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迷宮惑星  作者: ミノ
第11章 バーズテイルの章
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06 聖蜜の行方

オヨギトリは一夜干しにするか、だしにしてスープにするのが旨い。

サバハトはパドメ近縁を始めバーズテイルの水場では比較的多く生息している。

味は上々だが足が早いので内臓を抜いて塩漬けなどにする。


――『バーズテイル 湖のグルメ』より抜粋

 ”バードウォッチャー”エマニュエル。


 バーズテイル迷宮出身。


 高名な詩人にして冒険家。


 探し当てた転移ポータルは数知れず。


 あまたの迷宮とあまたの蜂窩ハイヴを渡り歩き、詩をしたためる星の放浪者――。


「それがなんであんなところでうらぶれてたの?」


 ベルは着衣の乱れを直し、エマニュエルの知る落ち着いた店に入って一息ついてから開口一番そう言った。


「うらぶれていたつもりはないんだが……」


 エマニュエルはずれた眼鏡を直し、背もたれの柔らかい椅子に座り直した。


パドメ(ここ)は私のホームタウンなんだ。たまたま帰ってきて馴染みの店で飲んでいただけだ」


「じゃあ最初っからこの店にいればいいのに」


 ベルは不満そうに周りを見渡した。先程までいた轟音渦巻くホールとは比べ物にならない、静かで雰囲気のいい場所だ。観光客用のホテルに併設されたラウンジで、他に3組ほど客がいる。


「こういう店も悪くはないがね。騒音と汚濁と熱気が渦巻く犯罪の火元のような場所が好きなんだ。詩想が湧く」


「わたし、そのせいで乱暴されそうになったんだけど」


「そう睨まんでくれ。私にも都合はある――さて、そろそろ本題にはいろうか。私の熱狂的ファンというわけではないだろう?」


「うん。ぜんぜん」とベルは即答した。


「……ウルくん、といったか」


「は、はい」


「お前さんの彼女は面白いな」


「カノジョ!」


「いえ、あの、姉です、一応……」

 

 取り繕うようにそう言ったウルだが、ベルの方は座ったままくねくね(・・・・)し始めた。さきほどの店で暴漢をのして助けてくれたウルの姿がよほど頼もしかったのか、ベルは普段よりもずっと濃密にウルに対してピンク色の波動を送っている。人目がなければ押し倒してしまいそうな勢いだった。


「そ、そう。本題です本題」


 ウルは小型のマルチデバイスを慌ててテーブルに置くと、幾つかの操作をしてテキストファイルをポップさせた。


「ぼくらの雇い主から、あなたに会え、と」


「なるほど。あのジイさん、まだいろいろと飛び回っているようだな」


「知っているんですか?」


「ん? まあね。かの”百年の旅人”ペザントは私の……師匠のような存在だ。付き合いは長い。ちょっと見せてもらうよ」


 エマニュエルはウルのデバイスを拾い上げ、ホロモニタを覗き込んだ。


「……なるほど。おおむね理解した」


「じゃあ、力を貸してもらえますか?」


「その前に、お前さんたち」


「はい」「なーに?」


「どこまで聞かされているんだ? この蜂窩ハイヴのことを」


     *


『まずパドメの頂点はシュタイナ殿下だ。この構造は絶対的で動かしようがない。表向きはね』


『実際には殿下を昔の遺伝情報から復活させた科学技術グループの最高顧問と、水上都市の行政を実際に管理している行政長官がいる。殿下は最高権力者ではあるが実際に統治しているわけじゃない。大酒飲みで、恐ろしいほどの美形で、崇拝と憎悪の両方を受けている。まあ、良くも悪くもパドメの象徴ってところだ』


『科学技術の最高顧問はツイオーン卿、行政長官はイマグナ卿という。ペザントのジイさんがお前さんたちに――まあ、結果として私にもだが――伝えてきたのは、イマグナ卿の方に味方しろという依頼だ。これはよく覚えておいてくれ』


『ツイオーン卿は600エクセルターン昔に封印された”女王の子(クイーンズチャイルド)”の遺伝情報から”恩寵の子(デザインチャイルド)”――つまりシュタイナ殿下を生み出した親と呼べる』


『一方のイマグナ卿はシュタイナ殿下の元にパドメのビィが恭順するような社会基盤づくりに腐心した人物で、このふたりが作り上げたのが今のパドメの在り方ってことになる』


『水面下で権力争いみたいなものはいくらでもあったんだろうがそれは私たちにはわからないしどうでもいいことなんだが、問題が起きた』


主機関華セントラルフラワーからもうすぐ聖蜜アムブロシアが分泌されることがわかったからだ。お前さんたちも見ただろう? 聖樹祭まであと何日ってな告知を。あれがそうだ』


『いまさら言うまでもないが聖蜜アムブロシアは奇跡を起こす。”あらゆる可能性を広げる物質”だ。シュタイナ殿下も、そのパートナーだったリュトミ姫も、聖蜜の力がなければこの世に生まれ出ることはなかった』


『それだけ強力なモノが、私の知る限り100エクセルターンぶりに手に入ることがわかって、この都市は騒然となった。”誰が聖蜜を使うのか”ってな』


『みんなで平等にわけあってうまく使えばそれでいいんだがな。あいにく世の中はそんなおままごとみたいには進まん』


『ツイオーン卿にもイマグナ卿にも思惑があった。使いみちなんていくらでもあるし、量は多ければ多いほどいい。ところが……』


『シュタイナ殿下は早々に宣言してしまったんだ。”聖蜜は全て、一滴残らず、余すこと無く余が使う”……ってな』


『この発言が起こした波紋は今に至ってもちっとも解決されない。そんな状況で聖樹祭が始まる猶予は3ターン……いやもう2ターンしか無い』


『さてこの状況、お前さんたちならどうするね?』


     *


 ウルとベルは一晩休んだのち、再び主機関華セントラルフラワーの根本に当たる広場に向かっていた。”バードウォッチャー”エマニュエルも一緒だ。


 聖樹祭まで残すところあと2ターンしかない。


「しかし顔立ちが似ていると思ったが、双子とはねえ。私も長いこと色々な場所を旅しているが、実物を見るのはお前さんたちが初めてだよ」


 エマニュエルは関心したようにあごをさすった。


「やっぱり珍しいんですか?」と旅用のジャケットを着たウルが純朴そうな顔で聞いた。


「そうだな。もちろん、”女王の子(クイーンズチャイルド)”ほどじゃないが」


「そんなこと言ったって、わたしたち生まれてからずっと一緒だもん。珍しいなんて実感湧かないよ。ね? ウル」


「ぼくらが育った蜂窩ハイヴは僻地だったから、もう少し人口密度が高ければ実感あったかもね……うわっ!」


 話の途中でいきなりベルに後ろから飛びつかれ、ウルは思わずよろめいた。が、ふたりにはよくあることだ。ウルは背中にベルを引っ掛けたまま何事もなかったかのように歩き出した。


「それよりエマニュエルさん、本当にぼくたちで良かったんでしょうか?」


「何がだい?」


「ぼくたちは確かにあのおじいさん……ペザントさんから依頼されてバーズテイル(ここ)まで来ましたけど、まさかこんな大事おおごとになっているなんて」


「同感だ。まったくあのジイさん、厄介なことを押し付ける」


 エマニュエルは苦笑いを浮かべ、いまは濃いスモークモードになっている眼鏡のズレを直した。ウルたちにはピンと来ないがエマニュエルは名高い詩人であり出身地のパドメでは大層な有名人なのだ。 


「だがまあ、よほどのことがない限り戦闘にはならないはずだ。なったとしても、君は昨晩きのうの様子を見る限り十分信用に足る腕前だと思うがね」


「あ、ありがとうございます」


 ウルは少し頬を赤らめ、うなずいた。腕を認められたことではない。何もかもなげうってベルの救助を優先するところを見られてしまったことが妙に恥ずかしかった。


「あとは……」


 主機関華セントラルフラワー前広場についた一行は、はるか高くそびえ立つ蓮の茎とその頂上の華を見上げた。


「私の知名度がこの天辺てっぺんまで響いているか、だな」


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