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迷宮惑星  作者: ミノ
第12章 シヴァーの章
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02 廃物城

 ”廃物城”と呼ばれるその建物の中心には中庭があって、そこには主機関樹セントラルツリーがはみ出るほど大きく高く伸びていた。


 かつては蜂窩ハイヴだったはずのその場所は、もはやビィの生活共同体ではない。城が全てを覆い隠している。外観からはビィの姿は見えない。誰も彼も、何もかもが廃物城の中に閉じ込められ、出入りするのはビィとは別種の奇妙な人影のみ。明らかに頑丈そうな金属製ボディアーマーを纏ったその姿は、太古の近接戦闘用の重甲冑のようだ。


 何のために城の外へでて、何を持って城に戻るのか。


 そもそも彼らは何者なのか。


 廃物城は鬱々とした静けさを保ち何も答えようとしない。名の通りどこかから集められた廃物スクラップ、迷宮生物の巨大な骨、折れた主機関樹の枝の寄せ集めで作られた城は、折り重なった狂気の塊のようで、直視をはばかられる空気を発散しているようだった。


 迷宮の名はシヴァー。


 昼時間でもなお暗がりを残す光導板の下、凶悪な迷宮生物の牙のように切り立った岩山と崖ばかりの厳しい環境がひたすら続く迷宮の果て、積み重なった廃物の城の中で、ひとつの物語が始まろうとしていた――。


     *


「脱走、とな……?」


 廃物城のおぞましき最上階に、かすれた声が小さく漏れた。


 その部屋は何かの芸術品であるかのように奇特な空間で、とてもビィが寝起きするのにふさわしい雰囲気ではなかった。


 中央には何人ものビィがまとめて横たわってもまだ余るほどに大きな天蓋付きベッド。その周りには、壁際からずらりと並んだ人形・・が取り囲んでいる。並大抵の数ではない。手のひらに乗るようなごく小さなものから、平均的なビィと同等のサイズ、あるいはその倍もあるものまで多種多様だ。全てがビィの形で、奇形的に双頭のものや手足の数が多いものがチラホラと見えるが、いずれもビィをモチーフにしたものと見て間違いはない。


 プラグドロイド――プラグド技術に詳しいビィなら、人形の群れをそう評したかも知れない。


 事実、ベッドに身体を横たえていた人物の枕元にマルチデバイスを運び、ホロを見せているのは幼体期こどものビィほどの背丈をしたプラグドロイドだった。プラスキン系素材の表面処理はまるで生きているかのようで、同時に表情もなく瞬きもしない顔は玩具か死者のようで、ある種の悪趣味がそこにはあった。


 ベッドに横たわるビィは物憂いため息を長々とついて、柔らかいベッドにめり込むようにして天井を見上げた。


 そこには天井に渡された棒や突起を手足で掴んで、床に置かれたものと遜色ないほどの数のプラグドロイドが逆さにぶら下がっていた。


「……誰が鍵を開けた」 


 人形だらけの部屋の中、唯一生身のビィがかすれきった声を出した。顔も手足も恐ろしいくらいの皺が刻まれ、漂白されたような髪と髭は伸び放題になって枕元にとぐろを巻いている。老人――それも200歳をゆうに超えているだろう。ビィの平均寿命は180エクセルターンと言われているが、その老人は見るものを困惑させるほどに老いていた。


 幼体型プラグドロイドはわずかにデバイスをもたげ、老ビィに見やすい位置にホログラフをポップさせた。


 老ビィは干からびた口元を歪め、咳込んだ。


「あの小娘……命と引き換えに門術ゲーティアで鍵を開けおったか」


 愚かな真似を――と、持ち上げることも一苦労な拳を老ビィは握りしめた。


 ホロの中で、足枷に繋がれ、一糸まとわぬ姿の女ビィが体中の穴から血を流して死んでいた。その青白い肌には精密念子機器のプリントパターンのような刺青イレズミ――刻印が刻み込まれている。そしてそれを掻きむしろうとしていたのか、痛々しい傷がついていた。


「あと少しで実用化できたものを……」


 老ビィは砂を飲まされたような苦り切った顔をして、小プラグドロイドを下がらせた。


「……”ナカジマ”よ」


 かすれた声が部屋に響くと、”ナカジマ”と呼ばれたプラグドロイドが、いかなる歩法を使ったのか無数の人形たちを苦もなくすり抜け、ベッド脇にたどり着いた。


 一般的なビィに比べ異様なほど腕が長く、鉤爪が生えている。三つ目の仮面をすっぽり被っているような頭部をしていて、首から下は耐衝撃硬化プラスキン製の曲線を帯びた装甲に全身を覆われていた。ヒト型だが、ビィにはまるで似ていない。


「逃げ出した”刻印者(ブランデッド)”どもを追え。可能な限り生きたままとらえよ。どうしても抵抗するなら見せしめに何人か殺して構わん」


 ナカジマは胸の前に手をやって恭順の意を示し、現れた時と同じようにするすると同類たちの合間を縫って部屋を出て行った。


「……老いとはままならぬものよ。このブラヴァともあろうものが、かくの如き醜態を晒さねばならぬとは」


 ブラヴァ。


 老ビィは自らをそう呼んだ。


 ”からくりの君”ブラヴァ。


 かつてそうあざなされていた男が、後戻りできない老いの流れに飲み込まれ、ベッドの上で体中に管を繋がれて何かを画策していた。


 その濁った視線の先に、刺青を入れられた囚人たちの怯える姿を幻視しながら――。



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