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迷宮惑星  作者: ミノ
第12章 シヴァーの章
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04 沈黙の騎士

 錆が浮き、曇った銀色の重甲冑。その背丈は標準的なビィの身長より頭ひとつ分大きい程度で、手足の長さもビィのそれと同じくらいだった。


 プラグドロイドだと知らなければ、たくましいビィが重甲冑をまとっただけと思えるかもしれない。


 元の色がわからないほどぼろぼろのマントを背に、フルフェイスの兜をかぶった重甲冑のプラグドロイドは錆つき薄汚れた大剣を頭上に掲げ、プラグドロイド”ナカジマ”に向けて振り下ろした。


 ビィのものでない叫びがほとばしった。ナカジマの焼け焦げた発声器官が吠え猛っている。


 腕一本切り落とされたナカジマは素早く転がって大剣をかいくぐり、残った腕で手刀を叩き込んだ。狙いは違わず重甲冑のプラグドロイドの脇腹をこすったが、貫通はできず火花が飛び散る。


「何なの、いったい……」


 突如現われ戦闘を始めたプラグドロイドたちに、チワは足を止め茫然となった。


「……どうする」


 スチフが脇腹を抑えながらチワに耳打ちした。肉をえぐられ相当の痛みがあるはずだが、門術ゲーティアで内門を開いて回復力を高めている。数分もあれば少なくとも出血は止まるだろう。


「わからない……でもこの機を逃すわけにも行かないでしょ、はやく移動し」


 チワの言葉の途中で、ナカジマの手刀が鎧の方の肩口にぶち当たり、一瞬聴力が奪われるほど激しい金属音と火花を散らした。


 鎧のプラグドロイドはぐらりと体勢を崩し、大剣を支えに踏ん張った。手刀の威力で肩の装甲が凹んでしまっている。


 囚人たちの門術ゲーティアで焼き焦がされ、片腕を切り落とされたことなど関係ないとでも言わんばかりに拳と蹴りを繰り出し、鎧を乱打した。重甲冑のあちこちが凹み、砕かれ、赤黒い体液が装甲板の隙間からこぼれ落ちる。


 その攻防は激しく陰惨で、おそろしいにもかかわらず思わず目を奪われてしまうものがあった。


 チワは茫然自失の囚人たち一人ひとりを見て回り、肩をたたいてここから離れるよう声をかけた。もう足を止めたり迷ったりせず、とにかくどこか出口に繋がる場所へと走る。それしか生き残るチャンスはない。鎧のプラグドロイドがなぜナカジマと戦っているのか、わからないことはあるがもう関わってはいられない。


「ラーブラ、早く来て! あなたのテレパスは役に立つんだから……とにかく早く!」


 仲間たちに比べて呼吸ふたつ分ほど遅れて我に返ったラーブラは、慌ててスチフたちに続いた。


 めった打ちにされる鎧のプラグドロイドになぜか後ろ髪を引かれるような気分になりながら。


     *


「死ねよ」


 三つ目のマスク一枚下から、ナカジマは場違いに明るい合成音声で呪いの言葉を発した。


「ここはお前の来る場所じゃない。だからここで死ねよ」


 尋常のビィの二倍はある腕を振り回し、鉤爪で鎧に傷跡をつける。ただでさえ錆びて傷んだ重甲冑は、さらに不格好なものになった。歴戦の戦士というよりむしろ落ち武者のそれである。


 ナカジマは合成音声でけらけらと笑った。イニシアチブをとっている。あとは完全に重甲冑を引き剥がし、首をねじ切れば終わりだ……。


 瞬間、戦いの臭いが充満する空間に局所的な突風が吹いた。


「え?」


 ナカジマは、自分の腹を見た。信じられなかった。薄汚れた大剣が、正中線に沿って腹を切り裂いていた。


 ば、と赤黒い循環液が吹き出し、臓物に当たる半生体ユニットが泡立ちながら足元にこぼれた。


 そんな馬鹿なことがあってたまるか――ナカジマは口を開こうとしたが、吹き出した循環液が多すぎて言葉をしゃべることができなかった。


 ナカジマはそのまま崩折れた。


 鎧のプラグドロイドの姿は、いずこかへ消えていた。


 鉄錆の臭いだけが残された。


     *


 どこをどう走ったのかわからないが、チワたちの目の前に大仰な下り階段とエントランスが見えてきた。そこから先は本当の”外の世界”だ。


「いい? ここまで来たらあせらずに行くわよ」


 チワは息を整えつつ言った。全速力で走り続け、体力は限界に近かった。


「周りをよく見て。あそこ……ホラ、大きな扉が見えるでしょう? たぶん開閉スイッチがどこかにあるはずだから、みんな手分けして探してみて」


 そうしたら外に出られる――チワは薄暗い照明の灯る天井を見上げ、口の中でつぶやいた。本来なら仲間を引率するのはバナードの役目なのに、彼は早々に死んでしまった。外。おそらくこの建物から外に出ることは可能だろう。プラグドロイド同士の争いも起こったがあれは考えても仕方ないことだ。向こう(プラグドロイド)には向こうの事情があるのだろう。


 チワは自分の集中力が拡散していくのがわかった。


 まだもう少し気を張らなければならない。理屈ではわかっているが、バナードが――密かに想いを寄せていた相手が何もできずに殺されたのを間近で見てしまったのだ。できることなら何も考えずベッドに潜り込んで大泣きしたい気分だった。


「チワー! 見つかったよ!」


 コリィが得意気に声を上げた。成体式を受けているはずだが記憶を大幅に欠落していて、ラーブラよりも言動の幼いビィだ。


 チワは返事をし、疲れた身体を無理に動かして階段を降りた。冗談のように膝が震えている。


     *


 物理ボタンのふたつついた開閉パネルが柱のひとつに埋め込まれていた。


 誰も押そうとしないのでチワがボタンを押し込むと、実にあっさりとロックが外れ、警戒音とともにシェルターのような分厚い扉が左右に開き始めた。


 ――こんな簡単でいいの……?


 チワの脳裏に疑問が生じた。あっけなさすぎる。いままで何エクセルターンも辛苦を与えられてきたというのに、入口の扉はこうも簡単に開くものなのか。


 こんな簡単に開いてしまう入り口のためにバナードは命を落としたのか。


 言っても仕方のない事だ。だが思わずにはいられなかった。


「みんな、ようやく本当の”外の世界”よ。とにかく……その、とにかく外に出ましょう」


 どう感情を表せばいいのかわからないまま、チワは曖昧に笑った。外に出て、それからどうすればいいのか――そんな思いが心にさざなみを立てた。


 そして、重厚な扉が通り抜けるのに十分なほど開いた。

 

 最初の一歩を誰が踏み出すか、などと考えているような場面ではなかった。ただ、精神的には最年少のコリィが皆より数歩先に出て、一番乗りを果たした。


 もし彼に落ち度があるとすれば、外に何があるかよく見ずに飛び出してしまったことだろう。


 引き換えにコリィは殺された。


 巨大な鉄扉一枚を挟んだ向こう側に控えていた、プラグドロイド”シライシ”のヒートブレードに首から上を焼灼されて。


     *


「通サナイ」


 ごく簡潔にそう言って、シライシは白熱する幅広の剣を構えた。

 プラグドロイド”シライシ”は”ナカジマ”とは全く異なる外見をしていた。全身をつるりとした白色の金属板に覆われ、身体は寸胴。足も腕も太く、背中に一抱えほどもある円筒形の機材を背負っている。機材は手にしたヒートブレードの柄頭とケーブルで接続されており、強烈な熱の源となっているらしい。


 ナカジマのようには流暢に喋らず、その声はより念子合成音むき出しのもので、それゆえ交渉の余地のなさもまた明らかだった。


「コリィ、コリィ! あああっ!」


 コリィを一番可愛がっていたハウ老人が駆け寄るが、すでにその頭は無く、胸のあたりまで溶けただれてひどい臭いを放っていた。


「チクショウ、どうすりゃいいんだチワさん! 攻撃すりゃあいいのか!?」


 戦闘要員であるデンス、そして片目のラミューがチワに指示を求め、一方でコリィを失ったハウ老人が逆上している。残りの囚人たちはどうすればいいのかわからず立ちすくんでいる。


「……チワ」巨漢のスチフがチワの右後ろに立った。「どうせあのプラグドロイドを破壊しないかぎり外には出られん。やるしかない」


 チワは逃げ出したいのを我慢してうなずいた。


「みんな、落ち着いてアイツに門術ゲーティアを」


 だがその前に、ハウ老人が出し抜けに前へ飛び出した。囚人たちの制止の声があちこちから上がり――それはもう間に合わなかった。


 シライシは、廃物城からたった一歩だけ踏み出したハウにヒートソードを容赦なく振るった。右斜め上から振り下ろされた熱の塊はあっけなく老人の身体を分断し、血が一瞬の内に蒸発する。即死だ。


「戻レ。通サナイ。諦メロ」


 作り物の感情すら持たない合成音が投げかけられ、チワたちは一歩二歩と後ずさった。


 とてもかなわない。


 ブラヴァが自らの手で作り上げたプラグドロイドの強さは半端ではない。チワは必死に次の手を考えた。8人いた囚人も残り5人。

外門を開いて攻撃可能なビィはチワ自身を含めて3人しかいない。


 それでも今さら戻るわけにはいかない。あと少し、あとすこし踏み出せば忌まわしい廃物城から外に出られる。追手が掛かる前に目の前のプラグドロイドを倒さなければ完全に詰んでしまう。


「……デンス、ラミュー、あなたたちは左右に広がって。私の指示で門術ゲーティアをありったけ打ち込んで。スチフ、あなたは」


「……武器になるものを探す」


「お願い!」


 囚人たちは恐怖に足をすくめながらもチワの指示に従った。シライシは廃物城の敷地内から出たものを焼き殺している。手があるとすれば、大扉の内側から攻撃するしか無い。


「まって、まってチワ」


 ひとりだけ指示を与えられなかったラーブラが、場違いにもじもじ(・・・・)した声でチワを引きとめた。


「何、ラーブラ!?」と切迫したチワ。


「こっちに来る……さっきのプラグドロイド」


「え?」


 チワが一瞬ぽかんと口を開けたその時。エントランスの階段から恐ろしいスピードで何かが走ってきた。


 錆混じりのクロムスキン重甲冑を身につけ、大剣を背負ったプラグドロイドが唐突に現れ――誰かが何かを言う前にシライシへ大上段から斬りつけた。気迫の声すら無く、ただ一直線に首を狙って。


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