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迷宮惑星  作者: ミノ
第12章 シヴァーの章
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09 煙か土か食い物

 スチフは拳を引き絞り、思い切り振り下ろした。


 尻の下に組み敷いたプラグドロイド”喜色キショク”の顔面にぶち当たり、金属の仮面が激しくきしんだ。


 門術ゲーティアで内門を開いているスチフはその力で霊光レイ・ラーを操り、全身の筋力を極限まで引き出している。


 喜色の身体は積層強化プラスキン製の外皮に包まれ、衝撃に強い。そして頭部は”沈黙の騎士”の鎧と同じクロムスキン合金製だ。その頑健なプラグドロイドにマウントし、咆哮を上げながらスチフは殴り続ける。一見その姿は優勢に見えるが、その実、叩きつけるたびに拳はひび割れ、ささくれた金属が皮膚を突き破り血が飛び散っている。喜色の笑顔をかたどった金属の仮面は大きく歪み、血に染まり、おぞましい表情に変質して見えた。


「ハハッ! なかなかやるね!」仮面の下で喜色の合成音がノイズとともに吐き出される。「こちらも反撃するよ、ハハッ!」


 喜色は、ビィのシルエットではありえない大きさの両手で腹の上にまたがるスチフを合掌で挟み込んだ。


 内臓がひとつも破裂しなかったのはスチフの門術ゲーティアが強かったからだ。何もせず生身のままであれば二度と立ち上がれなかっただろう。スチフは耐えた。耐えて、拳を頭の上で組んで喜色の鼻先を叩き潰した。


「……笑ってみろガラクタ!」


 血混じりの唾を喜色に吐きかけて、スチフは吠えた。


     *


 ラーブラは、プラグドロイドに弾き飛ばされたチワのもとに駆け寄り呆然とした。


 口と鼻から血を流し、身動みじろぎすらしない。


 気が遠くなった。ラーブラはテレパスとしては優れていても、治療系の門術ゲーティアを使えない。いち早く駆けつけたところで何もできなかった。念話で話しかけても反応がなく、意識を失ったまま目を覚ます気配がない。


 わからない。


 こんな時にどうすれればいいのか、何もわからなかった。


     *


 デンスは喜色の攻撃で肋骨を弾き折られたチワのもとに滑り込み、治癒系の門術ゲーティアを当てた。外門を限界以上に開き、霊線レイラインを直結させて霊光レイ・ラーを流し込む荒業は身体の損傷を共有してしまう可能性がある極めて危険な行為だが、チワに死なれるよりはマシだろうとデンスは考えた。


「ぐううっ!」


 デンスの肋骨が軋みを上げた。案の定チワのダメージが逆流し同じ箇所にヒビが入っていく。激痛が走ったが、それでもデンスは続けた。少なくともチワの瀕死のダメージは半々に分けられ、その分だけは確実に治療できるからだ。


「……起きてくださいよチワさん。困りますよアンタに死なれちゃ」


 痛みを噛み殺しながらデンスは言った。


 そして目を見開いたまま立ち尽くすラーブラを見て、少し笑った。


「おチビちゃんの世話、どうするんですか」


 デンスはブラヴァにさらわれ、うなじに刻印を入れられてから初めて治癒系の門術ゲーティアを使えるようになった。

 

 それまでいったい何をして、どこで暮らしていたのかほとんど何も覚えていない。ブラヴァに脳をいじられて記憶が曖昧になってしまったからだ。

 

 以来何年も廃物城の牢獄に閉じ込められて、無為に過ごしてきた。何を思い出そうとしても無駄だったし、そもそも思い出す必要があるのかとさえ思っていた。


 思い出せば、そこに帰りたいと必ず思うようになるからだ。


 だからデンスは牢獄の中の軽薄な若者のひとりという曖昧な立場にいた。それでいいと思った。自分ではしなければならないことも、すべきこともない。牢獄の中で寝て起きるだけの存在だと……。


 今は違う。


 新天地を求めて逃げ出し、自分がやるべき仕事と向き合っていると、記憶のあるなしに関係なく使命感が生まれた。みんなの、仲間のために生きるだけの理由が生まれた。もう何もかも忘れてしまってことなどどうでもいい。誰かのために、やりたいようにやってやる。


「……デンス?」


 瀕死状態だったチワが血の泡の混じった声を出した。


「良かった、なんとかなるもんだ」


 デンスは口の端から一筋血を流し、言った。


 だが次の瞬間、デンスの身体にプラグドロイド”呵呵カカ”がその蛇体で飛びついた。


 あっという間の出来事だった。大蛇の体を持つ呵呵はデンスに巻き付いて、悲鳴も上げる間を与えず絞り上げた。全身の骨を砕かれてデンスは死んだ。悲鳴すら上げる時間さえ与えられなかった。


「この骨が折れていく一瞬の感触……いいね。君たちビィの最後の輝きを感じるよ……これはすごくいい」


 呵呵はとろりと脳が溶けたように楽しげに言った。楽しくて楽しくて仕方がない。そういう声だ。


「てめえ、ふざけるなよ!」


 ラミューがたまらず飛び出した。デンスは死んだ。ひと目で分かった。今ここでやらなければチワもラーブラも草花をむしるように殺されてしまうだろう。


 門術ゲーティアで太陽の門を開き、炎のを呵呵の顔面めがけ投げつけた。


 だがそこで見せられたのは残虐な光景だった。


 呵呵は自らの蛇体で絞め殺したデンスの死体から力をゆるめ、それをラミューの方へと投げつけたのだ。ラミューの放った炎は呵呵に命中するどころかデンスに直撃し、その体は業火に包まれた。


「デンスーッ!?」


 叫んだところでどうにもならない。ビィの形をした松明になってデンスは燃え上がり、肉の焦げる匂いと煙を立ち上らせた。


「チクショウ!」


 ラミューは怒りにかられてもう一撃、炎を放とうとした。だがそれはもう遅い。呵呵はヘビの俊敏さで鎌首をもたげ、飛んだ。ラミューは前につきだした右手に食いつかれ、そのまま噛みちぎられた。


「いいね……ビィの血肉」


 呵呵が吐き出したラミューの肘から先がべたりと音を立てて地面の上に転がった。


 と、喜色にのしかかって顔面を殴り続けていたスチフも何度目かの合掌に挟まれて限界を迎え、ゴミのように放り捨てられた。


「は・ハハッ……少ゥぅしあ・あ・危なかったかな」


 酷いノイズまみれの念子合成音。起き上がった喜色の顔面は激しくへしゃげ、スチフの拳から飛び散った血でどろどろに汚れていた。もはや喜色満面という有様ではなく、歪んだ笑いを浮かべる化物の顔だった。


「うああーッ! 腕が! 腕が! この……!」


 ラミューの絶叫が、乾いた空に反響した。腕からの大量出血が止められずにいる。


 スチフは戦闘不能、デンスは死んだ上に火がついて燃えている。ラミューは腕を噛みちぎられてほぼ戦闘不能。チワはへし折られた肋骨が完全には回復しきらず、立ち上がれない。


 ラーブラは……ラーブラは恐怖のあまり地べたにへたり込み、頭を抱えて震えていた。


 終わりだ。


 プラグドロイドに慈悲はない。少なくとも喜色と呵呵にそのようなプログラムは存在していない。子どもであれば見逃す、などという思考とも無縁だ。だから当たり前のように喜色は異様に巨大な手のひらを構え、ラーブラに向けて振り下ろした。


 大きなドローンを高所から投げ落としたような音がした。


「え?」


 全く想像していないところから、それは来た。横合いから巨大な何かが回転しながら飛んできて、喜色の手をね飛ばしたのだ。


 それはもう一体のプラグドロイド”落涙”と戦っていたはずの”沈黙”が投げつけた大剣だった。


 いつの間に決着がついたというのか、沈黙は落涙の見えない曲刀に散々切りつけられながらもまだ稼働していた。叩き斬った落涙の涙マークの入った首を投げ捨て、脚を引きずりながら喜色の、呵呵の、そしてチワとラ-ブラの方へと歩いて行く。みしり、みしりと歩くたびにクロムスキン合金製の重甲冑の裂け目や関節からドロドロと循環液と――赤い血が混じって流れていた。


「は……ハハッ、これは面白い……ね? ”怒号ドゴウ”、まさかいまだにこんな力を残していたとは」


 ”怒号”と呼ばれたプラグドロイドは何も答えない。彼はもう怒号ではない。言葉を失った”沈黙チンモク”だ。


「でももう終わりだ! ハハッ! そのダメージで僕らふたりに立ち向かえるわけないだろう!」


 喜色はラーブラとチワにとどめをさすのも後回しにし、跳んだ。


 奇形的に巨大な拳が、ボロボロになった沈黙へと迫る。


 拳と、そして――ついさっきまで落涙が手にしていた透明な曲刀が交錯した。沈黙の騎士が落涙から奪いとったものだ。


 金属がねじ切られる強烈に耳障りな異音を立てて、喜色の拳が沈黙の左半身を打った。その威力を借りるようにして沈黙は身体を半回転させ懐に入り、喜色の腕を肘のところで叩ききった。


 循環液が吹き出して、シヴァー迷宮の荒涼とした空気に弧を描いた。


 凄惨な光景――戦いの決着がつこうとしていた。


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