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迷宮惑星  作者: ミノ
第12章 シヴァーの章
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08 からくり

 光導板の火が灯り、夜時間から昼時間に切り替わる間際。


 薄闇があたりを包み込み、刻印の者(ブランデッド)と呼ばれた者たち――チワ、スチフ、デンス、ラミューそしてラーブラの5人は日々の労働の疲れからそれぞれの寝所で眠りこけていた。


 5人の仲間たちが古い蜂窩ハイヴ跡地に新たな生活の場を作り始め、次第に生活レベルは向上し、蜂窩ハイヴの中心となる主機関樹も生命力を回復し始めた。


 主機関樹とビィとは共生関係にある。機関樹はビィにとって資源と動力源となり、ビィは霊光レイ・ラーを与えることで樹を活性化させる。長くその関係が続くほどに両者はより強く結びつくのだ。


 チワたちと主機関樹の関係はまだまだ浅い。これからだ。より大きな蜂窩ハイヴになるには時間がかかるだろう。


 それでも、未来がある。


 厳しい労働も、先々に成果があるとわかっているから頑張れる。これまでの牢獄ぐらしとは比べものにならない。そこには希望があった。


 だが――。


 彼女らは重大なことを忘れていた。


 あるいは意図的に目をそらしていただけかもしれない。


 新たな蜂窩ハイヴは、ブラヴァの廃物城から徒歩で数ターン分の距離しかない。


 ブラヴァがその気になれば、追手を差し向けることなど簡単だということに。


     *


 その日もかわらず光導板に火が灯り、一日が始まった。


 自由と、自由に見合うだけの労働を謳歌するチワたちは、牢獄の中で暮らしていた時より少し痩せたが、その目は生気に満ちていた。


 シヴァー迷宮の暮らしは厳しい。


 オオカミの牙のように天を衝く鋭い岩山がいくつも連なり、その灰茶色の岩肌には植物がほとんど生えていない。そこを縫うようにしてボアウルフやフタクビイヌといった獰猛な迷宮生物が群れをなし、他の迷宮生物を、そしてビィを襲って食い散らかす。


 加えてヴァーミンの脅威もある。ビィにとって苦しい環境は、時としてヴァーミンも同時に苦しめる。ヴァーミンも生きるためにビィを襲いに来る。


 黙って食料になる訳にはいかない。


 返り討ちにするだけでは足らず、ヴァーミンのすみかを反対に襲撃し根絶やしにすることも時には必要になる。


 誰もが飢えと渇きを癒せる場所を探していた。


 ただひとつ、ブラヴァ率いるプラグドロイドたちを除いては。


     *


「いやな感じがする」


 ラーブラが何かに感づいて、他の成体おとなたちはびくりとしてそれぞれの作業の手を止めた。


 強力なテレパスであるラーブラは無意識に周囲に念話のフィールドを投射している。生命体に当たるとエコーを発し、どこに誰がいるのかを探し当てることさえできるのだが――敵意や害意をもつもの、生命もないのに動いているものがノイズになって返ってくることがある。


 たった今ラーブラが感知したのは、まさにそれだった。敵意や害意をもち、生命もないのに動いている。今の状況で当てはまるのはひとつしか無い。


 プラグドロイドだ。


     *


「……どこにいるかわかる、ラーブラ?」


 切迫した、しかし可能なかぎりトーンを落とした声でチワが言った。


 ラーブラは首を振って、「わからない。でもこっちを見てるみたいな感じがする。おでこがちりちりする」


「数は?」とラミュー。


「それもわからない。あちこち動き回ってて」


 とラーブラが言い終わる前に、一番身体の大きいスチフの背後に全く音もなくクリスタルでできた曲刀で斬りかかる異様に細身のプラグドロイドが現れ――スチフが全くかわせない距離で――「よけてスチフ!」チワの叫びが響いて――しかし間に合うタイミングではなく振り上げた曲刀がスチフの首を刈り取る――。


 その直前、割って入った”沈黙”の大剣が曲刀とかち合って火花を上げた。


 スチフの首筋から血が一滴伝う。カミソリで傷つけたような、ごく細い切り傷ができていた。


「うおお!」


 スチフが吠え、透明な曲刀を保つプラグドロイド”落涙ラクルイ”と沈黙の騎士の間から転がって逃げた。


「どうしたんですかぁ……叫ばないんですかぁ……」落涙は腹痛でも起こしたように苦しげな合成音で沈黙を挑発した。「ああ、もうアナタはしゃべれないんでしたねぇ、”怒号ドゴウ”……」


 落涙は刀を返し沈黙の鎧の隙間を狙う。


 沈黙はそれを打ち返すために大剣をすさまじい力で振るう。


 強烈な激突音が連続して建設途中の蜂窩ハイヴに響き、チワたちは気を飲まれて立ちすくんだ。あのやり取りの間に一瞬でも触れたらバラバラにされてしまう……。


「チワ、みんな!」ラーブラが叫んだ。「沈黙さんが、早くここから逃げろって!」


「逃げる!?」


 チワは心臓を掴まれる思いだった。念話で沈黙の騎士がラーブラに警告を伝えたのだろう。だがどこに逃げる? ブラヴァの廃物城からようやく抜けだして築いた新天地から、いったいどこに?


「……急ごう」


 スチフが言った。かつてブラヴァに誘拐され心に深い傷を負った巨漢は、牢獄から脱し、日々黙々と作業に打ち込んでいるうちに目の光を取り戻しつつあった。チワの背中を気持ち強めに叩き、ここで死ぬべきではないと無言の合図を送る。


 デンス、ラミューも引きつった顔でうなずき、今は何も考えずに逃げ出すことに決めた。


 沈黙は落涙の乱撃を恐ろしい剣さばきでかわし、むしろ落涙を押し返す勢いだった。それを逃す手はない。


 チワ、スチフ、デンス、ラミューそしてラーブラは7ターンの間に作り上げたほんの小さな蜂窩ハイヴをなげうち、ひと塊になって走りだした。


 だがそれすらも許されない。


 一行の鼻先に空から落ちてきたもう一体のプラグドロイドが、一般的なビィの四倍近い拳で指をピンと弾いた。それはチワの胸の正面にぶち当たり、肋骨をへし折りつつチワの身体を宙に跳ね上げ、ドサリと地面に転げ落とした。


「ハハッ! やあ、僕は”喜色キショク”だよ」両拳が奇形的に大きなプラグドロイドが場違いに明るい合成音で言った。「君たちの相手はボクがするよ。ハハッ!」


 バケモノだ。全員の頭にその言葉がよぎった。あるいはプラグドロイド自身もその自覚があるのかもしれない。馬鹿にするように巨大な拳を広げ、喜色は身体を左右に振っておどけてみせた。


「さあ、ボクと握手をしよう!」


 到底付き合えない。スチフはチワを肩に担ぎ、喜色の真反対へ走りだした。


 それも許されなかった。


「ああー……いいね。5人。4人よりずっといい」ダメ押しに三体目が現れ、形容しがたい身体をねじりのたくった。「ぼくは”呵呵カカ”だ。いいね、どうせ死ぬ相手に自分の名前を教える。恐怖とともに名前を……いいね」


 呵呵は蛇体のプラグドロイドだった。首から下はヘビのように一本の縄のようで、頭だけがヒト型のそれという形状。まるでポーレンスティックを思い切り深吸いしたかのような気だるく多幸感に満ちた合成音。


「ハハッ! じゃあ早くこのビィたちを静かにさせて、落涙の手伝いをしよう! 彼、結構苦戦しているみたいじゃないか」


「かつての仲間同士の殺し合い……そこに割って入る……いいね。すごくいい。グイグイくるよ」


 プラグドロイドにもいろいろいる。ドローンに近い、他愛のないおもちゃの延長のようなものからヴァーミンと戦うために作られたものまで用途は様々だ。


 そんなプラグドロイドの中でも、今この場にいる3体は完全に戦闘目的の、いわば殺戮兵器としてあらかじめセッティングされた存在だった。


 スチフも、デンスもラミューも決してひ弱なビィではない。門術ゲーティアに長け、身体に入れられた刻印によって能力を特殊なものに強化されている。


 だが落涙、喜色、呵呵の3体は、容易には抵抗しがたいことを一瞬で理解させるだけの迫力があった。ビィよりも、機械よりも、むしろヴァーミンの邪悪さに近い。


「じゃあボクからだ!」


 喜色は清々しい炭酸飲料でも飲み干したかのように喜びに満ちた声を上げながら――まさに喜色満面という様子だ――異様に大きな拳を開いて張り手を繰り出した。


 瞬間の攻防があった。


 張り手の軌道をわずかにそれて巨漢のスチフが喜色の懐に入り込み、門術ゲーティアで身体を岩の塊のように強化して片足にタックルを仕掛けた。


 激突、そして満身の力で喜色の足を刈り、仰向けに転倒させ、そのまま機械のみぞおちへまたがった。


 そして拳を金属光沢の顔面に突き入れ、叩き込み、振り下ろした。


「逃げろ!」


 スチフは大声を張り上げた。細かな指示を出す余裕は彼にはない。


 デンスとラミューは目配せし合い、うなずいた。


 ここが覚悟の決めどきだと、何も言わずともわかっていた。


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