビィにとって常に敵であり続け、和解や協力などありえない。その上、ヴァーミンはビィを食料とみなす。そのような糞虫に従う通りなど一片もない。


 ゲインにとっては、いやどのビィにとってもそのような奴隷化は耐えられるものではない。命がけでそのような境遇から脱し、何があってもヴァーミンを攻め滅ぼすだろう。たとえ倒すことが無理でも、逃げ出すことをまず第一に考えるはずだ。


 そうでなくてはビィの端くれとも言えない。


 ゲインの常識ではそうだ。いや誰の常識であってもそうであるはずだ。


 だが、コイリングの奴隷たちは蜂起を拒否し、ただ死ぬまで奴隷労働を続けているのだ。


 それを知った時のゲインの怒りは、あまりのことに血涙と鼻血がいっしょになって吹き出すほどだった。


 彼らは生まれた時から奴隷で、奴隷として生き続け、父祖たちも奴隷で、自分が自由の身になれるかもしれないと望むことさえ無く、奴隷根性だけを抱いて死んでいく。


 300エクセルターンもの間、一族郎党全員が奴隷として生まれるのであれば、奴隷以外の生き方を想像することさえできなくなっても不思議ではない。自由を欲するつもり(・・・)さえ失い、何世代もの時が流れている。ビィとは奴隷の同義語なのだ、彼らにとっては。


 そして――。


 考えただけで内蔵が破裂しそうになるくらい、ゲインの怒りは頂点に達していた。


 今や彼自身が奴隷としてヴァーミンに囚われ、ビィとしての自分を貶められているからだ。


     *


 くだらない理由だ。


 ゲインは罠にかかりミ=ヴ迷宮に飛ばされた。


 そこはまさに巨大迷宮のまっただ中で、十分な装備のないままさまよい歩き、ようやくビィの気配のするコイリングに辿り着き――その直前で行き倒れになってしまったのである。


 わけのわからぬまま拘束され、尋問室のような場所に連れ込まれたゲインの見たものは、ヴァーミンに支配され、穢されたビィたちの哀れな姿だった。


 ゲインは即座に門術ゲーティアをつかってその場にいるヴァーミン全員を焼き殺し、奴隷を使役しているヴァーミン全てをこの世から蒸発させようと戦闘を開始した。ゲインは筋金入りの破壊術者であり、並のヴァーミンなど彼の足元にも及ばない。


 ただし、それは十分に動けるコンディションの場合のみだ。


 パーティのサポートもなく、水も食料もまともに口にせずさまよい歩き、行き倒れになるほど消耗していたゲインに、孤軍奮闘は無理があった。


 再び拘束され、拷問にかけられ、挙句手のひらに閂の紋をかけられた時には、もはや通常より頑丈な肉体を持つだけのビィと化していた。


 ――門術ゲーティアさえ。


 ゲインの怒りが沸騰する。


 ――門術ゲーティアさえ使えれば、ここにいるヴァーミンの半分は刺し違えてやれるものを。


 ゲインは偽りも強がりも言っていない。


 本来はそれだけの実力がある探索者なのだ。もしあの時のパーティ全員が揃っていれば、3ターンもあればコイリング全てを陥落させ、元のビィが住む都市へと戻してやることさえできただろう。


 今ではそれも不可能だ。


 仲間は死に、自分は門術ゲーティアを封じられている。


 この手も足も出ない状況。そして手も足も初めから何も出そうとしない生まれついての奴隷たち。ゲインはただただ、ひたすら怒りの炎を燃え上がらせる日々を余儀なくされていた。


 それでもゲインは諦めていない。


 ヴァーミンどもは殺す。皆殺しにする。


 奴隷たちの生活など知ったことか。こいつらの生き死にすらどうでもいい。


 糞虫に教えてやらねばならない。


 ビィとは何者かを。


 ヴァーミンの身の程を。


 何があっても、絶対に、必ず――。


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