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迷宮惑星  作者: ミノ
第10章 シンロンの章
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10 邂逅

毒と薬は混ぜてはいけない。

毒と毒も混ぜてはいけない。

猛毒同士は近づけてもいけない。


――”バードウォッチャー”エマニュエルの言葉

 絶望が、食いちぎった翼竜の首を吐き出した。


 雷鳴竜ライトニングドラゴン


 シンロン迷宮の最も上層に住まう迷宮生物の頂点、その一頭が突如として目の前に現れたのだ。


 私のこの時の驚きを、いったいどう表現すればよいのか。私にとっては、たったいま食い殺された翼竜でさえそう簡単には対処できない相手だったのだ。


 そんな存在を、全く突然、音すら出さずに即死させることのできる上位竜。どう考えても手出しは不可能だ。倒すことなど論外。生き延びる方法は、何とか身を隠して逃げ出すしか無いだろう。


 震える手でアタッシュケースの”十二の卵”を起動させようとした途端、すさまじい咆哮が空間を支配した。


 雷鳴竜の名の通り、その怒声は幾束もの稲妻が同時に落ちたかのような強烈なものだった。私はなすすべなく引っ繰り返り、命の綱であるアタッシュケースを取り落としてしまった。


 何も聞こえなくなり、耳と鼻から血が垂れてきた。鼓膜が破れているのは間違いあるまい。内門で自分の体を門術ゲーティアで探ってみて、さらに戦慄した。空気の震動があまりに大きすぎて、間近で浴びた私の骨格には十箇所以上のヒビが入っていた。


 私のこの時の状況は、もはや自分でも把握の出来無いものとなった。


 ああ、死以外の何物も与えられることなく私の旅路はここで終わるのだ。


 私は一般的なビィより死ににくい体質ではあるが、やはり、そこには、限度が……。


「諦めるのはまだ早いですわよ」


 いきなり耳元で声がした。


 鼓膜が破けているせいで何も聞こえないはずだ。


 それが念話であることを理解するのに1秒以上かかったのは私がいかに動転していたかの証左であろう。


 気が付くと、私の前からとてつもない巨大さの雷鳴竜の顔が消え、私自身は竜の巣から離れたところにぽつんと座り込んでいた。


 いったい何が起こったのだ?


 私はわけのわからぬままついさっきいたはずの、竜の巣巨大シャフトの方を見た。


 いた。信じられないほど巨大な雷鳴竜の姿はまだ健在だ。


 その凶悪極まる顔がいつ私の方を向き、迷宮そのものが崩れ落ちてしまいそうな咆哮を浴びえてくるかと思うと私は地面にへたり込んだままさらに腰が抜けるような思いだった。


「失礼、は聞こえまして?」


 唐突に言葉が聞こえた。女の声だった。


 繰り返し述べているように私は死ににくい体質である。自然治癒能力で両耳の鼓膜が完全に破裂していても、十分な時間が与えられれば勝手に回復する。


「危ないところでしたわね」


 私は場違いなほど艶めかしいハスキーな声の聞こえる方に首をねじ曲げた。


 背が高く、女戦士然とした体格の女がいた。濃い口紅が鮮やかだ。果たして、私がビィの女を見たのはいつ以来だろうと考えた。シンロン迷宮の蜂窩ハイヴにも女はいた。だが穴居人のメスといった方がまだ通りのいいような状態だった。


 一方、私の前に唐突極まる現れ方をしたこの女は、紛れも無くまともな女だ。


 私は戸惑いながらその女に一応の礼を述べた。何をどうやって私を助けたのかわからないが、状況からして命拾いしたのは女のおかげだろう。


「もう快復していらっしゃいますのね。羨むべきかしら? あなたの――特異体質に」


 鮮やかな唇がキュッとつり上がった。


 私は一度解けかけた緊張感が戻ってくるのを感じた。どういうことか。私が死ににくい(・・・・・)体質であることを知っているのは私を含めて3人しかいないはずだ。


「そう睨まないでくださいな。わたくし、貴方と敵対する気はありませんの」


 ならば一体何のために、と私は口にしかけたが、それより先に女は私に手を伸ばし肩に置いた。


 何を、と問が口から出る前に、私はまたもやその場から別の場所でへたり込んでいた。


 女が使ったのが瞬間移動の門術ゲーティアであることに気づくまでに、私はそれから二回分の跳躍を必要とした。


     *


 いったい何のためにこんなところにいるのか――。


 私は女に問いかけた。美しいが、どこか違和感のある外見に私は警戒しつつも興味深さを感じた。


「それはわたくしの疑問でもあります。貴方こそ、なぜこのような場所へ?」


 女はそこで艶やかな眼差しをすう、とナイフのように細めた。


再生術師リアニメーター、ドクター・ウェスト」


 私はその場で銃を出すか、”十二の卵”で女の頭を焼ききってしまえばよかった。


 だが銃の手持ちはなく、”十二の卵”をいれたアタッシュケースは雷鳴竜ライトニングドラゴンの叫びに干渉されたのか私の指示通り動いてくれなかった。


「どうやらわたくしたちの目的は同じといっても構わないようですわね」


 女は赤い唇で笑った。艶やかではある。同時に深入りするべきでない剣呑な雰囲気が全身から発散されているのを肌で感じた。


「オズワルド。わたくしの名はオズワルドと申します」


 女――オズワルドの目は私のことを見透かしているようだった。私がシンロン迷宮を訪れ、危険を承知で”竜の巣”まで踏破した理由を、この女は知っている。


「ドクター・ウェスト。わたくしは――わたくしたちは貴方のような真の才を持つ御方を探しておりますの」


 何のために、と私は問うた。


「貴方と同じ目的のために。そう、つまり――」


 世界の根源に触れるために。


 オズワルドはそう言って、地面に尻をついたままの私に手を差し伸べた。


 私はその手を払いのけることもできた。


 そうしなかったのは――。


 私はオズワルドの手をとった。


 彼女の手はぞっとするほど冷たくしなやかで、しかし力強く、私を引っ張りあげた。


 私は問うた。


 お前はどこまで知っているのか、と。


「そのことはゆっくり話して差し上げます。では、行きましょう」


 私はそれ以上何も言わず、オズワルドに向かってうなずいた。


 次の瞬間、シンロン迷宮からふたりの姿は消えた。


 後には何の痕跡も残らなかった。





シンロンの章 おわり




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