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迷宮惑星  作者: ミノ
第11章 バーズテイルの章
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08 ボディガード

あのトンボさえ居なければねえ。

このハイヴはもっと平和だったと思いますよ。


――水上都市パドメのとある一般人の言葉

「ツイオーンはどんな手を使ってでも殿下による聖蜜アムブロシアの独占を阻むでしょう。同時に遺伝物質を手に入れ再プロデュースをするにはシュタイナ殿下を一度”リセット”するのが最も手っ取り早い。私の口から言うと色がついて聞こえるかもしれませんが、賭けてもいい。ツイオーンはやると言えば必ずやる。10年前も。100年前も。彼は何も変わらない」


 イマグナがそう言い切ると、閂フィールドのかかった部屋に再び沈黙が戻った。


「……それが本当だとしたら」


 呼吸10回分ほどの間を置いてウルが口を開いた。


「ぼくらに何ができるんですか?」


「ボディガード役にふたり、空き枠を用意しています。おふたりにはそこに紛れ込んで、暗殺を未然に防いでいただきたい」


「責任重大ですね……」


「誰がどう買収されているかわからないこの蜂窩ハイヴの衛兵では完全に信用出来ないのです。ペザント氏に依頼しおふたりを送り込んでいただいたのはそのため。どういう思惑があるにせよ、殿下の暗殺だけは防がなければ……」


 ウルとベルは顔を見合わせ、うなずいた。


「わかりました、ぼくたちにできることなら」


「あのおじいちゃんには借りがあるからね」


 おお、と両手を広げイマグナは何度も礼を述べた。顔の汗が滴り落ちる。


「時間が惜しい。明後日の式次第と人員配置を確認しましょう。どうぞこちらへ」


 イマグナは先頭に立って閂フィールドの部屋を出た。


「まず最初に主機関華セントラルフラワー前広場で手短なパレード、それから主機関華に入ってエレベーターを昇り天上殿に入宮にゅうぐう聖蜜アムブロシアは天上殿の内宮ないくうのまさに真ん中から分泌されます。その際は殿下以外誰も近づけません。護衛も、侍従さえも。秘中の秘の儀式でポットに聖蜜を受領し、その後殿下のお言葉が述べられて――この様子はドローンカメラで中継されます。それが済んだらまた下に降りて、今度はパドメの主要な場所を回る大規模なパレードがあって、ようやく聖樹祭の終わりです。ご理解いただけましたか」


「うん、ウルが覚えるから平気」


 ベルの言葉に一同は脱力するも、ある意味で緊張がほぐれた。


「確認のため、天上殿の外宮げくうまで上がりましょう。普通なら一般人立ち入り禁止ですが私と同伴すれば大丈夫」


 エントランスに着いた一行を迎えるように、ちょうどのタイミングでエレベータが降りてきた。


 小さなベルの音とともにエレベータのドアが左右に開き、中から異様な気配が降りてきた。


 イマグナは絶句した。


 そこから現れたのは明らかに普通ではない怪物的な二人組と――その先頭に立つシュタイナ殿下その人だった。


     *


「で、殿下! なぜこのような場所に」


「なぜ、だと? 余は行きたいところへ行きやりたいことをやるだけだ」


 イマグナの言葉に眉ひとつ動かさず、シュタイナはどこかへ向かって歩き出した。焚きしめた香のえも言われぬ薫りをたなびかせ、その後ろを異様な二人組が付き従う。


 マントとフード、おまけに仮面までつけた性別さえ不明なビィ。もうひとりは全身プラグドと傷にうめつくされたガスマスクの男。見るからにまともな連中ではない。


「お……恐れながら殿下、そちらの方々はいったい……?」


「ボディガードだ。聖樹祭に向け、なにやら周囲がやかましくなっていているのでな。ツイオーンから借り受けた」


 イマグナの顔からは完全に汗も血の気も引き、蒼白になった。


 出し抜かれた――と顔に書いてあった。


 ウルとベルのために用意していた警護の枠ふたつをツイオーンの方が先に埋めてしまったということになる。


「ところでイマグナよ」


「は、はい」


「お前こそ見知らぬ輩を連れているな。何者だ? 名乗るがよい」


「私はエマニュエルという詩人です。殿下。”バードウォッチャー”の二つ名で呼ばれることもありますが」


 後ろのふたりは助手です、とエマニュエルはこなれた態度で流暢に答えた。


「聞いた名だ。パドメ出身だったか」


「いかにもその通りです、殿下。聖樹祭にあわせて蜂窩ハイヴに戻ってきたところにございます」


「面白い。後で話を聞こう。侍従に話を通しておく」


「ありがたき幸せ」


「では道を開けよ。余はこれからツイオーンに面会する」


 イマグナは顔はさらに真っ青になった。


 ――バカな! ツイオーン卿は殿下暗殺を企てているんだぞ!?


「顔色が悪いなイマグナよ。まるで背中から誰かに刺されたかのようだ」


「お、お戯れを……ですが、聖樹祭が差し迫っております。くれぐれもお気をつけあそばされますよう……」


「イマグナよ」


 シュタイナのまぶたがピクリと動いた。


「余がその手の物言いを好かぬことは承知であろう? 控えろ」


 申し訳ございませぬ、とイマグナは顔を伏せたまま一歩下がった。


 後にはシュタイナの典雅な残り香だけが漂っていた。

 

    *


 昼時間が終わり、夜時間が明け、聖樹祭前日になった。


 エマニュエルはシュタイナに招かれて、戻ってこないまま一晩経っている。


「先手を打たれました」


 イマグナは顔と言わずどこと言わず全身から汗を吹き出し、もはやハンカチでは抑えきれず圧縮吸収タオルを首に巻いている。


「ツイオーンがここまで大胆に打って出るとは……」


「でもおかしくない? シュタイナ殿下って暴れん坊なだけで別にバカじゃないんでしょ。あんなあからさまに怪しい連中をボディガードにするなんてさ」


 ベルがそう言うと、イマグナは何とも表現しがたい表情をした。


「仰るとおり……のはずですが殿下は気まぐれなお方。どこまで本気でどこまでが余興なのか、我々にも計り知れないのです。とはいえ殿下の意向はともかく、ツイオーン卿が送り込んだのならあのふたりは暗殺者か、少なくとも暗殺に関わる人物だと考えた方が妥当でしょう」


「イマグナさん」とウル。


「つまりわたしたちはどーすればいいの?」とベル。


「あとは……恭順派と何とか話をつけるしかありません」


「恭順派?」


「はい。侍従長を中心とした、シュタイナ殿下の意志を絶対尊重するというグループです」


 その言葉にウルははっと顔を上げた。


「絶対尊重ということは殿下が聖蜜アムブロシアを独占することを支持するってことですか?」


 その通りですとイマグナは答え、目の下にくっきりとくまのできた顔をタオルで拭いた。


「恭順派と私たちは、少なくとも殿下を死なせたくないという意見においては一致しています。必ずしも手を組みたい相手ではありませんが、事態が予想外になった以上、彼らに話を通すしかありませんね」


「どうやって?」


「殿下の身辺警護は侍従長が受け持つ仕事です。本来であればツイオーンが口出しできることではない。その点でツイオーン派と恭順派に軋轢があればそこに付け入る隙があるでしょう」


「じゃあ、早くキョウジュン派のところに行こうよ。もう時間がないんでしょ?」とベルが身体をウズウズさせながら言った。


「分かりました。何としてでも協力を取り付けましょう」


     *


 天上殿外宮、会議室。


「お互い時間がないことは貴殿も承知のはずでしょう、イマグナ卿。私たちが話している時間は……」と侍従長。


「必要な話です」


 イマグナは岩の塊のように侍従長に詰め寄った。


「そ、それはいったい何事ですか」


 侍従長はイマグナの異様な押しの強さに困惑し、一歩うしろに下がった。


「殿下の暗殺計画がある、と聞いたら侍従長。アナタはどうしますか?」


     *


 同時刻。


 ぱしゃり、と不意の小波が弩級オニハスの岸を洗った。


 もう一度。そして二度。


 波音は途絶えること無く弩級オニハスの垂直に切り立った緑の岸壁を打ち、何度も何度も同じような音が繰り返される。


 オニハス外縁をジョギングすることが日課の男が、どうも気になって垂直に切り立った緑の岸壁に昇って、湖面を見た。


 ぱしゃり、と音がして、今度は真っ赤な液体が当たりにまき散らされた。湖面からよじ登ってきたヤゴ型ヴァーミンが、男の首をはねたのた。


 それを合図にするように、何十匹ものヤゴが己の外皮を脱ぎ捨てて、おぞましい変異を始めた。


 縦に長い棒状の身体。不気味に膨れ上がった眼球。頑丈なあごに生えた白い牙。


 パドメ蜂窩ハイヴの水中を泳いで潜入したヤゴが、次々とトンボ型ヴァーミンへと羽化していった。


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