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迷宮惑星  作者: ミノ
第11章 バーズテイルの章
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07 ツイオーン・プロデュース

まずはじめに、私は絶対に諦めないということ。

次に”我々”は絶対に諦めてはならないということ。


このふたつを理解して仕事に取り掛かってほしい。


――女王の子(クイーンズチャイルド)復活プロジェクト開始時におけるツイオーン卿の言葉

 主機関華セントラルフラワーの高さはおよそ60階建ての建物に匹敵する――と言われているが、そんな建物は普通の蜂窩ハイヴではまず存在しない。


 パドメ蜂窩ハイヴの場合、特に景観を損なわないように高い建物が建てられないため比較対象物がない。広々とした広場の中央にそびえ立つ一本の巨大な茎と花は、誰がどこから見ても巨大だという感想しか持ち得ない。


 茎の中は、空洞をうまく利用して半生体ビルとなっている。頂上から全体の3分の1までは天上殿外宮てんじょうでんげくうとよばれる一般ビィ立ち入り禁止場所になっていて、そこより下は水上都市パドメの様々な公的機関が入居し、資源採掘――生命の素などの特に重要なものだ――が行われている。観光者向けの高速エレベーターもあるが、これも外宮外縁までしか昇らない。


 よって現在、パドメの全光景を一望できる唯一の人間は頂上に座すシュタイナ殿下のみ。


 それ以外のビィは、パドメの住民であれ観光客であれ、主機関華頂上の天上殿内宮(ないくう)を見上げることしかできないのだ……。


     *


「いや、まさかご高名なエマニュエルさんが直々にお越しになるとは思ってもいませんでした」


 イマグナ卿。


 水上都市パドメの行政長官である。


 イマグナは面会を申し出たエマニュエルに対し、開口一番そう言った。いかにも人の良さそうな丸顔に汗が伝い、ハンカチで何度もそれを拭いている。


「これで我々の目的も果たせるかもしれません。こちらへどうぞ」


 イマグナは応接室からウルたち三人を特別に厳重なかんぬきフィールド発生装置がいくつも設置された部屋へと案内した。全員が部屋の中に入った途端、分厚いドアが勝手に締まり、重い金属音を立てて鍵がかかる。


 ほとんど無意識にベルがウルの袖を不安げに掴んだ。ウルにはその気持がわかった。ウル自身も何か寒気のようなものを感じたからだ。


 ウルとベルは双子でありそれゆえ特殊な能力が身についている。たとえると常に念話チャンネルがゆるやかに同調しているような状態にあり、それが閂――門術ゲーティアの発動を封じる力――で遮断されると急に離れ離れになったような感覚に陥るのだ。


「随分な念の入りようだ」とエマニュエル。


「ええ。申し訳ありませんが、この部屋でなければ盗聴の可能性が」


「穏やかでないですね」


 苦笑するエマニュエルに対し、イマグナはひたすら恐縮して汗を拭いた。その態度を信じるかぎり、盗聴の可能性は事実であるらしい。


「聖樹祭まで時間がありません。私の立場をお話しておきましょう」


「シュタイナ殿下の命を守るのが目的だと聞いていますが」


「はい。それは……確かにそうなのです。殿下は、その……少しお遊びがすぎる御方で。聖樹祭で殿下が聖蜜をお受け取りになることを快く思わないビィも多いのは事実です」


 イマグナの顔からさらに汗が吹き出した。もうハンカチはべちゃべちゃで用をなしていない。


「聖蜜についてはいまさらご説明差し上げる必要はないでしょう」


「あらゆる可能性を広げる物質?」


「その通りです」


「それをシュタイナ殿下が主機関華セントラルフラワーから受領することを危惧している?」


「筋としてはこの蜂窩ハイヴで最も高貴なビィである殿下が聖蜜を受け取ることは動かせません。問題はその後です」


 そこまで言って、イマグナは懐から二枚目のハンカチを取り出し、尋常ではない量の汗を念入りに拭いた。


「我々としては、殿下が聖蜜を”独り占め”してしまったら――この世で最も貴重な物質マテリアルほしいままに使ってしまったとしたら――その損失は蜂窩ハイヴのこの先100ターンの計が傾いてしまうと考えています。これはどうしても看過できない」


「ふむ……では私たち三人で殿下から聖蜜を奪えと?」


「まさか!」


 イマグナは椅子を蹴るように立ち上がった。


「それではテロリストになってしまいます」


「では何を?」


「むしろ逆です。守ってほしいのです――殿下の命を」


 無音の防諜室に冷たい空気が流れた。


「ただならぬ話ですね。命、ですか」


 エマニュエルはそこでウルの顔をちらりと見た。ウルは”聞いていません”のジェスチャーを小さく返す。


「失礼、そこまで重要な依頼だという認識はなかったのですが?」


「申し訳ありません、エマニュエルさん。私もどう転ぶかわからない状況で、ペザント氏に細かな事情まで伝えることができなかった」


「それがまわりまわってわたしたちにツケが回ってきてるんだから、もっと反省してよねおじちゃん」とベル。


「お、おじちゃん……?」


「すみません、姉が余計なことを」


 ウルが慌ててベルを自分の背後に引っ張った。


「いや、お気になさらず。しかし顔立ちが似ていると思ったら、双子だったとは。私も実際にお目にかかるのは初めてです」


「わたしたちも自分たち以外には見たこと無いよ」とベル。


「そうでしょうね。胎蔵槽ではシステム上、双子が生まれる可能性は低い。いや、しかし……」


「しかし?」


「おふたりを見ていると、どうしてもリュトミ姫のことを考えてしまいます」

 

「ヴァーミンに殺されたっていう、シュタイナ殿下の婚約者ですよね」とウル。


 その通りですとイマグナは肩を落とした。今はもう汗をかいていない。


「”恩寵の子(デザインチャイルド)”として生を受けたおふたりは生まれる前からその将来を設計されていた。ですがそんなことに関係なく互いを慈しみ、惹かれ合い、結婚した。そのはずが、結婚式の当日に命を落とすことになった。あなたたちふたりなら、そのお気持ちを理解しやすいでしょう」


「わ……!」


 ベルが驚愕の表情になって、ウルの顔を見た。途端にベルは涙を浮かべ、周りをはばからずウルに抱きついた。


「そんなのヤだよ、ウルが死んじゃうのも、わたしが先に死んじゃうのも」


「ちょ、落ち着いてベル! 例えばの話だよ!」


「うん……」


 ウルに諭され、ベルは鼻をすすりながらベルから離れた。


「すみませんイマグナ卿」


「いや、おかまいなく。まさにそういうことです。殿下も姫もお互いを深く愛していた。ゆえに殿下は自分を見失うほどの絶望を抱えてこの10ターン余りを生きてこられたのです。ですから……」


「ですから?」


「ご想像ください。ウルさん、ベルさん」


「はい」「うん」


「おふたりのうちどちらかがいきなり命を落としたとしましょう。その時に、あらゆる可能性をもたらす聖蜜アムブロシアが手に入ったとすれば、あなたがたは何を願いますか?」


「生き返らせる」


 ウルとベルは、全く同じタイミングで異口同音にそう言った。


「そういうことです。つまりはそういうことなんです」


 イマグナの言葉には苦悩が滲んでいた。


「ウルさん、ベルさん。あなたがたには特に共感ができるはずだ。おふたりが今そう感じたようにシュタイナ殿下も考えておいでのはず。聖蜜アムブロシアが10年前の死者を本当によみがえらせることができるならば――使うでしょう」


「……そのままシュタイナ殿下に使わせてあげることはできないの?」


 ウルの問いかけに、イマグナは無言で首を振った。


「例えばこれが10年前の話なら、パドメの住人も私も聖蜜の私的専有を許す声のほうが大きかったでしょう。シュタイナ殿下とリュトミ姫への支持はほとんど熱狂的でしたから。ですが年月というのは巻き戻せない。偉大なるシュタイナ殿下を酔っぱらいの暴君に変え、それを目の当たりにした住人も見方を変えてしまった」


 聖蜜は蜂窩ハイヴの暮らしを一変させる力を持つ。蜂窩ハイヴ全領域にバリアフィールドを展開してヴァーミンの侵攻を事前に完封する施設を作るという具体的な案も出ている。実現されればヴァーミンからの被害をずっと少なくできるだろう。10年、100年先のパドメ蜂窩ハイヴを一番に考えるなら、リュトミ姫ひとりを蘇らせるよりもはるかに”有用”だ。


 イマグナたちパドメ蜂窩ハイヴの未来の為に動いている。だから聖蜜はシュタイナひとりには渡せない。それが苦渋の決断であることは、ウルとベルには生々しく理解できた。


「殿下の命を守るために、という話はわかりました。いったい誰が殿下を狙うんですか?」


 ウルの問いに、イマグナはごもっとも、とうなずいた。


「暗殺を目論んでいるのはツイオーン卿です」


     *


 イマグナが穏健派ならばツイオーンは間違いなく強硬派である。


 そもそもツイオーン卿は過去の”女王の子(クイーンズチャイルド)”の遺伝情報から蘇らせ、ふたりを”偉大なるシュタイナ、麗しのリュトミ”としてプロデュースした人物だ。誰がシュタイナの親か、と問われれば彼以外にはいない。


 だが10エクセルターン前、ツイオーン卿のプロデュースは根底から覆された。


 リュトミ姫が落命したせいだ。


 ”恩寵の子(デザインチャイルド)”同士の婚礼により民衆を熱狂させ、ふたり間に子供を作らせる――という遠大な計画は完全に失敗した。


 それから10エクセルターン。


 ツイオーン卿が過ごした年月がどのような意味を持っていたかは想像しかできない。ただひとつ確かなのは、シュタイナたちを蘇らせたときにパドメ蜂窩ハイヴに残されていた聖蜜は完全に使いきってしまい、一滴も残っていなかったという事実だけだ。


 奇跡の雫である聖蜜がなければ、遺伝情報からひとりのビィを蘇らせるなどという芸当は成し得ない。たとえツイオーンがどれだけ高名な科学者であり、どれだけ先鋭化した技藝の聖樹(スキルツリー)を持っていたとしても死者を復活させることなど本来不可能なのだ。


 ただ聖蜜のみがそれを可能にする。


 リュトミ姫の死はツイオーンの思い描いていた計画には全く予想すらされていない出来事だったということは想像に難くない。


 それから10エクセルターン。


 パドメ蜂窩ハイヴにおいて聖蜜の分泌が観測され、採取可能となる日――これをビィたちは聖樹祭と呼ぶ――が来ると知った時、ツイオーンは何を考えただろうか。


 それを面と向かって彼に尋ねた者はいない。


 だが、彼は半ば埃をかぶっていた10年前の機材に火を入れなおし、いつでも稼働できるように調整するよう部下に命じている。


 ツイオーンはやる気だ、とイマグナは戦慄した。


 遠い昔、同世代に生まれた幼なじみでもあるイマグナはツイオーンの行動の意味を悟ることができた。


 ツイオーンは中断していたプロデュースを初めからもう一度やり直すつもりなのだと。


 ”女王の子(クイーンズチャイルド)”の遺伝物質をチューニングして”恩寵の子(デザインチャイルド)”として蘇らせる。


 そのための”材料”はある。


 10エクセルターン前に落命したリュトミ姫の保存された遺体。


 ペアとなるもうひとつの”材料”が手に入れば。


 そこに聖蜜アムブロシアを加えれば。


 新世代のプロデュースは可能になるのだ……。



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