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迷宮惑星  作者: ミノ
第12章 シヴァーの章
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05 逃避行

 重金属同士がかち合う激しい音が、囚人たちの耳をろうした。


 白い寸胴鎧を身につけたプラグドロイド”シライシ”が白熱するヒートソードをかち上げ、傷んだクロムスキン重甲冑のプラグドロイドが振り下ろした大剣と衝突した。


 直に浴びると鼻先が焦げるような輻射熱が広がり、チワはやむなく廃物城の大扉からあとずさった。


「失セロ、失セロ裏切リ者メ」


 シライシは合成音でそう言って、ヒートソードで重甲冑のプラグドロイドに押し返した。強烈な熱が撒き散らされ、甲冑のあちこちに貼り付いていた血が――正確にはプラグドロイド”ナカジマ”の循環液だ――一瞬にして燃え上がり、蒸発した。


「あっ」ラーブラが小さく叫んだ。「デンス、ラミュー。準備して」


「え?」「準備?」


 ラーブラに名を呼ばれたふたりは同時に疑問の声を発した。


 次の瞬間。


 重甲冑の方が身をひるがえし、横薙ぎに思い切りシライシの胴に大剣を叩き込んだ。


 デンスたちふたりはラーブラが何をいいたいのかわかった。


 大剣を叩きつけられたシライシはバランスを崩し、背中に背負ったヒートソードの動力ユニットがデンスたちの真正面に向いたのだ。


「ここかァ!」


 気迫と共に、デンスとラミュー、そしてチワも加わってそれぞれの門術ゲーティアを発現させ、シライシの背中にまとめて叩き込んだ。


     *


 数十分後。


 もはやこれ以上は一歩も動けないというようにチワたち生き残りの囚人は地面に倒れこんでいた。


「まだ……追手は来ていないみたい、ね」


 息も絶え絶えチワが声を絞り出した。廃物城から逃げ出してから死に物狂いで走り、悪趣味な外見の城が視界に入らないところまで一切休みなしで走り続けた。生き残った全員が脱落せずに済んだが、それは幸運のせいか、それとも廃物城の主たるブラヴァの気まぐれで追手がなかったからか。いずれにせよ、チワをはじめとする刻印を施された仲間たちは――あの城で殺された者以外は――本当の外の世界に出ることができた。


 しかし――チワは”外の世界”を見渡して、思わず皮肉げな笑みを唇の端に浮かべた。


 牢獄の、そして廃物城の外は、決して楽園などではなかった。


 地面はゴツゴツと隆起して、前後左右どこをむいでも迷宮生物の牙のような鋭い岩山が突き立っていて、灰茶色の荒涼とした風景だけが延々と視界の端まで続いている。緑は岩の隙間から申し訳程度に生えた乾燥に強い雑草だけ。


 すでに方向は見失い、自分たちがどこに向かっているのかわからない。


 いや、向かうべき”どこか”があるのかどうかさえわからなかった。


 牢獄よりマシだったと明言できるまでには苦難が続くことをチワは理解していたが、口には出せなかった。


     *


「それで、あいつはどうするのさチワ」


 片目を眼帯で覆った女ビィ、ラミューがチワに声をかけた。


 あいつ、とは囚人たちから少し離れた位置でたたずんでいる重甲冑のプラグドロイドのことだ。


 廃物城入り口での戦いでシライシを破壊した後、何のつもりなのか囚人たちと一緒に城から逃げ出し、今の今まで同行していたのだ。


 チワは返答に困った。


 自分たちを助けてくれた存在である。敵だとは言えないが、廃物城の中に潜んでいたプラグドロイドだ。味方であるとも言いがたい。


「直に聞く……しか無いでしょうね」とチワ。


「聞くって、どうやってさ?」


「だから、直接よ」


 チワはつかれた体に鞭打って立ち上がると、思い切って謎のプラグドロイドに声をかけた。


「ねえ、あなたって私たちの……その、いったい何?」


 答える代わりにプラグドロイドは自分の喉元を指差した後、首を横に振るジェスチャーをした。


「喋れない……?」


 おずおずと尋ねるチワに、プラグドロイドは沈黙したままうなずいた。ギシリと金属鎧が音を立てる。


「敵じゃないよ」


 ラーブラがふたりの間に入った。


「ラーブラ、わかるの?」


「うん……念話は通じるみたい」


「念話が?」


「うん」


「待って。この……彼はプラグドロイドでしょう? いくらあなたが強力なテレパスでも、機械プラグド相手にどうやって」


「わからない。わからないけど、わかるの」


 ラーブラのぼんやりした物言いに、チワは何か言いがたい不安のようなものを感じた。強力なテレパスであるがゆえに、ラーブラは念話でつながった相手の精神に引き寄せられてしまうことがある。今回もそうなのかもしれない。


「沈黙の騎士……」


「え?」


「このヒト(・・)の名前」


「このプラグドロイド(・・・・・・・)の?」


 チワは面食らった。沈黙というのは喋ることができないからだろう。騎士というのも、全身に重甲冑を着込んで戦うスタイルのことをビィたちはそう呼び習わしているからおかしいところはない。だから合わせて”沈黙の騎士”という名前なのは話を聞けば納得がいく。


「まあいいわ、他にどう呼べばいいのかわからないんだし」


 チワはそう言って肩をすくめ、”沈黙の騎士”のフルフェイスヘルメットを模した頭部を見た。鎧と同じクロムスキン合金製の金属の塊のようだ。鼻も口もなく、ただ両目だけが薄赤色に明滅している。


「それで、あなたはなんなの? 何が目的?」


「待ってチワ。わたしが直接聞いてみる」


 とことことラーブラは沈黙の騎士に近づき、無造作にその体に触れた。


 その途端、ラーブラは小さく悲鳴を上げて地面に崩れ落ちた。


     *


 ラーブラはひどく恐ろしいものを延々と見せられた。


 それは全て血塗られた戦いと苦しみの記憶だった。


 足元に広がる血の海は相手のものであり、時には自分のものでもあった。


 何体ものプラグドロイドを殺し、ヴァーミンを殺し、ビィを殺した。


 何者かに操られ、あるいは自分の意志で大剣を振るった。


 数えきれない死をもたらした。


 苦痛に満ちた過去が念話を通じて流れ込み、ラーブラはそれに耐えられず倒れてしまった。つらさ、悲しみ。胸が痛み、ラーブラは涙を流した。


『すまない』


 混乱した記憶の部屋で、沈黙の騎士の中心核のようなものが語りかけてきた。


『私にここまで接触するべきじゃない』


 どうして、とラーブラの精神は泣きながら答えた。


『私の業は私が受ける。もうここへ来てはいけない。だがこれだけは教えよう』


 沈黙の騎士の声――念話でつながった心の声がラーブラの頭のなかで響いた。それは最後に手渡される”おみやげ”のようなものだった。


 ラーブラは何かを言わなくてはならないと思った。何か、彼に欠けるべき言葉があるはずだ。


 それが何かわからぬまま、沈黙の騎士とつながっていた念話の糸はぶつりと切れた。


     *


「……ブラ、ラーブラ! しっかりなさい!?」


 チワに抱き起こされ、ラーブラは意識を取り戻した。


「チワ……? うん、わたしは大丈夫だから」


 半分夢見るような口調でラーブラは自分の無事を伝えた。


「沈黙の騎士さん、あなたこの子に何をしたの」


 ラーブラが視線を動かすと、そこには生き残った刻印ブランデッドの囚人たち全員がボロボロの鎧を身に着けた沈黙の騎士を取り囲み、いつでも攻撃できる準備を整えている様子が目に入った。


「だめ、そのヒトはわたしたちに力を貸してくれるって」


「んん? 何、そりゃどういう意味だ」若い門術ゲーティア使いのデンスがそのままの疑問をぶつけた。「だって、そいつはプラグドロイドだろ? だったらやっぱりあのブラヴァの手下だろ」


「ちがうの、そうじゃなくて……!」


 チワの腕の中から立ち上がったラーブラは、どう言葉にすればいいのかわからず地団駄を踏んだ。


「信じて! すごく辛くて、だから逃げ出したんだよ、沈黙の騎士さんは!」


 要領を得ないラーブラの説明だったが、何度も繰り返してようやくおぼろげに理解できるようになった。


「とにかく今は敵じゃないってことね?」とチワ。


「うん、それに力を貸してくれて……」


「それはさっき聞いたよ。で、その力ってのはいったいなんだ?」とラミュー。


「案内してくれるって」


「どこに」


「ここから一番近い蜂窩ハイヴに」


 ラーブラを除く残り4人の仲間たちは色めきだった。蜂窩。そう、蜂窩ハイヴだ。牢獄にとらえられた時に頭をいじられ、半ば以上記憶を失ってしまったが、蜂窩ハイヴははっきりとビィの本能に結びついている。全員がその恩恵を、生活共同体の中心をなす主機関樹のことを思い出し、歓喜の笑みがもれた。何もかもに絶望してしまった巨漢のスチフさえ、その濁った目にかすかな光が見えるほどだった。


「もし、もしそれが本当なら……」


「ほんとうだよ、わたし聞いたもん」


 興奮しだしたチワを制するようにラーブラが言った。


 ラーブラは子供だが、そのテレパスとしての能力の高さは誰もが認めるところだった。いつもぼんやりしていても、こんな状況下で無意味なウソをつく子ではない。


 と、沈黙の騎士は囚人たちから離れてがしゃがしゃとどこかに向けて歩き出した。


「待って、あなたについていけばその一番近いっていう蜂窩ハイヴまで連れて行ってくれるの?」


 沈黙の騎士はその名の通り何も言わず、自分の進む道を指差した。目を凝らしても何も見えない。本当に蜂窩ハイヴがその先にあるのか、信頼に値する者なのか。多くの疑問が残っている。


 ラーブラはそんな大人たちのためらいに囚われることなく騎士の後ろについて行ってしまった。


「……ここはあの子に任せよう。どうせ水も食料もほとんどない。このままじゃ生き残れる可能性も低いだろうしな」


 スチフがそう言って、ラーブラについて歩き出した。


 残りの仲間達――チワ、デンス、ラミューたちも、顔を見合わせてからそれに続いた。


 大事な仲間はもう3人も死んだ。せめて自分たちだけでも生き残らなければ、これまでの苦労は無意味になってしまう。


 誰も彼も、それだけは嫌だった。


 生きることを拒むかのようなむき出しの岩山ばかりの風景で、まぶたに浮かぶ蜂窩ハイヴだけが刻印の囚人たちの希望だった――。


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