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迷宮惑星  作者: ミノ
第11章 バーズテイルの章
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10 虹

おおきくなったらけっこんしようね。

「どういうことなんですかこれ! ぼくたちはどうすれば……!」


 ウルは突如侵入してきたトンボヴァーミンが凶行を働くのを見てイマグナに念波を送った。しかしホワイトノイズがかかったまま返答がない。


「ウル、多分ヴァーミンが念波妨害かけてる」


 門術ゲーティアのエキスパートであるベルが言った。何かとウルに頼り切りのベルだが、門術ゲーティアのことに関してその判断は鋭い。


「じゃあどうしたら?」


「わかんない。でもヴァーミンは何があっても潰さなきゃ。パレードの見物にきたビィがどんどん殺されてるよ。ホラ、あそこも」


 ベルの指差す先に、今まさにトンボの大あごに頭を噛み砕かれるビィの姿があった。


「わかった。まずヴァーミンを全滅させよう。それからどさくさ紛れにシュタイナ殿下に近づいて、護衛の役を買って出よう。暗殺者との間に入るんだ」


「うん、ウルがそう言うならわたしもそうする」


「よし」


 ウルはマルチブレードに霊光レイ・ラーを送り込み、霊光記憶合金製の実体剣を展開させた。


「行こう、僕らの力を示す時だ」


     *


 パレードの見物客は大混乱に陥った。


 だが10エクセルターン前の時とは違い、衛兵たちの避難指示にしたがって安全な場所へ列を作っている。


 ところがトンボが列にまっすぐ飛び込み霊光レイ・ラーを暴走させて大爆発を起こし、あるいは門術ゲーティアによって炎が投げ落とされ、ひどい惨状が広がっていった。


 戦えるビィは反撃をした。衛兵だけでなく一般市民もだ。彼らはみな、かつてリュトミ姫を失った時の記憶が蘇っていた。シュタイナに対する反感を持つものは多い。あるいはそれは過半数を占めているかもしれない。それでもヴァーミンとの戦いを避けるわけに行かない。何がどうなろうとも、ヴァーミンはビィの敵なのだ。


 そして、このタイミングの襲撃である。


 聖蜜アムブロシアの強奪が虫人間どもの目的であるのは明らかだった。


 だからビィは戦う。聖蜜を奪われヴァーミンがその力を使えば、パドメは滅びるかもしれないからだ。


 同時にヴァーミンも必死だった。


 聖蜜の所有はすべてを変えてしまう。ビィに使わせること自体がヴァーミンに危機を呼びこむ。ならば奪取するしか無い。200匹のうち何体が死んでも構わない。誰かが蜜を入れたポットを奪えばそれでヴァーミンの勝ちだ。


 双方の死体が増え、ヴァーミンの突撃により広場は血と脂の焦げる匂いで一杯になる。


 その中にひとつの嵐が吹き荒れた。


 ウルとベルとの完全同調(シンクロ)攻撃である。


 前衛のウルが内門を解放、後衛のベルが外門を開きバックアップに回ることで超高速機動と絶大な破壊力を同時に発生させるこの能力は、生まれつき特別な結びつきをもつふたりにしか成し得ない能力だ。


 群れ飛ぶトンボ型ヴァーミンは次々とウルの刃にかかり墜落していく。


 自然と歓声が起こった。ウル達を見る目は、もしかすると在りし日のシュタイナとリュトミ姫を想起させたのかもしれない。


 そしてそれは、シュタイナ自身も同じだった。


     *


「よもやこのようなものが見られるとはな」


 片手のポットになみなみと聖蜜を詰め込んだまま、シュタイナは決して普段は顔に出さない寂しげな表情をしていた。


 男女のコンビが力を合わせヴァーミンを斬り捨てていく。そのような役目は本来自分とリュトミに求められていたはずだ。


 だがそうはならなかった。


 もう全てが遅いのだ。


 と、濃密な腐敗臭がシュタイナの鼻腔を刺激した。


「下郎、貴様か」


 シュタイナは振り返りもせず言った。背後にはガスマスクの男がプラグド化された爪を伸ばし、脊椎をえぐろうとするポーズのまま空中で固まっていた。腐敗臭のする毒爪は、あと少しのところでシュタイナに届いていない。


 目に見えない四本の腕――シュタイナがもつゲーティアが産み出すそれが自動的に動き、ガスマスクを空中で掴んだのだ。


「ツイオーンめ、もっと腕のたつ暗殺者を用意しておけなかったのか」


 次の瞬間、ガスマスクの男は見えない腕に握りつぶされ、バラバラになって崩れ落ちた。


 次に間をおかずフードと仮面を被ったもう一人のボディガード兼暗殺者が躍りかかったがこれもシュタイナは一瞥もせず吹き飛ばした。何をするでもなく、息をするのと同じくらい自然に腕は動く。シュタイナは何も意識する必要はない。攻撃に対しては腕が自動的に反応するのだ。攻撃でなくとも、例えば死ぬほどの高所から落下したとしても腕は自動的にシュタイナを守り、無傷のままで着地させるだろう。


 それが”恩寵の子”として生まれついての能力なのだ。


「それゆえ、余には聖蜜これが必要だ」


 トンボヴァーミンとビィたちの戦いで大混乱に陥る中、シュタイナはただ自分の身に聴かせるようひとりごちた。


「そうだろう、リュトミよ」


     *


 戦局は、ウルとベルの完全同調攻撃の発動により五分と五分から押し返し、200匹を超えていたヴァーミンも半分以下になった。


 それでもヴァーミンは攻撃の手を緩めない自爆を少しもためらわない。ビィの側にも死傷者が多く出た。その間隙をぬって、トンボが三匹、戦隊をくんでシュタイナの元へ突撃した。


「マズい!」


 誰かが叫んだ、だがその声に反応できるビィはいない。


 あの10エクセルターン前の悲劇を、リュトミ姫の死が繰り返されるのか。その場の誰もが思い描いた。


 だが今回はそうはならなかった。


 ヴァーミンたちの狙いはシュタイナではなく聖蜜のポットにあった。それを奪うための突撃だ。


 それはあっけなく砕かれた。四本の見えない腕が猛烈な勢いで振るわれ、トンボヴァーミンは粉々に砕かれて血と脂の煙になって消えたからだ。


 全自動だ。シュタイナの見えない腕は、自身の意志に無関係に動く。だから彼は殺せない、普通なら絶対に命を落とす場面でも死ぬことはない。


 偉大なるシュタイナ。


 誰にも侵すことのできない高みに存在する恩寵の子――。


     *


 戦いは終わった。


 トンボヴァーミンは一匹残らず殺された。ただの一匹の逃走も赦されず、皆殺しにされた。パドメの民衆にはそうするだけの理由があった。だからヴァーミンの皆殺しは当然のことにすぎない。


 戦いは終わり、そして――。


 全ては終わった。


 シュタイナの死によって。


     *


 暗殺者を一瞬で返り討ちにした後に、自立浮遊輿(こし)がいつの間にか高度を上げ、観衆のはるか頭上に飛んでいることに気づいたビィたちは、それが避難行動か、さもなくばヴァーミンとの死闘を観戦するための行為だと思い込んだ。


 それは違った。


 戦いがあらかた終わった後、シュタイナはマイクを通してパドメの住民に対して語りかけた。


「皆の者、良き働きであった。余からも礼を言おう」


 礼。そんな言葉がシュタイナの口から出た試しはほとんどない。


「これが最後のわがままだ。聖蜜を余のために使わせてもらう」


 あ、と民衆から声が上がった。

 

 ポットに口をつけ、シュタイナは聖蜜をぐっとあおいだ。


 あらゆる可能性を広げる奇跡の物質が、シュタイナの胃の腑に染みこむ。


「リュトミ、今から会いにいくよ」


 シュタイナは、およそ10階建ての建物に匹敵する高さから飛び降りた。


 脊椎と頭蓋骨の損傷により恩寵の子は死んだ。


 即死だった。


 奇しくもリュトミ姫と同じ箇所への衝撃によって。


     *


 シュタイナはもうずっとまえから死にたがっていた。


 リュトミ姫のいない世界にひとり生き続けることに絶望していた。


 だから命を絶とうとしていた。


 できなかった。


 なぜなら彼の能力である四本の腕が、己の意志と関係なく防御姿勢をとってしまうため、何をどうやっても死ぬことができなかったからだ。


 シュタイナは死ねる方法を探した。それには能力の発動を停止するしか無いと知り、絶望した。生まれてから死ぬまで確実に生命を維持するために、あらかじめ絶対防御の腕がデザインされていたからだ。


 その”恩寵”に耐えかねて、シュタイナは聖蜜の使用を決めた。


 奇跡の雫を使って、シュタイナは3つの願いを望んだ。


 最初のひとつは四本の腕の能力を消してしまうこと。


 願いはかなってシュタイナは死ぬことができた。


 もうひとつの願いは、自分の死体を後世に残さないこと。


 願いはかなった。シュタイナの死体は、泡になって消滅した。


 最後の願いは、ツイオーンによって保存されたリュトミの遺体も同じように消滅させることだった。


 全ての願いは聖蜜によってかなえられた。


 これでようやくリュトミに会える。


 遺体を消滅させることでふたりの遺伝情報は消失し、もう誰が何をしようとも復活させられることはない。これ以上誰かの意図で生み出され、誰かの意図で生涯を決められることはない。


 シュタイナが愛するのはリュトミ姫だけなのだ。


 知らない誰かとして生き返り、知らない誰かと結び付けられる運命など歩みたくない。


 シュタイナは死んだ。


 聖蜜は消えた。


 誰かの野心は潰え、シュタイナただひとりが欲望を叶えた。


 暴君とまで呼ばれた彼にふさわしい最期だった――そう言えるかもしれない。


     *


 ツイオーンはシュタイナ暗殺容疑で拘禁され、牢獄に繋がれたが自殺を図り、それは成功した。


 どうやってツイオーンが暗殺者を雇い入れたのか、その証拠は全て隠滅がはかられていた。


(オー)”なる人物がこれに関与しているところまでは突き止められたが、これが何者であるのかは判明していない。


     *


「もう行くのかい」


 放浪の詩人”バードウォッチャー”エマニュエルは、パドメの危機を救ったウルとベルを見送るために船着場にいた。


「だっていつまでもここにいたら、なんか変な役押し付けられそうだもん」


 湖面を吹き抜ける風で落ち着かない髪をなでつけ、ベルが答えた。


「ははは、それもそうだな。私もそういうオファーが来てるよ。なにせ替えのきかないビィが大勢死んでしまったからね。組織の再編でしばらくは大騒ぎだろう」


「イマグナ卿が結局尻拭いですか。でもあの人そんな感じですよね、リーダーというよりは事後処理役がふさわしそうな顔してる」とウル。


「辛辣だな」


「思ったままですよ」


「そろそろ船を出しますが、ええですかね?」


 ちょうどいい頃合いに、手こぎボートの漕ぎ手が声をかけてきた。


「じゃあエマニュエルさん、ぼくたちはこれで」


「ああ、また会おう」


「え~、そんな機会なんてあるの?」


「……あると思うよ。多分、それほど間をおかず」


「エマニュエルさん……?」


「まあ、気にするな。あのジイさんによろしくな」


「はい」「じゃね!」


 漕ぎ手がぐいっと力を込めて、ボートは動き出した。


 この世で最も美しい蜂窩ハイヴ、パドメ。


 様々な思惑が入り交じるタイミングでなければもっと気楽に美しさを楽しめただろうか。


 そんなことを考えて、ウルはベルに話しかけようとした。


 だが疲れが出たのか、ベルは荷物に突っ伏すように眠りこけていた。


 微笑みながらベルの乱れた髪をなでて、ウルもボートの上で寝転んだ。


 ラピスラズリに輝く天井には、かすかな虹がかかっていた。





バーズテイルの章 おわり



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