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迷宮惑星  作者: ミノ
第12章 シヴァーの章
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03 生きるために

 牢獄から抜けだした刻印者ブランデッドの囚人たちが見たものは、牢獄とさほど変わりのない薄暗い光景だった。


 無機質な壁。はるか高い天井。冷えきった床。照明は薄暗く、窓もなく、重苦しい空気が漂う。


 だが少なくともそこは独房ではない。分厚い扉も鉄塊のような錠前もなく、自分の足で好きなところを歩く事ができる。


「出入口……がどこかにあるはずだ」


 リーダーのバナードがやや自信なさげに言った。仲間を率いてはいるものの、彼自身も牢獄の外はほとんど未知の領域だった。


「どうする、手分けして探すか」


 他のビィよりもずっと大柄なスチフが伏し目がちに言った。その声は暗い。


「やめたほうがいいと思う。プラグドロイドに出くわしたらどうする? 私たちは戦えるビィばっかりじゃないよ」


 今度は細身の女、チワが口を挟んだ。囚人たちの中でも、囚われる前の記憶をかなりはっきりと残している聡明なビィである。


「それでも進む方向くらいは調べないと進むのは無理だ」とバナード。「こうしよう。俺とチワはこの廊下の左側。スチフは……」


「オレはひとりでも大丈夫だ」とスチフ。


「わかった。じゃあ頼む」


 三人は率先して動いた。残りの囚人たちは息を潜めて団子状にかたまり、お互いの体温をわけあった。


 恐怖の匂いは、”外の世界”に出ても変わらず彼らにまとわりついていた。


     *


 進む道の大方の見当はついた。


 バナードに率いられ、身体に刻印のある囚人たちは慎重に廊下を進み始めた。


 ラーブラもそこに混じってついていく。周りはみんな成体おとなばかりで、母代わりだったルメシアもおらず、どこか現実感に乏しい。ともすれば自分が何のためにここにいるのかも曖昧になった。


 ――ラーブラ。ラーブラ。それが名前。自分の名前。


 祈りのように何度も頭の中で繰り返し、ラーブラは半分体の外にはみ出してしまている意識を繋ぎとめようとした。


「さっきの続きだけど。もしプラグドロイドが現れたら……」チワが小声だが精一杯聞こえるように言った。「逃げる? それとも戦う?」


「……逃げても外に出られる可能性は低いだろう」老齢の男ビィ、ハウが控えめに言った。「生け捕りにされても元の牢獄に戻されるか最悪処分される。ここは何が何でも突破すべきじゃないか」


「まってくれハウのジイさん」デンスという名の成体になって間もない男が慌てて両手を広げた。「外門が使えるのはバナードとチワ、それに俺とラミューだけだ。力を合わせりゃ何とかなるかもしれないが、プラグドロイドは頑丈だぜ? せめてルメシアがいれば……」


「やめろデンス。彼女はもういないんだ」


 ハウは一瞬バナードの表情を気にしつつ言った。バナードとルメシアが恋人同士だったのは公然の秘密だ。


「……俺は内門使いだが、ひとりでも奴らと張り合える」とスチフ。


 その表情は暗い。門術ゲーティアを使えば、他者への憎しみと自己嫌悪の混じったオーラが手でつかめるほど放たれているのが見えただろう。


「我々の目的は生き延びることだ。生きてこの城から逃げることだ。生きるためには前に進んで敵を排除するしか無い。そうだろうバナード」とハウ。


 バナードはひとつため息を付いてから、残りの囚人仲間も含め全員の顔を見渡した。


「確かに逃げても無駄だ。もしプラグドロイドに出くわしたら、全員で破壊する。そして全員で脱出する。全員で生き延びる。いいな?」


 バナードの言葉に、ある者はこわごわと、別の者は薄笑いを浮かべ、他のものたちは緊張しつつうなずいた。何をどうすればいいのかわからなかったが、ラーブラもコクリと肯定の意を示した。


「よし、じゃあ行こう」


 とバナードが前に向き直った瞬間、廊下の天井からドサリと何かが落ちてきた。

 

 落ちてきたのは腕の異常に長いプラグドロイド、ナカジマだった。


 その手刀が一瞬閃いて――最初の犠牲者はよりにもよってバナードだった。


 鋭い爪の生えた手刀が、バナードの胸を刺し貫いていた。


     *


 刻印者の囚人たちはいっせいにパニックに陥った。何事もなく廊下を進んでいたことで気が緩んでいたのだろう、まさにその隙を突くタイミングで悲劇は起こった。


「バナード、バナード!」


 チワが叫び、他のビィたちも悲鳴混じりにバナードの名を呼んだ。だがバナードがもう助からないことは誰の明らかだった。三つ目の仮面をつけたプラグドロイドの手刀は胸の真ん中を貫き、心臓を経由して背中まで突き抜けていた。


 刻印を入れられた囚人はみな門術ゲーティアに長けている。才能のある囚人たちだけが集められているのか、それとも肌に刻まれた刺青イレズミ状の”印”がそうさせるのか、囚人たち自身は知らない。それはともかく、治療系の門術ゲーティアを使えるビィも数人いる。だが門術ゲーティアにも限界がある。死人を生き返らせることはできないのだ。


 バナードは言い残す言葉すら口にできず、代わりに血の泡を吹いて即死した。


「我が名は”ナカジマ”」


 仮面の下、くぐもった合成音声が騒然としている廊下に冷ややかに響いた。


「一度だけ言います。牢獄に戻りなさい」


 そうすれば殺さずに済む、と”ナカジマ”は三つ目の仮面を被った首をカチカチと音を立てて360°回してみせた。


 恐怖と混乱。パニックを起こした囚人たちは――バナードを失って残り7人――ついさっき意見をまとめたばかりだというのにてんで(・・・)の方向に散ってしまった。


「駄目! また繋がれて生きるつもりなの!?」


 チワが必死に叫んだ。やっと牢獄の外に逃げ出したのに、結論がこれ(・・)ではあまりにも悲しすぎる。


「……ふざけるなよ」


 暗い目の巨漢、スチフが内面の怒りを弾けさせ、ナカジマに向かって思い切りショルダータックルを叩き込んだ。門術ゲーティアで内門を開いたスチフの肉体は岩の塊のように頑丈になり、瞬発力も通常時の三倍あまりに引き上げられる。


 派手な音を立ててナカジマは弾き飛ばされ、そのまま廊下の壁とスチフとでサンドされた。


「ごグおっ」


 三つ目の仮面の下からノイズ混じりの合成音が漏れた。壁にヒビが入るほどのタックルである。硬質透明プラスキン装甲で包んだ身体は破壊できなくても、体内のパーツへ伝わる衝撃は完全には防げない。


「スチフが押さえている内に早くこっちに! 元の場所に戻ったらまた同じことの繰り返しよ!?」


 チワが叫んだ。


 ほとんど同時に、スチフが野太い悲鳴を上げた。タックルで押さえ込んでいたスチフの脇腹を、ナカジマの爪がえぐったのだ。

 

「みんな急いでこっちに……ラーブラ、あなたも!」


 チワとスチフのいうことにまともに反応できたのは数人だったが、それでも各々が怯える仲間の手を引いて逃げ出す準備を整えた。


「ぬああ!」


 スチフは最後のダメ押しにもう一度ナカジマのひょろ長いボディに体重をかけ、その体を壁にめり込ませて動きを封じた。


「急げ!」


 スチフが叫び、囚人たちはバナードの亡骸なきがらを乗り越えて走りだした。


 その先に逃げ出せる出入り口があることを信じて。


     *


 ラーブラはスチフたちの背中を追って走っているうち、また頭がぼんやりしてきた。自分が何のためにここにいて、どこに向かっているのかという意識が希薄になる。


 スチフとチワは必死の形相で走り、彼らについていこうとするラーブラたち残りの囚人たちを何とか鼓舞して急ぐよう促している。だからそれに引き離されないように走っているが――やはりラーブラにはどこか他人事の用に思えてしまう。


 同じようなデザインの廊下を走り、同じように大仰な扉の前を通り過ぎ、自分はいったいどこに進んでいるのだろう。


 ――ああ、ダメだ。


 走りながらかぶりを振り、ラーブラは揺れ動く自分の意識をしっかり掴み直した。


 ――ラーブラ。それが名前。他の誰でもない、自分だけの名前。ルメシアが付けてくれた……。


 出し抜けに、気圧の変化で詰まっていたような耳の聞こえが明瞭になって、ラーブラはいま自分たちの身に何が降りかかっているのか理解できた。ここを――この冷たい建物の中から飛び出して、自由を得る。それが自分たちの目的だ。


 ラーブラの自我がようやくはっきりと像を結んで、その直後、うなじにすさまじい悪寒が走った。


「スチフ、チワ! 上にいるよ!!」


 ラーブラの突然の声に、スチフたちは急ブレーキを賭けて立ち止まった。


 いったい何が、とラーブラに問いかける前に、どうんと地響きを立ててプラグドロイド”ナカジマ”が鼻先に降ってきた。スチフが念入りに廊下の壁にめり込ませたというのに、ほとんどダメージを受けていないように見える。


 ナカジマは三つ目の仮面をつけたまま無慈悲にスチフへと手刀を繰り出した。だがそのナタのような手刀は、直前にかかったラーブラの警告のおかげでかろうじてスチフの頭上を通り越した。


「逃げても無駄なんですよ。わかってくれませんか」


 プラグドロイドは仮面の下でくぐもった声を発した。仮面にはバナードの血痕が残っていて、垂れて筋になっている。


 そんな人外の化け物のいうことを聞いて、無事でいられる保証など何ひとつ無い。


「どけ!」


 チワが叫ぶと同時に大地の門術ゲーティアを使い、床の一部をぐにゃりと変形させ、鎖のようにナカジマの脚に巻きつけた。


「みんな、今のうちに早く!」


 再びチワが声を張り上げた。


「ダメだよそんなの!」


 ラーブラが、それに負けないくらい大声で叫んだ。ラーブラには直感でわかっていた。チワはこの局面で死ぬ気だ。他の仲間のために命がけで門術ゲーティアを使い、足止めして殺されても構わないと思っている。


 いつもぼんやりとして心ここにあらずというラーブラだったが、彼女は元々強力なテレパス能力の持ち主なのだ。


「こんなところで死んじゃダメ、チワ!」


「ラーブラこそ! ここで死ぬのは私だけで十分よ! スチフ、みんなをお願い!!」


「……わかった」


 スチフは低い声でそう言って、しかし仲間を引率するより先にナカジマの胴に思い切り前蹴りを食らわせた。


 ナカジマはいきなりの衝撃で倒れこみ、近くにあったカーボン=プラスキン複合材の柱に頭から叩きつけられた。強烈な衝撃に、ボディからぱちぱちと火花が飛んだ。


 これで破壊できる相手ではないことはスチフも承知している。それでも今度のダメージは大きいはずだ。


「今だ!」


 スチフの叫びに応じ、腰の引けていたデンスと、失った左目に眼帯をつけた女ビィのラミューが同時に門術ゲーティアを放った。突風と炎、それぞれが発現させた力が交じり合い、プラグドロイド・ナカジマを襲った。


 爆炎が巻き起こり、ナカジマは逃げられずに直撃を甘んじた。 


 完全な破壊はなおもできていなかったが、ダメージは確実に入っている。


 今のうちなら何とか抜け出せる。一同は皆、同じようにそう感じた。


 だが、ナカジマのボディは予想を上回る頑健さをもっていた。一般的なビィの倍ほども長い手がするりと伸びて――その手にラーブラは足首を掴まれた。


 ラーブラはそのまま足一本持たれたまま逆さ吊りにされ、三つ目の仮面を小刻みに震わせるナカジマの手刀の餌食になった。


 腹を割かれ内臓を引きずり出され、大量の血が――。


 いや、違う。


 ラーブラは腹を割かれてなどいないし、大量にこぼれ落ちた血は彼女のものでもなかった。


 滴り落ちた大量の血は、実際にはオイル混じりの赤黒い体液であり、それはナカジマの腕から吹き出たものだった。


 ナカジマの長い腕は、肘のところで切り落とされていた。


 突如現れた、クロムスキン合金製の重甲冑で全身を覆った見知らぬ人物――否、プラグドロイドが振るった大剣によって。



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